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ドラクエ羅生門

 ある日の夕方のことである。ゲニンという男が、ラ・ショー門の下で雨がやむのを待っていた。
 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、ところどころ顔料のはげた、大きなギリシャ風の石柱に、キリキリバッタが一匹とまっている。ラ・ショー門が、ラーミア通りにある以上は、この男のほかにも、雨宿りをするターバンかわのぼうしが、もう2〜3人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。
 なぜかと言うと、この2〜3年、王国の都には、うごくせきぞうの地響きとか暴嵐天バリゲーンとかフレイザードとかなんでもなめ回すボストロールとかいう災いが続いて起こった。そこで市内のさびれ方はドムドーラの町の廃墟も同然だった。古い石板によると、教会の女神像や祭壇を打ち砕いて、その顔料がついたり、金銀の箔がついたままの木を、道端につみ重ねて、薪として売っていたということである。市内がそのありさまであるから、ラ・ショー門の修理などは、元より誰も放置してかえりみる者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、キツネヶ原から移民してきたキツネもじゃらきラクーンが住む。ごろつきぬすっとウサギが住む。とうとうしまいには、引き取り手のないただのしかばねを、この門へ持ってきて、棄てていくという習慣さえできた。それをすてるなんてとんでもない!そこで、太陽が見えなくなると、誰でも気味悪がって、この門の近所では足踏みをしない事になってしまったのである。
 その代わりおおがらすデスフラッターがどこからか、たくさん集まってきた。昼間見ると、そのカラスたちがムクドリのように輪を描いて、屋根のてっぺんのマーマンシャチホコのまわりを啼きながら、飛び回っている。とくに門の上の空が、メラゾーマではないメラのような夕焼けで明るくなるときには、それがゴールドシャワーをまいたようにはっきり見えた。カラスは、もちろん、門の上にあるくさったしたいの肉を、ついばみに来るのである。ーーもっとも今日は、時間が遅いせいか、一羽も見えない。ただ、ところどころ、崩れかかった、そうしてその崩れ目におばけキノコの生えた石段の上に、うまのふんが、点々と茶色くこびりついているのが見える。ゲニンは7段ある石段の一番上の段に、うす汚れたマッスルボディの尻を据えて、右のほおにできた、デーモンスピリットにも見える大きなニキビを気にしながら、ぼんやり、雨の降るのをながめていた。
 吟遊詩人はさっき、「ゲニンが雨がやむのを待っていた」と書いた。しかし、ゲニンは雨がやんでも、特別どうしようというあてはない。しかしなにもおこらなかった!ふだんなら、もちろん、レイクナバの武器屋へ帰るべきはずである。ところがその店主からは、4〜5日前に解雇された。前にも書いたように、王国の都はハンパじゃなく荒廃していた。今このゲニンが、長年、使われていた主人から、解雇通知されたのも、実はこの荒廃の小さな余波にほかならない。だから「ゲニンが雨がやむのを待っていた」というよりも「激しい雨で行き場を失ったゲニンが、途方にくれていた」という方が、適当である。その上、今日の空模様も少なからず、このドラクエあるあるのゲニンのLoveSong探してを聞きながらじゅもんがちがいますと言われたときみたいなセンチメンタルジャーニーに影響した。午後4時過ぎから降り出した雨は、いまだにやむ気配がない。そこで、ゲニンは、何をおいてもとりあえず明日の暮らしをどうにかしようとしてーーいわばどうにもならないことを、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきからラーミア通りに降る雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。
 雨は、ラ・ショー門をつつんで、遠くから、ざあっというライデインの音をあつめて来る。夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜めにつき出したガーゴイルの先に、重たくうす暗い雲を支えている。
 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる場合ではない。選んでいれば、ツキジめいた道ばたの土の上で、飢え死にをするばかりである。おお、ナムアミダブツ!そうして、この門の上へ持ってきて、アニマルゾンビのように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすればーーゲニンの考えは、何度も同じ道を無限ループしたあげくに、やっとこの場所でエンカウントした。しかし、この「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。ゲニンは、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すればタワー」のかたをつけるために、当然、その後に来るべき「盗賊に転職するよりほかに仕方がない」ということを、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。
 ゲニンは、うっかりくろこしょうをまいた!大きなくしゃみをした!それから、面倒臭そうに立ち上がった。夕冷えのする王国の都は、もうけがわのコートがほしいくらいの寒さである。風は門に立ち並ぶ石柱の間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。ギリシャ風の石柱にとまっていたキリキリバッタも、もうどこかへ行ってしまった。
 ゲニンは、首をガメゴンのようにちぢめながら、色黒のマッスルボディに羽織った緑色マントの肩を高くして門のまわりを見まわした。雨風の心配がなく、人目に触れずに、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。すると、幸い門の上のダンジョンへ上る、幅の広い、これも顔料を塗ったハシゴが目についた。上なら、どうせ人がいたにしても、へんじがないただのしかばねばかりである。ゲニンはそこで、腰にさげたはじゃのつるぎが鞘走らないように気をつけながら、ブーツをはいた足を、そのハシゴの一番下の段へふみかけた。ザッザッザッザッ
 
