森知子著『カミーノ 女ひとりスペイン巡礼、900キロ徒歩の旅』

人は深く傷ついたり、とても大切な何かを喪うと、自分を支えることができなくなり、深い孤独に苛まれる。だから神に頼ろうとするが、願えば神が傍で寄り添ってくれるわけではない。だから、自ら神のへ行こうとする。
間違ってはいけないのは、自ら神のへ行こうとする者を神は許さないということ。
神は「へ来い」と語りかける。
間違ってはいけないのは、だからといって安易に傍へ寄ろうとする者も神は救わない、ということだ。
神は「歩いて来い」と語りかける。

こうした「巡礼」は、宗教や国、人種を超えて、世界中で行われている。
「カミーノ・デ・サンティアゴ」(以下、カミーノ)もその一つだ。

森知子著『カミーノ 女ひとりスペイン巡礼、900キロ徒歩の旅』(幻冬舎文庫、2013年。以下、本書)には、こう説明されている。

スペイン北西部のガリシア地方にある大聖堂、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して歩く巡礼のこと。(略)巡礼の歴史は1000年以上。サンティアゴまでのルートはヨーロッパ各地から延びているが、フランスからピレネー山脈を越えて北スペインを歩く"フランス人の道"(810km区間)がもっとも有名で、世界遺産にも登録されている。
現在、ここを訪れる巡礼者は年間15万人。(略)
サンティアゴ・デ・コンポステーラへ着いた巡礼者たちは、巡礼証明書をもらい、ミサに参加する。その後、"地の果て"といわれるフィステーラ岬までさらに90km歩き、大西洋に向かって身につけていたものを燃やして巡礼を終える風習もある。

宗教や歴史も違うので一概には言えないが、日本の「お遍路」のようなものだろう。

本書は、2010年に「TV Bros.」のケータイ専用サイト「モバイルブロス」上に日々アップされた著者の44日間に渡る巡礼記をまとめたものである。
とはいえ、彼女は連載のために歩いたわけではなく、切実に神を求めていたのである。

あれは去年の秋。低迷していた私のフリーライターとしての収入が、とうとうゼロになって沈んでいた夜に、愛するイギリス夫から、
「リコンをクダサーイ」
と下手くそな日本語で言われてしまった。
(略)
淋しい。(略)そんな涙の日々、失われた半年間の中でただひとつ浮かび上がってきたことは、自分は旅に出てものを書く必要があるということだった。(略)……あれ、そういえばスペインの巡礼って、宿がタダだか格安だかで泊れるんじゃなかったっけ?

フリーライターの彼女は、それを「TV Bros.」に売り込んだ。
かくして……

"さらばイギリス夫、今日からひとりでファッキン巡礼!~スペイン810km徒歩の旅"
「ファッキン」は決して上品な言葉ではないけれど、愛すべきイギリス庶民が、日本語の「チョー」みたいな感覚で使う日常語。夫もよく使っていたから、皮肉って連載のタイトルに使ってみたぞ

『スペイン810km徒歩の旅』。あれ? 本書のタイトルと違う(ちなみに、「巡礼証明書」はゴール手前の100キロだけを歩けばゲットできるそうだ)。その理由は後述するが、それにしても本書を読むと「旅は道連れ世は情け」なのは日本だけでなく、世界の普遍なのだと納得する。
ついでに「類は友を呼ぶ」も……

著者は出発地点に向かうまでに、既に「道連れ」たちと出会っていた。

ここで我が友(といっても数時間前に知り合ったばかりだけど)をご紹介しよう。(略)ブラジル人女性がレーダ(42)、それからもうひとりのブラジル人女性がリタ(50)、そしてバルセロナからやってきたスペイン人男子が私とタメ年のハビエル(37)。(略)全員、中年のひとり旅だった。

「えーーーーーーーーーーっ!」
ちょ、ちょっと待ってよ。今のセリフの中に何回divorced(離婚した)って単語が含まれてたよ! 今ここに座ってる4人とも、全員、バツイチなの?(略)
偶然のバツイチ×ディナーパーティ。バツイチがバツイチを呼ぶバツイチ友の会。ひとしきり驚きあったあとはもう、全員で笑うしかなかった。離婚騒動以来、初めて笑ったかも。
「しかしよりによって4人とも……フフフフフ」
「考えること同じ……ククククククッ」
「こんなとこ来ちゃって……ハハハハハハハ」
「……オーマイゴーッド!」
全員あきれ顔、困り顔。おでこに手を当てたり、お手上げのポーズをやってみたり、外に目をやってみたり……どんな顔をしていいのか分からない。言葉が出ない。だけどその中でほんの少しだけ交わされる、「お前もここに来るまで結構泣いてきたんだね」「バッカで~い、巡礼なんか来ちゃって」って感じのアイコンタクト。ギュッと抱きしめあえないテレ臭さ。ニヤけてしまう顔と顔。いろんな可笑しさや気持ちがまじりあって収拾がつかなくなり、最後は結局、4人同時にワイングラスを掲げた。
「ブエン・カミーノ!(よき巡礼を!)」
(略)こんなに完璧な、でもくすぐったい乾杯は初めてだった。

