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三条堺町のイノダっていうコーヒー屋へね

2020年の春、京都は静かなのだそうだ。
私は東京在住でたまに京都に行くが、人がいない京都というのはイマイチ想像がつかない。

京都はパン屋が多いと聞く。喫茶店も多いらしく、ガイドブックなどにも数多くの有名(なのだろう)な喫茶店が紹介されている。

その有名な喫茶店の一つに「イノダコーヒー」がある。
私は機会に恵まれず行ったことがないが、しかし、あの辺りを歩いていると、必ず口ずさんでしまう唄がある。

三条へ行かなくちゃ
三条堺町のイノダっていう
コーヒー屋へね
あの娘に逢いに
なに 好きなコーヒーを
少しばかり

「コーヒーブルース」 作詞・作曲 高田渡
(Bellwood 1971-78 CLASSICS高田渡『ごあいさつ』 歌詞カードより引用)

高田渡という人物について、なぎら健壱著『日本フォーク私的大全』(ちくま文庫・1992年第2刷)から紹介する。

1949(昭和24)年1月1日生まれ、岐阜県出身。高校時代から曲作りを始め、『自衛隊に入ろう』『大ダイジェスト盤三億円強奪事件の唄』などの風刺のきいた曲で一躍その名を知られ、69年2月にURCからレコードデビュー、高石友也、岡林信康らとともにメッセージ・フォークの先駆者として活躍する。(引用者注 2005年死去)

なぎら健壱著『日本フォーク私的大全』P73「高田 渡」

最近だと2016年に「ガリガリ君」の25年ぶりの値上げの際、製造・販売元(赤城乳業)が制作したお詫びTV-CMで流れていた「値上げ」で話題になった。

さて、その高田の「コーヒーブルース」だが、先に挙げた、なぎらの著書をもう少し読み進めてみる。

七一年には、それまで住んでいた京都から東京に移り住み、サード・アルバム、名作『ごあいさつ』を発表する。
その中に収録されている<コーヒーブルース>の「♪三条へ(略)」というフレーズを聞いて、フォーク好きの若者は京都に行くと必ず、喫茶店のイノダを訪ねたものである。

なぎら健壱著『日本フォーク私的大全』P89-90「高田 渡」

早川義夫著『ラブゼネレーション』(シンコーミュージック、1992年初版)を読むと、京都に住んでいた時代の高田がどれだけイノダコーヒーが好きだったかがわかる。

僕が大阪からの帰り、京都による時は、高島屋の前で三〇分待たされ、六曜社につれていかれ、イノダにつれていかれ、わびすけにつれていかれ、最後にもう一度イノダにいかされる

早川義夫著『ラブゼネレーション』(シンコーミュージック、1992年初版)
P170 「高田渡君おめでとう」
初出『新譜ジャーナル』昭46・6
※太字、引用者

しかし、高田渡というと「コーヒー」より「お酒」のイメージが強い。
高田のお酒にまつわる逸話については別の機会に譲るとして、今日はイノダコーヒーだ。

「お酒」というキーワードで手元にある本をたよりに、居酒屋探訪家の太田和彦氏を挙げてみる。彼は「ひとり飲む、京都」という本まで書いてしまうほど、京都(と居酒屋)がお好きである。
しかし、太田は本店派ではないらしい。

(略)「イノダコーヒー」でひと休み。おなじみイノダも、最近は三条支店奥の楕円形カウンターがお気に入りだ。六穴もあるガス台には、さまざまな琺瑯ほうろう水差しや寸胴が置かれ、白衣蝶ネクタイの店員が忙しげに立ち働く。コーヒー一杯にここまで手をかけるのは町の文化だ。砂糖ミルク入り「アラビアの真珠」をゆっくり味わった。

太田和彦著『ひとりで、居酒屋の旅へ』(単行本)(晶文社、2006年初版)
P232-P233「ひとり旅・ひとり酒 京都の会員制バーにふらり」

三条支店派である理由を、『ひとり飲む、京都』でこう説明している。

近くのイノダコーヒー本店は朝七時から、この三条店は十時からやっている。外の通りに置いた大きな鉄製コーヒー挽き機を目印に、広い売店とテーブル席を抜けた先が、私の座る大きな楕円形カウンターだ。本店も広く気持ちがよいが丸テーブルを一人で独占するには気が引ける。その点こちらは都合がよい。一人で来ても大きな円形カウンターに互いを見て座るのは、なんとはなしの連帯感もわく。

太田和彦著『ひとり飲む、京都』(単行本)(マガジンハウス、2011年第二刷)
P28「夏編 2日目」

太田はそこで、『好きなコーヒー』である「アラビアの真珠」をゆっくりと味わうのである。

三条支店を出て、高田がそうしたように、最後に堺町の本店へ戻る。案内は太田だ。

イノダコーヒー三条支店から錦市場へ向かう堺町通にあるイノダコーヒー本店は大きな町家で、南米航路風の大きな汽船模型とここも大きなコーヒー挽き機が目印だ。手前の売店を抜けた奥は天井高い吹き抜けとゆったりした配席の喫茶室になる。つねに空席を待つ客がいるが、先客は決してせかされることはなく、コーヒーだけでなくゆったりした時間を持ってもらうのが喫茶店であることを守る。

太田和彦著『ひとり飲む、京都』(単行本)(マガジンハウス、2011年第二刷)
P33「夏編 2日目」

私も今度こそ、「イノダコーヒー」に行ってみようと思う。
「コーヒーブルース」を口ずさみながらウキウキと三条通や堺町通をあるき、そして、店内で「少しばかりの好きなコーヒー」を飲みながらゆったりした時間を過ごしたい。
そんな日が一日も早く来れば良いな、と切に願う。

(追記) その後、本店に伺った。表紙の写真は2021年3月19日撮影


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