それから、何分かの後である。ラ・ショー門ダンジョンの上へ出る、幅の広いハシゴの中段に、一人の男が、プリズニャンのように身をちぢめて、息を殺しながら、上の様子をうかがっていた。ダンジョンの上からさす火の光が、かすかに、その男の右のほおをぬらしている。短いヒゲの中に、メガザルロックのように赤く膿を持ったニキビのあるほおである。ゲニンは、始めから、この上にいる者は、ただのしかばねばかりだと高をくくっていた。それが、ハシゴを2〜3段上ってみると、上では誰かたいまつの火を灯して、しかもその火をそこここと歩き回る人魂のように動かしているらしい。

BGM:ドラクエ3「幽霊船」

 これは、その濁った、メラゴーストのような黄色い光が、すみずみにアラクラトロの巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、このラ・ショー門の上で、火をともしているからには、いずれにせよただの村人ではあるまい。
 ゲニンは、ポイズンリザードのようにしのびあしで、急なハシゴをやっと一番上の段まで這うように上りつめた。そうして体をできるだけ、平らにしながら、頭をできるだけ、前へ出して、おそるおそる、ダンジョンの中をのぞいてみた。
 見ると、ダンジョンの中には、街の人から聞いた噂通り、いくつかのくさったしたいが、無造作に棄ててあるが、たいまつの光の及ぶ範囲がドラクエ1のダンジョンみたいに思ったより狭いので、数はいくつともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸のただのしかばねと、服を着たくさったしたいとがあるという事である。もちろん、中には女も男もまじっているらしい。そうして、そのただのしかばねはみな、それが、かつて生きていた人間だという事実さえ疑われるほど、どろにんぎょうのように、口を開いたり手を伸ばしたりしてふしぎなおどりをおどりながら、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸の高くなっている部分に、ぼんやりとしたたいまつの明かりをうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久にマホトーンをかけられたかの如く黙っていた。
 ゲニンは、それらのくさったしたいの臭気に思わず、鼻をおおった。しかし、その手は、次のターンには、もう鼻をおおうことを忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。ゲニンはゾーンにはいった!
 
ゲニンの目は、その時、はじめてそのくさったしたいの中にうずくまっている人間を見た。みずのはごろもを着た、背の低い、やせた、白髪頭の、オコボルトのようなまほうおばばである。そのおばばは、右の手に火をともしたたいまつを持って、そのただのしかばねの一つの顔をのぞき込むようにながめていた。髪の毛の長いところを見ると、たぶんウィッチレディのただのしかばねであろう。
 ゲニンは、6割の恐怖と4割の好奇心とに動かされて、少しの間は呼吸をするのさえ忘れていた。古い石板の作成者の言葉を借りれば「魔王の城に足を踏み入れた」ように感じたのである。するとおばばは、たいまつを、石畳の隙間に差して、それから、今までながめていたただのしかばねの首に両手をかけると、ちょうど、あばれザルの親がキラーエイプの子の毛づくろいをするように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。おお髪よ!一本ずつ手に従って抜けたまえ!!

