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第14夜 おせっかい

「地球の勇者様がた、遠路はるばるよくぞおいでくださいました」

 あの後、エルルの本体が眠る大広間にやってきたシャルロッテと名乗る幼女の案内で。ユッフィーたちは、雪の街の町長ニコラスの隠れ家へ招かれていた。

「シャルロッテちゃんは、ニコラスおじ〜ちゃんのよ〜じょで『じきちょ〜ちょ〜』でち。ふりんぐほるにのちかなんか、おにわもど〜ぜんでちゅよ」

 隠れ家までの道中、来る途中でよく迷子にならなかったと地球人たちに問われた彼女は胸を張って、得意げにそう答えた。

 雪深い森の中のログハウスでは、すでにささやかな宴席の準備が整えられている。アバターの状態でも食べられる、夢見の技で再現された料理の香りが一行の鼻腔をくすぐる。悪夢のゲーム内の消費アイテムと同等のもので、口にした者の精神を癒し、活力を取り戻す効果があった。

「わぁ、里帰りした気分ですぅ!」
「このホットチョコレート、懐かしいね。はじまりの地の名物だよね?」

 料理は北欧のスモーガスボード、日本で言うバイキング形式。魚のマリネや、ハムとウインナーにジャムを添えたミートボール、チーズなどが並んでいる。見た目はパンでも、実はキノコの一種だという「ドワーフのパン」がトーストされて並ぶあたりは、さすがに異世界の食卓だが。フリングホルニが実家のエルルや、ニコラスと同郷だというマリスには郷愁を呼び覚ます品揃えらしい。

(おじ〜ちゃんも、びじねすのつごうでこころにもないおせじをいわなきゃいけないなんて、たいへんでちね)

 養父の手前、平静を装っているが。シャルロッテがユッフィーを見る冷ややかな目は、胡散臭い詐欺師か無法者へ向ける類のものだ。オグマを色仕掛けでたぶらかした悪い魔女、彼女の認識はそうだった。

「ニコラス様、もてなしには感謝いたしますが」

 ミカと銑十郎の視線がユッフィーに集まる。一同の目も、自然とそちらに向くと。

「わたくしどもは、メモリアに助けられているだけの未熟者ですの」

 道案内を担ったサルタヒコのメモリア、道中の困難を共に乗り越えたチビ竜ボルクス。エルルとの思い出から生まれた子和清水のメモリア無しでは、そもそもここまでたどり着けなかっただろう。

「それもまた、おぬしらがエルルと紡いだ縁なのじゃろう」
「腐れ縁かもしれないけどね」

 アリサとマリカも、そろって暖炉の灯るリビングに姿を見せる。

「ヴェネローンのときとは違い、今回は確かにおぬしらの問題でもあるな」

 エルルとの賭けには負けたが、アリサの表情はさっぱりしていた。すでに気持ちを切り替えているのだろう。

(コイツら、ナニモノなんでちか)

 アリサの発言に、シャルロッテがわずかに眉を寄せる。雪の街の陥落後にヴェネローンから派遣された市民軍では、アリサは将軍の立場にある。その彼女がここまで評価する地球人とは、何なのか。
 兵士の話から聞くヴェネローンでの地球人の風評は、芳しくない。数年前に面倒を起こして、追い出されたとも噂されている。そもそも伝説級の冒険者か、真の勇者でもなければ到達できない幻の都に、なぜ地球人が立ち入れたのか。夢渡りでも、そう簡単に行ける場所とは思えない。

「じゃが、道具のチカラに頼った未熟者なのも事実。迫る決戦に備えて、後でおぬしらに稽古をつけるぞ」
「しょうがないわね。生兵法のまま勝手に動かれると危なっかしいから、もう少しマシな程度には鍛えるわよ」

 アリサもマリカも苦々しい表情ではあるが、エルルと地球人たちのそれは明るかった。

「ありがとうございますの!」
「三年ぶりにぃ、修行再開ですねぇ!!」

 エルルがユッフィーと顔を見合わせて喜ぶ姿に、マリスも二人に笑顔を向けた。

「乗りかかった船だし、ボクも付き合うよ」

 そのとき、銑十郎が新たに会場に入ってくる者たちに気付く。ひとりは、悪夢のゲーム内の子和清水で見かけたオグマ。先日の再会ではアリサに強引に引き離されてしまったが、彼しか操作できないフリングホルニの中央制御室でユッフィーたちの来訪を知ったのだろう。早速顔をほころばせている。

