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14-3.【対談】何とかしようよ!公認心理師制度

(特集 “七転八起”の心理職を目指して)
髙坂康雅(和光大学教授)
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下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.14

1.はじめに

前号に引き続き和光大学の髙坂康雅先生にゲストにお迎えしてのインタビューの後半を対談としてお届けする※。
(※高坂先生のインタビュー全体の記録を,臨床心理iNEXTの有料会員サイトにアーカイブ動画(タイトル「結局,公認心理師とは何か」)としてアップロードした。有料会員は自由に視聴できるので,本記事と併せてご参照下さい。)

公認心理師制度は,心理職の悲願であった国家資格化が実現したという点ではめでたい出来事ではある。しかし,同時に心理職の専門性や主体性が限定され,職能団体や関連学会の分裂などが起きてきている。その点で公認心理師制度は,専門職としての心理職の発展の妨げになっており,そのマイナスの側面も考慮しなければならない。

(本号の記事は,2021年1月5日に実施したオンラインインタビュー後半の記録に基づいて構成した。Zoomの運営管理は北原祐理(東京大学特任助教),記録作成は,高堰仁美,柳百合子,石川千春(いずれも東京大学大学院臨床心理学コース博士課程)の協力を得た。写真の選択等の記事デザインは,原田優(東京大学特任研究員)が担当した。)

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2.無理のある公認心理師養成カリキュラム

下山 公認心理師試験は,マークシート形式による単なる知識試験であり,心理職の実践技能を評価することはない。むしろ,本マガジン前号(14-2)で指摘したように医療や行政関連のマニアックな知識が問われる。公認心理師は,心理職としての実習技能はなくても,重箱の隅を突くような知識を有していればよいという評価基準のようである。
 民間資格である臨床心理士の試験では,面接による口述試験によってコミュニケーション技能を査定している。しかし,公認心理師試験には面接さえない。公認心理師の大学院養成カリキュラムでは現場実習が必修となっているが,試験としてその実習で習得した技能レベルを評価することはない。むしろ,実習を一生懸命すればするほど,試験勉強はできず,公認心理師試験に合格しにくくなる。本マガジン前号で指摘したように受験生は,大学院実習で学んだ“実践感覚”は一旦忘れてマークシート試験に臨むことが求められる。このように公認心理師試験は,実習経験を無視する教育評価システムとなっている。

髙坂 公認心理師試験は,将来は2月実施になるという見方が出ている。2月にやることになれば,実習450時間,その後修論,そして試験という,方向性の違う活動を年間通してやれというもの。もしこれが,実習の経験が活きる試験ならばその矛盾が解消される。しかし,あまりにも現場感覚とのずれが大きい。そうなると,試験は試験,修論は修論,そして実習は実習という別方向ということになる。
 その中で僕が気になっているのは修論の質の低下。試験は国家試験,実習は規則で450時間。そう考えると,一番手を抜けるのが修論。内輪で「これでいいじゃない」で済んでしまう。到達目標として科学者-実践者モデルを強調しているのに,その「科学者」の部分,つまり研究できるという部分が抜けてくる。2月に公認心理師試験が実施されると,その修論の軽視が起きてくる可能性が高い

下山 それは,公認心理師試験の設計の問題だと思う。科学者-実践者モデルが採用されている海外の心理職育成プログラムでは,研究技能の習得を重視して博士課程(Ph.D)の学位取得が前提となっている。ところが,公認心理師は,科学者-実践者モデルを到達目標としておきながら,学部卒でもよいとしている。そして,学部カリキュラムに科学者-実践者モデルの多様な内容を無理矢理に詰め込み,修士課程では研究をする余地は与えない。
 専門性の観点からするならば,試験問題もカリキュラムも一貫性がない。科学者-実践者モデルという看板を掲げているが,実際に教えている中身が全く違うものになっている。カリキュラムが多すぎて,研究を修士課程でやらせる余裕なんて全くない。2月に公認心理師試験となれば,結果的に,修論は手を抜くしかなくなる。

