台湾/香港ミステリの一年・2022

※おもに台湾・香港、繁体字圏で発表された華文ミステリについて扱う。取り上げた情報は通販サイト「博客來」や、非英語圏ミステリ研究家の松川良宏氏のツイート(https://twitter.com/Colorless_Ideas)などを大いに参考にした。以下敬称はすべて略す。

作品顕彰の新設

繁体字圏のミステリについて、公募作品から選出される賞は1980年代末から存在していたが、既発表作品を評価する賞やランキングは長らくほぼ不在という状況が続いていた。ところが2022年には、発表済みのミステリ作品への顕彰が二つ実施されることになった。

台湾犯罪作家聯会(CWT)が主催する「完美犯罪讀這本!」は年一回、各出版社からのノミネートを募って、金賞(長篇)、火賞(短篇)、木賞(台湾以外の華文ミステリ)、土賞(ノンフィクション)、水賞(翻訳作品)を選考委員が選出する、英国推理作家協会(CWA)賞などに近い形式。6月に発表された2022年度の結果(2021年出版の作品が対象)では、火賞以外では複数作品が選ばれており、金賞は魏子千『幸福森林』、天地無限『滯留結界的無辜者』、楓雨『我所不存在的未來』、托比寶『訪客』の四作、火賞は沙承橦‧克狼「緝毒犬與檢疫貓」だった。
2022完美犯罪讀這本!評選結果
より詳しい評は尖端出版から刊行された『詭祕客 Crimystery2022』に掲載されている。このムックにはほかに台湾推理推広部(楓雨)が開催した第一回台湾推理評論新星賞の入選作、会が製作に参加した『偵查隊Zero』などゲーム・映像関連の記事、三津田信三やM.W.クレイヴン、ヴァシーム・カーンらが参加した国際座談会などが掲載されており、会の広範な関心と旺盛な活動を概覧できる。

電子書籍プラットフォームのReadmoo(讀墨)と台湾推理作家協会(MWT)が主催する「這本超好推!」は投票で選ばれる年間ランキング。投票に参加するのはReadmooユーザーと、作家や評論家数十人の「專業讀者」で(筆者も参加している)、「專業讀者」たちの投票についてはコメントも公開されている。今回の2022年版では2021年9月~2022年8月にReadmooで発売された作品が投票対象となっており、再刊作品や出版から間をおいて電子化された作品も含まれる。
華文作品部門は1位:唐福睿『八尺門的辯護人』2位:李柏青『婚前一年』3位:陳浩基『世界を売った男(新版)』で、翻訳作品部門は1位:新川帆立『元彼の遺言状』2位:アガサ・クリスティ『オリエント急行の殺人(新版)』3位:テス・ジェリッツェン『外科医』。下記のページでは各部門20位までに入った作品がリストアップされている。
這本超好推!年度推理選書-結果公告 | Readmoo 讀墨電子書

公募賞

かつて『推理』雑誌が開催し、台湾犯罪作家聯会が引き継いで約30年ぶりに復活した第五回林佛児賞は、「犯罪小説(クライムストーリー)ジャンルの要素を持つ」短篇の公募賞で、候補作の選出から最終選考までに改稿の機会が与えられるのが特色。応募資格に制限はないが今回最終候補に残ったSadar、林詩七、金柏夫、衍波、飛樑、軸見康介の6人は日本在住の軸見康介を含め全員台湾出身で、軸見康介とSadar(薩達爾)には作品の出版経験がある。
9月には最終候補6篇を収録したアンソロジー『來自失樂園』(尖端)が出版、結果発表は10月に行われ、衍波「來自失樂園」が受賞した。受賞作は地下鉄で起きた通り魔殺人を起点に、「謎解き」の解読にテーマがスライドしていく。

二十回目を迎えた台湾推理作家協会賞も短篇の公募賞で、最終候補作家のうち、大陸でキャリアを積んでいる青奈と香港の馬丹尼をのぞいた鍾岳、光卿、唐墨の三人は台湾からの応募。受賞作の鍾岳「救風塵」は妓楼を舞台にした武侠ミステリで、人気の遊女の水揚げ直前に殺人事件が起きる。鍾岳は寵物先生や宋杰などと同じく台湾大ミステリ研の出身で、BLも書くという。こちらの賞も最終候補作を集めたアンソロジー『FoodCat:您的餐點已在路上』(博識圖書)が賞の発表前に出版された。
また2022年には、台湾推理作家協会賞のニ十回目を記念して、出身作家たちが自身の受賞作と関連のある新作を書くという企画のアンソロジー『故事的那時此刻』(博識圖書)が刊行されている。参加しているのは哲儀、寵物先生、陳浩基、天地無限、四維宗、王少杰、柳豫、宋杰、王元、會拍動、冒業の11人。