「…あのふたりは?」

 さらにふたり、どこかで見覚えがあるけど思い出せない女性同士のカップル。単なる仲良し以上の親密さと、幸せオーラがあふれている。ひと目で家族なのだろうと察しがついた。ヴェネローンはその辺に寛容な土地柄だと、イーノの小説にも描写されていた。

「おっ、誰かと思えばミカっち!」
「久しぶりね。元気にしてた?」

 声をかけられて、振り返ったミカの脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。3年前、創設されたばかりのヴェネローン市民軍で、短期間ながらも一緒に訓練した同期のふたり。赤毛のドレッドヘアにつなぎ姿の活動的な、アメコミヒーロー風ゴーグルのゴルゴン族。そして、黒髪にゴスロリファッションの不思議ちゃんなアラクネ族。
 ギリシャ神話では怪物とされ、多くのRPGでもモンスターとして登場する彼女らだが、ヴェネローンでは普通に暮らしている。それどころか種族由来の特殊能力が重宝され、ゾーラは石工、オリヒメは売れっ子のファッションデザイナーだったはずだ。それらを物語るエピソードと共に彼女らの名前が不意に浮かんできて、ミカの口から出る。

「ゾーラにオリヒメ!思い出したわ」

 その名を口にした途端、ミカの胸元から虹色の光が漏れ出る。メモリアの輝きを察したボルクスやエルルがミカに確認を促し、わずかに遅れて気付いたユッフィーや銑十郎もミカの様子を見守った。
 夢渡りの記憶は不確かなものだ。夢日記をつけたり、イーノのように夢での体験を創作のネタにでもしない限り、日常の忙しさに流されて忘れ去られる。なので地球人全員が毎晩夢渡りを経験していながら、社会を動かすほどの影響を及ぼさない。けれど、夢での記憶を覚えている者もごくわずかにいる。芸術に関わる者が多いようだ。

「盾のメモリア…オリヒメがデザインしてくれた、魔除けのメドゥーサね」
「それは、あのときの」

 実体化したそれを両手で持ち、確かめているミカ。オリヒメも懐かしげに自身が意匠を凝らした盾を眺める。

 当時のミカは癒し手を志望していたが、永遠の都ヴェネローンのある世界「バルハリア」は、過去のある事件で回復魔法の類が極端に弱体化する環境となっていた。仲間を守るため不慣れながら盾役を引き受けることになったミカに、ゾーラとオリヒメが応援の気持ちを込めて贈った…アイギスの盾。

「ミカちゃんにも、メモリアが。おめでとうございますの」
「これがウワサのメモリアっすか!紋章院のリーフくんも興味津々だったっすよ!」

 穏やかな笑みをミカに向けるユッフィーと、流行りのガジェットを目にしたように興奮気味のゾーラ。

「思い出は煌く星となり、持ち主と大切な仲間を護る。素敵なことね」
「ありがとう、オリヒメ。ゾーラもね」

 まるでサンタクロースのような笑みを浮かべて、隠れ家の主人ニコラスもミカとゾーラにオリヒメ、三人娘のやりとりを見守っていたが。その隣でひとりだけ、シャルロッテだけが不満そうに頬をふくらませていた。

「さんねんまえがどうとかって…くわしいおはなし、シャルロッテちゃんにもきかせなしゃい!」

 養父ニコラスの手前、猫をかぶっていた彼女だが。持ち前の好奇心を抑えられなくなったらしい。

「そぉですねぇ。シャルロッテさぁんにはぁ、ヴェネローンで巫女の修行をしてた頃のことくらいしかぁ、お話できてませんでしたしぃ」

 エルルがシャルロッテを見る。妹のように可愛がっていた彼女だが、エルル自身が悪夢のゲームに取り込まれてしまってからは。今日まで積もる話もできずにいた。

「そこのオグマしゃまと、ユッフィーしゃんの馴れ初めもでちよ」

 いつの間にか、再会のハグを交わしていたふたりが。幼いと思ってたシャルロッテにズバリと核心を突かれて気まずい表情になる。

(事実ありのままは、子供に話せませんの…!)

