本気で生きれば、いつかわかってくれる~映画『無理しない ケガしない 明日も仕事!新根室プロレス物語』~

このドキュメンタリー映画はプロレスファンのみならず全ての人から愛される作品だ。それは、プロレスのみならず全ての人を愛し、愛された主人公の男の生き様につながる。

確かに、映画『無理しない ケガしない 明日も仕事!新根室プロレス物語』(湊 寛監督、2024年。以下、本作)は、北海道根室市の小さなプロレス団体を扱っているが、それはたまたま主人公のサムソン宮本がプロレス好きだったからであって、そうじゃなければまた別の何かをテーマに映画が作られたはずだ。
それくらい、団体を率いるサムソン宮本という男が魅力的なのだ。

プロレス全盛の頃に子ども時代を過ごした私は、単に子どもゆえにテレビのチャンネル権がなく、知る機会を逸してしまっただけで好きも嫌いもないのだが、プロレス嫌いの人の言い分に、「台本がある」「やらせ」「(だから)予定調和であって真剣勝負じゃない」というのがある。

確かにそうかもしれない。でも、それの何が悪いのか?

それは決して「プロレスは興行だから」という理由ではない。
本作を観れば、よ~~くわかる。
彼ら/彼女らは「本気」なのだ。「真剣勝負」ではないかもしれないが「真剣にプロレスをしている」のだ。
だから本職を持ちながらも仕事が終わってから練習に励み、休日にプロレス興行をする。
ただただ観客に楽しんでもらうために、「本気で真剣に」プロレスをやっているのだ。
「本気で真剣に」やっているからこそ、団体のモットーである「無理しない ケガしない 明日も仕事!」と言い切れるのだ。

それを「本気で真剣に」貫き、団体を率いていのがサムソン宮本という男。

本作、ドキュメンタリー映画なのに良く出来ている。というか、出来過ぎている。まるで、映画自体がプロレスなのかと思うほど。
それはきっと、サムソン宮本という男の生き様がまさにプロレスだったということだろう。

本作開始早々、地元の神社でのお祭りの恒例興行の様子が紹介される。
リングを取り囲む観客たち、小さな子どもからお年寄りまで、誰もが目を輝かせ、笑顔で顔を紅潮させている。
その笑顔が涙に変わったのは、全試合が終わった時。
〆の挨拶でサムソン宮本が「"平滑筋肉腫"という10万人に3人の難病に侵されたため、団体を解散する」と宣言した後だ(何も知らない私も、もらい泣きしてしまった)。

18年前、根室の街の片隅で玩具店を営むプロレス好きの兄弟(兄・サムソン宮本、弟・オッサンタイガー)が、ヤフーオークションでプロレスリングを購入して、夜な夜なプロレスごっこをしているところに、やがてプロレス好き(故に(?)、青春時代をリア充に過ごせなかった)人たちが集まり始めたことで、団体の歴史が始まる。
本作は、上映後の舞台挨拶に登壇した湊監督の言葉を借りれば『また宮本兄弟がワケのわからない事を始めた』と白い目で見られた団体が、解散を惜しんで泣いてくれるまでに成長したその軌跡を追いながら、並行して、プロレスに打ち込み過ぎて娘に嫌われ妻に家を出ていかれたサムソン宮本が病気と闘う姿を追う、ドキュメンタリー映画だ。

……で、間違っていない。でも、どこか違う。良く出来過ぎているのだ。

多くは語らないが、劇映画でもないのに、後から振り返って「アレが伏線だったのか」という出来事が、どんどん回収されていく。

本作最終盤、もうこの世にいないはずのサムソン宮本が名言をはく。

人生一度きり。
やりたいことをやれ。
カッコ悪くてもいい。
バカにされてもいい。
いつかわかってくれる。
Don't give up!
Do your best!

舞台挨拶に登壇した湊監督は、サムソン宮本のこの言葉を引いて、『まさに、彼の人生そのもの』と評し、観客一同、激しく頷いた。

その上で湊監督は、『後から振り返って、この映画は"いつかわかってくれる"、それを描いていたんだとわかった』と語った。

本作、以前より北海道文化放送が地元のニュース用映像のために取材を続けていて、ようやく、本格的なドキュメンタリー番組として企画がスタートした経緯を持つ。
だから、「解散するから番組にした」のではなく「番組にしようとしたら解散することになった」のである。
そして、「解散するから、解散興行を"プロレスの聖地"、東京・新木場1stRINGで行う」こと(この時の、1時間にも及ぶ『結成13周年の感謝を込めて13番勝負』は、まさにサムソン宮本の「本気で真剣」そのもので、身体が熱くなった)、その試合は前日の台風で選手の何人かが到着できなかったこと、試合後のまさかの妻登場、全員で引退興行が出来なかったことが心残りだったサムソン宮本の遺志を継ぎ、コロナ禍を経て再びの新木場1stRING興行でのまさかの名言、そしてまさかの復活、それがプロレスなんか知らなかったのにたまたま神社での興行を見て入団してしまったTOMOYAの手に委ねられる……

出来過ぎている……
まるで優れたプロレスを観ているようだ。

本作はまさに「プロレスそのもの」だ。
プロレスだって、「台本がある」「やらせ」「(だから)予定調和であって真剣勝負じゃない」わけじゃないのではなく、どのレスラーも「本気で真剣に」闘ったからこそ、その意味が『いつかわか』ることによって、そう見えているだけではないのか。
どの団体だってレスラーだって、興行である以上「無理しない ケガしない 明日も仕事!」を第一にはしているだろうが、それが「本気」「真剣」でないことにはならない。

人生も同じだ。
カッコ悪くても、バカにされても、自分のやりたいことを「本気で真剣に」やっていれば、誰かが『いつかわかってくれる』。
そう生きないと損だ。
だって、『人生は一度きり』なのだから。

それを新根室プロレスが、いや、バカでカッコ悪いけれど「本気で真剣に」やりたいことをやったサムソン宮本という男の、カッコ良い生き様が教えてくれた。

メモ

映画『無理しない ケガしない 明日も仕事!新根室プロレス物語』
2024年1月6日。@ポレポレ東中野(舞台挨拶あり)

土曜日朝9時50分上映回。映画館のサービスデーに加え、湊監督の舞台挨拶もあってか、9割方の入り。

「アンドレザ・ジャイアントパンダ」(「アンドレ・ザ」ではない)のことを書かなかった。
プロレスに無知な私は、ポレポレ東中野で観た予告編で、まず、アンドレザのインパクト、というかワケのわからなさに衝撃を受け、その後のサムソン宮本の解散の挨拶のシーンを観て、この2つがどんな関係を持って進んでいくのか興味が湧いた。
で、観にきた。大正解だった。
是非予告編で、アンドレザのワケのわからなさを知ってほしい。

『いつかわかってくれる』
本編にも書いたが、湊監督は『作り終えて、本作がそれを描いていたと気がついた』と挨拶を締めた。

私も『わかっ』たことがある。
監督の冒頭のスマホ紛失エピソードはその前振りだったのではないか。


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