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風が吹きぬけていく。~宮崎駿と照葉樹林文化論~

せっ記とは
草に埋もれながら 耳から耳へと語り継がれてきた物語のこと
正史には残らない 辺境の地に生きたひとりの若者のことを人々は いつまでも忘れずに語り継いできた
アシタカと呼ばれた その若者が いかに雄々しく 勇敢だったかを……
残酷な運命に翻弄されながらも
いかに深く 人々や森を愛したかを……
その瞳が いかに澄んでいたかを……
山に生きる忍耐強い人々は つらい暮らしの中で
繰り返し 繰り返し 子供らに 語り継いだのだった
アシタカのようにおなり
アシタカのように生きろ  と……
アシタカせっ記



ジブリ映画 もののけ姫の冒頭部分に出てくるアシタカの村が好きです。

時は室町時代。

ただ、ここは、縄文文化を色濃く受け継ぐ*蝦夷の一族の末裔の村

*(東北地方で大きな勢力をもっていた少数民族)

古代の雰囲気を持ち合わせる中世の世界観

茅葺き古民家など、昔の生活が好きな私にとっては、ロマンに溢れています。

昔の人はどうやって生活をしていたのだろう、どのような価値観だったのだろう、

考えるほど、わくわくしてきます🌕💭

宮崎駿監督は、蝦夷の村人たちの衣装について、ブータンやタイ北部の民族衣装を参考にして、楽しみながらデザインしたと言います。

宮崎駿監督は、かつてブータン王国に行ったことがあるそうです。

そのときの経験が、作品作りに活かされているのかもしれません。

宮崎駿監督は、もののけ姫をつくるにあたり、中尾佐助さんの照葉樹林文化論という考え方に影響を受けています。

(照葉樹林文化論とは…)日本の生活文化の基盤をなすいくつかの要素が中国雲南省を中心とする東亜半月弧に集中しており、この一帯から長江流域・台湾を経て日本の南西部につづく照葉樹林地域に共通する文化の要素は共通の起源地から伝播したものではないかという仮説
Wikipedia

この人間と自然の関係を大きな枠組みで捉えた考え方に出会い、宮崎監督は感動しました。

ここでいう東亜半月弧では、西の端をブータン、東の端を日本が当てはめられています。

照葉樹林帯・東亜半月弧

アジア地域での壮大な文化の伝搬、生活様式の一致について言語化した中尾佐助の本について、宮崎駿監督は次のように語っています。

読み進むうちに、ぼくは自分の目が遥かな高みに引き上げられるのを感じた。風が吹きぬけていく。国家の枠も、民族の壁も、歴史の重苦しさも足下に遠ざかり、照葉樹林の森の生命のいぶきが、モチや納豆のネバネバ好きの自分に流れ込んでくる。散策するのが好きだった明治神宮の森や、縄文中期に信州では農耕があったという仮説を唱えつづけた藤森栄一への尊敬や、語り部の素養のある母親が、くりかえし聞かせてくれた山梨の山村の日常のことどもが、すべて一本に織りなされて、自分が何者の末裔なのかを教えてくれたのだった。
宮崎駿  出発点  p267

宮崎駿監督は、こうした自然観を得ることによって、日本の自然をテーマにしたトトロやもののけ姫の世界観を確固たるものにしていったと考えられます。

ふっくらしたお米が好きな民族というものは、世界でもあまり数が多くはなく、日本、中国の雲南省、ネパールくらいだろう。そういう民族としての日本の民たちは「実はこの日本国ができる前から、日本民族というのが成立する前から、もっと古くからそういう文化圏の人間だった」のではないか
ジブリの教科書  となりのトトロ

元来 日本は、周りを海に囲まれており、一見すると完全に閉ざされた世界のように感じます。

ただ、こうした文化や生活様式の伝搬について考えたとき、もっと壮大なアジア地域の歴史の流れを感じます。

かつて西日本に繁茂していた照葉樹林の原生林も今ではほとんどなくなっている とのことですが、屋久島をはじめ残っている森もあるということにロマンを感じます🌳🍃

読んでいただき、ありがとうございました🌔
寒いので暖かくしてください💭

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