「映画配給」という仕事

映画の冒頭、本編が始まる前に、配給会社のロゴ映像が流れる(「前づけ」と言うそうだ)。
たとえば、「ライオンの雄たけび」「自由の女神のようなシンボル」、こう書いただけで映像が浮かび上がってくる。
映画ファンならずとも「配給会社」という言葉は知っていると思うが、しかし、それがどういう仕事を担っているかは、映画ファンでもあまり知らないのではないだろうか。

1987年に洋画配給会社を興した高野てるみ氏は、著書『職業としてのシネマ』(集英社新書、2021年。以下、本書。引用も全て本書から)で、自身の仕事をこう書いている。

私が手がけてきたのは、映画ビジネス、洋画配給、そしてミニシアターで上映する単館系洋画配給ビジネスという仕事である。
「買い付け」た映画作品を劇場にブッキングして、観客となる皆さんに観ていただく。
映画を配給するからには、多くの方々に知っていただく必要があり、「宣伝」という大仕事も手がける。

大手の映画会社であれば、自社制作・自社配給ということもあるが、そういう会社でも他社制作の映画を配給することもあり、つまり「映画配給」とは簡単に言うと、「観客が喜ぶ映画を見つけてきて、それを宣伝し、映画館で上映させる仕事」ということになろうかと思う。

日本国内であれば何社かの大手配給会社が全国のシネコンで上映するようなメジャー映画を手がけている。
しかし、世界中にはメジャーマーケットには向かないが、特定の観客にとっては深く刺さる上質な映画というのが数多あり、そういった映画を日本で上映するために頑張っているのが、高野氏の会社を含めた小規模な配給会社である。

『そんな仕事を手がけたいという希望に燃える子息・子女が少なくない』と高野氏は言う。

学んだ語学、英語、フランス語などを活かせて「好きな映画」に携われるという、二つの魅力的要素が同時に手がけられる仕事だから、という理由が多い。
さらには「自分の好きな映画を買い付けて、外国と日本の架け橋になりたい」という望みも聞こえてくる。

しかし、『それは配給会社に就職することで叶うのかというと、そうとは限らない』、『自分の好きな映画は、配給会社に就職しても配給できるとは限らない。映画が好きなら、配給の仕事はしないほうがいい』と高野氏は警告する。

しかし…。

人には「やらないほうがいい」と言うものの、私を含め一度だけでやめにしたという方々や会社は、そう多くない。一度でもヒットを出そうものなら、次のヒットを願って深みにハマっていくことは否めない。

確かに、映画がヒットすれば、それだけ儲けも大きくなるだろうと素人の私でも想像がつくが、高野氏によるとハマる理由はお金ではないという。

ヒットとは多くのお客さんに観に来ていただき、その作品を「面白い」と言ってもらうことを狙うのであって、お金持ちになるために邁進するというモチベーションとは少し違う。お金儲けを狙うなら、これほど手がかかる面倒なことには関わらないほうがいい。

つまり、「大勢のお客さんに『良い映画』を楽しんでもらった」ことが報酬である、と。


国際映画祭

そんな配給会社が映画を買い付ける機会の一つが、世界中で開かれている「映画祭」である。
日本でも「東京国際映画祭」などが開かれ、そこで「プレミア上映」される映画に出演した国内外のスター俳優たちがレッドカーペットを歩く姿などが連日報道される。
そんな報道を目にすれば、映画ファンならずとも映画祭で観たい欲求に駆られるが、「プレミア上映」される映画は『(映画祭で)見逃しても後で映画館で観ることができる』と高野氏は言う。

国際映画祭で観る映画として高野氏が勧めるのは、「映画のコンクール」とも言われる「コンペティション部門」の作品である。
「コンペティション部門」といえば、時折、海外の映画祭で受賞した日本映画についてのニュースを耳にすることがある。

コンペティション作品は、たとえ何かの賞を取ったとしても、『買い付けされて劇場ブッキングされない場合は、その映画祭でしか観ることができない』。
つまり、「受賞すれば上映が約束されるわけではない」というシビアな世界であり、実際、海外の映画祭で受賞した日本作品でも「公開未定」となっているものが少なくない。

だからこそ、高野氏は『ぜひ、映画祭で観て欲しい』と言う。

世界中からの初監督作品、新進気鋭、ブレイク前の監督の出品も少なくない。監督や出演者たちが、その後どのくらい成長していくか、進化の過程をたどることもできる

そして、自分が気に入った作品が受賞したら、『自分の審美眼を褒めたくなってくる』。それは『なかなかにワクワクするもの』だから、『審査員恐れるに足らず、自分の眼を信じて観てみよう』と説く。


「アフタ・コロナ」の新たな映画界を信じて

本書は、単館上映作品が時代のトレンドを作っていた1980年代のミニシアター文化の思い出話でもある。
現在では、配給会社が持ち込んだ作品を自ら判断した上で上映を決定するミニシアターが絶滅危惧種となり、自ら配給まで手掛ける大手シネコンが多くなってきている。

しかも、コロナの影響により、ミニシアターの廃館が加速する恐れもある(実際、2022年には岩波ホールやテアトル梅田などが閉館してしまった)。

2021年春には、3回目の緊急事態宣言により、大手シネコンが理不尽な長期休館を余儀なくされ、ミニシアターがギリギリ精いっぱいの状況の中で何とか上映を続けるという逆転現状が起こり、「大手シネコン」とか「単館系ミニシアター」とか、資本や上映形態で区別・断絶している場合ではなくなり、共闘/共助の動きが始まっている。

辛く理不尽なコロナ禍を乗り切った先にある「アフター・コロナ」は、映画界・映画ファンにとって新たな世界になるはずだ。
そんな世界を信じて、映画界・映画ファンとも希望を捨てずに日々を過ごして行けたら、と思う。

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