 男と女、オトナの話なだけに。ユッフィーがどうしたものかと思案していると。

「シャルロッテは、ああ見えて酒も飲める歳じゃ。エルフとドワーフの血を引く混血でな、成長は地球人よりだいぶ遅いがの」
「シャルロッテちゃんは、おこちゃまじゃないでちよ!」

 オグマが衝撃の事実をユッフィーに告げる。子供扱いされていると感じたシャルロッテが怒った顔をして、つぶらな瞳でジロリとにらんでくる。

「では、貴重なドワっ娘仲間ですのね」

 ユッフィーがオトナの余裕で表情をほころばせて、シャルロッテを見る。当の本人はまだ、疑いの目を向けたままだ。

「3年前、ヴェネローンに通っていた頃。わたくしには仲の良いドワーフの女の子がいました。けれどその後疎遠になってしまい、連絡もつきません」

 アバターをドワーフに設定しているユッフィーの背丈は、シャルロッテと大差ない。胸元についている脂肪のかたまりには、大きな差があるけれど。

「ドワーフ女子の友達ができれば楽しいですし、お互い応援できますね。わたくしはヴェネローンで起きたことをお話ししますので、シャルロッテ様は雪の街のお話をしてくださいませんか?」

 努めて対等に、同じ目線の高さで。ユッフィーがシャルロッテに手を差し出す。

「私からも、お願いいたします。シャルロッテはいずれ雪の街をまとめる、町長となる身。今よりもっと、見識を広める必要があるでしょう」

 ニコラスもまた、ユッフィーにシャルロッテの友人となってくれるように頭を下げる。孤児だった自分を拾い、教育を施し、愛情を注いでくれた養父の頼みとあってはシャルロッテも邪険に扱えず。渋々ながらユッフィーと形式上の握手を交わした。警戒心の残る、ぎこちない握手ではあったけど。

★ ★ ★

「これより語るは、エルルが地球の方々を導く女神となった原点の物語」
「全ての発端は、2017年のクリスマスイブにとある地球人が夢渡りで見た『勇者の落日』と呼ばれる出来事でした」

 宴の席には、アウロラも顔を出していた。ユッフィーの語りに合わせて、オペレータであるアウロラがフリズスキャルヴの記録映像を空間に投影していく。

「エルルやアリサに、ユッフィーさんたち。直接の当事者から濃密な物語を聞ける良い機会ですよ、シャルロッテ」
「はいでち!アウロラしゃま」

 中の人が作家であり、人前でプレゼンをした経験のあるユッフィーの語りは本人いわく「まだまだ発展途上」だが。ミカからは王女の肩書きに恥じないと評され、銑十郎も頼もしさを感じていた。一方でエルルは。

「アウロラ様ぁ、わたしぃは今でもあなたの巫女ですよぉ?」
「女神の先輩として、いつでも私を頼ってくださいね」

 いつも、ヴェネローンの人々に女神として祭り上げられながらも。自分はフリズスキャルヴのオペレーターに過ぎないと公言するアウロラの表情が、今日に限ってはいつになく明るい。まるで我が子の独り立ちを喜ぶ親のような、弟子の活躍を喜ぶ師のような。

「『永久凍結世界』の二つ名で知られる、バルハリア最後の都市国家ヴェネローン。いにしえの災厄『ツンドーラ大爆発』で失われた季節を取り戻す術を求め、評議会は爆心地であるローゼンブルク遺跡の調査に最精鋭の冒険者数十名を派遣していました」

(アリサさんに、闘技場で見かけたクワンダさん。あっちはエルルちゃんの後輩にあたるミキさんかな)

 凍りついた都市の遺跡を、油断なく進む冒険者たち。銑十郎もイーノの小説の読者であり、何度か読み返した覚えのある箇所。今では現実感の薄い、物語の世界と認識しているヴェネローンに飛んだのは事実なのだと、アウロラの記録映像が教えてくれる。

