舞台『アカシアの雨が降る時』を観て思った取り留めのないこと…(感想に非ず)

2021年5月21日に六本木トリコロールシアターで鴻上尚史作・演出の舞台『アカシアの雨が降る時』を観た。

私は以前の拙稿『読書の「巡り合わせ」』で、「読んでいる本の内容と自身の生活がシンクロするというか、「何かこれって、今読んでいる(あるいは、最近読んだ)本に出てきた気がする」といった「巡り合わせ」を感じた経験があると思う」と書いたことがあるが、『アカシアの雨が降る時』でもそんなことを感じた。

それを中心に書こうと思う。
従って、本稿は『アカシアの雨が降る時』の紹介や批評・感想ではないことを予め断っておく。


『トランス』~『アカシアの雨が降る時』

私にとって、『アカシアの雨が降る時』は1ヶ月ぶりの観劇だった。
何本か予定は入っていたけれど、「出演者やスタッフの陽性反応」だとか「緊急事態宣言を受けて」などの理由で公演中止になってしまったのだ。

中止になった1本が、本来なら『アカシアの雨が降る時』に先駆けて同劇場にてリーディングドラマとして上演される予定だった『トランス』(鴻上尚史作・元吉庸泰演出)だった。
この芝居は、これまで鴻上自身や他の演出家たちのよって繰り返し上演されてきた名作である(私自身も様々なバージョンを観てとても好きな作品なので楽しみにしていたのだが…)。

また、前年(2020年)には、鴻上本人の演出によって、『トランス』の流れをくむ『ハルシオン・デイズ』が再演されている。

『アカシアの雨が降る時』も男性2人・女性1人の組み合わせということもあり、それらの延長線上にあるのだろう、と勝手に期待して観劇に赴いたのだが、大筋では間違っていなかったように感じた。

実際は、真実や結末が曖昧にされている(そこが名作たる所以なのだが)『トランス』ではなく、関係性が割とはっきりしている『ハルシオン・デイズ』に近いと思われる(登場人物が「劇中劇」のようなものを強要されるとか、終盤に包丁が出てくるところとかも含めて。ただ、登場人物が入院しているのは『トランス』を思い出させる)。

久野綾希子演じる香寿美は、やはり鴻上の作品である『僕たちの好きだった革命』の主人公・山崎義孝を想起させる。
「1970年前後の学生運動の記憶しかもたない人物が21世紀に蘇った」という設定は同じだが、山崎が長いこん睡状態から目覚めてその間の人生や記憶を持たないのに対し、香寿美は以降の人生や記憶を忘れてしまい過去に戻った、という違いがある(言葉については、山崎が現代の若者言葉が理解できず困惑するのに対し、香寿美は当時の流行ギャグを連発し現代の人々を困惑させる、と反転させている)。


ベトナム戦争

『アカシアの雨が降る時』は、アルツハイマーで20歳の自分に戻ってしまった香寿美が当時参加せずに悔いが残った「戦車闘争(「村雨橋事件」とも呼ばれ、劇中はこちらを使用)」に参加することに拘り、それが現代社会との乖離を浮き彫りにしていくストーリーである。

「戦車闘争」については、Wikipediaでこう説明されている。

1972年8月5日に相模総合補給廠からM48戦車を積載して出発したトレーラー5台が横浜ノースドック手前の村雨橋にて、ベトナム戦争に反対する市民の座り込みによる「戦車阻止行動」に遭い、通行止めになったことに端を発する。8月7日夜にはトレーラーが補給廠に引き返した。補給廠正門(西門)前にはテントが立ち並び、監視活動、座り込み、泊まり込みなどの抗議行動が行われ、テレビ、新聞、雑誌などで大きく取り扱われ、また横浜線相模原駅から近い地の利も影響し、多い時では数千人に及ぶ活動家や一般市民が集まった。

私は冒頭で「1ヶ月ぶりの観劇」と書いたが、実は、その間に映画『きみが死んだあとで』(代島治彦監督、2021年)を観ていた。
この映画は、1967年10月8日に当時の佐藤首相の南ベトナム訪問を阻止する闘争の中で、羽田空港近くの弁天橋で亡くなった学生デモ隊の一人、山崎博昭さんに関するドキュメンタリーである。

