『TSURUBE BANASHI(鶴瓶噺) 2024』

「何で、こんなことが起こるんやろ?」
笑福亭鶴瓶師匠は、首を傾げながら、自虐的な呟きを繰り返す。

鶴瓶師匠の奇妙な出会いや出来事を観客に披露する、ライフワークともいえる「スタンディング・トークショー」(「落語会」に非ず!)、『TSURUBE BANASHI(鶴瓶噺)』。
今年もその季節がやってきた。

例年、(もちろん師匠の頭の中では、ある程度進行予定を決めているのだろうけれど)その場の雰囲気や話の流れでどんどん話題が変わり、広がってゆく、「フリートーク」のスタイルだったが、今年はペラ紙1枚にギッシリ書かれた「ネタリスト」から話が展開してゆくスタイルに。
リストから選ばれたエピソードの終わりには、「何で、こんなことが起こるんやろ?」と首を傾げ、「自分が望んだことじゃない」と憤ったり、エピソードの相手に怒ってみせたりもする。

もう20年以上観続けている私としては、この憤りや怒りで落とし続けるというのが新鮮で、しかし考えるまでもなく、鶴瓶師匠は単に「良い人」でも「フレンドリーな人」でもない。
それは、タモリ(森田一義)氏から「目が笑ってない」「腹黒」と揶揄されていることからもわかる。
エピソードの節々から、年齢を重ねて丸くなったとはいえ、自身の中では若かりし頃の東京12チャンネル(現・テレビ東京)出禁事件のような熱いスピリットを持ち続けているだろうことも滲み出ている。

なのに何故、世田谷パブリックシアターに集った観客と、舞台上の鶴瓶師匠との間に、「気楽さ」「親密さ」が漂うのだろう。

まず、話芸というか、「つかみ」の上手さがある。
この日の冒頭、鶴瓶師匠は会場で奥様が見ていることを明かし、その上で、日々奥様に怒られ続けるエピソードを次々と披露した。
その誰にでも心当たりのあるエピソードとともに、時折、舞台袖をチラチラ見て「後で怒られるなぁ」と呟く姿に、観客は自然と心を開いてしまう。

そして何より、何を話すかリストから選んでいる最中、話す前から自分だけで「思い出し笑い」をしてしまう。しかも、噴き出すとかではなく、「ぐへへへへ」「うへへへへ」といった、所謂「スケベ笑い」で。

エピソードに対する憤りや怒りは、ただ「鶴瓶噺」としての「オチ」やスタイルではなく、きっと(ある程度)本気なのだろうと思うが、それよりも先に、自分自身が楽しんでいるのである(そうじゃなければ、「ぐへへへへ」なんて笑い方はしないだろう)。
自分自身に降りかかった災難(あえて、こう言っておく)でさえも、「思い出し笑い」できるエピソードに昇華していく。
エピソードは相対化されず、内面化してしまう。
内面化されたエピソードゆえ、それを話す鶴瓶師匠と、それを聞く観客との間には「気楽さ」「親密さ」が漂う(ただし、我々素人が「思い出し笑い」したエピソードを話しても、100パーセント笑ってもらえない。これを確実に笑いに転化できるのが「話芸」である)。

「何で、こんなことが起こるんやろ?」

そのヒントが、朝日新聞のインタビュー記事にある。

「自由にも近い感覚だと思うんですけど、スケートの小平奈緒さんが教えてくれた言葉だった。厳しいトレーニングを積んでいる時にふと『与えられるものは有限、求めるものは無限』と気づいたんですって。これって、教わるものは有限とも言えると思うんです。おやっさん(六代目笑福亭松鶴)は、僕に落語の稽古をつけてくれなかった。でも実は、そういう深い意味があったような気がするんですよ。自分で求めて体験することは無限だからなって。その教えは、鶴瓶噺にも落語にも確実に生きていると思います」
(略)
深遠なるは教える・教わるという師弟関係だが、2023年の笑福亭鶴瓶は身近な人たちから「教わりました」と言う。
「昨年ようやくひとつの形になった『芝浜』という落語があるんですね。ものすごく簡単に言うと酒好きでろくでなしの亭主が嫁の支えのおかげで酒を飲まないという選択を最後にする。これ、僕は再生の物語だと思っているんです。どんなに悪いやつでも、どんなに失敗したって、生きていれば再生できる。2023年という一年は、弟子の笑瓶が死んで、姉が死んで、兄が死んだんですけど、僕には死ぬことへの怖さはない。生まれたという意識がないように死ぬという意識もないはずで、すっとフェイドアウトしていくのだと思うから。でも、生きているからこそ再生できる。だったら、いま元気なのってすごいことだって、笑瓶や姉や兄から教わったんですよ」

朝日新聞2024年3月21日付夕刊
「TSURUBE BANASHI 2024:鶴瓶噺は失敗を愛していて、笑福亭鶴瓶は失敗に愛されている」

鶴瓶師匠に起こったエピソードは、また別のエピソードと結びつき、新たな「噺」として、脈々と再生される。

メモ

『TSURUBE BANASHI 2024』
2024年5月10日。@世田谷パブリックシアター



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