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商人のDQ3【64】呪われた海賊たち

 さまよえる幽霊船、フライング・ダッチマンの伝説。

アフリカ大陸南端近くの喜望峰近海で、オランダ人船長が風(あるいは神)を罵って呪われた。船は幽霊船となり、船長はたった1人で永遠に(あるいは最後の審判の日まで)さまよい続けることとなった。

 以前、ロマリアが魔王軍の不死軍団に襲われたとき。たった一隻で魔王軍の幽霊船団と戦う謎の船を、マリカとアッシュは目撃しました。その船も、また別の幽霊船。

「母さんが昔、幽霊船の話を聞かせてくれたの」

 シャルロッテたちがイシス・アッサラーム・バハラタ方面を旅している間、マリカは独自に幽霊船の調査を始めます。そして、マリカの母から再度話を聞くと…彼女はとんでもないことを言い出したのです。

「あたしゃね、子供の頃は幽霊船の『お客さん』だったのさ」

 なんでも、フライング・ダッチマン号の「正式な乗員」は7年に1日しか上陸できず海上をさまよう呪いを受けており、年を取らないが「お客さん」は例外なようです。

 マリカの祖母「マリス」は、船上で出産した女の子に「ラティナ」と名付けて海の上で育て、7歳の誕生日にフリウリ村へ預けました。それがマリカの母親。ネーミングセンスが何故か戦闘民族で、父親は誰?

 子供であるうちは、確たる意思と覚悟を持って船員になりたいと願わなければ、呪いの影響を受けない。海の男たちの聖域とも呼べる、不思議な船。

「もし母さんに会うなら、ダッチマン号の乗員で恋人を陸に残してきた水兵エリックのために、オリビアの行方を探してくれないかい?」

 もう何年前のことだったかしらねと、フリウリ村のマリカの実家で。彼女の母親は懐かしそうに、昔話をしてくれました。

「でね、オリビア岬の『土地に残る記憶』の夢にダイブしてたら、いきなりシャルロッテと鉢合わせしたの。あのときはびっくりしたわ」

 外洋航海船で、船首付近に立ってタイタニックごっこしながら。マリカがアッシュと話しています。それ、縁起悪いですよ!?

「オリビアさんは、人間だったときの記憶を失い人魚としてあの岬で楽しく暮らしているんでしたね。でも、もし何か思い出の品でも見せれば」
「ええ、きっとエリックのことを思い出すと思うわ」

※ ※ ※

 ふたりが船内の見回りに戻ります。今回の航海に先立って、船の建造段階からアッシュ少年は入念な準備をしていました。なぜなら大航海時代の船乗りは…

「溺死の危険がある牢獄」「牢獄のほうがまし」

 と呼ばれるくらい、ブラックな職場だったからです。外洋航海船は当然、乗員を必要とする乗り物です! ドラクエで描かれた場面は、幽霊船くらいでしょうか。
 その過酷ぶりは、以下の動画をご覧ください。

「主な問題点は、劣悪な衛生環境真水の確保壊血病対策ですね」

 船の設計方針を話し合う会議で、アッシュ少年は船乗りから聞き込み調査をした結果を船大工たちにプレゼンしていました。アントニオじいさんや、酒蔵の娘エルル、エルフの道具屋ハティまでもが出席しています。

「真水については、海水を濾過する装置を試作してみました」

 アッシュ少年が、木製の漏斗に炭や布を重ねた濾過装置で海水からほぼ真水に近いものを取り出す実演に、会場がどよめきます。ミネラルたっぷりの製塩にも応用可能。

「普段の飲み水はぁ、エールですぅ! ライムエールがてっぱぁん!!」

 エルルが酒蔵「ヘイズルーン」特製のエールに、ライム果汁を絞ったカクテルを来場者に振る舞います。未成年のアッシュとマリカは、ライムジュースで。
 ジパングのような綺麗な水に恵まれないヨーロッパで、水代わりに飲まれていたエールビールと、壊血病対策のかんきつ果汁の組み合わせ。

