NHK「ドキュメント72時間」でも紹介された「ゆめパ」~映画『ゆめパのじかん』~

本作の舞台である「ゆめパ」が、NHKの「ドキュメント72時間」で紹介されました(2022年9月2日放送「“どろんこパーク” 雨を走る子どもたち」)


「ゆめパ」
どこかのテーマパーク施設の略称にも聞こえる。
子どもたちにとって夢のような場所という意味では当たらずとも遠からずで、しかし決定的に違うのは、出来合いの遊具どころか世話をしたり監視したりする大人がいないこと。
何より違うのは、そこが神奈川県川崎市の施設であるという点だ。

「ゆめパ」の正式名称は、「川崎市子ども夢パーク」。
ここでの子どもたちの姿を記録したドキュメント映画が『ゆめパのじかん』(重江良樹監督、2022年。以下、本作)である。
「ゆめパ」について、本作パンフレットではこう紹介されている。

神奈川県川崎市高津区にある子どものための遊び場。2000年に制定された「川崎市子どもの権利に関する条約」をもとに市民参画で作られた。工場跡地を利用した約1万㎡の広大なプレーパークエリア、音楽スタジオや創作スペース、ゴロゴロ過ごせる部屋のほか、学校に行っていない子どものためのの「フリースペースえん」が開設されている。乳幼児から高校生くらいまで、幅広い年齢の子どもが利用している。

スクリーンに映し出される子どもたちを見れば、都会に住む人だけでなく、「自然豊かな土地」を自負するような地方の人も、きっと衝撃を受けるだろう。
子どもたちは、手作り感満載の木製ウォータースライダーを滑り降り、次々と泥の中へダイブしてゆく。それこそ本当に頭のてっぺんから足のつま先まで泥だらけになって、もはや識別不能になっている子どもたちが、笑いながら泥団子を投げつけ合っている。
時には、タワーと呼ばれる滑り台から三輪車を落としてみたりもする(子どもたちは「安全かどうか」と言っているので、結果によっては自分たちが三輪車に乗って滑り降りるつもりだったのだろう。本作では、滑り降りたとたんに大きく跳ね上がった三輪車はそれ以降出てこないので、企みは断念したのかもしれない)。
ある子どもは、1日中蟻の巣の観察をして、時にカマキリと闘わせようとしてみたりする(カマキリも蟻も人間の思惑通りに動かないと知るのも経験)。

本作を観ている子どもたちは、きっとその姿を羨ましく思うだろう。
大人たちは、「自分が子どもの時にこんな場所があったら……」と思う反面、スクリーンに大人の姿がほとんど映らず、危険(そう)な遊びを注意する声も聞こえないことにハラハラもするだろう。

この施設が凄いのは、屋外で自由に遊ぶだけが目的ではないということだ。体育館もあるし、先の紹介文にもあるように、音楽スタジオがあったり、創作スペース(屋外に直結した倉庫のような場所)では、施工管理士・建築士であるボランティアの方が熱心に指導されていたり、ゴロゴロ過ごせる部屋には多くの本が置かれている。
つまりは文武両道、子どもの可能性を制限せず、無限に広げていくための施設であるということだ。

本作を観ていると、本当に子どもってスゴイ! と思ってしまう。

その一つの大きな例が、「こどもゆめ横丁」というイベント。
要するに文化祭の出店みたいなものだが、とてつもなく本格的だ。
希望する子どもたちが数人のグループを作り出店するのだが、子どもたちは横丁会議にて運営ルールを決め、お店も自分たちで建てる
大人のフリーマーケットのようにブルーシートを敷いただけとか、出来合いのテントを張るとかではなく、材木を自分たちで加工し、釘を打って本当にお店を建てるのだ。
ノコギリがうまく使えない子、金づちを打つたび釘が曲がっていく子もいる中、本当に小さな子が器用に美しく釘を打ったりして思わず感嘆の声を上げそうになる。
全ての作業は子どもたちだけで行われ、大人は不要な手出し・口出しをしない。どこかで仲間割れのケンカが勃発しようが、お構いなしだ。
もちろん、お店のコンセプト決め、原価計算、売値の決定、仕入れ、加工、宣伝、接客、収益計算まで、全て子どもの仕事だ。
大人の主な役目は、「食品衛生指導」と「建築物(お店)の安全確認(倒壊など危険要素の排除)」。
出店者たちによる横丁会議も遊びではない。
儲け主義に走ったり、格差がつくなどがないよう、商品の値段の上限を決めたり、テーマを決めたりと本格的だ。

その年の1回目の横丁会議の結果が掲示された。

・横町税は10%あつめるよ
・施設の上限は150円だよ
・テーマは『宝島』になったよ。宝島にそったかざりつけをしていくよ!!

