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ベナ拡第7夜:マリカとゾーラ

走るメロン

暗闇の地下迷宮。不思議にも息苦しさを感じないのは、周囲から清浄な空気が湧き出ているから。巨大な木の根が絡まり形成された壁には、ルーン文字が浮き出て淡く光る。ここは遺跡船、フリングホルニの内部。

「オレっちは激怒したっすよ!」

誰かの駆ける足音だけが、あたりに反響する。荒い息と共に、タンクトップのたわわな胸が上下して。

「ビフロスト…こっちであってるっすよね?」

通路から広間に出る。赤いゴーグルの女性が、あたりを見回す。その髪も、赤毛のドレッドヘア。

「ゾーラ!あんた、どこ行くつもりよ?」

目の前に突然現れる、幽霊のような少女。半透明でふわふわ浮いてて、白いネグリジェの裾が風も無しになびいてる。髪は栗色で、紅い瞳。

「マリカっち!」
「その呼び方…変だけど、まあ『教官』って呼ばれるよりはマシね」

幽霊の少女は、あのマリカだった。南国の孤島でマリスと共に、エルルの旅立ちを見送った4人目の仲間。

「どこって、ヒメを助けに行くっすよ」

夢を見る全ての者は、身体が眠る間に精神だけ抜け出して、蝶になって心が望む世界へ飛んでゆく。一晩楽しく過ごしたら、夜明けと共に身体へ戻って朝を迎える。悪い夢を見ても、夢落ちで瞬時に帰ってこれる。普通ならば。

「今、地球へ行ったら『夢落ち』では帰ってこれないの。ロックダウンの結界が、正常な夢渡りを妨げて。もともと邪悪な地球人が、心の癒しを得られずさらに凶暴化して」

ユッフィーの「中の人」は、蝶の姿で異世界へ飛んで行こうとして謎の壁に邪魔された。あれこそが「ロックダウン」の結界だ。

「だったらますます、ヒメをそんなとこには置いとけないっす!」

赤毛のゾーラが、栗毛のマリカをじっと見る。その背後に透けて見えるのは遺跡船フリングホルニに備わった転移装置。

「オレっちたち異世界人は、生身で地球に行けないっすけど。最初からアバターでフリングホルニまで夢渡りしてきてるんだから、大丈夫っしょ?」
「夢落ちで無意識に戻ろうとしても、結界の方へ飛んでっちゃうのよ。別の『抜け道』を探して見つけない限り、脱出は不可能なの」

異世界人が、拡張現実の夢に降り立つことの危険性を説くマリカ。氷の都でヒュプノクラフトの指導教官を任されるだけあって、夢渡りには詳しい。

朝日が登りきる前に、夢から出ないと。意識が身体に戻れずに、夜が来るまで現実と夢の狭間に閉じ込められるの」

ログアウト不可能な、脳内直結型VRMMO。そう言えば、地球人には怖さが分かるだろうか。エルル本人もまた、フリングホルニに身体を置いたまま地球の夜で活動している。

幽体離脱のコントロールが未熟な自分は、どこまで精神が保つか。ゾーラの脳裏に、そんな不安がよぎるも。より強い想いが彼女に覚悟を決めさせた。

「ヒメは、オレっちの家族っすから」

ヴェネローン人は、家族の絆をとても大事にする。それが惑星丸ごと、時の流れまで凍りついた過酷な環境を生き抜く心の拠り所だから。マリカもまたそれをよく理解していた。

「それを言われたら、止めようもないわね」

マリカが道を開ける。その先には、オーロラの如くゆらめき渦巻く光。

汚れた地へ

「ゾーラ、あなたの大切な人を具体的に心に描いて。ビフロストに行き先を示し、彼女の近くへ転移できるようにね」

ヴェネローン市民軍から依頼を受けて、メンバーの指導にあたったときのように。努めて穏やかに、声をかけるマリカ。

「分かったっす」

ゾーラが光の中心へ歩みを進め、渦の中へ手をかざして目を閉じる。彼女のパートナー、オリヒメの姿を脳裏に思い浮かべながら。意識が回想へ飛ぶ。

「ヒメ、腕によりをかけてパスタを作るっすからね」
「期待してるわ」

北欧スタイルの、木の温もりを感じるキッチン。作業着の上にエプロン姿のゾーラが、大鍋に湯を沸かしてパスタをゆでる。その間にベーコンを軽く炒め、フライパンに生クリームとゴルゴンゾーラチーズを加え弱火で溶かす。

