明るさに秘めた覚悟~舞台『きっとこれもリハーサル』~

石野真子さんは不思議な人だ。
映画『大綱引きの恋』(佐々部清監督、2021年)で演じた主人公の母は、夫が営む町の土建会社を支えてきたが60歳を機に「自主退職」してしまう。それどころか、「母親」の役割からも降りてしまい、毎日自由に出掛けるようになる。しかし、奔放に見える彼女には「ある秘密」があった……
といった役どころだが、「ある秘密」は現実的な成立が難しい。他の役者なら、どこか嘘っぽさが出てしまうだろう。しかし、彼女が演じると、説得力が生まれるのである。

舞台『きっとこれもリハーサル』(赤松新・脚本、土田英生・潤色・演出。以下、本作)もそうだった。
本作はライトな「ハートフルコメディ」で、真子さん演じる主婦・弘江が、突然「お葬式のリハーサル(「生前葬」ではない)」を決行することで起こるドタバタ劇だ。
典型的な昭和の夫(羽場裕一)を死者に見立て、死装束で棺桶に(生きたまま)入れてしまうというところがコメディの要素でもあり、父親に反発して何も話さない長女(川島海荷)と長男(鈴木福)の秘密が絡まりドタバタが増幅していくという構造になっている(そこに葬儀会社に勤める弘江の友人(しゅはまはるみ)が加わって騒動は大きくなる)。
「(夫を弔う)お葬式のリハーサル」は途中まで、仕事にかまけて家族を顧みなかった夫への復讐、或いは、そんな父親を嫌う子どもたちと夫の関係修復を目論んだ企みであるかのように進む。

毒気のない微笑ましい笑いに溢れて進む本作はしかし、最終盤、弘江が抱えていた「ある秘密」が仄めかされることによって、ラストシーンで客席からすすり泣きが聞こえるほどの感動物語に転化する。

この物語が素敵なのは、夫婦関係・親子関係などで騒動を起こしつつ、しかし主軸である「リハーサルの目的」がブレない点にある(だから夫婦関係・親子関係はご都合主義的結末であるにも関わらず、(本作タイトルも含め)見事な伏線回収的カタルシスで感動できる)が、しかしそれ以上に、真子さんのキャラクターが素晴らしい点にある。
先に「仄めかす」と書いたが、本当に、ひと騒動あった後にマッサージチェアに座っただけで、観客全員が「リハーサルの真の目的」が理解できたのだ。

しかも、先の映画と同様、彼女の抱えた「ある秘密」が、現実的な成立が難しいにも関わらず、とてつもない説得力として受け入れられるのである。

真子さんは、ピュアな明るさが魅力だ。しかし、ただあっけらかんと明るいだけではない。内に秘めた想いを丸ごと包み込んでしまうくらいの、圧倒的に力強い明るさを持っているのだ。
と同時に、それが包み込めなくなる弱さをも持っている。
そして何より、それを自在にコントロールできる確かな演技力を持っている。

あのマッサージチェアに座っただけで全ての観客に状況を理解させる演技を目の当たりにして鳥肌が立ったし、何ならラストシーンよりこのシーンに感動したといっても過言ではない。
とは言え、やっぱりラストシーンは涙なしでは観られない。それは、夫のセリフではなく、その先に彼女のあの明るさが見えるからである。
石野真子さんは不思議な人だ。


メモ

舞台『きっとこれもリハーサル』
2022年9月30日。@新国立劇場 小劇場

幾つかの拙稿で、「中学生の時に観た小泉今日子さんのライブで感銘を受けた」などと書いた。それは全く本当なのだが、実は、初めて観たライブは、小学生の時に行われた真子さん(私の中では真子ちゃんなのだが)の「引退コンサート」だった(何故引退したはずの彼女を今観ているのか、そもそも何故引退したのか……についてはここでは語らない)。
2008年には彼女観たさに東京から大阪・なんばグランド花月に行ったこともある。
王立新喜劇『コーポからほり 303』(作・演出・出演・後藤ひろひと(大王))の最終日、カーテンコールの最後にサプライズで「ジュリーがライバル」(1979年)が流れ、真子さんが戸惑いながらも生で歌ってくれたのである。
それにも感激したのだが、何といっても、歌に合わせて「石野真子親衛隊」の皆様が当時のコール(あゝ、懐かしい(涙))をしてくれたことに感動したのは、良い思い出だ(その後、大阪まで来て一緒に観劇してくれた友人に真子ちゃんについて熱く語ったのは言うまでもない)。

なので、本稿は真子さん中心に書いたが、他の出演者もとても良かった(何か、取って付けたようだが……)。

私にとっての真子さん同様、川島海荷さんファンの方もいると思う。
この先、絶対に観られないであろう彼女のキュートなコスプレ(?)は、ファンなら絶対目に焼き付けておいたほうが良い。
お勧めである。

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