"本当"って何?~映画『レンタル×ファミリー』~

「嘘だから本当じゃない」とは言い切れない。
「本当のことだから嘘じゃない」とも言い切れない。
「劇映画(フィクション・創作)だから本当じゃない」とは言い切れず、だから、人はフィクションの中に「本当」を見出す。
「ドキュメンタリーだから嘘じゃない」と言い切れないことは、ドラマ『ドキュメンタリーは嘘をつく』(2006年、テレビ東京)で、ドキュメンタリー作家の森達也氏が鮮やかに暴いてみせた。
それは映画や創作の世界だから、という意見もあるだろうが、では、現実世界では「嘘」と「本当」が明確に分かれているのだろうか?
人が「本当」と言うとき、それは本当に「本当」でなければならないのか?

映画『レンタル×ファミリー』(阪本武仁監督、2023年。以下、本作)は、「家族をレンタルする」人々を描いた「劇映画」であるが、観れば観るほど、知れば知るほど、「嘘」と「本当」が曖昧になり、時に逆転すらしてしまう感覚に陥る。

まず第一に、本作は「劇映画」であるが、実際に家族レンタルサービスなどを展開する石井裕一氏の著書『人間レンタル屋』(鉄人社、2019年)を実写映画化したしたものであり、劇中で描かれるのは石井氏の実体験がかなりの部分で反映されているという点が虚実を曖昧にしている。

本作は、3つの短編からなるオムニバスで、家族レンタルサービス会社を営む三上(塩谷瞬)が全てを通す軸の役割を果たしている。
その三上をレンタルする客(どちらもシングルマザーで娘の父親役として彼をレンタルする)の物語に挟まれた2話目、彼を主人公とした物語がとても不思議なのだ。
今の言葉で云えば「モキュメンタリー」ということになると思うが、家族レンタルサービス会社を営む三上を追った(会社のPRを兼ねた)ドキュメンタリー番組を装いながら、明らかに「作り物(現実としてのドキュメンタリー番組なら完全に「ヤラセ」)」で(何せ、浮気したヤクザの女の浮気相手としてヤクザに凄まれてひたすら土下座する、という場面が全員顔出しの状態でバッチリ映っていたりするのだから)、つまりこの物語は最初から「嘘ですよ」というのを明確にしている。
しかし物語は、何の説明もなく、大真面目なドキュメンタリーを装っており、だから私は「何を観ているのだろう(正確に言えば、何を観さされているのだろう)」と居心地が悪かった。
その流れが変わったのは、父親レンタルに依存し過ぎたシングルマザーが三上に突き放されてしまう場面だ。それまで三上を追っていたカメラが突然、その女性を追ってインタビューまでしてしまうだけでなく、何と、それを撮影しているカメラマンまで映してしまうのである(わかり易く言えば、ある種の「メイキング映像」になってしまう)。
それまで観客は「ドキュメンタリーを装った完全なフィクション」を観ていたつもりだったのだが、実は「ドキュメンタリーを装った完全なフィクションすらフィクションであった」、つまり、『ドキュメンタリーは嘘をつく』だけでなく『(嘘であるはずの)フィクションも嘘をつく』ということを暴露されてしまうのだ。

この展開にはビックリした。そうして観ていけば、全てが「良く出来た作り物」なのだが、ここで云う「良く出来た」は「作り物と感じさせない」という意味ではない。
普段我々が映画や物語に接するとき、それは「創作・作り物」と知ってはいるが、そういう意識を持たない(だから、「リアルだ」といった感想を持つ)。しかし、本作はそれを逆手に取って、「明らかなる作り物」を観客に提示している。
三上(アフタートークでも指摘されていたが、塩谷瞬のヘアスタイルからして、既に嘘くさい。さらに演技自体も「芝居してます感」に満ち満ちている)が主役の2話目はもちろんだが、続く最終話も、物語として良く出来ているのだが、どこか違和感がある。
私が感じたのは「環境ノイズ」の過剰さである。
2話目は特に室内での環境ノイズのレベルが高い。3話目は、シーンに不釣り合いなぐらいに波の音がうるさい。
明らかに「これは嘘・フィクションですよ」というメッセージだと、私は受け取った。

では、「これは嘘・フィクションですよ」と常にメッセージを発している本作に「本当・リアル」はないのかと言えば、そうではない。
本作は、石井氏の数ある実体験の中から、意図的に「本当(遺伝子上、或いは戸籍上)の父親と(単なるパートタイマーの)レンタルパパ、どちらが子どもにとって本当か」ということに焦点を当てている。
各話の結末にもフィクションとしての「本当・リアル」があるのだが、それ以上に本作は、ラストシーンにおいて、現実としての「本当・リアル」に到達してしまうのだ。
彼/彼女らは「本当」の家族ではない。だが、食事のテーブルを囲む4人は、「明らかなる」家族だ。
ラストシーンは「リアル」ではない。
「現実」として、世界中に多くの「本当」ではないが「明らかなる」家族が存在する。そう確信できるほどに説得力のある「本当」のラストシーンだった。

メモ

映画『レンタル×ファミリー』
2023年6月20日。@渋谷・ユーロスペース(アフタートークあり)

「嘘の中の本当」「本当の中の嘘」に翻弄された100分あまり。
頭が混乱した状態で見ていたアフタートークでさらに混乱することになるのだが、それは三上を演じた塩谷瞬氏が、演技の勉強も兼ねて、実際に石井氏の会社にレンタルファミリーのスタッフ登録しているという話で、つまり2話目は、「モキュメンタリーを装ったモキュメンタリー」ということになる。考え出すとキリがなくなる……

そのアフタートークに登壇した佐々木心音さんが「(俳優の)でんでんさんが、最後まで善い人で安心した」と感想を語ったのだが、それに私を含め観客の大半が(たぶん)頷いた。
映画における「本当・リアル」において、ある意味で本質を突いた言葉だったのではないか。



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