BGM:教会で生き返らせるときの曲

 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、ゲニンの心からは、恐怖が少しずつ消えていった。そうして、それと同時に、このおばばに対するハゲしい憎悪が、少しずつ動いてきた。ーーいや、このおばばに対するといっては語弊があるかもしれない。むしろ勇者のように、あらゆる悪に対する反感が1分ごとに強さを増してきたのである。この時、誰かがこのゲニンに、さっき門の下でこの男が考えていた、腹が減って飢え死にするか盗賊に転職するかという問題を、改めて持ち出したら、おそらくゲニンは、我が生涯に一片の悔いなく、飢え死にを選んだ事であろう。それほど、この男の悪を憎む心は、おばばの石畳に差したたいまつのように、勢いよく燃え上がり出していたのである。

BGM:機動武闘伝Gガンダム「燃え上がれ闘志 忌まわしき宿命を越えて」

 ゲニンには、モチのロン、なぜおばばがただのしかばねの髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、頭の中で議論する天使と悪魔どちらの意見を採用すればいいか知らなかった。しかしゲニンにとっては、この雨の夜に、このラ・ショー門の上で、ただのしかばねの髪の毛を抜くという事が、それだけですでに許すべからざる悪であった。

BGM:FF6「許されざる者」

 もちろん、ゲニンは、さっきまで自分が、盗賊に転職する気でいた事などは、とっくに忘れていたのである。
 そこで、ゲニンは、両足に力を入れて、いきなり、ハシゴから上へ飛び上がった。そうしてはじゃのつるぎに手をかけながら、大股におばばの前へ歩みよった。おばばがおおめだま飛び出して驚いたのはいうまでもない。
 おばばは、一目ゲニンを見ると、まるでブーメランムチにでも弾かれたように、飛び上がった。おばばはてんじょうにあたまをぶつけた!
「おのれ、どこへ行く。大魔王からは逃げられない…!!

BGM:ドラクエ4「戦闘〜生か死か〜」

 ゲニンは、おばばがくさったしたいにつまずきながら、あわてふためいてにげだした!行く手を、しかしまわりこんだ!してふさいで、こう罵った。まほうおばばは、それでもゲニンにバシルーラをとなえた!しかしMPがたりない!ゲニンはまた、それを行かせまいとして、押しもどす。二人はただのしかばねの中で、しばらく、無言のまま、つかみあった。しかし勝敗は、はじめからわかっている。ゲニンはとうとう、おばばの腕をつかんで、無理にそこへねじ倒した。ちょうど、おおくちばしの脚のような、骨と皮ばかりの腕である。
テイテイテイ!何をしていた。イエ!言わないと、これだぞ」
 イエティの口調が伝染ったゲニンは、おばばをつき放すと、いきなり、はじゃのつるぎの鞘を払って、白いオリハルコンの色をその目の前へつきつけた。けれども、おばばは黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、目を、おおめだまがまぶたの外へ出そうになるほど見開いて、マホトーンでもかけられたようにしつこく黙っている。これを見ると、ゲニンははじめて明白にこのおばばの生死が、ぜんぜん前世、自分の意思に支配されているということを意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。あとに残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。

