見出し画像

月が見たい

ある冬の日の夜、コンビニを出て家に向かう途中でが出ていることに気づいた。雲ひとつない濃紺の夜空に煌々と輝く銀色の月。ひんやりと澄んだ空気を吸い込むと月の光が全身に巡るような感覚を覚えた。

見上げればきっといつもより綺麗な月が見られる。歩きながら揺れる視界の端っこで捉えるのではなく、立ち止まって正面からじっと眺めたい。たったそれだけのことが僕にはできなかった。

ほかに通行人がいた。僕が足を止めることでその場に緊張が走るのが嫌だった。夜道を向こうから歩いてくる人影が突然立ち止まり空を見上げて動かなくなるのだ。

変な人がいる!

誰だってそう思うだろう。僕はたしかに変人なのでその判定は正しいが、人畜無害でありたいと考えている。普通の人のふりをしなければならない。変人は存在そのものが脅威になり得る。

結局、家の玄関の前まで来てようやく空に浮かぶ月を真っ直ぐに見られた。石ころになりたい。誰かを妨げることなく、誰からも注目されない。ただ月の光に照らされて小さな影を落とすだけの存在に。