映画『フジヤマコットントン』

観に来てよかった。

映画『フジヤマコットントン』(青柳拓監督、2024年。以下、本作)を観て、心から思った。
それは、本作が山梨県甲府市にある障害福祉サービス事務所「みらいファーム」で働く障害者の方々を扱ったドキュメンタリー映画だから、ではない。
いや、「だから」と言ってもいいのかもしれないが、それは決して、障害者の方々への同情でも憐みでもなく、ましてやネット上の批判を恐れたが故の言葉選びでもない。

「フジヤマコットントン」という愛らしいタイトルは実によく出来ていて、富士山が臨める場所で、綿花を種まきから始めて生育させ、綿を紡ぎ、織り、それを販売して収入を得ている(他に自家製野菜や花などもあるが)ということが、一目瞭然に了解できるのだ。
つまり、「利用者」である彼ら/彼女らは、立派な「労働者」なのである。

それを踏まえて、最初にハッとしたのは、手織機ておりばたで丁寧に織っているめぐさんという女性が、自身が織った品物が好評だと褒められたシーンだ。
「そうなんだよね」と言いつつ、面はゆい、しかし誇らしげな彼女の表情が、「労働とは?」という問いに対する明快な回答になっていて、私は自身の日々の「労働」について思い返すことになった。

本作には、めぐさんを含め、何人かの個性的な「キーマン」が登場する。
たつなりさんもその一人で、彼は普段我々が答えを出すことを忌避して曖昧にしていることを、ズバリ、ストレートに問うてくる。

「普段我々が答えを出すことを忌避して曖昧にしていること」とは例えば「労働」で、本作最終盤に、彼が「仕事ってなあに?」と聞いてきたときの青柳監督の返答が、まさにそれを示しているのだが、それ以外にも我々が曖昧にしていることには「恋愛」がある。
彼の純情さがストレートに出ているエピソードなのだが、彼は「利用者」である一人の女性に恋をしてしまう。
しゃがんで土をいじりながら「恋愛してもいいのかな?」と監督に問う彼も素敵だ(「僕はお嫁さんをもらう」とはしゃぐ彼も微笑ましい)し、彎曲(なのに超ドストレートというのが凄い!)に告白してフラれ(何も言っていないのに観客全員が「あ~あ」と思わず漏らしてしまうほど超ドストレートな彼女の態度も凄い!)、仕事をしながら「もう無理だから、付き合えない」と号泣する彼はとても素晴らしい(といっても、彼は失恋したのだから「素晴らしい」は失礼かもしれないが……)。
「生きている」ってこういうことなのだ。

そんな賑やかな事務所にあって私が気になったのは、「いつもひとりでいます」と紹介される大森さんだ。
「前はよく働いていた」という彼は、いつしか心を閉ざしてしまった。
「好きだった職員が辞めた後からこうなった」と言う利用者がいて、職員の一人は「家庭環境だ」とも言うが、彼が語らないので、どれもが推測の域を出ない。
彼は誰とも話さず事務所内をウロウロしたり、綿花畑でじっと綿花を見ていたりするが、それでも彼は事務所に休まず来る。
作業時間を終えて皆が帰っても彼は独り残り、事務所内を所在なくウロウロし、辺りが暗闇になったころ、歩いて帰宅する。
しかし、真っすぐに帰宅せず、繁華街のショッピングモールで人々の喧噪の中をひたすら歩いたりする。
そんな彼の姿を観ながら、涙が止まらなくなった。
彼は今、どれほどの孤独の中にいるのだろう。
それでも、一度孤独に閉じこもってしまうと出るのは難しいと彼は怯えていて、だから他者の中に踏み止まろうとしている。
その「ギリギリの力」を振り絞っている彼の心の裡の恐怖感を想うと、たまらない気持ちになった。
そして、彼にとってギリギリ踏み止まるための「大好きな場所」があってよかった、とも思う。
事務所の職員である、青柳監督のお母様は言う。
『大森君はファームが好きで、ここに来たいっていうのがあって、そこだけはいいなと思って』

「彼ら/彼女らだって、我々と同じだ」
そんなありきたりの、何もわかっていない/わかろうとしない思考停止の上辺だけの奇麗事の感想を云いたいわけではないし、そんなことを伝える映画では決してない。

青柳監督は言う。
『「障害者は生きる価値がない」植松死刑囚へのアンサーとして』

だからといって本作は、障害者たちの「生きる価値」をアピールする映画でもない。
本作の試写を観た後、本作にも登場する利用者の一人が、大声でこう言ったそうだ。

いつものファームじゃん。ふつうじゃん

上映後の挨拶に登壇した青柳監督は言った。
「今日(2024年3月1日 金曜日)は平日なので、この時間、この映画に出てくる人たちは、映画でやっていたように『働いて』います」

メモ

映画『フジヤマコットントン』
2024年3月1日。@ポレポレ東中野(監督挨拶あり)

平日12時上映回。
毎月1日のサービスデーということもあってか、労働を引退されたと思われる方々で9割方の入り(私は有給休暇を取得)。

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