髙坂 公認心理師は,その理念としては,研究を通して経験を実証的に検証し,それを現場に戻すということを言っている。しかし,実際にはそうなっていない。その点でも,「公認心理師は何なのか」ということになる。公認心理師から「研究」という部分が抜けてしまうことを非常に危惧している

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3.バラバラな公認心理師の制度設計

下山 公認心理師制度では,心理職が研究することは考慮されていない。さらにいえば,心理職としての実践の基本技能についても,その重要性が適切に考慮されていない。日本の心理職は,これまでは,実践の基本技能としてカウンセリングの技能を大事にしてきた。しかし,公認心理師のカリキュラムでは,そのような基本技能を学ぶ時間が十分に確保されていない。大学院は現場実習が中心になっている。公認心理師試験でも基本技能は重視されていない。それが非常に怖い。

髙坂 カウンセリングや心理療法には,必要な基本的な態度や技能がある。また,基本的な心理検査のスキルもある。僕は,心理検査を全く取れない。以前はそれでもよかったけど,今は必須。ただ,心理検査スキルについても,WISCだけでいいのか。MMPIはどうなのか。結局,その場その場で必要になる検査がある。でも,それらをカリキュラムの中で試したり,確認したりする場がない。公認心理師法では「知識と技能を持って当たる」となっているのに,技能を保証する場がない。これは,物足りないし不十分だと思う。

下山 そうなっているのは,公認心理師のカリキュラムの設計をしている人たちの中で「心理職の技能とは何か」が共有されていないからだろう。「心理職の専門性とは何か」が明確でないので,専門性を担保しづらいカリキュラムを作ってもその不十分さ自体に気づけない。「心理職の基本技能がどのようなものであり,どのような教育が必要なのか」が明確であれば,このようなものにはならなかったかもしれない。公認心理師カリキュラムを作成した先生方には,ぜひ公認心理師試験を受験してほしいし,現場の心理職の実践を経験してみていただきたい。そうすれば,いかに無理のある試験でありカリキュラムであるのかを,多少は理解していただけると思う。

髙坂 試験委員を見てもそれぞれのテーマのトップの方が就いている。それはそれで良いのだが,全体としてみるとあちこちから寄せ集めたパズルのピースのようなものになっている。全体としてよく分からないものができあがっている。あっちはモナ・リザのピースで,こっちはディズニーのジグゾーパズルのピースのような感じ。設問として154ピースが集まったが,全体としてそれが何なのかよくわからない。

下山 しかも,それぞれのピースがきっちりはまっているかというとそうでない。「この形で本当に良いの?」というピースが散見される。髙坂先生のような専門家の皆様がいろいろと調べたり,検討したりしても正答がわからない問題がいくつもある。

髙坂 試験委員の先生方の横のつながりが見えない。問題を吟味し,検討するシステムが働いているのだろうか。いまだに委員長は医師である。そこは心理の先生がチェックすることが必要だろう。試験問題を分析してみて,「これはいらないのでは」「ここまでが必要かどうか」などと問題を吟味することができていないと感じる。

下山 公認心理師のカリキュラムも試験も,心理職にとっては罪作り。心理職は,社会的にみたらとても必要とされている専門職。心理職への国民のニーズは高い。そのような専門職の育成カリキュラムや資格認可の試験が専門的観点からみて不適切ということであるならば,それは本当に無責任な話。心理職自身が公認心理師のカリキュラムや試験のチェックをする必要がある。少なくとも「このカリキュラムや試験で本当に心理職を育てることができるのか」を議論していく必要があるだろう

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4.心理学に“分断”をもたらす公認心理師制度

髙坂 公認心理師という資格や,国家試験が何を生み出すかというと,「分断」をもたらしている。それは,試験問題と現場感覚の分断。そして,世代的な分断。精神分析的なスタイルや河合隼雄先生が作られたスタイル,一方で認知行動療法などのエビデンス・ベイストなもの,どちらがいいというわけではなく,クライアントさんに合っていればいいと思っている。でも,公認心理師試験であれば認知行動療法一択。僕は,あちこちで「公認心理師試験ではロールシャッハは絶対出ない」と言っている。それは臨床心理士試験との差別化,そして分断。公認心理師と臨床心理士の分断。そこが解消されない限り,心理職が一本となって,「公認心理師とはこうあるべきだ,この試験問題はおかしいんじゃないか」と主張できない。あるいはスクールカウンセラーの常勤化など様々なことを訴えて心理職が発展していくためには,この分断を乗り越えていくことが必要ではと感じている。