「おおっ、さわやか!」
「何杯でもいけますなぁ!」

 エジンベア海軍では、船乗りによく起こる壊血病の予防にライムジュースをよく飲んでいました。ここでの「ライム」は、レモンのことも含みます。

イギリス人のことを "ライム野郎 (limey) " と呼ぶアメリカのスラングは、イギリス海軍が壊血病予防としてライムジュースを服用していたことに由来する。(Wikipedia「ライム」の項目より引用)

「あとぉ、ザワークラウトに梅干しもありますよぉ!」

 エルルちゃんが、ジパングに夢渡りしてたときの経験が活きました。ヨーロッパで入手可能な、近い種類の果実(アプリコット?)で作った梅干し。もしジパングが、大々的に外洋に乗り出していたら。きっと重宝された保存食でしょう。

「んんっ!」
「すっぱ〜い!!」

 エルルに勧められて、梅干しもどきを口にしたアッシュが思わず顔を歪め。マリカも笑いながら試食して、同じく変顔になりました。

「多少フナクイムシに喰われてもホイミかければ元通りな船があれば最強じゃない?」

 海のシロアリ、船の天敵。フナクイムシへの防護策を、好奇心いっぱいの瞳でエルフの道具屋ハティが一同に語ります。人間を毛嫌いしてたはずの彼女ですが、アントニオじいさんが設計した大聖堂の話を聞いて模型を見せてもらったりアッシュ少年の発明品を見ているうちにすっかりハマってしまい。いまでは完全にデレ期に入ってました。

「ホイミで治せる船、つまり生きてる植物で船をつくるってこと!?」
「そうよ! エルフの魔法なら、不可能じゃないわ」

 マリカの問いに、ハティが薄い胸を張って答えます。これには、人間の船大工たちがどよめきました。

「錆びない金属の船を作ればフナクイムシ問題は解決すると思ったが、さすがに回復呪文では治せんからなあ。加工もひと苦労だ」
「ホイミなら、アッシュやシャルロッテも使えるわね」

 後の航海にシャルロッテは不参加となりましたが、代わりに賢者となったマリカが回復呪文の使い手に。シャルロッテはベホイミまでしか習得できませんでしたが、マリカならいずれベホマ以上の呪文まで覚えるでしょう。

「魔法の道具づくりなら任せて! 人間の職人さんは、いつも通りのやり方で船を造ればいいから」

 いまアッシュたちが乗っている船は、植物を生きたまま船のカタチに加工したもの。マリカのために作られた枝豆ソードは、同じ技術で作られた副産物でした。

「植物が太陽から吸収したチカラで動く船。古代アリアハン顔負けですね」

 完成した外洋船を見たとき。アッシュ少年も、スケールの大きな不思議さに圧倒されました。

 マストがそのまま、甲板に生えた大樹となっているファンタジックな外観の船。枝にはライムやレモン、様々な果実が実っており。甲板下に設けられたトイレで、根っこに肥料を補給する仕組みになっています。なんてエコ。

※ ※ ※

 航海はほぼ、何事もなく順調に進み。襲ってきた魔物たちもあっさりと、歴戦の冒険者に撃退されます。そして問題の海域、喜望峰近海…テドン沖に船が差し掛かったとき。

「あれが、おぬしの祖母が乗っておる船じゃな」
「うん。一度夢渡りで行ったことがあるから、間違いないわ」

 アミダおばばの問いかけに、うなずくマリカ。急に霧が濃くなったと思うと、表面にコケやフジツボがびっしり生えた不気味な船のシルエットが霧の中に浮かび上がってきました。

「やあ、待っていたよ」

 幽霊船から、海賊船長の帽子をかぶった少女が手を振ります。

「えっ、マリカさん?」

 アッシュ少年が、思わず海賊少女の姿を隣のマリカと見比べます。ふたりとも、一部を除いてはあまりに似た容姿で。

「アッシュも、胸の大きな子が好きなの?」
「いえ、そうじゃなくて!」

 マリカとアッシュの「若い」やりとりに、おばばも思わず吹き出します。

「お〜お〜、いつの間に恋人なんか作っちゃって。さすがボクの孫!」

 幽霊船には不似合いな、微笑ましいやりとり。これが呪われた海賊マリスと、勇者一行の出会いでした。


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