「大規模な人員を動かした理由は、蒼の民の勇者クワンダとミキが見た『蘇る災厄のヴィジョン』。予見の力を持つ彼らは、その阻止に向かいました」「いま、ミキは地球で師の教えを受けに。クワンダはバルドルの玄室とギケイ大王陵の調査に動いてくれておるよ」

 ふたりともこの場にはいないが、アリサが一同に行く先を知らせる。

「人の心を盗み見て、対象の恐怖やトラウマを具現化したり、歪んだ形で願いを叶える『災いの種』。いま地球で量産されているそれと違い、無制限でむき出しの危険な残滓が、氷結の呪いを封じる結界内には満ちています」

 願いを叶える伝説の秘宝として、多元宇宙の無数の異世界にばらまかれた種の脅威を、ユッフィーは放射性物質に例えて語った。ローゼンブルク遺跡は、バルハリアのチェルノブイリかフクシマだと。そこに何らかの意思持つ知的生物が踏み込めば、高濃度の残りかすが思念に反応して再臨界を起こす可能性もある。

 なお、私たちの地球は「農場」としての条件に恵まれる…災いの種を生む格差や歪みに満ちており、ガーデナーの剪定対象から外れているが。現状に甘んじることは、世界の枠を越えた環境問題に無関心でいるのと等しい。

「正体を知らず、ローゼンブルクの都に持ち込まれた災いの種。それを巡る『奪う者』たちの争奪戦の末、暴走した種は都市を丸ごと凍らせ、惑星全土に永遠の冬をもたらしました」
「そりは、アウロラしゃまの神殿で習いまちたね」

 かつて住人であったアウロラが、憂いを帯びた表情で語る。ヴェネローンの市民、アウロラの信徒であれば必ず学ぶ、バルハリアの歴史。銑十郎やミカも、イーノの小説で読んで知っていた。

「あのとき、わらわたちの中には恐れがあった。それが遺跡に残る最悪の罠『再臨界』を起動させ、皮肉にも予見を現実にした。誰もがそうなる可能性があった」

 バルハリアで一番危険な場所に現れる災厄のヴィジョンは、かつてミキの心と身体に消えない傷をつけた宿敵の姿で蘇ったと、実際に目撃し交戦したアリサが語る。遺跡を包む結界から出ることはできないが、それは本人の記憶と全盛期の力を再現したクローンも同然であるらしい。

「ガーデナーの道化人形、全ての元になった底知れぬ憎悪と絶望を秘めし、謎多き道化。奴の行動原理は置き去りにされた弱者の義憤であったとも聞くが、いまの道化人形は黙々とテロを繰り返す自動機械に過ぎぬよ」
「願いと、その願いがもたらす結末はいつも予想できないもの。だから」
「何をどう願うか、何を目指すかはとても大事ですの」

 良かれと思ってしたことが、大変なトラブルや災難を招くこともあると。見た目は少女のマリカが、老成した物言いで幼いシャルロッテに告げる。
 肉体を持たない今のマリカからは、実年齢はうかがえないが。彼女も相応に苦い経験をしているのだろう。

「基本プレイ無料で遊べるゲームが求められた結果、射幸心を煽るガチャによる搾取が生まれました。戦争を長引かせないために開発された毒ガスが、忌むべき外道の兵器と呼ばれるようになりました」

 ユッフィーが、地球人の生んでしまった災いの例を挙げていく。ガーデナーの操る災いの種だけが特別悪いのではなく、目的と手段の設定を誤れば、どこのどんな世界でも悲しきすれ違いは起こると。そして、エルルに気遣うまなざしを向ける。

「わたしぃもぉ、地球人のみなさぁんに『勇者の道』に目覚めてほしいと願った結果、夢渡りのロックダウンが起きる原因を作っちゃいましたけどぉ」

 エルルは自らの過ちを反省はしているが、その目に後悔の色はなかった。

「わたくしたち『夢渡りを信じる』地球人が責任を持って、悪夢のゲームを本来の『勇者育成プログラム』に変えていきますわ」
「それでこそ、ボクもエルルちゃんの『願いの果実』を探す冒険に協力したかいがあるよ」

 マリスもまた、エルルに笑顔を向ける。従来「災いの種」と呼ばれてきたものと、願いの果実は本質的に同一の存在であり。使いようによっては良い結果を残すこともできると、悪魔憑きの娘は語った。