日本への紹介

2021年刊行の紀蔚然『台北プライベート・アイ』(舩山むつみ訳、文藝春秋)が第十三回翻訳ミステリー大賞を受賞したのを筆頭に、繁体字圏エンターテインメントの邦訳紹介は順調である。ミステリから挙げると、同翻訳者が手がけた莫理斯『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』(舩山むつみ訳、文藝春秋)は題名どおり、ホームズ譚の舞台を香港に移した手の込んだパロディでこちらも高く評価されている。これも香港のライ・ホー(厲河)『シャーロック・ホームズの大追跡』『続 シャーロック・ホームズの大追跡』(ともに三浦裕子訳、小学館)は理科や算数の知識を織り込んだ児童書。2010年から書き続けられ現地では数十巻を数える人気シリーズで、2019年に製作されたアニメ映画『シャーロック・ホームズの大追跡』は2021年に日本語吹替版のDVDが発売されている。
第六回島田賞受賞作の唐嘉邦『台北野球倶楽部の殺人』(玉田誠訳、文藝春秋)は日本統治時代の台湾を舞台にした清張調の鉄道ミステリ、三鳳製作、林欣慧、簡奇峯『時をかける愛』(吉田庸子訳、KADOKAWA)は2019年放映のドラマのノベライズで、サスペンス色の強いタイムトラベル物。平路「モニークの日記」(白水紀子訳。『台湾文学ブックカフェ1 女性作家集 蝶のしるし』(作品社、2021年12月刊)所収)は娘殺しの廉で逮捕された女性の取り調べと彼女の回想が交錯する一篇、邱常婷「バナナの木殺し」(池上貞子訳。『台湾文学ブックカフェ2 中篇小説集 バナナの木殺し』(作品社)所収)は主人公が車で撥ねてしまった少女と交流するうち、彼女の家族についての情報が明らかになっていく。

ほかには隣接ジャンルだが何敬堯『[図説]台湾の妖怪伝説』(甄易言訳、原書房)が翻訳され、星期一回収日、楊双子『綺譚花物語』(黒木夏兒訳、サウザンブックス)は超自然的な仕掛けも織り込んで展開する「百合漫画」の連作として各所で話題になっている。台湾で活動する漫画家のデビュー単行本となる新彦『機械の心』(少年画報社)にはサスペンス寄りの作品が複数収められる。

北海道ゆかりの作家・評論家たちが開催する第4回「北海道ミステリークロスマッチ」では既晴「復讐計画」(阿部禾律訳)が参加して1位に選ばれた。参加作はnoteでも公開されている。また2021年の参加作でやはりnoteに公開されている「月と人狼」と彼へのインタビューが、探偵小説研究会の機関誌『CRITICA』vol.17の華文ミステリ特集に再録された。
既晴「復讐計画」 訳/阿部禾律|北海道ミステリークロスマッチ
評論関連では、押野武志、吉田司雄、陳國偉、涂銘宏編著『交差する日台戦後サブカルチャー史』(北海道大学出版会)に「ミステリの交差」の部が立てられ、陳國偉、金儒農、瀟湘神による台湾ミステリにも触れる論考が収録されている。台北駐日経済文化代表処台湾文化センター、国立台湾文学館、松本清張記念館が主催する「遺された指紋―松本清張と台湾ミステリー小説」展は7月から8月にかけ、東京・福岡・台南で同時開催された。

香港ミステリ

『辮髪のシャーロック・ホームズ』が日本語訳された莫理斯は、続編となる『香江神探福邇,字摩斯2:生死決戰』を台湾の遠流から出版した。莫理斯のほか陳浩基、譚劍、黑貓C、夜透紫、柏菲思、望日が参加した香港の作家たちによる書き下ろしアンソロジー『偵探冰室.貓』(星夜出版)は今回でシリーズ4作目となり、『靈』『疫』と続いたこれまでと違いのどかなテーマでデザインもポップになっている(台湾版も蓋亞から刊行)。星夜出版からは、経営者でもある望日『小說殺人』も刊行された。作者の初ミステリ長篇で、メタフィクショナルな仕掛けが張り巡らされた作品。

