ミュージカル『おとこたち』(感想)

ミュージカル『おとこたち』(岩井秀人脚本・演出。以下、本作)の一幕の終わり方に衝撃を受け、放心状態で幕間20分を過ごした。
正確に言えば、放心状態は半分で、残り半分は二幕の展開への怯えだ。

初演(ミュージカルではない)を観ているし、本作の公式サイトに『2幕におきまして約2分間程の大きな音・暴力的な音声が流れるシーンがございます。大きな音、暴力的な表現が苦手なお客様は、ご遠慮なく、耳をお塞ぎいただくことをお勧めいたします』と警告文が入っていた(どころか、劇場において開演前にもアナウンスされていた)にも拘わらず、私は本作のチケットを買って劇場まで来た。
それなのに、もうすぐ始まる二幕の展開に怯えていた。


幕開け、フラッと出てきた主役のユースケ・サンタマリアの、フリートークで噛み気味の和やかな前説から、途切れなくそのまま物語に入る展開(うろ覚えだが、確か『なむはむだはむ』(2017年初演)や『世界は一人』(2019年)もこの始まりではなかったか?)。

老人ホームを舞台にした不条理劇のような始まりをした物語は、唐突にカラオケボックスのシーンになった。
そこでは4人の"おとこたち"が大学(+ガキからの)卒業パーティーを開いていて、カラオケを歌うことで各々が自己紹介をしていくという、ミュージカル(前野健太音楽、種石幸也・佐山こうた演奏)らしい展開となった。

ブラック企業に入って辞められないまま結局そこに馴染んで勤め続けてしまう山田(ユースケ)、戦隊モノのヒーローで人気になったが酒が原因で仕事を干されアル中になってしまう津川(藤井隆)、妻がいるのに就職せず居酒屋でバイトを続け不倫もしている森田(橋本さとし)、優秀な成績で製薬会社に入り努力に努力を重ね出世していく鈴木(吉原光男)、という4人の"おとこたち"は、漠然と「近所にもいそう」ではなく、具体的な知り合いの顔が思い浮かぶような人物たちだった。
実際、4人を具体的な知り合いに当てはめながら、しかし、「これは物語ですよ」というメッセージが聞こえてきそうなほどカリカチュアされた(と思える)エピソードの数々に、安心して笑った。

一幕の終盤まではそうだった。

森田の不倫相手であり、友人だとは知らず森田の話を面白おかしく客の山田に話す、"処女専門デリヘル"(こういうところが「物語」っぽい)嬢の純子(大原櫻子)が「自転車」という曲を歌い出した瞬間、空気が一変した。
『怖いのは 漕ぎ始める前/怖いのは 立ち上がる前』と始まる曲は、それでも自転車を漕ぎ続ける中で爽快さを感じ、サビで『自分の呼吸を聞きながら 鮮やかな街を突き進もう/踊る鼓動に揺れながら 鮮やかな街を好きに進もう』と高らかに歌い上げられる。
曲も歌詞もポジティブで、歌う彼女も力強く見えるのに、何故か、私には「虚無」にしか見えなかった。私は舞台上で歌う「虚無」の闇に吸い込まれそうで恐ろしかった。

ミュージカル的にはこの歌い上げで幕間を迎えてもおかしくないと思うが、本作は容赦がなかった。

『絶対負けない』と努力し、ついに『地上50階』に立った鈴木が昇進パーティーで自画自賛しながら歌う「やったね鈴木」は、しかし、途中で部下の知らせを聞いて逆転してしまった。
『絶対負けない』という鈴木に『絶対負けない』と返していた部下たちの合いの手も、『倒れた奴は?』に変わってしまった。
そこで大原が、純子から鈴木の妻・花子に役替えして『勝ち続ける あの人が好き』と歌い、それに応える鈴木が、『愛されるわけがない/世界に立ち向かえない男が/愛される資格もない/人の上に立てない男が』と自信を喪失してゆく……

