"G"と対決する時~成田名璃子著『いつかみんなGを殺す』~

"G"の名前は明かさないから安心してほしい。

成田名璃子著『いつかみんなGを殺す』(角川春樹事務所、2023年。以下、本書)は、そのタイトルから、殺したいほど悪い”G”を誰が殺したのか? というミステリー、はたまた悪役”G”とその被害者たちが繰り広げるどちらが生き残るのかを賭けたサバイバル物語、と思い込んでいた方が、精神安定上、きっと良い。
本書のプロローグにも、こう書いてある。

最後に笑うのは、己かGか。残されるのは、希望か絶望か。
Gを巡る一夜のドラマが、今、幕を開ける。

と言った直後にそれを否定するのだが、本書は「ワンシチュエーション・コメディー」のドタバタ物語だ。
たった一夜の出来事を多くの登場人物の視点から描いたこのドタバタ物語は、わかりやすく云えば、「東京サンシャインボーイズ」の頃の三谷幸喜氏の名作『ショー・マスト・ゴー・オン』を彷彿させる。

外資系ホテルの新規参入ラッシュに湧く東京において、伝統と格式を纏い、国内外の富裕層から不動の地位を得つづけている五つ星ホテルがある。
その名も、『グランド・シーズンズ』

そもそものきっかけは、経営難に苦しむこの『グランド・シーズンズ』を立て直すべく、会長が次期後継者として孫娘・鹿野森かのもり優花を総支配人に指名したことに対し、長年会長に仕えてきた副支配人・殺区ローチ(あえてルビはふらない)が反発した、「後継者争い」の内紛だった。
殺区が優花を貶めるために、『このホテルがクリスマスシーズンよりも賑わう「ミッドサマードリームナイト」』を台無しにしようと企て、"G"を差し向けたのである。

この"G"は、「ミッドサマードリームナイト」のトリを飾る、大物歌舞伎役者・市川硼酸次(これにもあえてルビはふらない)が、出演前夜に執り行う奇妙な儀式と大きな関係があり、殺区はそれを利用しようと企んだのだ。

"G"がホテルに現れたことを知った優花は、宿泊客や観客に悟られず、「ミッドサマードリームナイト」を無事成功させてホテルを立て直すため、"G"を駆除(あ、言っちゃった……)すべく動き出す。

この極秘ミッションは、優花だけでなく、「Gハンター」の異名を持つ謎の女・姫黒マリ、"G"を愛してやまない蜚蠊郁人ひれんいくと、郁人の浮気を疑う恋人・木村菊子(何せ部屋から彼が「敦子」を愛でる声が聞こえたのだから逆上もするだろう)ら大勢の人物の思惑が入り乱れ、丁々発止のやり取りをしたかと思えば、時に共闘したりと、ドタバタの騒動を繰り広げる。
本人たちが必死な分だけ、読者はこの騒動に笑いが収まらなくなってくる。

そうやって爆笑しながら読み進めるうち、読者はハタと気づく。
"G"とは、それに関わる登場人物各々が「乗り越えるGet over」ための象徴であり、だから通過儀礼イニシエーションとして『いつかみんなGを殺す』時が訪れるのだと。

登場人物たちは各々、自身の心に(ネガティブな)想いやトラウマを抱えており、それらがこの"G"騒動をさらにこじらせることにつながっている(というところが本書の面白さである)が、"G"と対峙する中で、各々それに向き合わざるを得ない状況になる(というところも本書の面白さである)。
登場人物たちは、"G"を前に口々に言う。

「G殺っちゃいなよ」
「は?」
「G、殺っちゃいなよ」

「さあ、二人の未来を選んでくれるなら、早くビッグGを殺ってちょうだい」
(略)
「僕にだって事情はある。(略)」
「つまり、私よりもGを選ぶってことね」

そのイニシエーションは、昔からホテルを愛し仕えている殺区を始めとした従業員の前に突然現れて改革を唱えることに引け目を感じて遠慮していた優花にとっても、それを乗り越えるGet overために必要だった。

大きな目をさらにかっと見開き、腕を振り上げる。
"みんなGを殺す"
危険を察知したGがさっと移動しようとしたが、ほんのわずか優花のスピードが優った。

『まさかの結末だった。』
全てが終わった時を本書はそう記す。そして、こう締めくくる。

人々が行き交い、出会う、やはりグランド・シーズンズはグレイトだ。

この一文で得られるカタルシスは、読んだ者の栄光Gloryの証だ。

だが、本書で感動できるのは、これが物語だからだ。
もし目の前に"G"が現れたら……

ところで、"G"とは何者なのか?
本書を読んで、自ら確かめてほしい。


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