私は別稿にて、「1972年2月~3月にかけての連合赤軍に関する一連の報道などで学生運動は急速に衰えた」と書いた。
「戦車闘争」はその後のことであり、私は『アカシアの雨が降る時』を観て、その頃でもまだベトナム戦争を筆頭とした反戦ムードは続いており、その活動は学生ではなく「活動家や一般市民」に取って代わったことがわかった。

事前に映画を観ていたことで、私は、『アカシアの雨が降る時』を別な側面からも楽しむことができたのである。


20歳の原点

香寿美が20歳に戻る理由は、『アカシアの雨が降る時』で重要なキーワードとなっている、高野悦子さんの『二十歳の原点』(新潮文庫。劇中では「はたちのげんてん」と言っていたが、正式名は「にじゅっさいのげんてん」)の冒頭の言葉にある。

独りであること、未熟であること、
これが私の二十歳の原点である。

『二十歳の原点』

この本についても、上記映画についての拙稿を書くにあたって少し読み返したばかりだったので、劇中での『二十歳の原点』への言及について、ある程度は理解できたわけである。


フォークソング

『アカシアの雨が降る時』では、かつて劇団四季で看板女優を務めていた久野綾希子が香寿美を演じているのもあり、劇中で何曲か歌うのだが、(記憶上)1972年の自分に戻ってしまった彼女が歌うのは当時のフォークソングである。

劇中で彼女が歌ったのは、五つの赤い風船の「遠い世界に」だった。
私はその数日前に、最近文庫化されたなぎら健壱著『関西フォークがやって来た! ─五つの赤い風船の時代』(ちくま文庫、2021年)を読んで、「遠い世界に」が収録されたアルバム『高田渡/五つの赤い風船』(URC、1969年。手元にあるCDは1989年にポリドールからリリースされた)を聴き返したところだったのである(ちなみに、その2ヶ月前には、やはりなぎら氏の著書『高田渡に会いに行く』(駒草出版、2021年)を読了している)。

その偶然の巡り合わせに私は驚いたのだが、それとは別に、続けて歌われた岡林信康の「友よ」の歌詞を、(何年も聞いていないのに)ほとんど覚えていた私自身に驚いてもいた(もう一曲を失念してしまったのだが、たぶん五つの赤い風船の同アルバム収録曲「もしもボクの背中に羽根が生えてたら」だったように思う)。

ちなみに、芝居のタイトル『アカシアの雨が降る時』は、1960年の西田佐知子のヒット曲で60年安保を想起させる「アカシアの雨がやむとき」がモチーフになっている。もちろん、作品中で香寿美によって原曲が歌われる。

断っておくが、これを書いている私は1970年生まれで、劇中に出てくる事件や曲をリアルタイムで経験していない

余談だが、『僕たちの好きだった革命』で、主人公・山崎を演じる中村雅俊氏がギターで弾き語りをする曲は、岡林の「私たちの望むものは」だった(記憶が曖昧で間違っているかもしれないと思って小説版(角川学芸出版、2008年)で確かめた)。


あったかもしれない「別の人生」

翌日5月22日、世田谷パブリックシアターで、奈緒さん主演のM&Oplaysプロデュース『DOORS』(倉持裕作・演出)を観た。

「パラレルワールド」ものだが、現実の世界とパラレルになっているのは、「違う世界」ではなく「あったかもしれない世界」である。
それは、「同じような世界だが全く別物」ではなく、我々がちょっとしんどい時につい考えてしまう、「もしあの時、別の方を選択していたら、今頃幸せになっていたかもしれない世界」だ。

『DOORS』は、主人公の母親・美津子(早霧せいな)が、偶然つながったパラレルワールドの世界でもう一人の自分と出会ってしまい、お互いが「もしあの時、別の方を選択していたら、今頃幸せになっていたかもしれない世界」を生きていると知って入れ替わることによって起こる騒動を描いている。


『アカシアの雨が降る時』は、(記憶上)20歳に戻った香寿美が別の道を選択しようとする話であるが、それは「全く違う道」ではなく「あの時選択しなかったもう一方の道」である。

