見出し画像

わからなくていい~映画『渚のシンドバッド』~

1995年公開時に映画『渚のシンドバッド』(橋口亮輔監督。以下、本作)を観たが、よくわからなかった。
それは、当時忌避されていた男同士の恋愛感情(当時の言葉で云えば「ホモ」)だとか、レイプだとか、田舎出の若い私には唯々センセーショナルで、頭と感情の整理がつかなかったのだろう。

長編劇映画2作目となる本作の舞台は、橋口監督の出身地・長崎。同性の同級生・吉田(草野康太)に恋する伊藤(岡田義徳)、転校生の相原(浜崎あゆみ)ら高校生6人の心の揺れを、瑞々しく鮮やかに映した育春群像劇であり、ひとがひとを好きになることの美しさと残酷さが描かれた傑作。

ユーロスペース
紹介文

約30年後、50代になって改めてスクリーンで観て、やっぱりわからなかった。
「やっぱり」わからなかったというのは、しかし当時と違っていて、「他人を恋愛的に好きになる」そのこと自体がわからなかったのだ。
それ以前に、そもそも「恋愛」ということがわからない。
相手をどうしたいのか、相手にどうしてもらえたら自分は満たされるのか。

たとえば、クラスの男子たちに「ホモ」とからかわれた後、自分の欲求を優しさ(その「優しさ」の裏の残酷性は最終盤に相原によって糾弾される)から受け入れる吉田にキスして抱きついた伊藤は、その時恐らくそれでは満たされていなかっただろう(果たして、吉田が言う『嬉しい、俺も』が冗談ぽくではなく、本気だったとして、伊藤は満たされただろうか?)、

物語は終盤、吉田・伊藤・相原の三角関係を仄めかす展開となる。
その果てに訪れるクライマックスは、とても辛くて痛い。

夜の海で、相原の服を着た伊藤を彼女だと思い込み、吉田が告白する。
岩陰に隠れた相原がそれに応えるように問い直し、まさかそこにいるのが伊藤だとは思っていない吉田が本音を口にする。

「だって……アイツは男じゃん」
「男だから何よ。男じゃダメなの?」
「男とは寝れないだろ」
「じゃあ、女とだったら?」
「………………寝れる」
「あたしとだったら?」
「………………寝れる」
「あたしが男でも寝れる?」
「さっきから何言ってんだよ」
「吉田君、あたしのこと好きになったんじゃないよ。あたしが女だから好きになっただけだよ」
「最初から相原は女だろ?」
「やりたいだけなんだよ」

カメラは自身の背後で吉田が本音を語るのをじっと聞く伊藤の姿を長回しで捉える。
伊藤にとっても、また、それを観ている観客にもかなり辛い時間だが、この後、真の主人公が伊藤ではなく吉田であることが明かされる。

相原ではなく伊藤に告白していたことを知った吉田は伊藤と取っ組み合いになる。仲裁に入った相原が泣きながら吉田を責める。

自分のことばっかりじゃない……ずるいよ……自分の言いたいことばっかり言って……

その言葉に吉田は、『俺だってさ……どうしていいのかわかんないんだよ』と答え、相原は『やればいいじゃん。あんたがやりたいことをやればいいじゃん』と返し、草むらで仰向けになる。
そばで膝をついた吉田が、相原に覆いかぶさる。
一度は抱こうとした吉田だがそれができず、起き上がった相原の膝に顔を埋めて号泣する。
この一連のシーンが観客の胸を激しく揺さぶるのは、橋口監督が、段取りだけを決めて後は俳優のその時の感情に任せたからだ。
つまり、そこまでの流れを丁寧に追ったからこそ、俳優が演技以上のものを放出させ、その感情に観客が呼応したのだ。

続くシーンでそれはさらに増幅される。
上映後のアフタートークに登壇した橋口監督によると、吉田と伊藤に砂を掛けるシーン、相原役の浜崎あゆみは当初「できない」と言って泣いたそうだ。橋口監督は浜崎が納得するまで(ここが大事)話し合った末に撮影に臨んだ。
吉田と伊藤の間に座り込み二人の肩を抱き寄せる切なくも愛おしいシーンは、感情を爆発させた浜崎が無意識にやっていた行為(つまり、アドリブ)だったそうだ。

本作は異性愛・同性愛に拘わらず、「他人を恋愛的に好きになる」ことがどういうことかを問う物語だ。
もちろん正解は提示されない。
50年以上生きてきた私も、本作を観て「やっぱり」わからなかった。
それでいい、と私は思う。
映画を観たくらいで、何かそれっぽいことを言ってしまう方が、よっぽど不誠実なような気もする。
しかし「やっぱり」わからないからといって、考えることを諦めてはいけないとも思うし、「人を好きになるって不思議」と思考停止するのも違う気がする。
「やっぱり」わからないからこそ、ずっと考えなければいけない。
或いは、考え続けるからこそ人は様々な「恋愛」を経験できるのではないか、とも思うのである。

メモ

「ひと」を描く映画監督 橋口亮輔作品特別上映
映画『渚のシンドバッド』
2024年7月3日。@ユーロスペース(アフタートークあり)

本作、アイドル時代の浜崎あゆみさんが(「ホモ」をテーマにした物語においてレイプされたトラウマを持つ)ヒロインとして出演しているということで、半ば伝説化している。
それを意識してか、アフタートークに登壇した橋口監督は、浜崎さんの話題を多く語ってくれた。
彼が語る浜崎さんはしょっちゅう泣いている。
たとえば本文で挙げた、教室での吉田と伊藤のキスシーンの撮影が終わったとき、現場の隅っこで(吉田の彼女役の)高田久美さんと手をつないで見ていた浜崎さんが「伊藤君がかわいそう」と号泣していた、とか。

ちなみに、今回の上映は、橋口監督9年ぶりの新作『お母さんが一緒』の公開を記念してのことだ(2024年7月12日公開。ただし、ユーロスペースでの上映は予定されていない)。

3日連続で過去作品が日替わりで上映され、初日が『ぐるりのこと』(2008年)、2日目が『二十歳の微熱』(1993年)、そして最終日が本作。

当日のアフタートークの日替わりゲストは、2024年のカンヌ国際映画祭に出品された映画『ぼくのお日さま』(2024年9月13日公開)の監督・奥山大史氏だった。長編デビュー作『僕はイエス様が嫌い』(2018年)が大好きな私は、公開を楽しみに待っている。

昨日は映画『初めての女』、今日は本作。
2夜連続のユーロスペースだった。


この記事が参加している募集

#映画感想文

68,430件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?