この一幕の終わりに衝撃を受け、幕間を怯えて過ごしたのは、もちろん、公式サイトや劇場アナウンスで繰り返された警告がこの夫婦に起こったことを知っていたからでもあるが、それ以上に、この一幕の終わり方が、二幕全ての展開と結末を見事に示唆していたからだった。
そして、それはつまり、本作初演から9年経って50歳を超えた私にとって、かなり堪えるだろうということの示唆でもあった。

実際、二幕は辛かった。
結構ポップなアレンジで仕立てられた音楽によって、表層的には軽いタッチの物語にはなっていたが、本質的には、本当に容赦がなかった。

二幕の辛さは、『具体的な知り合いに当てはめながら、しかし、カリカチュアされた(と思える)エピソードの数々に、安心して笑っ』っていたはずが、いつの間にか、『具体的な知り合い』ではなく『具体的に、この私』のエピソードに転化していたから、というか、4人の"おとこたち"全てが『具体的に、この私』だと気づいてしまったからだ(しかしながら、音楽はもちろん、演者も芸達者な実力派が揃っていたからか、最終盤まで笑いが絶えないのが個人的にとても不思議だったが、後から考えれば、笑い声はほぼ女性のものだったような気がする。それはそれで、かなりの恐怖だ……)。

4人の"おとこたち"は、それぞれの人生を生きたが、皆、後味が悪い。
それは実際の死にざまというより「何のために生きてきたのか……」と絶望して終わるからだった。

人生の中で、「辛い」と思うことは「いつか報われる」と、「悔しい」と思うことは「今に見てろ」と、「家族や誰かのため」と頑張ってきたことは「絶対に伝わっているし役に立っている」と、そして、いつか(家族や誰かとともに)幸せになれると信じて、懸命に、ただ懸命に生きてきた。
それなのに……

『具体的に、この私』の物語は、いつの間にか一幕冒頭の老人ホームに戻っていた。そして同じように、あの日のカラオケボックスに移る。
そこでは、かつての"おとこたち"が、これから起こる人生を知らず、陽気に歌っていた。
客席から笑い声も聞こえるほど盛り上がる大団円に、ふと気を抜きかけた、その瞬間……

物語は、一瞬にして、絶望と恐怖に変わった。
それはまるで、「絞首刑」のようだ。
優しく首に巻き付けられたロープが引っ張られるのではなく、唐突に足元の床が抜けるという、あの「絞首刑」。
足元の床がなく、その空洞の上で人形のようにロープで吊られてブラブラ揺れる私が見えた。

……と思ったのだが、規制退場の順番を待つ間に、誰もいない暗い舞台を見ながら、最後のカラオケボックスのシーンが山田の回想(と、あえて書く)だったとしたら、と考えた。
そうだとすれば、もしかしたら、山田(だけ)は幸せなのかも……
そんな想像をしてしまった私は、彼と同じ独身独居。
ラストの彼を幸せと思いたがる私が実は一番怖いのかもしれないと、ふと思った。

メモ

ミュージカル『おとこたち』
2023年3月23日。@PARCO劇場。

本作パンフレットで、出演者である川上友里さんが『岩井さんの作品に出てくる人物には、モデルがいることが多いように思います。実際に起きたこと、現実の出来事をもとに台詞を書かれたりしていますからね』とコメントしているが、これは事実らしい。

酒が原因でテレビ・舞台から干され、酒浸りの中で助けを求める妄想の声を聞き、「よしわかった、俺が全部背負ってやるから!」と言ったとたんに助けの声が止み、その夜に家が焼けた、という、一番フィクションに近いと思われる津川のエピソードは、実在の人物(役者)の実話を基にしていると、『WOW!いきなり本読み! #3』(2021年7月24日WOWOW放送。川上さんも出演)や、2022年12月22日に行われた『いきなり本読み! in 東京芸術劇場』にて、岩井氏本人が明かしている(実際は「全身やけど」ではなく『体半分が焼けた』と『WOW!』の方で証言している)。

それにしても、本作の大原櫻子さんは歌も演技も素晴らしかった。
直前に第30回読売演劇大賞 杉村春子賞を受賞しただけのことはある。
それが自信に繋がっているのだろう、と偉そうに評してみる。

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