よ、横丁税?……つまり、所得税を納めなければならないのだ!
盛り上がった「横丁」が無事終わったら、出店者たちはお店を解体し、収支を計算し、「確定申告」を行う。
赤字のお店は無税だが、少しでも利益が出たら、その額の10%を納税しなければならない(ちなみに、その年に徴収された横町税が16,453円だったというから、横丁全体の収益は16万円を超えている)。もちろん、横町税の使い道も横丁会議で決められる。


本当に羨ましいこと

「ゆめパ」では、生命の危険に及ばなければ、本当に何をしてもいい。
外で泥だらけになってもいいし、体育館で運動してもいい。ドラムを叩いたりギターを弾いてもいいし、木材を切り出して鳥のオブジェをつくったり、絵を描いたり、ごろごろしたり、ごろごろしながら本を読んだり、してもいい。
もちろん、やりたければ(或いは、やらなければいけないと思ったら)勉強してもいい。
大人も子どもも「こんな場所があったら」と、羨ましく思ってしまう場所だ。

しかし、私が心底羨ましいと思ったのは、スクリーンに映し出された三行詩を見たときだ。

悩んで、迷って、子どものじかん
どんどん迷って大丈夫
探す時間も子どものじかん

本作に登場する子どもたちも悩み、迷っている。
「ゆめパ」に来る子どもたちには、不登校児が本当に多い。ほとんどの子が学校に行けない自分を責めている。
開き直ったような、或いは今の教育システムを批判する子の言葉の裏に、それが言い訳でしかないと知っているような感情が垣間見える。

私が「ゆめパ」を羨ましいと思ったのは、ここには「探す時間」がたっぷりとある、ということだ。

現代の若者は「コスパ」「タイパ」というものを気にするらしい。
要するに、掛けたコストや時間に対して、いかにリターン(パフォーマンス)が得られたかということだが、そうなると必然的に、ずっと悩んだり、迷ったりすることはリターンが悪い(或いは、無い)、となってしまう。
だから、悩んだり迷ったりする時間は無駄/悪いとされ、悩み迷うことに罪悪感を持ち、追い詰められていく。
親も自身のことで精いっぱいで子どもの悩み迷いを見守るだけの余裕がなく、また我が子を心配するあまり、結論を急かしてしまいがちだ。

しかし、『探す時間も子どものじかん』。
それを受け入れてくれる「ゆめパ」を、私は心底羨ましいと思った。

なぜ「ゆめパ」はそんな時間を与えてくれるのか?
それは、この施設の基となった川崎市の「子どもの権利に関する条約」が出来るきっかけの一因ともなっている、1980年に起きた受験戦争で追い詰められた浪人生による「川崎市金属バット両親殺害事件」への反省からでもある。


何のために勉強するのか

「ゆめパ」で子どもたちは、その日その時の気分で「やりたいこと」をやっている。そんな時間を過ごすうち、やがて「人生の中でやりたいこと」を自ら見いだしていく。

「ゆめパ」が、ただ大人のノスタルジーや子どもの憧れで羨ましがられているのではなく、本当の意味で羨ましがられている施設であることは、「宮大工」を目指す女の子に象徴されている。
「ゆめパ」の創作スペースで木工を教わるうちに木材建築に魅了された彼女は、木材家屋を建てる建築業者に出向き、そこで木造建築模型を紹介される。
昔ながらの建築方法で釘を使わずに建てる家の模型を夢中で組み立てた彼女は、「ゆめパ」に帰って同じ手法を使って椅子を作る。
今、公立/私立を問わず、そうやってやりたいことを見つけられる教育機関はどのくらいあるのだろう?

彼女ほどしっかりした夢でなくとも、「ゆめパ」でやりたいことをやっているうちに、或いは、彼女のような人に刺激を受けて、子どもたちはそれぞれ何かしらを見つけていく。

その何かしらに向かっていく中で、必ず「勉強」というものにぶち当たる。
私は、本作での一人の少女の発言に「何のために勉強するか」の一つの答えを見つけたように思った。
勉強が苦手な彼女が勉強している。その理由は……

学校の偏差値考えないで学校選びしてたけど、よく考えたら私が2番目ぐらいに行きたいなって思っちゃった学校が、偏差値超絶高かったからどうしようかなって。いつまでも勉強がついて回るんだなって思って、勉強してる

(太字、引用者)

やりたいことをやろうすれば『勉強がついて回る』のだ。
だから、今は何のために勉強しているのかわからない人でも、いつかやりたいことが見つかったとき、それを実現させるために、勉強が必要だ。
或いは逆に、「何のために」と思いながらしていた勉強の中から、やりたいことが見つかることだってあるかもしれない。
折角見つけた「やりたいこと」を諦めないためにも、勉強は必要だ。

子どもにとっても親にとっても「羨ましい」と思える施設での日常を観ながら、様々なことを考えさせられる映画である。
きっと親と子では「羨ましい」「考えさせられる」ことは違っているだろう。本作を観た後、親子で感想を話し合うとお互いの立場が少しは見えてくるのではないだろうか。

「この大切な時期に映画なんて」とお考えの親御様。
本作は、「文部科学省選定(青年/成人/家庭向き)」、「厚生労働省社会保障審議会 推薦」なので、むしろ親子で観るべき映画です。

(2022年8月6日。@ポレポレ東中野)


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