今日もうまい酒が飲みたい!
私は酒飲みだ。
全国、いや、全世界にそう思っている人が大勢いて、今日も今日とてどこかで機嫌良く酔っ払っていることだろう。
そう思うと、世界中に酒飲みの仲間たちがたくさんいるような気になって、嬉しくなって、ますます酒がうまくなる気がするのである。
だがしかし…
酔った頭に、ふとした疑問が浮かぶ。
我々は何故お酒を飲むのか?
インターネットやSNSが発達した現代、検索すれば理由くらい簡単に見つかりそうだが、これが案外見つからない。
ここで、私の独断だが、ネットやSNSを検索して見つかる、お酒に関するネタをいくつか分類してみよう。
・レビュー系
お酒ならラベルを、お店なら外観や注文した料理などの写真とともに、
「おいしかったです」といったお決まりの簡単な感想か、「食レポ」を
気取った文章かが添えられている。
お店探訪系も、こちらに入れておく。
・蘊蓄系
例えば日本酒なら、酒造りの工程、酒米/酵母の種類、甘口/辛口/旨口の
違いとかを解説してくれる。ワインやウイスキーに関する蘊蓄も数多い。
・ノウハウ系
「一人で居酒屋に入るには」に始まり、注文の仕方、お店のレベルを
判断する方法とか、上手なお薦めの尋ね方とかを教えてくれる。
・マリアージュ/レシピ系
「このお酒に合うおつまみ」とか「家飲みするときに、手軽にできて
美味しいおつまみのレシピ」とか、写真付きで解説してくれる。
こんなにたくさんのネタが簡単に手に入って、それぞれに「なるほど」とか「そうそう!」などと思うのに、「この人は、だからお酒を飲むのか」と納得するばかりで、「私は」とか「我々は」に置き換えられず、冒頭の「何故」の回答に辿り着かない。
何故か?
きっと「共感できない」からだと思う。
共感できないから、自分の事として受け入れられない。
その文章から、書いている人が「体験」した「実感」というものを感じた時、我々は「共感した」と思うのではないか。
先に挙げたネット上のネタを書いている人は「実感」を込めているのかもしれないが、「多くの人に伝える」ということを優先して(あるいは、「公正」であろうとするが故に)言葉を選んでいるうち、だんだんと「実感」が削られていき、最終的に「情報」になってしまうのではないか?
それか、単純に語彙がないか。
「実感」を伝えるためには、「情報」ではなく「物語」が必要なのではないか?
そんなことを考えさせてくれると同時に、冒頭の「何故」まで解決してくれる本に出合った。
広小路尚祈著『今日もうまい酒を飲んだ ~とあるバーマンの泡盛修行~』(集英社文庫、2020年書下ろし)だ。
話は東京でバーを営むバーマンの一人語りで綴られる。
よくある、「酒旅ブログ」を書籍化したような。
彼はある日、常連客から「沖縄出身である祖父のカジヤマー(沖縄の風習で、数えで97歳になる年に行われる長寿のお祝い)でプレゼントする泡盛」のお勧めを尋ねられる。バーマンの彼は、洋酒には詳しいが、泡盛はさっぱりだ。
そこで彼は、常連客の願いに相応しい泡盛を求めて、沖縄へ旅立つ。
道中、酒蔵を巡り、泡盛について話を聞き試飲をし、迷いながらも地元の居酒屋のドアを開け、店員に尋ねながら酒を飲む。そして、バーマンとして客に簡単なつまみを提供している彼は、「このお酒に合うつまみ」のレシピを想像する。
彼は、そうした旅の中で、泡盛とはどういう酒なのかを知り、酒を飲むとはどういうことなのか考えを深めていく。
途中、東京から彼のバーマンとしての師匠が追いかけてきて、旅に加わる。
この師匠、沖縄に縁があるらしい。
その縁で、彼らは沖縄在住者のお宅での「家飲み」に招待され、自家製の料理をつまみに、地元の人お勧めの泡盛を飲む。
そう、この本は、上に挙げた4つのネタ全てが網羅されている。
それが、単なる知識や情報ではなく、彼の「体験」として語られる。
読者の私は、その体験に「共感」し、まるで彼らに同行しているかのような気持ちになる。
その中で私は、お酒や料理の美味しさ、酒宴の楽しさ、幸福感を知る。
何故お酒を飲むのか?
その答えは、この本の中にあった。
さて、彼の酒飲み旅は、師匠の縁が過去のロマンスであったことに感動し、常連客とその祖父が、彼の選んだ泡盛を飲んで満足したところで完了となる。
東京の単なる(と言っては失礼かもしれないが)バーマンの酒飲み旅と言われても、にわかには信じられないようなラッキーな体験をしている。
上に挙げた4つの「情報」を書いている人たちも、それを読んでいる人たちも、「こんな体験がしたかったのだ!」と羨ましがるほどに。
「よくできた話だな」
そう思って、読み終えた本を手に取り、再びページをパラパラと捲る。
語り手であるバーマンは「阿部さん」と呼ばれている。
本の著者は「広小路尚祈」。
著者紹介にはこう書かれている。
やはり、共感するためには、「物語」が必要なのだ。