阿佐ヶ谷スパイダース 舞台『老いと建築』を観て思った取り留めのないこと…(感想に非ず)

映画『建築と時間と妹島和世』(ホンマタカシ監督、2020年)は、金沢21世紀美術館などを手がけた建築家・妹島和世氏が大阪芸術大学アートサイエンス学科の校舎を設計し、実際に完成するまでの3年半を追ったドキュメンタリーだった。設計のプロセスも興味深かったのだが、学校の校舎という大きな建築物が出来上がっていく様を、定点カメラの早回しで見られたのは、視覚的にとても楽しい経験だった。

しかし、建築物の「役割」からすれば、その生命の時間が進み始めるのは、造られた後からだろう。
と、今、何気なく「生命」と書いたが、建築物は生きているのだろうか?

たとえば、新築や入居したての家は、玄関から入ってきてもよそよそしい感じがする。しかし、住んでいるうちに段々と馴染んできて、やがては家に入っただけで安らぎを覚えるようになる。

これは、住民という「人間」が適応しただけなのだろうか?

保坂和志氏の小説『カンバセイション・ピース』(新潮文庫、のちに河出文庫)は「家は記憶を持つか?」がテーマとなっている。
文庫版の『書きあぐねている人のための小説入門』(中公文庫)に所収されている『カンバセイション・ピース』の創作ノートによると…

同じ建物でも住む人によって、居間、寝室、仕事部屋 etc.の分け方が違い、その違いによって建物内での住人の滞在時間が違ってくる。滞在時間の違いは"濃度"の違いにもなるだろう。


阿佐ヶ谷スパイダース公演『老いと建築』(長塚圭史作・演出。以下、本作)の主人公である「わたし」(村岡希美)は、夫が亡くなり2人の子どもが独立してからずっと、1階の暖炉のある部屋にいる。そこと自身の寝室以外-特に2階や3階の部屋-には長く入っていない。
彼女にだけ見える「建築家」(伊達暁)が言う。
『使っていない部屋は"闇"が濃くなる』
「建築家」の言う"闇"は、言葉の使い方は逆だが、結局は保坂の言う『"濃度"の違い』を指している。つまりは、人が立ち入らなくなった部屋は"濃度"が薄くなり、それは「家」そのものが持つ「記憶」が薄れていくことを暗示している。

私にとって記憶というのは個人の頭の中に閉じられたものというだけでなく、空間(世界)に残された物質的痕跡として抽出可能なものであってほしい。そうでなければただ情緒的次元で終わってしまうという意味がある。妄想じみた考え方だと自分で思うこともないわけではないけれど、この物質寄りの記憶のことを『カンバセイション・ピース』を書く前からずうっと考えていて、書きながらさらにギリギリギリギリ考えているうちに、「芸術と同じことではないか?」と考えるようになった。
芸術というのは、音であったり色と形と線であったり人の動きであったり文字であったり、すべて物質的次元で説明可能と思えるものなのだが、作品は決して物質的次元の説明だけでは言い尽くすことができない。


本作のパンフレットによると『2020年12月より寺田倉庫が運営するWHAT MUSEUMで開催された『謳う建築』展でのコラボレーション』が上演のきっかけになったそうだ。
『謳う建築』展のチーフキュレーター・近藤以久恵氏が、企画意図をこう説明する。

『謳う建築』は、住まいと向き合い続けてきた建築家が生み出した住宅に宿る空気感を、文芸家の方が謳い浮かびあがらせるという試みです。

ここでいう『空気感』とは、建築家の「記憶」でもある。
ただし、建築家は建築物が出来上がる前から『向き合い続け』、まさに建築物を『生み出す』存在であるため、冒頭に書いたように『その生命の時間が進み始めるのは、造られた後から』とするならば、建築家の持つ記憶は「母親の胎内に宿ったときからのもの」とも言えるかもしれない。

ところで、建築物に「記憶」があるとすると、それが立脚する「土地」の記憶はどうかというと、私はまさに『椿の庭』(上田義彦監督、2021年)がそれを描いた映画ではないかと思っている。
もちろん、本作の「建築家」も『家の下』について言及している。