食欲をそそるチーズの香りが、フライパンから立ち上る。

思い出す、いつかの食卓。ふたりで過ごした、かけがえの無い日常。ゆで上がったパスタを熱したソースに絡め、塩胡椒で味を整えればできあがり。

「ヒメ、できたっすよ!」

ゾーラが振り返る。しかしそこに、愛しの人はいなかった。ついさっきまで声も聞こえたし、気配も確かにあったのに。

急に、悪寒がした。流れ込む負の感情、悪夢のチカラ。危険を感じたゾーラが目を開ける。見覚えのないヴィジョンが、周囲に投影されていた。またも例の「上映」だ。

「マリカっち!これって…」
「フラッシュバックね。地球の夢世界で、何度か観測されてる」

石の宮殿みたいな場所。ガーデナーの道化人形が立ち会う中、魔法陣を囲んで召喚の儀式が進められる。台座にセットされてゆく、闇色の結晶。悪夢のガチャを200連回すと手に入る、ヘイト水晶だ。

多種多様な仮面の護衛に囲まれながら、固唾を吞んで見守るのは、ベネチアンマスクを付けた肥満体のトカゲ人間。

「ゲームマスター殿、大丈夫なんでしょうね?」
「心配には及びませんよ、山椒太夫サン。姫ガチャ召喚の一番乗り、おめでとうございます」

アラブの富豪みたいな格好のトカゲ人間は、オオサンショウウオの獣人か。

「アイツっすか?ヒメをさらった悪いヤツは」
「獣人だけど、十二支の動物じゃない。地球人のアバターかしらね」

ゾーラとマリカが、道化と話す悪人の正体を推測する。

デロデロデロデロ… デロデロデロデロ… デター!!

独特な音楽が鳴り響き、召喚の光がホワイトアウトした後。魔法陣の中心に立っていたのは、漆黒の髪を姫カットに切りそろえた、ゴスロリ風な着物ワンピースの不思議ちゃん。その目は、前髪で隠れてうかがえない。

「おおっ!まごうことなき、異世界の姫君」

宮殿の主、山椒太夫が声をあげると。周囲の取り巻きたちも歓声をあげた。

「何、ここ…」

不思議ちゃんが不思議そうに、あたりを見回す。

「そなた、名は何という」

山椒太夫が歩み寄り、黒髪の女性に名をたずねる。

「私はオリヒメ。悪いけど、うちのボスと間違えたんじゃないの?」

彼女の首には、衣装と調和しない禍々しい呪いの首輪。召喚対象の反逆を防ぎ、服従させるための装置か。

「ヒメ!」

ゾーラが思わず叫ぶ。ヴィジョンが歪み、唐突に途切れる。転移装置に火花が散る。想定外の負荷がかかったのか。

「ちょっと!」

マリカが警告の叫びを上げるも、すでに遅く。ふたりともそろって、地球のどこかへ転移してしまった。

「誰じゃ、ビフロストを勝手に起動したのは」

フリングホルニの指令室で、オグマ本人がトラブル発生の表示を見上げた。

助っ人を呼ぼう

「ユッフィーさぁん」
「銑十郎さぁん」

宿敵ドリルシーカー改との、死闘を制した翌日の夜。1031シェルターを旅立つときに聞いた、謎のご隠居からの助言に従って。ユッフィーと銑十郎が近くの松戸南部市場を目指し、街灯の明かりが連なる道路を歩いていると。

それぞれの担当のエルルちゃんズが、急に腕を組んで顔を見つめてきた。

「おふたりはぁ、夫婦ですよねぇ?」

もともとは、ゲームの中だけの恋人ごっこ、夫婦ごっこだったけど。この夢の中で、困難を共に乗り越える仲間として。本当の夫婦みたいな信頼関係を築こうと、私は意を決していたけど。彼の胸中までは分からない。