香港とマカオを対象にしたエンターテインメント小説の新人賞、天行小説賞を運営している天行者出版からは、過去の受賞作の続篇でクトゥルフ神話を取り入れた伝奇ミステリのThe Storyteller R『JM的無以名狀事件簿:可惡童話』と、中学時代の想い人とよく似た男の登場が謎を呼びこむ恋愛小説の又曦『如果記憶中沒有了你』が出版された。

台湾で出版された作品としては、文善『逆向童謠』(皇冠)は第三回島田賞受賞作『逆向誘拐』の続編で、ある田舎町で新しい技術と関連して続発する騒動を描き、こちらもシリーズの新刊となる顧日凡『變異的維納斯』(獵海人)は政府が強権を振るう「H市」から移住した警察官が出会う三つの事件を描く。金亮『野篦坊之櫛』(釀出版)はホラーミステリシリーズの新作で、主人公たちは日本でのっぺらぼうの怪異に巻き込まれる。現実の事件を題材にした小説とノンフィクションをともに扱う凌宇出版からは、予知能力を持つ主人公が「私影」殺人事件を阻止しようとする夜透紫『幀破:慾望攝獵』と、返還前の香港を舞台にした警察小説の騎士丕特二世『吃過皇家飯不能不破案』が刊行された。陳浩基は2022年中にも単著の刊行はなかったが、前述のアンソロジーへの参加があったほか、『皇冠』雑誌上で連作〈12〉の連載を行っている。

新刊


鏡文學の第二回百萬影視小說大賞を受賞して2021年12月に刊行された唐福睿『八尺門的辯護人』は、金鼎賞、金典賞蓓蕾賞、2023年台北ブックフェア大賞(22年12月に発表)と大きな賞を続けて受賞した。2023年にはドラマの放映も予定されている。
同賞の第三回の結果は12月に発表され、元警官の作者による90年代を舞台にしたノワール、顏瑜『套條子』が大賞に選ばれた。顏瑜は2022年に比較的ストレートな警察小説の『警察執勤中:正義的代價』「警察執勤中:宣戰角頭』を刊行している(ともに要有光)。第二回の最終候補になった日本が舞台のホラーミステリのA.Z.『神隱』も要有光から出版されている。
鏡文學からの刊行作では、陳雪『你不能再死一次』は十四年を隔てて少女殺しが再演された村で、過去の事件で犯人と目された男の娘が真相に迫る。張國立『私人間諜』は戒厳令下の大学を舞台にした諜報要素のあるサスペンス、天地無限『惡念的燃點』は無関係に見えた複数の事件が、一家三人が焼き殺された事件の真相につながっていく。

要有光からの刊行作を挙げると、第四回林佛児推理小説賞に傅元石名義で入賞した高雲章はニューヨークの新聞記者たちが探偵役を務める『前鋒新聞報導:王萬里與霍士圖探案』とノンシリーズの『集郵者』、二冊の短篇集でカムバック。葉桑『天堂門外的女人:葉威廉之事件簿』は80年代から活動する重鎮の過去作集成で、第三回林佛児賞受賞作も収録されている。秀霖『人性的試煉』は2008年発表の中篇を軸に加筆した「社会派犯罪小説」の連作。第三回島田賞の予選通過作である貝爾夫人『雙重犯罪:血紅之塔』は銃乱射事件の余波に揺れる大学で密室殺人が発生する。法廷ミステリシリーズの新作である牧童『翠鳥山莊神祕事件』は怪奇色を加えた中篇二篇を収める。佘炎輝『實境殺人遊戲』は脱出ゲームの会場で見つかった死体の謎に科学捜査を武器に挑む。時空を股にかけたテロ組織との闘いに主人公が巻き込まれるタイムスリップ物の秋茶『約定好的未來邂逅』。大陸からの作品発表となる王稼駿『血色的妖染』は島田賞の常連によるアフリカが舞台のクローズドサークルもの。

尖端出版からは、台湾推理作家協会賞受賞者による短篇集の王少杰『春天的幻影』、婚約者が留学中の弁護士にまつわる波乱を描く、「謎も解決もない」が「ミステリの遺伝子が含まれる」という李柏青『婚前一年』が刊行。現実の事件を題材にした小説を募る凌宇出版の第一回謎團小說賞からは、女子大生墜死の真相が関係者たちの証言から浮かび上がってくる李三元『真相之前』と無理矢理バスジャック犯に仕立てられた男が限られた時間の中でことの次第を探ろうとする水月『困獸之鬥』が刊行された。

