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【東京インソムニア】氷河期ダンジョン(2)

「走れ!モタモタしてると、ボス戦前にオダブツだ」

 氷か窓ガラスが割れる音が、爆音に混じって鳴り響く。落下する破片の雨をかい潜り、ダイバーたちは一斉に走り出す。

「きゃっ!」

 足を滑らせて転んだバニーガールに、非情にも鋭利な欠片が降り注ぐ。

「大丈夫ですの!?」

 とっさにカバーに入ったユッフィーが、盾を傘代わりに落下物を弾いた。明らかに、盾の直径以上の範囲を防御しているそれは。彼女の身代わりスキルの発動であるらしかった。精神の力が具現化させた見えない障壁。
 そのまま仲間を抱き上げ、距離の開いた男性陣へ駆け寄ろうとするユッフィーの足元を、今度は突き上げるような強い揺れが襲う。

「こんなときに地震か!」

 立っていられないほどの震動に、男性陣も思わず足を止めてしまう。視線を落とせば、みるみるうちにあたり一帯に亀裂が走り、地面が陥没しながら崩れてゆく。さらにどこからか、スイカほどもある大きな赤カブがコロコロ無数に転がってきて、大地の裂け目に消えていった。

「ナニコレ!夢だからって、むちゃくちゃよ」
「株価暴落に、地価下落ですの?」

 夢である以上、これも何かのメッセージなのか。一行もまた、なす術なく崩れゆく地の底へ飲まれていった。

★ ★ ★

「んんっ…」

 肌を焼く強い日差しに、にじむ汗。気が付くと一行は、エジプトの砂漠にいた。近くにはピラミッドとスフィンクスも見える。誰もがテレビで一度は見た、有名なギザの3大ピラミッドだ。

「あら?」

 ダイバーたちがお互い、顔を見合わせる。彼らは全員、それぞれ見た目の性別に応じたリクルートスーツ姿になっていた。

「夢の中じゃ、服装も本人の一部なんだが。悪夢の影響力が強くて、勝手に着替えさせられたか」

 スーツ姿なのは、ダイバーたちだけではない。制服のように同じ装いの無個性な若者たちが、集団でピラミッドの方へ歩いていく。

「行ってみましょう」

 ドリームホルダーの記憶から作られた、夢の中の住人たち。彼らの行方を追っていけば、何か分かるかもしれない。一行はピラミッドへ向かう人の列に加わった。

「男性の方はこちら。女性の方は、あちらから登ってください」

 ピラミッドのふもとでは、スーツ姿の若者たちが男女別に分かれてみんな巨石の建造物にしがみついていた。実物より階段の一段一段がかなり高く、人の背丈以上ある。疲れ切ってその場に座り込む者も、あちこちにいた。

「あなたたち!規則は守ってください」

 ダイバーの男性陣とまとまって登ろうとした女子ふたりは、係員の女性にものすごい腕力で引きずられて、引き離されてしまった。

「まずいわね。パーティが分断されてしまうなんて」
「ここからは二手に分かれて、バックドアを探しましょう」

 ドリームホルダーの見ている悪夢の世界で、現世と異界の接点になっている特異な場所。そこでダイバーがある処置を行えば、夢の主は悪夢から解放される。

「大丈夫か、女性陣のほうは」
「ユッフィーといったか。彼女は、この夢に心当たりがあるようだが」
「これは就活か?社会のピラミッドってとこか」

 分断された仲間を気にかけつつ。ダイバーたちは、それぞれピラミッドの反対側から目の前の石段に向き合った。

「手、届きそう?」
「はいですの。上に登ったら、引き上げますわ」

 ユッフィーよりは背丈のあるバニーガールが、肩車をして壁に手をついている。もうだいぶ登ってきたが、頂上はまだはるかに遠い。

「…なに、あれ?」

 ユッフィーに手を引かれて、下を見るのも怖くなる高台へ登ってきたバニーガールが上を指差す。

「あそこから先…誰も登れてませんの?」

 スーツ姿の女性たちが、ぐったりして石壁にもたれて座り込んでいる。みんな元気を失っているようだ。ほどなく、ふたりも同じ高さへ到達するも。

「あいたっ!」

 ユッフィーがさらに上へ登ろうとしたとたん、いきなり見えない天井に頭がぶつかった。

「ガラスの天井、ってやつ?女性の昇進を阻むとかいう」

 バニーガールの反応からすると、本来の彼女はまだ社会に出ていない学生だろうか。それでも、ニュースなどで聞いて言葉は知っているらしい。
 そこで、ユッフィーは自らの武器を具現化させる。三日月型の戦斧で軽く叩いてみても、透明な天井は硬質な音を返すだけだ。

「男性陣と頂上で合流するには、コレをどうにかしないとですの」
「よおし、やっちゃえ!」

 渾身の力を込めて、ユッフィーがガラスの天井に戦斧を振るう。激しい火花が散った。二度、三度と同じ場所へ斧を叩きつける。形ある実物ではないから、刃こぼれは気にしなくていい。

「硬いですわね」

 小さな傷はついたが、ひび割れを広げるにはまだ遠い。先へ進むべく、さらにユッフィーが斧を振るおうとすると。不意に女子ふたりの足元にポッカリ穴が開いて、彼女らは真っ暗な闇の中へ消えていった。

「落とし穴!?」
「もうっ、なんなのよ!このナイトメア」

 ピラミッドの頂上で、大きな扉を前に男性陣がふたりを待っている。その扉は、何もない頂上から別の空間へ通じているようだ。

「来ないな…」
「金行の彼女が一緒だから、最悪でも緊急脱出はできるだろう。オレたちで先へ進むか」

 この夢を見ている人は就職氷河期世代で、就職には失敗した。その記憶が何らかのきっかけでフラッシュバックして、異様な悪夢になった。
 自分の推理が正しければ、この「氷河期ダンジョン」は今回だけで終わらない。どこまでも墜ちてゆく闇の中で、仲間の少女をしっかり抱きしめながらも。ユッフィーは努めて冷静に考えを巡らせていた。

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