映画『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』

年をとるのは、いいことだ。

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』(信友直子監督、2022年。以下、本作)及び、前作『ぼけますから、よろしくお願いします。』(同監督、2018年。以下、前作)を観た感想としては、いささか違和感を持つかもしれないが、それが私の実感である。

もちろん、「痴呆症」「老老介護」「看取り」を扱っている本作を観て、両親や自身に対する不安が募る部分はある。

広島県ではないが近隣で生まれ育ち(両親は今も在住)、就職を機に上京して独身・独居のまま50歳を超えた私としては、信友監督の目(=スクリーンに映し出される全ての光景)は、私の目にそのまま重なる。
だから、10代の頃に映画や芝居・ライブを観る楽しみに目覚め、以来それしかやってこなかった私は、「年をとって、よかった」と思えたのかもしれない。

田舎育ちで世間知らずで幼かった10代の頃は、本作のような「老後」を扱ったようなものだけでなく、世の中に溢れる作品全てが、「学習」や「想像」を駆使し、一生懸命背伸びして「理解」しなければいけないものだった。
上京して社会に揉まれ年齢を重ね経験を積む中で、徐々に「理解」のほかに「感性」「共感」で作品が観られるようになった。
そして50歳直前に前作を観た時、初めて「実感」として作品を捉えられたと感じた。

その「実感」は、状況が似ている信友監督への「共感」とは全く異なる。
上述したように、スクリーンに映る映像は私自身の「視覚」が捉えたものとして、「理解」でも「想像」でもなく「実感」として私の中にストレートに入り込んできたのである。

こんな「実感」を得たのは、私自身、初めてのことだったと思う。
それは、私が年をとったからこそ得られたものだ。
だから、「年をとるのは、いいことだ」と素直に思う。

だが、信友監督と状況が似ていなくても、きっと、ある年齢以上の人であれば同じように「実感」できるだろう。
誰でも、親だけでなく自身の「痴呆」への怯え、老人となった親の暮らしに対する「心配」「不安」を、日常的に意識しないまでも(意識しないからこそ)常に自身の中に蠢いている感情として「実感」するはずだ。
だから、前作が予想外の反響を得て異例のロングランを続け、続編である本作が作られ、それらを観るために映画館に足を運ぶ人が後を絶たないのだろう。

本作で私が勇気づけられたのは、信友監督の父・良則さんの存在だ。

撮影当時既に90歳を超えておられた良則さんは、一日の大半をテレビの前で過ごすこともなく、かと言って、何か特別な趣味があるわけでも、積極的に地域コミュニティーに参加することもない。
毎日、新聞や本を読み、わからない言葉などを辞書で調べる。
時折、鼻歌のような気軽さで、詩吟をうなってみたりする。
「定年後のために50代から備えを」などと不安を煽るネット記事が氾濫する中、良則さんの日常は定年が現実的な射程に入ってきた私を勇気づけてくれた。

スクリーンに映る良則さんは、とても魅力的だ。
妻・文子さんが倒れてからは、それまで文子さんに任せっぱなしだった家事全般や買い物も当然のように引き受ける。
90歳を超えて、腰が曲がり歩くこともおぼつかなく体力も衰える中、時間を掛けてスーパーに行き、疲れたら道端ででも休憩する。
そこには意固地なプライドも、傲慢な開き直りもない。
自身に対する絶望もなく「これも運命」と、飄々と悠然と受け入れる。

一人娘の幸せを一心に願い、自身がその足枷にならないように気遣う。
それも意地や虚勢ではなく、自然な親心として。
その結果としての前作が公開されれば、それを素直に喜ぶ。
舞台挨拶に登壇した際も、「愚女ぐじょ」などと謙遜することなく自慢の一人娘の仕事を素直に褒め、「娘をよろしくお願いします」と観客に深々と頭を下げる。
映画で有名になってからは街中でも声を掛けられるようになったようだが、嫌な顔もせず、かと言ってそれが「娘の邪魔にならないように」という気遣いからでもなく、好意に対し素直に感謝する。

文子さんへの愛と感謝を照れずに語り、彼女との未来だけを一心に見据え、介護に備えてジムにも通う。
そこにも変な意地やプライドはない。
ただ自分ができることを、当たり前にやっているだけ。
文子さんだけでなく自身の病気治療でも、医療関係者を信頼し、当たり前に心からの感謝を告げる。

まさに絵に描いたような「善良な老人」だが、それが良則さんの元々の性格かどうかはわからない。
だが、本作からは少なくとも、「今は色々と複雑な感情を抱えている我々でも、年齢を重ねれば良則さんのようになれるかもしれない」、という希望を感じ取れるのではないか。
だとしたら、年をとることが不安じゃなくなる。

良則さんのような「善良な老人」になれるのなら、やっぱり、年をとるのは、いいことだ。

(2022年4月23日。@新宿武蔵野館)

この記事が参加している募集

#映画感想文

68,495件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?