BGM:ドラクエ3「そして伝説へ」

 そこで、ゲニンは、おばばを見下しながら、少し声を和らげてこう言った。「オレはお城の衛兵などではない。ついさっきこの門の下を通りかかった旅人だ。だからお前を捕まえて、地下牢に放り込むなんて事はない。ただ、今ごろこの門の上で、何をしていたのか、それをオレに話しさえすればいいのだ。」
 すると、おばばは、見開いていた目を、いっそう大きくして、じっとそのゲニンの顔を凝視した。まぶたの赤くなった、ヘルコンドルのような、鋭い目で見たのである。それから、シワシワで、ほとんど、鼻とひとつになった唇を、何かお菓子でも噛んでいるように動かした。細いのどで、尖ったのどぼとけが動いているのが見える。その時、そののどから、おおがらすの啼くような声が、あえぎあえぎ、ゲニンの耳へ伝わってきた。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、ニューフェイスウィッグにしようと思うたのじゃ。そうすれば、おばばもスーパースターじゃ!へっへっへ
 テーレッテレー!おばばの背後が明るく光った気がしたが、ゲニンは、おばばの回答が案外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、ヒャダルコな侮蔑と一緒に、心の中へ入ってきた。すると、その気配が、先方へも通じたのだろう。おばばは、片手に、まだただのしかばねの頭から奪った長い抜け毛を持ったまま、フロッガーのつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を言った。
「なるほどな、ただのしかばねの髪の毛を抜くという事は、どれほど悪い事かもしれぬ。じゃが、ここにいるただのしかばねどもは、みな、それくらいの事を、されてもいい人間ばかりじゃよ。さっき、ワシが髪を抜いていたウィッチレディなどはな、やまたのおろちバギムーチョで12センチほどに切って干したのを、干し魚だと偽って、王宮戦士の兵舎へ売りに行っていたんじゃ。ついでにゴールドと引き換えにぱふぱふをしてあげてたかもしれんのう。疫病にかかって死ななければ、今でも売りに行っていたじゃろう。それでな、このウィッチレディの売る干し魚は、味がよいと言うて、王宮戦士どもが、欠かさずおかずに買っていたそうな。ワシは、このウィッチレディのした事が悪いとは思うておらぬ。そうせねば、飢え死にするのじゃから、仕方がなくやった事であろう。同情するなら金をくれ!さすれば、今また、ワシのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これもまたしなければ、飢え死にするから、仕方なくする事じゃわい。じゃから、その仕方がない事を、よく知っていたこのウィッチレディは、おおかたワシのする事も大目に見てくれるじゃろう。」
 おばばは、だいたいこんな意味の事を言った。
 ゲニンは、はじゃのつるぎを鞘におさめて、そのはじゃのつるぎの柄を左の手でおさえながら、クールでハードボイルドに、この話を聞いていた。もちろん、右の手では、メガザルロックのように赤くほおに膿を持った大きなニキビを気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いているうちに、ゲニンの心には、ある勇気が生まれてきた。それは、さっき門の下でこの男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、このおばばを捕まえた時とは、ぜんぜん反対な方向に動こうとする勇気である。

BGM:コードギアス 反逆のルルーシュ「Previous Notice」

 ゲニンは、飢え死にするか盗賊に転職するかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの男のマインドセットから言えば、飢え死になどという事は、ほとんど、考える事さえできないほど、アウトオブ眼中であった。
「きっと、そうか。Have a break, Have a kitkat
 おばばの話が終わると、ゲニンはあざけるような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手をニキビから離して、おばばのえり首をつかみながら、噛みつくようにこう言った。
「では、オレさまがひったくりをしようと恨むまいな。オレさまもそうしなければ満腹度0飢え死にしてしまいそうだ!ゆるしてくれよ!な!な!
 ゲニンは、すばやく2回行動で、おばばのローブをはぎ取った。それからマドハンドのように足にしがみつこうとするおばばを、手荒くムーンサルトでくさったしたいの上へ蹴倒した。ハシゴの口までは、シャドーステップでわずかに5歩を数えるばかりである。ゲニンは、はぎ取ったみずのはごろもをわきにかかえて、またたく間に急なハシゴを夜の底へかけ下りた。ピュー
「おお、おばばよ!ひったくられてしまうとは、なさけない!」

 どこからかふしぎな声が聞こえると、しばらく、死んだように倒れていたおばばが、ただのしかばねの中から、その裸の体を起こしたのは、それから間もなくの事である。おばばは呪文をとなえるような、うめくような声を立てながら、まだ燃えているたいまつの光をたよりに、ハシゴの口まで、這って行った。そうして、そこから、短い白髪をさかさまにして、門の下をのぞきこんだ。外には、ただ、ギアガの大穴のような底無しの闇夜があるばかりである。
 のちの大盗賊カンダタ、若かりしころのエピソードであった。

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