見出し画像

バカで熱くておめでたい。最高の若者映画~映画『明けまして、おめでたい人』~

あ~、俺が20~30代だったら、絶対泣いてたな。

映画『明けまして、おめでたい人』(ウトユウマ監督、2023年。以下、本作)がエンドロールに向かってがむしゃらに疾走する最終盤を観ながら、あらためて自分が50歳を過ぎたことを実感していた。

俳優 山脇辰哉は仕事も恋も上り調子だ。最近できた「彼女みたいな人」は元彼と縁を切るため帰省する。
そんな「彼女みたいな人」を送り出し、地元の友達と毎年恒例の桃鉄をしながら年を越す山脇。
その後は家族とおばあちゃん家へ。
いつも通りの年明け、いつも通りの初日の出。
「日の出最高!!」「42年は忘れない!!」
俳優 山脇辰哉の身に実際に起きた年末の出来事を書き起こした作品。

本作パンフレット「Story」

読んでわかるとおり、本作は『俳優 山脇辰哉の身に実際に起きた年末の出来事を』『俳優 山脇辰哉』が『俳優 山脇辰哉』役として自ら「再現」する、『こんなに「俺が俺が俺が」』(本作パンフレットより)の作品なのだが、だから普遍的であり、だから泣ける。

ある年の暮れ、『最近できた「彼女みたいな人」』とイチャイチャして迎えた朝、彼女を送り出して、地元の友人たちと待ち合わせて、少し離れた街のホテルで、だらだとバカ話・エロ話をしながら「桃鉄」で年を越す。
たったそれだけのことを、カメラはてらいなく映し出す。

それを観ながら私は、「最近珍しくストレートな映画だな」と新鮮な気持ちを感じていた。

正月の朝、友人たちと別れた山脇は実家(は、ゴミ屋敷なので祖母の家)に帰省し、母親と、父親違いの妹に会う(祖母は山脇氏の実の祖母で、もちろん素人なのだが、プロの俳優には絶対に出来ないであろう絶妙の演技(!?)で、本筋そっちのけで釘付けになってしまう)。
母親は家がゴミ屋敷ということからわかるとおりダメな人で、母(山脇から見て祖母)や息子である山脇からも頻繁に金をせびっていて、そのため正月早々二人は激しく口論してしまう。
その揚句、自宅に戻るために母親と妹と別れた彼は、『最近できた「彼女みたいな人」』からの電話を受ける。

この公園のシーン、なかなかの悪意で、こちらも本筋そっちのけで気になってしまうのであるが、そうも言っていられないほど劇中の山脇は、とても切ない状況に追い込まれているのだ。
それは、『元彼と縁を切るため帰省』したのに、そのストーカー気質の元彼に復縁を迫られ、『最近できた「彼女みたいな人」』の心が揺れているからだ。

山脇が彼女の電話に応えるシーンは、私だけでなく男だったら誰もが一度は経験していて、だから思わず目を逸らしたくなるのではないか。
それはきっと、その結果として年越しを過ごした仲間とともにカラオケボックスに繰り出すことになる(劇中の)山脇自身もそうだったはずで、だから友人の言葉をはぐらかそうとしてしまう。
そうやってはぐらかすことしかできない山脇の態度にも、その態度に熱くなってしまう友人にも、それをとりなそうとする友人たちにも、私だけでなく男だったら、自分を見てしまうのではないか。

しかし50歳を超えた私は、その、エンドロールに向かってがむしゃらに疾走する最終盤を観ながら『あ~、俺が20~30代だったら、絶対泣いてたな』と思ったことに少なからず驚き、そして安心もした。

もう50回以上も年を越してきたのだ。
毎年毎年、心を新たにできるような、心に残る年越しをしようと思っているし、「ここから(リ)スタート」という気持ちで新年を始めようとも思っている。
しかし、年越しといえど結局は「昨日の続きの今日」であり、何をしたかは覚えていたりするが、何を思い考えて過ごしたのかは覚えていない。
本作を観たのは2024年が半年が過ぎようという頃だが、既に初詣で何を祈ったのかも忘れている。
毎年、今年こそはと何か誓いを立てたのかそうでないのかも忘れ、だから当然、それが達成できたのかどうか振り返ることもない。
それでも日々あくせくしながら不平不満を漏らしながら、たまには良いこともありつつ平々凡々と暮らせている私は、随分「おめでたい人」だと思う。
そうやっておめでたく「昨日の続きの今日」をやり過ごす日々の中で、年齢を重ねていることは身体の調子などでわかるが、それに精神的成長が伴っていない、というか、どこかの時点で成長が止まってしまったような気すらしていた。

しかし、本作を最初から俯瞰して観ていて、最終盤に「あ~、俺が20~30代だったら、絶対泣いてたな」と思ったとき、私は確かに「映画や物語も、50歳超なりの観方をするようになったんだな」と気づいた。
それを成長と呼べるかどうかわからない(恐らく単に年を取って鈍くなっただけなのだろうけれど)が、でもやっぱり、山脇を俯瞰で観られるようになった自分は、「あの頃」と違うところにいるのだと、それに安心した。
まぁ、そう思ってしまう私は、やっぱり『おめでたい人』のだろう。

メモ

映画『明けまして、おめでたい人』
2024年6月19日。@シモキタ エキマエ シネマ K2(アフタートークあり)

1週間限定上映の予定が、1週間の延長が決まったそうで、だから2024年6月末までは映画館で観られるはず。
連日、山脇氏本人やウト監督らのアフタートークも予定されているようなので、興味のある方は、ぜひ下北沢へ。

山脇辰哉氏出演作

山脇の妹役・片田陽依ひよりさん主演作


この記事が参加している募集

#映画感想文

69,031件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?