喪の仕事~舞台『う蝕』~

舞台『う蝕』(横山拓也・作、瀬戸山美咲・演出。以下、本作)の感想を書こうと思って、本稿のタイトルに「ネタバレ」と入れるかどうか、チラと迷った。しかし考えるまでもなく、元々本作に「ネタバレ」などないのだった。

小さな漁村、沈丁花が見事に咲く瑞香院という神社、あとは海沿いのささやかな温泉があっただけのコノ島が、25年前のリゾート開発でおかしなデザインのホテルが建ったり、温泉施設ができたり、本土との定期連絡船が設定されたり、随分様変わりした。
そのことが直接関係あるわけではないだろうが、コノ島を「う蝕(しょく)」が襲い、島のあちこちを陥没させて、たくさんの人を飲み込んだ。
この地盤沈下のような現象を「う蝕」と言い出したのが誰なのかは不明だが、まるで虫歯がジワジワと侵食してくるように、地面にポッカリと穴を開けていく。
犠牲者の身元判明のために集められた歯科医師たちがいる。コノ島に移住して歯科医院を開業している根田(新納慎也)、本土からやってきたこだわりが強い歯科医師の加茂(近藤公園)、臨床実習で加茂に世話になったという木頭(坂東龍汰)の3人。彼らが歯科治療のカルテを使って、犠牲者の歯の状態と照合していく作業を進めていこうとしていた矢先に、2回目の「う蝕」がやってきた。遺体安置所や避難所までもが穴に沈む。またいつ次の「う蝕」にやられるかわからない危険性もあったので、コノ島に全島避難指示が出された。
まだ自分たちの仕事は終わっていないと、ここに留まることを選んだ歯科医師たち。そこに、役人の佐々木崎(相島一之)と、2度目の「う蝕」のニュースを聞いて居ても立ってもいられなくなった派手な出立ちの歯科医、剣持(綱啓永)が本土からコノ島に渡ってくる。
土砂を掘り起こす土木作業員が来てくれないことには、今、彼らにできる作業はなにもない。しかし、作業員たちは待てど暮らせどやってこない。現れたのは、思わせぶりに白衣をまとった久留米(正名僕蔵)という男。彼は言う。「この中に、ここにいるべきではない人間がまざっている」

本作パンフレット「あらすじ」

既に「あらすじ」にあるように、「コ(此)ノ島」と、対岸に見える刑務所がある(しかない)「カ(彼)ノ島」は、そのまま「此岸シガン」と「彼岸ヒガン」であり、だからこの設定に「ネタバレ」はない。
或いは、「カノ島」で受刑者の歯科検診を行った剣持の「受刑者は開口器で無理矢理口を開けさせられ」という述懐は、加茂が木頭に言う「死後硬直したご遺体の口を開ける…云々…」という指摘に直截的に接続され、故に「ネタバレ」ではない、とも言える。

では、と、「"う蝕"とは何か」、とか、「この物語のテーマは」と云ったことをあげつらって「ネタバレ」とするか? 
それを「ネタバレ」とするなら、そこには、作者・演出家・出演者など「送り手側」がそれに対する「正解」を持っている、という前提があるが、本当にそれはあるのか?
そういった試み自体が、実は、「"う蝕"とは何か」、とか、「この物語のテーマは」と云ったことを「言葉」で説明するよりも、よっぽど「ネタバレ」なのではないか?
それはつまり、本作に登場する人間たちが『「無い物」に蝕まれている』ことを知っているからだが、登場人物たちだけでなく、我々観客もそれらを「説明可能な何か」にしようと試みてしまうのは、人間が根田の云うところの「宙ぶらりん」の状態に耐えられないからだ。

根田ももちろん「宙ぶらりん」の状態に耐えきれず必死にあがく。
しかし、「帰る(還る)」と言って立ち去ってもまた同じ場所に戻ってきてしまう加茂と同様、「宙ぶらりん」の状態に戻ってしまう。

しかし、『「無い物」に蝕まれる』という表現自体も、それこそ加茂と木頭の会話にあるように、『「無い物」を「有る(在る)」ように表現して』いるのである。
本作は各登場人物の言動によって『「無い物」を「有る(在る)」ように表現』してしまう「人間」というもののさがを執拗に問い続けるが、それは「人間」が「救済」を必要とするからではないか。
それが佐々木崎(ではいのだが)が云う『祈り』につながるし、また、あらゆる「物語」それ自体こそが『「無い物」を「有る(在る)」ように表現』したものであり、そして『「無い物」を「有る(在る)」ように』させてきたことが、人間の「進歩」につながっているのである。

どうしても本作を通じた「送り手」のメッセージを「宙ぶらりん」にできず、何かに解釈してしまおうとしてしまうのだが、物事はそう簡単に解釈できるものではないし、しなくていい。
というか、むしろ「宙ぶらりん」の状態にいる(在る)ことこそが必要なのではないか。
この物語というか「宙ぶらりん」の状態は、ある意味において、根田が喪失や悔恨を受け入れるための「喪の仕事」を描いたものであるが、この作業は人間にとって必要不可欠なものだ。
人間は、物事をそう簡単に解釈はできないし、受け入れることもできない、そういう存在であり、「救済」もまた然り。
だから、本作を観て思ったことを、すぐに(今後も)「ネタバレ」といった「説明可能」なものにする必要はない。

ただ一つ言えることは、相島一之演じる「謎の男」が神経質過ぎるほど「名前」にこだわるのは、「名前」のみが唯一、(此岸の者から見て)彼岸の者の「実体」であり「尊厳」だからだ。
それ故に、彼らのような「デンタルチャート」が絶対に必要なのである。

メモ

舞台『う蝕』
2024年2月22日。@シアタートラム

と書いておきながら私自身何かを結びつけるようでアレだが、本作で「デンタルチャート」を行う歯科医が「4人の男性」ということで、観劇中ずっと頭に浮かんでいたのは、4人組の覆面バンド「GReeeeN」である。
彼らは現在も正体を隠したまま活動しているが、唯一メンバー全員が歯科医であることは公表されている。
また、正体を明かさないので真偽は不明だが、東日本大震災の際には、メンバーが「デンタルチャート」の作業に携わっていたという報道もあった。

それから……
全然関係ないのだが、親も歯科医である剣持が金持ちのボンボンであることからか、時々、若干トンチンカンなことを言っているように私には聞こえたのだが、それはきっと、彼の背後に「牛田モー」の幻影が見えたからで、だから私も、(あらゆる意味で)無いモノ(者)に蝕まれていたのである。
そういった意味において、木頭の饒舌な軽さの中にうれいを感じてしまったのもまた、彼の背後に「トト」の幻影が見えたからかもしれない(というか、木頭自身がそういう人物だったのだが)。

またこれも全然関係ないこと……
本作は「鎮魂の物語」でもあるのだが、それは、本作の前に観た『最高の家出』についての拙稿タイトルに使ってしまったので、本稿は「喪の仕事」にしてみた。

ちなみに……
これは関係のあることだが、本作の脚本を担当した横山拓也氏は、本作開幕直前に、自身が主宰する劇団iakuの『モモンバのくくり罠』(2023年上演)にて、第27回鶴屋南北戯曲賞を受賞した。


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