映画『螺旋銀河』(『王国(あるいはその家について)』アンコール記念 限定公開)

映画『螺旋銀河』(草野なつか監督、2014年。以下、本作)上映後、家路についている間、ずっとモヤモヤした気持ちを言葉に出来ず、もがいていた。
徹底的に「言葉」にこだわった映画を観たにも拘わらず、それを言葉にできないのである。

美人だが自分本位な性格で友だちのいない綾(石坂友里)は、OL勤めの傍らでシナリオ学校に通っている。ある日、綾の原稿が学校課題のラジオドラマに選ばれるが、今のシナリオでは不十分で共同執筆者を立てることが放送の条件だと講師に言われてしまう。負けず嫌いな綾は、会社で偶然言葉を交わした同僚・幸子(澁谷麻美)の地味でおとなしい性格に目をつけ、共同執筆者に仕立て上げようとする。華やかな綾に憧れ過剰に接近して行く幸子は、綾と同じような服装をして行きつけのカフェに突然現れ、さらにはラジオドラマのシナリオにも「役に立てれば…」と口を出すようになる。そんな幸子を鬱陶しく思う綾。そして二人のことを知る寛人(中村邦晃)の出現により困惑を深める綾と幸子の関係性は、シナリオ朗読によるラジオドラマの収録を通して、思いもよらぬクライマックスへとひた走る―。 

本作は2014年の草野監督初長編作であり、今回の上映は、2023年末に公開された同監督の新作『王国(あるいはその家について)』が、翌年1月にポレポレ東中野でアンコール公開されたのを記念してのものだ。
だから私は彼女の映画を公開順と逆に観たわけだが、草野監督はとにかく「言葉」-それも、「人間から発せられる言葉」-に拘るというか、執着しているように思えた。
それは、本作においては「ラジオドラマ」、『王国』においては「芝居の稽古(ほとんど動きがなく所謂"本読み")」であることから窺える。
本作は完全な「劇映画」であり、演技(動き)が中心だが、クライマックスのラジオドラマの収録は二人がスタジオの中で並んで朗読するだけで動きがなくなる。

綾・幸子・寛人の関係は一方向の恋慕れんぼ(綾と幸子は同性だが、物語上「恋慕」と捉えていいと思う)で、綾→寛人→幸子→綾……と円環になっている。
さらに、この関係を綾(と幸子)がラジオドラマとしてフィクション化することにより、円環は一段上昇する。
しかし、それを綾と幸子が自ら朗読することにより、円環は(ラジオドラマというフィクションであるにも拘わらず)物語上の現実世界における円環関係という「重力」によって落下してしまう
つまり、通常の「螺旋らせん」は伸長(発散)していくイメージであるのに対し、本作の「螺旋」は上昇と落下を無限に繰り返し続けた結果、内圧が高くなる。

この「重力による落下」というイメージは、幸子が綾のシナリオを「言葉に"重力"が感じられない」と評した上で、「ドラマの設定をコインランドリーにしたらどうか」と提案することで想起される。
コインランドリーにあるドラム式洗濯機は、回転速度が遅く、洗濯物も水を吸って重くなっているため、ドラムのヘリに張り付いて回転するのではなく、ドラムによって上部に引き上げられると「重力」により落下してしまう。
そして下に溜まっている洗剤入りの水に再び浸かる。
それを繰り返し洗濯物は浄化される。

本作も同様、螺旋によって発散するのではなく、重力で落下することで浄化される。

それは物語の結末であり、私が『ずっとモヤモヤした気持ちを言葉に出来ず、もがいていた』のは、クライマックスの朗読だ。
ラジオドラマの収録であり、二人は横並びでマイクに向かい、ただ言葉を発するだけ。動作は伴わない。
始めは並んだツーショットだったが、朗読が進むとやがてブラックバックに各人一人が映るシーンになり、それが綾、幸子で(まるで「螺旋」を描くように)交互に繰り返される。

私が息をすることも忘れそうなくらい圧倒されたのは、上述したように「螺旋」が上昇と落下を繰り返し内圧が高くなるということで、つまりそれは本作タイトルに引き寄せるなら「ブラックホール」を意味するのではないか。
Wikipediaによると「ブラックホール」はこう説明されている。

宇宙空間に存在する天体のうち、極めて高密度で、極端に重力が強いために物質だけでなく光さえ脱出することができない天体である。

つまり私は「ブラックホール」を言語化しようとしていた……のかもしれない。

物語は、ラジオドラマの登場人物の片方が恋慕をやめる決心をし、円環が断ち切れる。
しかし、やめる決心をした方がもう一方に円環を完全に断ち切らせないように依頼する。
そのこと(ラブレター)によって、円環は形を変えて再接続され、重力は消滅する。
重力を失った螺旋は、ブラックホールを飛び出し、銀河へ伸長していくのである。

メモ

映画『螺旋銀河』
2024年1月31日。@ポレポレ東中野

4回のみ限定公開された、その最終日。
19時20分上映回は8割方の入り。話題の高さをうかがわせた。




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