「コト」までもが雑貨になる~三品輝起著『すべての雑貨』~

「雑貨」とは何か?

「デジタル大辞泉」には、『日常生活に必要なこまごました品物』とある。
「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」はもっと細かく定義している。

(1)産業分野の一つ。金属洋食器、ライター、ハンドバッグ、靴、履物、運動用具、文房具、玩具などのように小規模の業種で、他の産業分野に入りにくいものをまとめて呼ぶ。軽工業が中心で、産業の発展段階からみて初期の頃から登場し、通常、中小企業の製品が多い。(2)日常生活で用いる家庭用品、携帯品などの総称。

いずれにせよ「雑貨」は『日常生活』と共にあることだけは確かなようだが、それは本当か?
街中の「雑貨屋」と呼ばれるお店に並べられている品物は、本当に、日常生活と共にあるのか?

世界が雑貨化している

東京・西荻窪で雑貨店を営む三品輝起氏が著した『すべての雑貨』(ちくま文庫、2023年)の帯には、そう書かれている。

世界がじわじわと雑貨化している気がする。これは豊かになって物の種類が増えたから、ってだけじゃない。それまでは雑貨とみなされていなかった物が、つぎつぎと雑貨にくらがえしているせいなのだ。じゃあ、雑貨とはなにか。先回りしてせこい答えを用意すれば、雑貨感覚によって人がとらえられる物すべて、ということになるだろう。ひとびとが雑貨だと思えば雑貨。

その上で店主(著者)は言う。

ひとびとがある物を見て、これは雑貨か否かを判定する基準がどんどんゆるまってきている(略)。世界のあらゆる物が、雑貨に見えはじめている。
(略)
おそらく雑貨感覚の源泉には、あらゆる物理的な物の垣根を溶かし、ひとつの「物」という商品ジャンルへ統合していく、見えない資本の流れがあるはずだ。

あらゆるものが雑貨化していく理由を、店主は『見えない資本の流れ』の先に生まれた「キッチュ感覚」に求める。
その昔、まだ貧富の差や家柄や職業への縛りなどによって、「持てる物」に違い(落差)があった。

時代が進み豊かになってくると、選択肢がふえ落差は失われていく。小さな差異のバリエーションのなかで、ちょっとやそっとじゃびっくりしなくなってきた消費者にむけて、広告合戦が始まる。するとどんな分野においても、大量消費をめざす下位文化から、上位文化のイメージを盗もうとする動きがでてくるのだ。そして神聖なもの、上流社会の暮らし、象牙の塔にあるアカデミックな学問、純粋美術、畏怖の対象などが、サブカルチャーや消費文化に雰囲気だけとりこまれ、安価な物へと落とし込まれたとき、キッチュが生まれる。

つまり、下位文化の者が、それまで上位文化を想起(実際に上位文化の者になるのでなく『イメージを盗む』だけ)させるような「雑貨」を所有できるほどの経済発展が、「雑貨化」に帰結した、と。

さらに、この日本においては「カワイイ文化」が雑貨化に拍車をかけたのではないか。

サイモン・メイ著『「かわいい」の世界 ザ・パワー・オブ・キュート』(吉嶺英美訳、青土社、2019年)の中で、日本の「カワイイ文化」はこう考察されている。

シャロン・キンセラは、カワイイとは、たんにキュートなものを所有したり、キュートなものをちやほやしたりするだけではないことを見事に説明している(略)。特に重要なのが、カワイイとは「キュートな存在に”なること”」と指摘している点だ。1990年代に大きな高まりを見せたキュートへの熱狂について彼女は次のように書いている。

日本人の若者、特に若い女性は、キュートなアクセサリーを買い、キュートな小物で自分の部屋や車を飾り、職場のデスクやバッグのなかまでキュートなもので埋め尽くす。そうやってキュートなものに囲まれていれば、自分もキュートに変身し、キュート・オンリーの世界に入って行ける気になるからだ。

つまり、自分を「自身がイメージした存在になること」を目的として、あらゆるモノを「カワイイ」という形容詞で「雑貨化」し、それらを所有する。
それは一種の「コスプレ」であり、「自身のキャラ化」でもある。

加えて、SNSなどが「自身のキャラ化」を容易に、過剰にさせる。

さらには、ネットによる商取引が過熱化した結果、「商材としての雑貨化」になり、雑貨は「ネット上の一つのデータ」として仮想化された。

店主は「文庫版あとがき」に、こう記している。

『すべての雑貨』からは、六年の月日が流れたことになる。たったの二千日くらいなのに、ずいぶん遠くまできてしまった気がする。なんだか最近は、じぶんがほっとしたものごとが、目のまえのブラウザ上にすでに・・・用意されているような、奇妙な体験が増えたように感じる。

店主はいみじくも、『じぶんがほっとしたものごとが、目のまえのブラウザ上に』と書いている。
つまり、2020年代においてインターネットと資本主義の高度化により、「モノ」だけでなく「コト」までもが、「雑貨化」しているのである。





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