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映画『東京ランドマーク』(TAMA CINEMA FORUM 2023 藤原季節特集)

今の時代、こんなにユルい訳がない。リアリティーに欠ける。

そんな批判が聞こえて来そう、というか私自身が思ったことでもあるが、映画『東京ランドマーク』(林知亜季監督、2023年。以下、本作)は、もとより劇映画なのであって、ドキュメンタリーではない。

楠稔(25歳。藤原季節)は、コンビニでアルバイトをしながら東京で一人暮らしをしている。夢や目標があるわけじゃない。淡々と過ぎ去る日々をただ眺めている。ニートの小田岳広(25歳。義山真司)は稔の家に用事もなく遊びに行く日々を過ごしている。ただ時間を消化するだけの日々に罪悪感を覚えないわけではない。いつものように稔の家に遊びに行くと、そこには家出をした道野桜子(17歳。鈴木セイナ)がいた。なかなか家に帰ろうとしない桜子をなんとか家に戻そうと奮闘する二人だが……。

本作「あらすじ」

つまり、20代半ばの男2人がのらりくらりと社会から逸脱したような怠惰な生活を送る中に、ワケあり女子高生が転がり込んでくるという構図だが、そこに性的ニュアンスや悲壮感はない、彼らが犯罪者になるかもといった緊張感もない。
だから序盤は「今の時代、こんなにユルい訳がない。リアリティーに欠ける」と思った。

とはいえ、「こんなにユルい訳がない」といった感想を持ったのは、日本がまだコロナという言葉も、賃金は高くならないのに物価高になることも知らなかった2018年に撮られ、物語の舞台もその当時だからということもある。

とはいえ、本作が2010年代に撮られた作品として胸が張り裂けそうになるのは、主人公の部屋に他人である男女が転がり込んでくる物語の構図が、個人的に保阪和志著『プレーンソング』(中公文庫、2000年。単行本は1990年刊)を想起させたからだ。
それはバブル期の物語で、家族や恋人でもない複数の男女が同居するのに意味など必要なかった(物語に起伏がないという点で「小説的意味」はあれこれ批判の的にはなったが)。
現実を反映していると思えない本作ですら、それでもある程度の「意味」を付加せざるを得ない2010年代という時代に、私は胸が張り裂けそうになったのだ。

とはいえ、実は『プレーン~』を思い出したのには別の理由もあって、保阪自身が『書きあぐねている人のための小説入門』(中公文庫、2008年)に載せた、自著についての創作ノートの一文が思い浮かんだからでもある。

『プレーンソング』を読んで、こんなことを言った人もいた。
「よう子ちゃんという女性と共同生活していて、女性だけに関わるいろいろなことが書かれていない。たとえば、生理はどうしたのか」
この感想を聞いて私は「へぇー」と思った。ミステリーでものすごい殺人鬼なんかが書かれているのを受け入れる人がどうして、よう子ちゃんの生理(略)を指摘するのか。

それを保坂は『物語によって読者がフィクション・モードをチューニングする』と説明するのだが、だからつまり、私は本作の序盤、『チューニング』が上手くできていなかったということで、それは当初、自身がオヤジになって、物語に対しても社会的な側面を切り離せないままに理解してしまうようになったからだと思っていたし、恐らくそれは正しい。

とはいえ、それだけでも無いと思うのは、本作がある意味での「藤原季節という"人物"のフェイクドキュメンタリー」になっているからだ。
藤原演じる稔は、東京・多摩地区(恐らく多摩市)に住み、両親の離婚で疎遠になった父が亡くなった際に線香をあげに行くのは雪深い町(恐らく北海道のどこか)であるが、これが北海道出身で多摩市に住んでいた彼自身の経歴を想起させるのである(さらに彼は1993年生まれで、だから2018年には稔と同じ25歳だった)。

今回、多摩市が主催する「TAMA CINEMA FORUM」で彼の「デビュー10周年記念特集」がパルテノン多摩 小ホールにて上映されたのは、そういった経緯がある。
上映後のトークに登壇(というか自ら司会を買って出た)した彼は、「何かあると、小田岳広を演じた義山と一緒に(パルテノン多摩の最寄り駅である)多摩センターに来ていたし、(サンリオピューロランドの横にある)日帰り温泉に浸かっていた」と発言した。
つまり、稔と岳広の関係は、かつての藤原と義山につながり、その空気感がそのまま映像に収められている。

そういった意味で、本作は前述のとおり「藤原季節という"人物"のフェイクドキュメンタリー」とも言え、だから私は、現実と物語の『チューニング』が上手くできなかった。

もう一つ。
本作はもちろんフィクションではあるが、「社会的価値観」といった野暮な概念に乗らない気楽でもあり、だからこそ不安でもあるといった、稔と岳広のような暮らしをしている人は多摩だけでなく全国にいる。
個々人で正しい/正しくない、認める/認めないといった考えはあるだろうがしかし、本作は誰もが具体的に何かを思い出す「リアリティー」を確かに持っている。

メモ

映画『東京ランドマーク』
2023年11月19日。@パルテノン多摩 小ホール
(TAMA CINEMA FORUM 2023 「デビュー10周年記念 藤原季節特集 in TAMA」。アフタートークあり)

この後、TAMA CINEMA FORUMの別プログラム『野球どアホウ未亡人』を観るために、多摩センターから1駅離れた永山のベルブホールに移動した。
時間がたっぷりあったので、電車ではなく乞田川に沿った遊歩道を歩いて永山に向かったのだが、途中、車止めの鉄柵に並んで座って話をしている、おばあちゃんと孫娘らしき二人の横を通った。
私は、二人の関係性も、何故その鉄柵に座っているのかも、話している内容もわからないが、ふと、だから稔と岳広と桜子だって、この多摩のどこかで並んで話していたっておかしくないよな、と、その姿を想像しながら思った。

(追記)
2023年12月22日~28日の1週間限定で、UPLINK京都にて、TAMA CINEMA FORUM「デビュー10周年記念 藤原季節特集」と同プログラムが上映されるそうです。詳細はこちら


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