何故「記憶」の話を延々としてきたかというと、本作がまさに、「記憶」をテーマにしているからだ。
本作の舞台である、築40年以上の「わたし」の家は「記憶」によって、改変(改築)・増殖(増築)していく。ただし、その記憶は誰のものか定かではない。
「建築家」をも含めた、「わたし」の家に携わった人々(だけでなく「家そのもの」や「土地」も含まれる)の記憶らしきものが混然一体となって新しい「家」=「記憶」を作り出そうとしているのだ。

しかし、「それが繋がって一つの物語になるのが芝居」というのは誤解というか、単に舞台を観慣れない人の思い込みで、だから「ネタバレ」と称して「こういう物語だった」と断定する人の話を鵜呑みにしてはいけない(特に長塚圭史が登場したあたりから、早計な人は自分の中で何かを結論づけてしまいがち)。

『謳う建築』の『謳い浮かびあがらせる』企画意図は、先述の『作品は決して物質的次元の説明だけでは言い尽くすことができない』という保坂の考えに同意している(だから『浮かびあがらせる』のである)。


たとえば、人は寝ている間に夢を見るが、それは「夢を見ることにより脳が記憶を整理・再構築しているから」という説がある。
夢は荒唐無稽で理路整然としていないことが多い。自分が経験していない(だろう)ことも、多分に含まれている。

本作、「わたし」が夢を見ていると解釈することも可能だ。
しかし、上記のとおり、夢は荒唐無稽で理路整然としていないことが多い。「正夢」という言葉は、見た時ではなく、それが起こった時に使うものだ。

それに、人の「記憶」は正確ではない。もともと(その時の状況や自身の理解力などによって)偏って記憶され、時を経るうちに薄れたり、別の記憶が混じり込んだり、自身の都合の良いように改変される(ほとんどの場合、無意識の中で)。
だから、本作の舞台上で演じられる「誰かの何かの記憶」が、その時のことを正確に再現していない、と考えるのが道理だ。だから、「こういう物語だった」と断定する人の話を鵜呑みにしてはいけない(観てきたばかりの芝居の記憶すら、正確だと断言できる人はいないのではないか)。


「改変(改築)・増殖(増築)」と書いて気づいたのだが、本作の「わたし」の家の「異変」は、芸術家・荒川修作(1936-2010)の建築である「三鷹天命反転住宅」とも言えるのではないだろうか。
森田真生著『数学する身体』(新潮文庫、2018年)によると、「三鷹天命反転住宅」には『ちょっと変わった「使用法」がついている』という。

たとえばこんな調子である。
・すべての部屋を、あなた自身のように、あなたの直接の延長のように扱いましょう
(略)
・ユニット内の鮮やかな色とかたちのさまざまな立体群を利用して、あなた自身の生命力を構築し、構成しましょう。
・毎月二時間、まるで別人になってしまうほど、あなたのロフトに完全に没頭しましょう。

少し読むだけでわかると思うが、この建築は決して、安住のための空間ではない。むしろ、あらゆる日常の行為の再構成を迫る空間である。それは「私」の再構築、そして変容をすら、住人に迫る
(※太字、引用者)

芸術家・荒川修作の建築の意図は『死に抗う』ことにあると、森田はみる。

とは言え、死に抗うということを真面目に考えた哲学者も芸術家も科学者もいない。いったいどうしたら人間は「永遠に死なない」存在になれるのか。荒川は考えた。私たちは「私」とは何かということをろくに知りもせず、「私の死」ということに怯えている。しかし、「私」というこの感覚も、実は身体的な行為によってつくられたものに過ぎない。であるなら、それは構築しなおすことができるはずだ。「なんだ、私はここにもあそこにもいる。あちこちに散らばっているじゃないか。私は死なないではないか」。そのような、まったく新しい「風景」を立ち上げるために、新しい行為と、それを生み出す空間を「建築」する。そうして、あらゆる所与、「私の死」という所与にすら抗おう。それが荒川修作の「天命反転」の壮大な企てだ。
(※太字、引用者)


