「ユルさとスカッと」の裏にある本当の「怒り」~映画『シュシュシュの娘』~

新型コロナウイルスにより苦境に追い込まれた 全国のミニシアターへ
エンドロールの最後に、メッセージが映し出される。

映画『シュシュシュの娘』(2021年。以下、本作)は、メッセージのとおり、苦境に追い込まれた全国のミニシアターのために、「SRサイタマノラッパー」などで知られる入江悠監督がクラウドファンディングの支援金を基に、10年ぶりに撮った「自主映画」である。

内容は、自主映画らしくユルい。
主人公の鴉丸未宇(からすま・みう、福田沙紀)は、地元・福谷市役所に勤める25歳。
ダンス(1980年代風の気の抜けたテクノロックに合わせて踊るのだが、これがまたユルい…)をしてから出勤し、お昼にちくわを詰めたお弁当を食べ、夜は「数日で死ぬ」と医者に宣告された祖父を看病する毎日。

福谷市はコロナ禍における雇用対策として「移民排除条例」を施行しようとしているが、未宇は祖父(宇野祥平)が条例反対派の急先鋒であるため、職場での肩身が狭い。
そんな中、同じ福谷市役所に勤める間野(井浦新)が、市長から強要された公文書改竄を苦に自殺してしまう。
市長の取り巻きの佐川が言う。
『国も県も公文書改竄をやってるのに、市役所だけがダメって理由はない』
そんな改竄工作の甲斐もあり、無事「移民排除条例」は可決される。
気を良くした小池市長は、打ち上げの席で『来年は景気づけに仙元神社で桜を見る会でもやっちゃおうかな』と冗談を飛ばす。

本作は、そんなコロナ禍での現実の社会問題を想起させるようなエピソードが満載だが、全体のトーンはユルい。

間野の死後、祖父(「医者に数日で死ぬと宣告された」と言うわりには、ずーっと生きている)が未宇に、『間野が隠した、公文書偽造を強要された時の隠し撮り映像データを探し出せ』とのミッションを与える。

『墓場まで持ってこうと思ってた鴉丸家の秘密を教えんべ。ウチは忍者の家系だ』
…まさに、自主映画っぽいユルい展開。
東京大空襲に遭って焼け残った秘伝書は、『忍び装束の作り方』のみ…
それでも生真面目なことに、未宇は生地を買ってミシンで縫い上げる(パンフレットでも丁寧に説明されている)…
武器は吹き矢(毎日、お弁当のちくわの穴から汁を吹いていたから)。
しかし、的に当たっても、勢いがないから刺さらない…

そんな、へなちょこ忍者・未宇が何とかミッションをクリアしたのも束の間、未宇の心の隙を衝かれて祖父が襲撃され、市長一派に映像データを盗まれてしまう。
程なく、ずーっと生きていた祖父が死に、正体を暴かれた未宇も市役所を退職し、「移民排除条例」は可決してしまう。
市長一派は、ご機嫌に祝杯を挙げる。

「えーーっ、こんな結末!? これじゃぁ、現実と変わらないじゃないか…」
ガッカリしかけたその時、退職後に心を入れ替え真面目に修行を積んだ未宇が、「必殺仕事人」のごとく見事・鮮やかに、市長一派を成敗してくれるのだ!

そのシーンを観た観客は、日頃のコロナ禍の自粛生活と、それを「要請」という言葉で強要するわりに自分たちは好き勝手やっている政治家たちへの怒りや鬱憤を(虚構の世界の中だけだとしても)スッキリ晴らすのである。

めでたしめでたし!

と行きたいところだが、映画はそう簡単には終わらない。

「本当の敵は隠れたところにいる」という祖父の遺言ナレーションとともに、自主映画っぽく気楽な感じで唐突に「本当の敵」が現れるが、これまた自主映画っぽく、あっさり結末を迎えてしまう。

これで本当に、めでたしめでたし!!

…でも構わないのだが、「本当の敵は隠れたところにいて、目に見えない」のである。

この映画に隠された目に見えない「本当の敵」とは、「世間」であり「(世間が作る)空気」である。

条例は関東大震災後に流れた噂によって多くの朝鮮人が虐殺された史実を暗喩している(だから祖父は条例に反対している)。
加えて、「自警団」を名乗る条例賛成派の男たちが黄緑色の揃いの作業服を着て、市内の外国人たちを排斥する姿は、コロナ禍での行き過ぎた「自粛警察」をも想起させる(彼らも当然、未宇に成敗される)。

最後に現れる「本当の敵」は、ネタバレになるので詳しく言えないが、「SNSのタイムラインなどで作られる空気」である。
それは、ある時は味方だが、それに乗って安心していると、いつの間にか敵になっていたり、信用しているとそれが実は嘘だったり。
それが何者で何が真意なのか、それ以前に「真意」という概念を持っているのか否か、全くつかみどころがない。

本作は、「現在の政治を風刺して、それを成敗することで留飲を下げる、大衆の味方」といった単純なものではなく、怒りは逆に「空気に翻弄される愚かな大衆」に向けられているのである。

ラストシーンの未宇の姿を通して入江監督は、我々大衆に「空気に翻弄されず、確かに生きろ」と強く訴えかけている。

(2021年8月24日。@渋谷・ユーロスペース)

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