台湾ミステリの一年・2018

( 題名は「台湾」としたが、香港をはじめとする他の繁体字圏の作家・作品についても触れる。取り上げた情報は、台湾推理作家協会のサイトとFacebookページを大きく参考にした。敬称はすべて省略した)
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 新年を迎え台湾ミステリ界の一年を振り返るには、まず悲しい出来事から始めたい。

 2014年から台北で営業していた台湾初のミステリ専門の書店(貸本屋)/ブックカフェ、「偵探書屋」が2018年末をもって実店舗での営業を終了、ネット通販のみの営業となる。 台湾のミステリ界にとっては重要な場所のひとつであり、多くのミステリ関係のイベントが──日本から出張した翻訳ミステリー台湾読書会を含む──開催された場所でもあった。もっとも、この一件は台湾におけるミステリというジャンルの状況と直結させたくはないところで、実際、聯合報の報道では不景気の煽りを受けたひとつの独立書店の出来事として説明されていた。いずれにせよ、台湾のミステリ好きにとって残念な知らせには違いない。

 日本では11月、翻訳家の天野健太郎が47歳で急逝した。訳書として呉明益『自転車泥棒』が刊行された5日後、イベント出演が予定されていた5日前という、旺盛な活動が続いていたさなかの逝去だった。
 中華圏のなかでも台湾を専門にしたその訳業において、「ミステリは当初考えてなかったジャンル」と本人が発言していたとおり、ミステリとの関わりは一部にとどまる。ただそれでも、例外的に翻訳を担当した香港の小説である陳浩基『13・67』日本語版への高い評価、ひいてはそれに続く華文ミステリへの注目を考えたとき、その貢献の大きさは計り知れない。当然のことながら台湾文芸全般の紹介という観点でもかなめの存在で、不幸の報が流れたときの各所からの反応が、その仕事の重要さをはっきりと示していた。https://togetter.com/li/1288429

 2017年に刊行されて大きな反響を呼んだ『13・67』日本語版は、2018年に入ってからも、2018年本屋大賞海外部門2位、第9回翻訳ミステリー大賞読者賞、第6回ブクログ大賞海外小説部門大賞と次々に栄誉を受けた。陳浩基は3月に来日し、いくつもの取材に応えたうえで9日に島田荘司と、10日には横山秀夫とのトークショーを行っている。日本での活動はほかに、2月に篠原健太作の漫画『彼方のアストラ』への推薦コメントを寄せ、また雑誌『オール讀物』2018年9月号に本文の筆者の訳で短篇「青髭公の密室」が掲載された。
 すでに各国で翻訳されている『13・67』は、2018年には新たにオランダ語版とドイツ語版が刊行された。話題を台湾(繁体字中国語)ミステリ全体に広げるなら、2015年に『13・67』が刊行されて以来華文ミステリの翻訳が進んでいる韓国では、陳浩基『網內人』(2017年12月)、陳浩基『気球人』天地無限『第四名被害者』紀蔚然『私家偵探』文善『你想殺死老闆嗎?(我們做了!)』 が一年のうちに翻訳されている。

 新作出版は依然として盛況だった。中心となって刊行点数を押し上げているのはやはり「要推理」レーベルを擁する秀威資訊で、同社の刊行作のなかですでにキャリアがある作家の割合はそれほど大きくないのも昨年に述べたとおりだ。タイムトラベルの研究者が密室で殺される事件に『ぼくは漫画大王』の盧俊彦が関わり、現在映画化の話も進行している胡杰『時空犯』(以降特記がなければインプリント「要有光」からの刊行)、二十世紀初頭の香港を舞台に名家の秘密が絡む殺人事件が展開する顧日凡『錦瑟』、作者のキャリア30年目にして初の長篇となる葉桑『夜色滾滾而來』、第五回島田荘司推理小説賞に応募された作者のSFミステリ第二弾、游善鈞『虛假滿月』、「台湾の法廷ミステリの第一人者」を称する牧童のシリーズ作『天秤下的羔羊』、「女性版ホームズ」と銘打たれたシリーズ第二作の亞斯莫『黃金黎明』、致死的なウイルスを武器とする脅迫犯との攻防と、観光地となった原住民の里での殺人事件が並行して進む沙棠『古茶布安的獵物』といった作品がある。

 秀威資訊から刊行された新人の作品は、雪山での「そして誰もいなくなった」にホラーの要素を融合させた金亮『灰燼』、現実の通り魔殺人に題を採り、七人のモノローグで少しずつ事件の全貌を明かしていく鳴鏑『十字路口』(秀威資訊)、映像制作を学んだ作者の卒業制作を小説化した、空手を習っている高校生のコンビが主人公を務める胡仲凱『逆手刀』(釀出版)と、大学生になった主人公が登場する続編『沉默之火』を挙げられる。錚々たるミステリ作家たちや研究者が推薦文を寄せている楓雨『伊卡洛斯的罪刑』は、大学の教室で起きた発砲事件を起点に、時間軸と視点を行き来させながら重苦しいドラマが展開していく。前日譚となる『棄子:城市黑幫往事』も刊行された。
 また探偵役や舞台の設定に特色を打ち出したデビュー作あるいは初ミステリ作品として、作者が愛好する"獸人"たちが暮らす世界を舞台にした短篇集の沙承橦.克狼『三億元事件:獸人推理系列』、女性数学者の探偵役が観光地の山荘で殺人に巻き込まれる米夏『黑暗之眼:夏辰旅情推理系列』、高校生の主人公が「探しもの部」で活動するシリーズの第一作、海犬『學園寶藏代號「C」 I:澍澤高中寶藏傳說』、それぞれの作者の本業を生かした牛小流『藥師偵探事件簿:請聆聽藥盒的遺言』海盜船上的花『牙醫偵探:釐米殺機』といった作品があった。