「勇者の落日が起こり、奇跡的に生還を果たしたクワンダ・アリサ・ミキの3名を除く多くの精鋭が未帰還となったとき。ひとつの大それたおせっかいを企てた地球人がいました」

 第三者の視点から、ユッフィーは淡々と話を続ける。その胸中にあるのは歴史の語り部としての使命感。「おせっかい」と評する部分には、批判的な視点も含まれた。

「そのおせっかいこそが、夢にまで出てくるロックダウンの真の原因です」

 エルルは、その人物の提案に肩入れしただけ。そいつが変なことを言い出さなければ、イレギュラーは起きなかった。そこを強調するユッフィー。

「事件の一部始終を夢で見たその者は、それを絵空事と思わず。もうひとつの現実だと認識し、ある奇想天外な方法でヴェネローンの窮地を救おうとしたのです」
「神に代わって科学を信じるようになった地球人にしては、だいぶ変わり者ってとこかしらね」

 目に見えるものが全て、とは限らない。いかに冷静に事実を観察しようにも、そこには見る者の主観が含まれがちと、マリカは付け加えた。

「多様な創作文化を有し、RPGという名の『冒険者ごっこ』を編み出した地球人。歴史をひもとけば、かつては人類全てが冒険者でした。彼らをゲーム感覚で訓練し『勇者候補生』として育成する計画。その実行役にと背後様がPBWの持ちキャラを使い回したアバターが、わたくしですの」

 自分こそ犯人であり、悪い魔女。ユッフィーはエルルをかばうように、繰り返し強調した。

「わたくしは自分のまいた種にけじめをつけるため、ここへ来たのです」「私にも、ライトノベルの『女神様』は務まりそうにありません」

 ユッフィーと顔を見合わせ、アウロラが苦笑いを浮かべる。シャルロッテは不思議そうな顔をした。

「日本では以前、突然の事故で命を落とした人が記憶を保ったまま異世界に生まれ変わり、地球での知識を活かして活躍する物語が流行ったんだよ」

 オタクを自認する銑十郎が簡単に、異世界転生もののライトノベルについて説明する。今では似たような話ばかりがあふれ返って、飽き飽きしているとも付け加えて。

「いつの世にも、来世信仰はあるものよな」
「あたしもソレに近いっちゃ、近いわね」

 分からないながらも、自分なりの理解を口にするアリサと。地球人を嫌悪しながらも、憎みきれないマリカ。彼女が元地球人の「転生者」とも呼べる立場だと明かすと、ミカや銑十郎の表情が驚きに変わった。

「ベナンダンティ仕込みの夢見の技、あとでよろしくご教授願いますの」
「本物の魔女がどういうものか、教えてあげるわ」

 物語は締めに入る。膨大な情報と謎が整理され、聞く者の中で理解が組み上がってゆく。

「勇者候補生計画の実現には、ヴェネローンの人々の協力が必要でした。でもあまりに性急な提案は、市民の反発も招きました」

 彼らの背景に対する理解が不足していたと、ユッフィーは3年前の失敗を冷静に自己分析する。

「彼らは、落人の隠れ里でもあるヴェネローンを探し出し、異世界の壁を越えてたどり着くだけの技量と経験を備えた冒険者たちを深く信頼しており、未熟な地球人に代わりはつとまらないと考えたのです」

 結局のところ、勇者候補生計画はヴェネローン市民の誇りを傷つけるものだったが。彼らもまたフリズスキャルヴという「異世界テレビ」の恩恵を大いに享受しながら、地球人は足元の闇に潜むガーデナーに利用されるがままの「汚れた地の民」だと偏見を抱いていた。

「リーフさぁんはぁ、地球のテーブルトークRPGが好きでぇ。紋章院の中でよく地球文化の研究と言ってぇ、同僚と遊んでいたそうですよぉ」

 ヴェネローンは移民で成り立っている都市国家でもあり、多様な背景を持つ市民がいる。中にはユッフィーの提案に興味や理解を示す者もいた。

「未帰還となった猛将レオニダスに代わり、冒険者たちのまとめ役となったクワンダは『ヒーローだけが世界を救う』時代の終わりを感じておったよ」

 アリサが感慨深げに、当時を振り返る。エルルはユッフィーの行動に勇者の資質を見出し、アスガルティア出身者の長老オグマを巻き込んで、大いにユッフィーを支え励ました。しかし、上司でありながらも母のように接してくれたアウロラ神殿の長エンブラはエルルの身を案じ、怪しげな地球人をヴェネローンより退去させるよう評議会に働きかけた。