本作で次々と思い出される「記憶」は『あちこちに散らば』った自分であり、本作の「わたし」が開けたいと願っている『80歳の扉』の向こうには、『まったく新しい「風景」』が待っている。
その扉を開ける前に、『新しい行為と、それを生み出す空間を「建築」』している様が、本作なのではないか。

この尤もらしい文章も、もちろん鵜呑みにしてはいけない。
私は、『あちこちに散らば』った自分の「自分」とは誰か明確にしていないし、明確にする気もない(私は以前からそんなこと-上述した映画『椿の家』の拙稿でも-を考えていたし、本作を観ても上記のように考えた。これからも考え続ける)。
『自分』は「わたし」かもしれないし、「家」かもしれない。「土地」かもしれないし、「建築家」かもしれない。

以上、ウダウダと書き連ねてきた(そして、まだまだ書き足りないと思っている)ように、演劇(を含むあらゆる芸術)はその解釈を固定しない。
話の筋や結末を書いたぐらいで「ネタバレ」するような、底の浅いものではない。
自分の五感と知識と経験を総動員しながら、自分の中に「新たな何か」を想起させる。それこそが、演劇(を含むあらゆる芸術)を楽しむ醍醐味である。


と…
本作に登場する一郎(富岡晃一郎)と同い年(51歳)である私は、『老いと建築』をとりあえず「建築」側から考えてみたのだが、そういえば劇中で、何人かの登場人物が突然観客に正対して自分の名を名乗ってからモノローグを語り出すシーンがあったことを思い出した。

そのシーンを観て、滝口悠生著『高架線』(講談社、2017年)を想起したのだ。
この小説は、全編誰かのモノローグで書かれており、しかもモノローグを語る前に、語り主が必ず名乗るのである。
小説の書き出しはこうだ。

新井田千一です。私の実家は池袋駅から西武池袋線で下って行って埼玉に入ったあたりで、幼少期から二十歳までそこで過ごした。

何度か新井田千一が名乗りながら登場した後、人物がバトンタッチする。

七見歩です。私は名古屋育ちで、片山三郎は幼馴染みだった。中学まで一緒で、高校は別だったが、時々遊んだりもして、ずっと仲はよかった。

いかにも「現代口語演劇」風だが、実際、この小説を原作とした芝居が上演されている(小田尚稔脚本・演出、2018年)。

著述家の佐々木敦氏の著書『これは小説ではない』(新潮社、2020年)によると、演劇版もやはりほぼこのままのモノローグで構成されているという。
佐々木はこのモノローグを『不自然と言えば不自然』としつつ、『それは同時に、すこぶる演劇的であった』と評している。佐々木はその理由として、『「観客」の存在に依っている』と考えている。

演劇版『高架線』の俳優たちは、物語上は観客に語りかけているわけではない。しかしにもかかわらず、彼ら彼女らは、観客に語りかけてもいるのである。なぜならそこは舞台空間で、そこには観客が居り、彼ら彼女らのモノローグに耳を傾けていて、その事実はあまりにも自明のことであるのだから。このとき、観客は語りの「聞き手」であり、そして同時におそらく「読者」の実体化でもある。

上述したように、本作でも突如、喜子(藤間爽子)が観客に向かって「喜子です」と名乗り、自身の記憶や家族と「わたし」の家の関係について語り出す。
佐々木の言うように『観客は語りの「聞き手」』だとするなら、喜子らの「語り」は、もしかすると、「聞き手」=観客に記憶を託しているのではないだろうか?
だとすると、観客も既に「わたし」の家の記憶として取り込まれており、舞台上の人物同様、無限に増改築し再構築され続ける家の中で彷徨っていることにはならないだろうか?

さて、家の中で登場人物と共に記憶の一部として取り込まれ、彷徨い続ける私たち観客が語る「ネタバレ」は、どこまで「物語」を語り得るのだろう?

記憶が増改築・再構成を繰り返す芝居を観ながら、私の記憶も増改築・再構成を繰り返し、気づけばちょうど5000字になっていた。
ところで、私は誰の記憶を語ったのだろう?

(2021年11月10日。@武蔵野市・吉祥寺シアター)




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