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【東京インソムニア】氷河期ダンジョン(1)

「今度のダイブには、助っ人が来るぞ」

 都内某所。数名の男女が喫茶店でテーブルを囲んでいる。

「調査だけ、あたしらに押し付けて?」
「適材適所。そもそも、この件を調べ始めたのも彼女の提案からだ」
「ふうん」

 古びた喫茶店だ。大通りからは外れているし、流行りの洒落たチェーン店でもない。昭和レトロと言うべきか。

 不意に、テーブルを囲むひとりの携帯が振動する。

「その彼女から、メッセージだ」
「どんなやつ?ちょっと見せてよ」

イーノ@ユッフィー:夢を渡る小説家
今晩23:00からダイブですわね?自宅からリモートで参加しますの。

 チャットアプリの画面に映っていたのは、奇妙なハンドルネーム。

「イーノが昼の姿で、ユッフィーが夜の姿だそうだ」
「なんでも、ドリームダイブの体験を元に小説を書いてるらしいが」
「それってヤバくない?」

 顔も姿も見えない、謎の協力者。チャットのアイコンは、青髪に青い瞳の萌え系の女の子。

「問題ない。その小説には、夢魔もゴーントも出てこないからな」
「読んだの?」
「ああ。人類全てがドリームダイバーみたいな力を持ってて、無意識に毎晩異世界転移をやっててな。朝になるとたいていの人間は忘れちまうんだと」

 それは、彼らの立ち向かう「現実を侵蝕する悪夢」とは、あまりにかけ離れた壮大で、胸躍る冒険。日常に疲れた、人々の心を癒す夢。

「あの内容なら、人々の恐怖をあおることもないだろう」
「ちょっと、面白そうな子かも」
「彼女、じゃないかもしれないがな」

 ひとりが腕時計を見る。そろそろダイブに使うホテルへ移動する時間だ。

★ ★ ★

「この姿では、はじめましてですわね」

 現実と異界の中継点と化した、強い不安をもたらす悪夢の中で。昼間見たアイコンそのままの愛らしさで、青い瞳が一同を見上げてきた。

「ユッフィーですわ、よろしくですの」
「あたしより、おっきいじゃない」

 見下ろす視線の先にあるのは、背丈の割には豊かなふくらみ。

「あなたこそ、バニー姿が可愛いですの」

 女子ふたり。片方は正体不明だが、彼女らのやりとりは少しの間、その場の空気を和ませた。

「まあ、オンラインゲームのアバターみたいなものだな。夜の姿は」
「今日のお姫様はあなた。金行のダイバーは、パーティの生命線ですわ」

 パーティ全員を悪夢から脱出させる力を持つ仲間に、青い髪を揺らしつつ自前の丸盾を示すユッフィー。それはエメラルドの輝きを放っていた。

「わたくしと、みんなであなたを守りますわ」
「いざってときに、逃げ出すんじゃないわよ」

 反対側の手に握られているのは、三日月型の刃を持つ戦斧。黄金色の光沢を放つ刃の内側には、タロットカードの「月」を思わせる顔があった。
 悪夢に潜り怪異と戦うドリームダイバーが、自らの精神力で鍛え具現化した武器。同時にそれは、彼らの「得意分野」を表していた。

「探索が長引くほど、悪夢の主…ドリームホルダーは衰弱する。急ぐぞ」

 先の見えない、暗いトンネルの奥に続く線路。これ自体がすでに、悪夢を見ている者の精神世界の一部なのだろう。

「各自手分けして、気をつけて進みましょう」

 盾を構えたユッフィーを先頭に。一行はどこへ通じるとも知れぬトンネルへ踏み入ってゆく。しばらくの間、砂利を踏む音だけがあたりに響いた。

★ ★ ★

 目の前に広がるのは、真冬のロシアを思わせる…全てが凍りついた都市。これが、夢を見る者の「内面の表れ」だとしたら。

「ナニコレ」
「前に潜ったときと違うな」

 肌を刺すような寒さが、夢とは思えないほどの現実感と。心の奥底から、さらなる不安を呼び覚ます。

「役者がそろい、迷宮が真の姿を見せたか。あるいは、異変が進行したか」「マップが変化している可能性もありますわね」

 ユッフィーが、丸盾の内側をのぞきこんでいる。そこにはタブレットPCの画面があり、事前の調査で得た迷宮の構造が地図化されて表示されていた。

「ちょ、そんなのアリ?」
「アイデンティティ・アームズは現実の物品である必要はない」
「夢の中ですものね」

 さらに、タッチパネルを操作すると。一行の周囲に半径5mほどの範囲で、映像が投影された。

「綺麗ね…くしゅんっ」

 それは、北極圏の夜空を彩る光のカーテン。緑色に揺らめくオーロラを、地上に降ろしたかのような。

「闇夜に迷える旅人の、心を支える灯りであれ」
「なんの宗教だ?」

 イーノ様の小説の一節です、と微笑むユッフィー。はじめは寒さに震えていたバニーガールも、次第に心を落ち着けてゆく。

「サークルの範囲内なら、いつでもカバーに入れます」
「なんかRPGみたいね」

 凍れる大地を、ザクザクと踏みしめながら。一行は廃墟の街を進む。しかし、唐突に平穏は破られる。

「凍った…シャボン玉?」

 どこからか周囲に漂ってきた、風船らしきものがビルに触れた瞬間。それは手榴弾のごとく爆裂し、破片を撒き散らした。

「バブル崩壊ですわ!」

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