私たちは多分、お腹で感じて頭で考えてる

90年代の映画を見たら古着屋に行き、紙袋にマイヤーズラムの小瓶を隠して海を訪ねて夕焼けを眺めながら、紙袋ごとぐしゃっと握りしめた小瓶を胃に流し込みたくなるように。
文豪たちの小説を読み進めれば、自分のネジが少しずつ緩んでいくのを感じて、面接時に椅子のねじを閉めようと奮闘したムッちゃんばりに外に出て人と関わってネジの緩み度合いを確認し、キュッキュッと閉めるように。
あまり興味のなかったロックバンドのアルバムを何の気なしにダウンロードして、上から下までランダムに流してみて、耳元に流れ込むバランスの取れた愛の叫びに少し心ワクワクするように。

文化は僕ら人間が、人生をほわほわと楽しむために必要なOSなんだと思う。好きなアイドル、好きなバンド、好きなアクセサリーブランド、好きな小説、好きな映画。それだけじゃなくて、嫌いな絵画、嫌いなドラマ、嫌いな俳優、嫌いなお店。ポジティブもネガティブも抱き合わせて全て、人間を形作る。ここで言いたい「人間」っていうのは、器としての生物ではなくて、僕らのお腹らへんにいる中身の話。

感情は技術だって仮定してみる。

英語を話さない期間が長いと、伝えたい心的イメージがセンテンスへと形を変えるための所要時間が緩やかに伸びていく。プログラムを書かなくなったエンジニアは少しずつ細かいルールを忘れていき、チートシートを辿る。
スポーツも、芸術も、仕事も同じで、日常の中で触れる機会が減少していくと徐々に持っていた技術は削ぎ落とされていく。それらはもちろん全てが消えてしまうわけではない。軸となる土台は残る。残った土台を掘り下げてみると、実は”直感”も残っていることがわかる。
1つの技術を身につけることは、体系化された「小さな部分」を練習し続けること。そして個人が体系化された部分の全体を習得し切った時に、マスターしたと言える。プロと呼ばれるのはこのタイプで、狂人と呼ばれるのはたった1つの枝葉を極めまくって体系をぶち破った人。
「小さな部分」の反復は体系の習得を支援するだけではなく、実は”直感”の種に水をやるという裏側の効果も持っていると考える。この”直感”の種は、外側には分かりにくいけど、冒頭に述べたOS（オペレーティングシステム）と同等のものになる。

iPhoneのOSをアップデートすると、デザインやアプリやできることが変わる。iPhoneを見ている人間側からするとその程度の違いだが、iPhoneの目線に立ってみると自分の手足・目・感覚が拡張されて、別の世界が見えるようになっているはずだ。

この「OSのアップデート」を僕たち人間に落として考えてみる。人間のOSってなんだろう。それは「文化」っていう概念に大きく埋め込まれている。もちろん技術にも埋め込まれている。埋め込まれたそれらをまとめると、テクストだと言える。テクストは、目に見えない。物事の後ろ側に埋め込まれた流れを意味する。「目に見えない繊細で美しい編み物」があらゆる物事の背景に存在していると思えばいい。

このテクストに触れて、読み解いて、横たわっている膨大なテクストの海に自分という存在を加えること。この作業を通じて、物理的な世界から切り離されて存在しているテクストの海に人間の側からアクセスすることができる。

映画を見る時。小説を読む時。芸術に触れる時。音楽に浸る時。勉強をする時。会社で働く時。僕たちは、テクストに触れている。

感情の話に戻ろう。感情を技術だと仮定すると、感情に目を向けないでいると大きな体系が持つ繊細な「（枝葉の）部分」は削ぎ落とされていく。必要のないものだと判断されて、どんどんどんどん消えていく。だけど基本となる大事な感情は消えない。それに、経験を通じて培われた”直感”も消えない。70億人を超える人間は、ひろーーーい意味で感情の海を共有しているとした場合、一旦その海から離れてしまっても直感がその海に還る方法を覚えている。ペンギンが海に還るように、雨が大地に還るように全て戻り方を覚えている。

僕たちはきっと、何度だって感情を失える。

大切な人との思い出だって、簡単に忘れてしまえる。感情を伴わない経験は単なる事象の記述に過ぎないだろうから、訪れては過ぎ往く旅人と同じ。

だけどいつだって感情の海に戻る方法も知っている。
それは僕たち人間に等しく与えられたギフトだと思う。
このギフトを最大活用できている人は、そこまで多くないなぁ。みんなオープニングムービーだけ見て、席を立ってしまっている。勿体無い。
もっと、人間としての人生に向き合えば（確かにとってもしんどいかもしれないけど）こんなにも世界が美しいことや、自分の持つ感情や感覚、思考、身体が美しいことに気づけるというのに。

仮にお腹に感情があるのなら。
思考は脳に任せておきたい。

お腹でどう感じたかを信じて、感じたことを脳で考えさせたい。

そうすれば、論理と感覚も融合させることができる気がする。
もしくは自律神経も制御できそうな気がする。

もっと、もっと、気持ちいOSを探して。
今日も自分を掘り下げて、ゆっくりゆっくり沈み込みたい。
僕を引き上げてくれる人が存在するって心の底で理解しているからこそ、僕はもう無敵だと思う。

168