まさに「類は友を呼ぶ」。
これを「神の御導き」と云えるかは別として、ただ、同じ「離婚」が理由だとしても(もちろん、それ以外の如何なる理由であろうとも)、ペリグリーノ(巡礼者)各々の事情や想いは様々で、だから旅の終わりまで仲良く連れ添うことはない。
著者は基本的に一人きりで孤独や寂しさと向き合いながら歩き続け、その中で、様々な事情や想いを抱える人たちとの出会いと別れを繰り返す。

ハープ奏者とフルート奏者もいたから夜はちょっとした演奏会になった。(略)
美しい音楽とワイン(とツナパスタ)を楽しみ、足にできたマメの数を自慢しあう夕べ。
「カミーノ中、ひとりで歩いている時に泣いたことある?」
何かの話のついでにきいてみたら、そのテーブルにいた5人の男女全員が、「シー!(うん)」と即答した、そんな夜だった。

「人」も様々なら、「宿」も様々だ。

アルベルゲ(albergue)はユースホステルのようなスペインの簡易宿で、カミーノエリアでは巡礼者宿の役割をしている。そのせいか宿泊料はスペインのほかの都市のそれと比べると格安

だから、『野戦病院のような巨大宿』や『ペリグリーノの足を洗う儀式がある宿』など様々なアルベルゲがあり、『あぁ、あそこはダニが出るわよ』と評判(?)の宿もある。食事も付いてたり付いてなかったり。

元々がリアルタイムのブログ記事だった本書は、著者の日々の行動が日記風に書かれていて、だから読者は日本に、家にいながら、彼女と一緒に「カミーノ」をしている気分が味わえる。

"カミーノでは、必要なものをすべて手に入れることができる"
これはペリグリーノの間でよく語られる神話。いや法則、いや事実。
たとえば誰かと喋りたい時は、自然と自分に必要な人が寄って来る。ひとりになりたい時は自然と原っぱに放り出されている。のどがかわけば水道が現れる、頭が疲れてくると心地よい風が吹いてくる……それがカミーノだという。
だけどシャンプーまでもらえるとは思ってなかったよ。しかもパンテーン。

そうやって読み進めていくとやがて、当然なのだが目的地である「大聖堂・コンポステーラ」が近づいてきて、「終わりがあるのが旅の宿命」だと思い知ることになる。

今までは「サンティアゴで会おうね!」がペリグリーノ同士の別れの挨拶だった。でも最近はもう残りの距離が少なくなってきたから、「シーユー!(またね、じゃあね)」と言いつつも「ひょっとしてもう会うチャンスはないかも」という無言のやりとりがついてきて淋しい。(略)
でもたとえば、自分が日程をずらして誰かと一緒にいられる時間を1~2日延ばしたところで、しょせん東京に帰る時は自分ひとり。ゴールだってみんなバラバラで、その後はみんなそれぞれの国へ帰ってしまう。だからこれはつまり、ラスト10日間は誰ともつるまないで歩いてみなさい、ひとりで過ごしなさい、ってことなのかね?

著者はゴールを目指しながら、しかし、帰国後に待ち受けているであろう孤独を想像して怯えてもいて、本書ではその逡巡も綴られているが、それでも41日目に、彼女はとうとうサンティアゴへ着い(てしまっ)た。
そこでどれだけの感動と感慨が押し寄せてくるのか、と期待に胸膨らませた彼女(と読者)は、見事に裏切られることになる。

大聖堂・コンポステーラ(略)前の広場はもう、パリのエッフェル塔前って言ったらまた言いすぎだけど、旗をふりかざした団体観光客であふれていたわけで……。そんな中、仲間とにぎやかにゴールしたペリグリーノたちがいろいろなポーズで集合写真を撮っていた。
あれ、一体こんなところに何しに来たんだろう、ジョ?(スペイン語で私)
こんなうるさい観光地へ来るために41日間も歩いてきたのか。

私は何をすればいいんだろうか。泣けばいいのか笑えばいいのか、私もあそこに寝転がってゴールの喜びにひたればいいのか。

空虚な気分。"遠くから歩いてきた組"のみんなもこんな気持ちで、人ごみにまぎれてひっそりとゴールしたんだろうか。そうなのみんな!?

(怒りを伴う)空虚な気分をまぎらわすため、ゴール記念と言い訳して『ちょっと高そうな地中海レストラン』に入った著者は決意する。

よし、明日からの3日間、世界の終わりフィステーラを目指してあと90キロ歩くぜよ。

「810キロ+90キロ=900キロ」。これがタイトルの意味だ。

44日目、遂に最終目的地・フィステーラ岬に到達する。
そこで思わぬ再会があり、ドラマのような結末に到る。

「ファック・オフ!(消えうせろ)」

最終日

ここから先は、ぜひ、読者としてではなく、著者と共に44日間の旅をしてきた仲間として想いを共有してほしい。
落涙必至。
泣いた後は、絶対元気になっているはずだ。
だって、一人なのに、一人じゃないって教えてくれるのだから。

……だからといって、自分もカミーノに出かけたくなるかといったら、それはまた別の話。





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