その他の出版社からの作品では、蕭瑋萱『成為怪物以前』(印刻)は殺人の濡れ衣を着せられた主人公が、超人的な嗅覚を武器に殺人犯を探し求める狩人となる。藍霄『東方慢車謀殺案』(博識圖書)は90年代から00年代初頭の台湾ミステリ界を支えた重鎮が当時発表した作品を中心にまとめた短篇集。會拍動『初心村的偵探事務所:那天,他失去了心』(博識圖書)は台湾推理作家協会賞の続篇で、「異世界転生」でファンタジー世界に送られた探偵役が活躍する長篇。
過去に起きた恋人と妹の死の真相を、死者の霊が取りついた男とともに探っていく晨羽『附身』(平裝本)。大陸の作者による、社会に馴染めない若者たちが波乱に巻き込まれていくサスペンスの田佳霖『好時候』(釀出版)、ドイツと台湾を股にかけた諜報スリラーの陳玉慧『布萊梅失蹤』(時報出版)。既晴『請把門鎖好』(皇冠)は第三回皇冠小説賞を受賞した商業デビュー長篇の20周年を記念した再刊で、原型の倍ほどの加筆が行われている。
死者の記憶を蘇らせられるという花屋が舞台の連作、肆一『你好,這裡是記憶花店』(三采)、少女失踪事件の手がかり探しがクトゥルフ神話や民間信仰を取り入れたホラー展開に飲み込まれていく盧信諺『迴陰』(奇幻基地)は映像化が進行している同名の脚本の作者による小説化。
主人公が突如異次元に放り込まれ謎解きを強制される花於景『請解開故事謎底』(魔豆文化)はネット小説の書籍化で現在2巻まで刊行。K.I『心理駭客Psychology hackers 上・下』(無雙多媒體)も2020年からネットで連載されていたサイコサスペンスの書籍化。笨蛋工作室、廖柏茗、冰糖優花『革樓』(台灣角川)は戒厳令期を舞台にした脱出ゲームの小説化、阿天『領魂人』(長鴻出版社)は超常的な能力を持つ刑事が活躍し、蝕鈴『疑案辦Deep Ocean:0號深潛』(凌宇)は近未来の特殊な犯罪捜査組織に入隊した新人の奮闘を描く。

2022年のトピックとしては、臥斧『FIX』が『滴水的推理書屋』の題名で全10回のドラマ化されたことも挙げられる。これにタイミングを合わせ、春山出版からは小説の新版が、尖端からドラマのガイドブック『滴水的推理書屋:影視創作紀實』が出版されたほか、漫画化のGami、臥斧『FIX:英雄們』(原動力文化)が刊行された。
ほかの一巻完結の漫画としては、名家の一人息子が、父親たちが抱える秘密の存在に気づいていく大小喵『青鳥的幻象』(東立)が、刊行継続中の作品は、70年代の台湾を舞台に法医学医が主人公を務める簡嘉誠『雪下的真相1』(蓋亞)、殺人の濡れ衣を着せられた刑事が、台湾の歴史が絡む事件の真相に迫っていく森森、鄭心媚『查無犯罪事實 上』(原動力文化)、映画監督の賴俊羽が戒厳令期の実際の事件を下敷きにして企画した賴俊羽、瑠公圳文創事業『搜查瑠公圳 上』(原動力文化)がある。

最後に訃報を。香港エンタメ小説界の重鎮である倪匡が7月に87歳で没した。SF冒険小説の「衛斯理」シリーズや「女黑俠木蘭花」シリーズなどで知られる作家だが、「神探高斯」シリーズなどのミステリを発表しているほか、前述の既晴『請把門鎖好』など複数のミステリの推薦に関わっていた。
台湾の評論家、傅博は6月に89歳で亡くなっていたことが台湾推理作家協会によって発表された。日本に留学後、島崎博として雑誌『幻影城』を創刊・運営。帰台後には『推理』雑誌や林白出版社の刊行物を中心にミステリの普及・紹介に努め、2013年には台湾推理大賞を贈られていた。
悼念傅博先生|台灣推理作家協會
会報2022年9月号 会員・島崎博氏|日本推理作家協会