「はいですの」
「照れるけど、そうなるね」

顔を見合わせながら、うなずく両者。

「でしたらぁ、赤ちゃんをつくりましょお!」
「ええっ!?」

いきなりの、爆弾発言。ユッフィーも銑十郎も、驚きに目を丸くする。

「ケルベルスさぁんは、言いましたぁ。ユッフィーさぁんが困ったときぃ、生命誕生のヒュプノクラフトを使えばぁ、分身をつかわすってぇ!」

代わる代わる、事情を語るエルルちゃんズ。夢を忘れる以前のユッフィーが「勇者育成プログラム」を考案し、氷の都ヴェネローンでその実現に向けて奔走したこと。しかし現地の理解を得られず、追放の憂き目にあったこと。

「ヴェネローン。オグマ様が言ってた場所のことですわね」
「ユッフィーさぁんが追放された後もぉ、わたしぃは協力者のリーフさぁんと一緒に実現の道を探し続けてぇ、ついに願いを叶えたんですぅ!」

南国の異世界カラヴィアンで育てた、願いの果実。幻の星獣ケルベルスとの出会い。仲間に見守られ、地球へ旅立ったエルルちゃんズ。

「聞いた話では。ヴェネローンではあの後、徴兵制を導入。姫将軍アリサを旗頭に立て、市民軍をフリングホルニに派遣してきたのじゃよ」
「ビフロストをガーデナーに掌握されたらぁ、直接ヴェネローンに攻め込まれるおそれもありますからねぇ」

ユッフィーの胸元で、首飾りのオグマも重要な情報を語った。

「そんなことが、あったんですのね」

まさに、核心に迫る話。記憶を失う前のユッフィーが、なぜ氷の都でそんなことを考えたかは分からない。けれど、自分が去った後もそこまで尽力してくれてたなんて。エルルちゃん、愛が深いよ。それは重さでもあるけれど。

うつむき、思案に暮れるユッフィー。

たぶん、勇者育成プログラムがヴェネローンでは叶わないと知った時点で。夢を忘れることを想定した私は、オグマと契約しブリーシンガメンを作らせ再起の可能性に賭けたのだろう。作家らしい逆転劇と言うべきか。

「銑十郎様」
「ユッフィーちゃん?」

ダンナを見上げるユッフィー。緊張し、改まった態度となる銑十郎。

「今後、必要と判断したら。お願いしてもいいでしょうか」
「…考えておくよ」

夫婦の返答に、抱き合って喜ぶエルルちゃんズ。

「わたしぃがぁ、ユッフィーさぁんの中の人の赤ちゃんを産んでも良かったんですけどぉ」

思わず、吹き出しそうになる。私のエルルちゃん、また恥ずかしいことを。

「おぬしのおっぱい枕は、わしのものじゃ」

首飾りのオグマが、本来の姿への変身解除を許してくれない以上。おっさんの私が、ユッフィーの姿での出産を覚悟しなければならない…!

「待て。その槍は…」

歩きながら話してたら、ちょうど区切りのいいとこで。マキナの宿敵たちの包囲陣地の前へ到着した。一同に緊張が走る。

「そうか、試練を乗り越える者が現れたか」
「我々は、お前たちの通過を認めよう」

ドリルシーカー改が姿を変えた、ユッフィーのドリルハルバード。達成の証を見届けた量産型のドリルロボたちが、驚くほどすんなりと道を開ける。

「ご隠居さんたち、通れたのかな?」

嫁と共に通過を許された銑十郎が、ふと浮かんだ疑問を口にすると。

「マキナの宿敵たちが、承認欲求の生んだ怪物なら。罠の谷に仕掛けられた『罠』の正体も、承認欲求の闇。彼は元から、自由だったのでしょう」

夜空を見上げるユッフィー。

自由気ままなご隠居と、お供のエルルちゃん。今ごろ、どこを旅してるのだろうか。人生はRPG…ドラジャニ生みの親、ハリー・ユージーンの名言が頭に浮かんだ。

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