「日常」は"爆笑"の連続~『TSURUBE BANASHI(鶴瓶噺) 2023』~

毎年のように無邪気に爆笑しながら、笑福亭鶴瓶師匠の持つエピソードの豊富さはもちろん、それを引き出しにキチンと整理して収納し、状況に合わせて的確に取り出せる、その情報処理の才能に(上から目線の表現で恐縮だが)本当に感心した。
さらに言えば、取り出したエピソードを「テーマ」から外れないように微調整しながら話す技術にも。

鶴瓶師匠の奇妙な出会いや出来事を観客に披露する、ライフワークともいえる『TSURUBE BANASHI(鶴瓶噺)』という「スタンディング・トークショー」は、ただその場のノリで思い出したことを話しているわけではない。
毎年、ちゃんとした「テーマ」がある。
昨年(2022年)は、おそらく「御縁」。
今年は、おそらく「驚かされた人」から転じて「日常」。

昨年は、師匠が出会った奇妙な人とのつながりや、不思議な縁についての噺が多かった。
今年は、出会った人が師匠を奇妙な状況に陥れてしまう、といったような噺になっており、各エピソードの最後はたいてい、「あんなこと言われたら(されたら)ビックリしますよ」「あんなんビックリするで」「あれはビックリしたわ」などと締められる。
昨年聞いたエピソードもいくつかあったが、上述のように締められることによって、昨年とは全く違ったニュアンスで噺を受け止めていることに気づき、私は改めて師匠の話芸に感心した。

そうした「他人から驚かされた」エピソードを立て続けに並べた後、噺は自然と「自分に驚いた」エピソードに移っていった。

日常生活不適合者。嫁にそう言われるんです」

日常生活で皆が当たり前にやっていることができない。
コンビニで買ったサラダのテープの封を切ってふたを開け、ドレッシングをかけ、そのドレッシングを捨てようとしたら、サラダの封をしてあったテープが手に引っ付いていてサラダをぶちまけてしまった……
コンビニで買ったおにぎりを食べようとして、少し強く掴んでしまったために、その勢いで中の具材が外に飛び出してしまった……
家で、残り物のすき焼きをコンロで温め直してテーブルに運ぼうとして、取っ手が2つあるのに気づかず、片方だけ持ったために、すき焼きをぶちまけてしまった……
牛丼チェーン松屋の自動券売機で品物を選び、「おつり」ボタンを押すも釣銭が出てこない…ふともう片方の手を見ると、お金を持ったまま……

鶴瓶師匠の話芸に引き込まれて爆笑し続けるうちに気がついた。
これって「あるある」だ……
鶴瓶師匠が「あるある」を噺すことに対する批判ではない。
「我々の日常って、"爆笑"の連続じゃないか」、そう気づいたのだ。

鶴瓶師匠が噺すから面白いんじゃない。
我々がそれらを、「当たり前の日常」或いは「ちょっとした失敗」として無感情に処理しているだけなんじゃないか。

もしも鶴瓶噺を発明できていなかったらと問いを重ねる。「まぁでも、芸人である限りは、なにかをやっていたでしょうね。鶴瓶噺と形は違うかもしれないけど、俺にしかできないなにかを。落語と違って鶴瓶噺は型がないでしょ? そういう意味では、佐藤さんがしゃべれば佐藤噺だし、鈴木さんのは鈴木噺なんです。ただし、型がない無手勝流の芸にはひとつだけ大切なことがあって、続けないとダメ。おもしろさは人それぞれでいいんですけど、ずっとやらなあかん。鶴瓶噺だって、今年が最後となったらその瞬間は笑ってもらえるかもですけど、すぐに色褪せてしまうはずですから」

朝日新聞2023年3月9日付夕刊 『鶴瓶噺』インタビュー記事

そう我々の日常だって『佐藤噺』『鈴木噺』『〇〇噺』になる。
いや、本来そうだったはずだ。
何かを始めた時、初めて経験した時、それらはきっと面白かったはずだ。
けれど、いつしかそれに慣れきってしまい、続かなくなる。

だからこそ鶴瓶師匠は叱咤する。
『続けないとダメ』だと。
自分の意志を持たず、現状に慣れて流されるだけだと、『すぐに色褪せてしまうはず』だと。

メモ

『TSURUBE BANASHI 2023』
2023年5月12日。@世田谷パブリックシアター

改めて『鶴瓶噺』というタイトルの意味にハッとさせられたのは、鶴瓶師匠自身の師匠・笑福亭松鶴師匠と、自身の弟子・笑福亭笑瓶師匠のエピソードを聞いた時だった。
例年のようにお二人のエピソードは披露されてはいたが、それは必ず、「松鶴師匠と弟子の自分」「自分とその弟子の笑瓶」と、自身を軸とした関係性が保たれていた。
しかし今回、『松鶴師匠が孫弟子・笑瓶の運転する車の助手席で大はしゃぎする』というエピソードを自分抜きの関係性で噺される鶴瓶師匠を見て、改めて『鶴瓶噺』というタイトルの意味に気づかされたと同時に、『4つ(歳)しか違わない』弟子の早すぎる旅立ちに対する鶴瓶師匠複雑な想いも感じられた。
『鶴瓶噺』は例年同様ドライな明るい雰囲気だったが、どこかウェットさが感じられたのは、そのせいかもしれない。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?