 秀威資訊以外からの刊行作も挙げていく。陳浩基『山羊獰笑的剎那』(皇冠)は、『13・67』『網內人』の硬派な作風から一転して、入居当日の大学寮を舞台にめまぐるしく展開していくスーパーナチュラルなホラー。主兒『福爾摩沙.血寶藏』(城邦印書館)はオランダ統治時代に遡る謎に迫っていく冒険サスペンス、夏佩爾&烏奴奴『惡徒』(印刻)は映画『共犯』など脚本家としても活躍するコンビによる作品で、死刑を言い渡された殺人鬼の新たな証言が波紋を起こしていく。新日嵯峨子『金魅殺人魔術』(奇異果文創)は日本の台湾統治が始まって間もない明治時代を舞台にした伝奇ミステリで、同じ作者による「言語道断之死」シリーズの前日譚にあたり、妖怪の関与がささやかれる洋館での連続人間消失を扱って本格味が強い。

 香港で刊行された雨田明『蝶殺的連鎖』は無関係に暮らす六人の視点から、混雑するモールで殺人が起きる"ゼロ時間"へと迫っていく。版元の天行者出版が主催する新人賞、第二回天行小說賞の受賞作で、審査員のうち武侠小説家の喬靖夫が推薦序を、陳浩基が解説を寄せている。天行小說賞はエンターテインメント小説全般を対象とし、応募資格を香港在住者(永住者)に限っている。

 尖端出版の健闘も目立つ。虐待に耐えかねて母親を殺してしまった9歳の少女を隣人が守ろうとする林明亞『殺人犯,九歲』は、ライトノベル『5人の姉をもつ僕は独り身が運命づけられているんだ』の啞鳴の別名義作品。小鹿『推理要在殺人後2』は、事件を解決するたびに新しい死体が転がる、と噂される探偵役のシリーズ(1巻は2017年11月刊行)の第2巻。提子墨『星辰的三分之一』はグレーターロンドンで起きる連続猟奇殺人を、チームの各人が特技を生かして捜査する。台湾出身、カナダ在住の提子墨は2015年に第四回島田賞で最終候補に残って以来旺盛な活動を続けており、2018年にはカナダ推理作家協会(CWC)と英国推理作家協会(CWA)へともに入会した。

 2018年には、2017年に開催された第三回尖端原創小說大賞の入選作も刊行された。エンターテインメント小説全般を対象にした「逆思流」組へは三作が入選しすべて刊行されている。大賞受賞作の金『罪人。』は死体の指を切り取っていく連続殺人鬼と、妻を標的にされた刑事との対決を描くサイコスリラーで、特別賞の游善鈞『隨機魔』は犯罪傾向の遺伝が広く認められた近未来を舞台にしたSFミステリ、おなじく特別賞の八千子『證詞』(応募時のタイトルは『少女的魔法號角』)は複雑な多視点構成の青春ミステリ。ライトノベル部門にあたる「浮文字」組特別賞となった木几『這不是推理,只是青春戀愛喜劇』は高校のミステリ研究会を舞台にした作品で、一部謎解きの要素も含まれている。
 なお尖端原創小說大賞は2015年から毎年開催されていたが第四回の募集は行われておらず、その代わりにと言ってよいだろうか、尖端出版は2017年12月に独自のネット小説プラットフォーム「原創星球」を立ち上げている。

 陳浩基が推薦序を寄せた崑崙『獻給殺人魔的居家清潔指南』(鏡文學)はネット小説プラットフォーム「鏡文學」の人気作の書籍化で、潔癖症の殺人者が、切り裂きジャックを崇める殺人鬼の集団に立ち向かうサスペンス。続編『被收購商遺忘的裝屍紀錄簿』『不能讓老師發現的霸凌日記』もすでに刊行され、2019年1月時点で第4弾が連載中である。崑崙は、日本語化もされたゲーム『螢幕判官』のノベライズも発表している。
 2017年4月にサービスを開始した「鏡文學」は、ここ数年中心的な存在だった「POPO原創市集」などに対して後発にあたるが、おそらく大陸のネット小説産業の成功にならい "IP" 市場に目を向け、版権マネジメントも兼ねることを打ち出して事業を拡大している。前述の林明亞『殺人犯,九歲』も「鏡文學」が初出となる。ちなみに寵物先生、冷言、游善鈞など台湾推理作家協会に所属する作家たちも何人か「鏡文學」のアカウントを持ち、入手困難な旧作を含む小説を公開している。

 公募の短篇賞、第16回台湾推理作家協会賞は7月28日に結果が発表され、受賞作を含む最終候補五作はすべてアンソロジー『亞斯伯格的雙魚』として刊行された。受賞作の宋杰「致命偶像」は、かつてアイドルグループで活動した俳優を主人公とした倒叙もの。ちなみに受賞した宋杰は台湾大学ミステリ研究会(推理小說研究社)の元会長で、同会ではこれまでにも第5回(寵物先生)、11回(四維宗)、第12回(餅乾怪獸)と受賞者を輩出している。
 今回最終候補に残った王稼駿は、同賞の歴史のなかで初めての大陸からの最終候補入選者となった。王稼駿は島田賞の二次選考に5回連続で残っており、台湾で刊行した著作もありすでに知られている存在ではあるのだが。ただ時晨『鏡獄島事件』『五行塔事件』陸燁華『超能力偵探事務所(1・2)』(すべて印刻)のように、大陸の(本格)ミステリファンコミュニティに属する作家の作品が久しぶりに台湾で出版されたこともあり、この出来事が偶発的なものなのか、それとも継続的な流れの予兆なのかは気になるところである。