「代わりにヴェネローンの評議会が推進したのが、徴兵制の導入と市民軍の結成ね」
「軍服はヒメっちのデザインっすよ!着るのは改まった場だけっすけど」

 こうして、ユッフィーたちはヴェネローンを去ることになった。少し意外だったのは、日本からの招かれざる来訪者とは別枠でヴェネローンに招聘されていたオリンピック金メダリストのミハイルが地球人への差別に抗議。時を同じくして氷の都から去ったことか。彼は我流でフィギュアスケートもどきの格闘術を身につけたミキのコーチ役として、アウロラの強い要望で特別な待遇を受けていた。

「ヴェネローンでは種族やセクシュアリティ、宗教や出自による差別がほぼ無く、お互いの違いを認め合って活かし合う文化がありました。また市民の結束を強める名目で、同性婚や3人以上の婚姻も認められていました。冒険者パーティが全員血のつながらない家族であるケースも、多々あります」

 そんな理想郷ヴェネローンにも、社会の歪みはあった。彼らは、災いの種とガーデナーを異様なまでに敵視し忌み嫌った。それらのせいで、バルハリアは食糧自給もままならない不毛の惑星と化した歴史から考えれば仕方ないとも言えるが。ミハイルは、そこに故郷ロシアと同じような闇を見たのだろうか。

「ミハイルさぁん、地球に夢渡りで来たらレッスンしてあげるって、ミキちゃんに言ってましたねぇ」

 短い間ながら、奇妙だけど相性のいい師弟だったと。エルルはふたりにまつわる思い出を語った。地球の常識ではあり得ない、漫画みたいな格闘フィギュアスケートと正統派フィギュアの出会い。ユーモアのセンスがあるミハイルは、ミキのハチャメチャな技の中にも光るものを見出し。幼い頃に異世界テレビ=フリズスキャルヴの映像で見た、憧れの地球から来た英雄の教えにミキは、夢見る少女に戻って「勇者の落日」で受けた心の傷を癒した。

「ヴェネローンからの退去を命じられた後、地球人たちはそれぞれの日常に戻り、夢渡りの記憶もしだいに薄れていきました。けれど、これで終わりではなかったのです」
「エルルちゃんと地球人たちは、短い間にも大冒険をして『ヘイズルーン』ファミリーとして強い絆を育てていたからね」

 ユッフィーとマリスが顔を見合わせる。エルルの心残りは、彼女が毎晩経験する夢渡りの行き先に無意識の影響を及ぼし。あるとき南国の太陽が照りつける地底世界「エル・ムンド」へたどり着く。

「そこでの冒険でぇ、わたしぃはチカラを貸してくれたミキちゃんやマリスさぁんと一緒に『願いの果実』を見つけるんですけどぉ」

 エルルがそこまで、話したところで。彼女のひざの上から、安らかな寝息が聞こえてくる。

「シャルロッテちゃん、お休みですねぇ」

 特等席で、長い物語を聞いていたシャルロッテは。いつの間にか夢の世界へ誘われていた。

「助かりましたわ」
「そ、そうじゃな」

 オグマと顔を見合わせて、ユッフィーが胸をなで下ろす。話がふたりの濡れ場にまで及んでいたら、危うくお茶の間が凍りつくところだった。

 エルルの無垢な願いが、自分を含む地球人たちを勇者の道へ導いた。悪夢のゲームは現在、運営不在の群雄割拠で無法地帯だが。今度こそつないだ手を離さずに、自分たちの道を歩いて行こう。
 エルルの種族「光翼族」は、かつて地球の北欧神話ではヴァルキリーとも呼ばれた。勇者を導く戦乙女の横顔を眺めながら、ユッフィーは心の中で新たに決意を固めていた。

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