20歳の香寿美は、偶然「村雨橋の座り込み」の現場に遭遇してしまう。
それまで社会運動や政治運動と無関係に生きてきた香寿美は状況が呑み込めず、思わず座り込んでいた人に尋ねる。
その人は事情を説明した後、「あなたも参加しませんか」と香寿美を誘う。
咄嗟に自分の将来や親や恋人のことを思い浮かべた香寿美は誘いを断ってしまうが、その選択を、ずっと後悔して生きてきた。
だから、(記憶上)20歳に戻ったとき、香寿美は「選択しなかった方の道」に進もうとするのである。


もちろん、両作品は全く無関係だし、パラレルワールドの設定も全く違う。
しかし、両作品とも「同じ人物が全く無関係な異なる世界で生きている」というファンタジー性ではなく、登場人物の人生の岐路を起点にした、ある意味での現実性を持っている。

この世界観に関しては、新型コロナウイルスにおける、日本全体や演劇界の状況にも影響されているのかもしれない。

『DOORS』の作・演出の倉持裕氏がパンフレット用のインタビューでこう発言している。

世界中の人たちの予定が、コロナによって狂ってしまったわけですよね。僕も予定していた芝居がなくりましたし、演劇だけじゃなく、ほかの仕事もスケジュールを変更せざるを得なくなった。で、たぶんみんな考えると思うんですよ。「本当だったら今、〇〇だったのにな」みたいなことを。

これは美津子という女性が、こちらの選択をしたけれど、もしあちらの選択をしていたら…っていうことをやってみようと思った作品なんです。
(略)
どちらに転がろうが、良い面も悪い面もある。そんなことを書きたいと思ったのが、この作品の出発点になっているんです。


コロナ禍の演劇

『アカシアの雨が降る時』で、鴻上は観客へ配布する恒例の「ごあいさつ」に、楽日までちゃんと公演できる保証はないと前置きし、「それでもできることは、キャスト、スタッフがPCR検査を定期的に受けて、万全の感染対策を続けるしかない」と綴り、こう結んでいる。

劇場に来ていただいたことに、本当に感謝します。
あなたと劇場で会えること。それは「人間らしい生活」だと思うと言ったら、母親はうなづいてくれただろうかと思っています。

『ハルシオン・デイズ2020』の「ごあいさつ」では、「4回目のPCR検査でキャスト、スタッフ全員が陰性と判断され」「現場には深い安堵のタメ息が広が」ったとし、「最後まで公演が無事に終わったら、泣くかもしれません。もし泣いたら演劇を仕事にして初めてのことです」と打ち明けている。

今日はどうもありがとう。劇場に来ていただいたことに、心から感謝します。演劇人は、演劇を創り続けるしかないと思っています。


2020年3月に上演予定だった『お勢、断行』を中止にした倉持裕は、同年4月9日付の朝日新聞にこう寄稿した。

あの頃から今日までに、いったいどれだけの舞台関係者が苦しみ、悲しみ、どれだけの作品を殺処分してきたのだろう。作品の死骸は、これからもまだ増え続けるのだろうか。
創作物は常に互いに影響し合っている。したがって一つの作品の死は、それに影響されて生まれるはずだった作品の誕生も奪う。私たちは今、本当なら目に、耳に、手にしていたはずの、未知なる膨大な作品を、日々、失っているのである。


劇作家・演出家・俳優である野田秀樹は、2021年5月20日付の朝日新聞に掲載された新作『フェイクスピア』のインタビュー記事で、こう発言している。

コロナ禍のこの1年、徹底した感染対策をとり、演劇やライブ芸術を存続させることに力を注いできた。だからこそ、3回目の緊急事態宣言で当初要請された「無観客なら劇場は開けていい」という制限を「最高の侮辱」と受け止めた。
演劇はパフォーマーだけでは絶対に成立しない観客は第三者ではなく当事者。(略)」
(※太字、引用者)

野田の言うとおり、演劇をはじめ全てのライブ芸術は、「観客」がいないと成立しない。
その意味からも我々観客は、大げさではなく「ライブ芸術の生死の鍵を握っている当事者」であり、だからこそ、この状況と「静かに、しかし激しく」闘い続けなければならないのだと思う。

(2022/08/23 追記)
報道によると、『アカシアの雨が降る時』に出演された久野綾希子さんが亡くなったそうである。
この作品でも、アルツハイマーで20歳の自分に戻ってしまった香寿美という人物を明るく、天真爛漫に演じられていた。
劇中で披露された歌声も、劇団四季に在籍されていた頃と変わらず素敵だった。
ご冥福をお祈りします。


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