下山 それに関しては,私も非常に責任を感じている。心理職の国家資格化を目指す過程では,関連団体間において様々なレベルで難しい交渉があった。最終的には,形の上では「心理職の国家資格化を目指す」ということでまとまった。それで公認心理師という国家資格ができた。しかし,法律を作る過程では,いろいろな対立や裏切りもあって,結局今のような公認心理師法となった。私は,その渦中にいた者として,国家資格の中身が変質していくプロセスを止められなかったことを非常に残念だと感じるとともに,責任を感じている。
 公認心理師が施行されて,さらに傷は広がっている。自分としても,この悲惨な状態を何とかしなければと思っている。ここでは話せない残念な出来事もあった。その結果として,今髙坂先生が言われた様々な分断が起きてきた。そして,その分断は,若い人だけでなく中堅世代も含めて,今後この業界を担っていく皆さんに「心理職として何を目指せばよいのかわからない」という,先が見通せない状態をもたらしている。それは,臨床心理マガジン14-1号で言及した心理職の“無力感”や“失望感”になっている。
 公認心理師試験だけでなく,公認心理師制度そのものに関連して心理職の混乱が拡がっている。それは,非常に深刻なレベルと認識している。公認心理師制度が出来る過程の渦中にいた者として,その深刻さと責任を強く感じていたが,髙坂先生がその問題を考えておられてびっくりしている。

髙坂 僕は外野の人間で臨床心理士でもなく臨床をやっていた人間でもないので,ある意味好き勝手言える。

下山 私は,外野ではなく,内野にいた人間。当時,日本心理臨床学会や日本心理学諸学会連合の理事をしていたので,むしろダッグアウトにいた立場でもある。試合は,心理職がワンチームなるどころか,逆にチームが分裂してしまった。その渦中にいた一人として責任を果たせなかったことを申し訳なく思っている。
 国家資格化の過程で心理学関連の諸団体だけでなく,医療団体,政府,官僚などのステークホルダーの思惑が錯綜し,様々なレベルの交渉や駆け引きがあった。結局,心理学関係者が分裂したことで,心理職の国家資格化であるのにもかかわらず,心理関係者がイニシアチブをとって制度を作ることができなかった。その結果,心理職の国家資格は,今のような公認心理師制度となった。そして,その心理学関係者の分裂は,今でも続いている。公認心理師試験は,このようにしてイニシアチブを失った心理職の縮図と言える

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5.信頼性と妥当性が疑わしい公認心理師試験

下山 すいません。昔のことを思い出して興奮して話が脱線した。話を元に戻して,第3回公認心理師試験になって,問題として明らかになってきたことを具体的に教えて下さい。

髙坂 結局,公認心理師像が共有されていないまま,各領域の先生方が問題を作っている。当然1回目,2回目に載っていない試験問題を作ろうとしてマニアックになっていくことが推察される。難易度についても考えられていない。水準を合わせるのは難しいとは思うが,国家資格の試験としてはそれをしていく必要はある。しかし,試験全体の水準を合わせるシステムがないように思う。

下山 試験問題の作り方にまだまだ改善の余地がある。

髙坂 試験の妥当性や信頼性を検証するということは,測定評価が専門領域の一つとなっている心理学者だからできること。僕は,1回目から解答分布を公表してくれって日本心理研修センターに直談判しているが,公表してもらってない。本当は,事例問題については,出題者の意図も聞きたい。しかし,そこまでは大変かとは思う。せめて解答分布を知りたい。
 悪問と難問は違う。学習量と相関するのが難問。悪問は,いくら学習しても正答できず,上位20パーセントに入れない。その識別をするためには解答分布が必要。私の関係する機関でも受験した方に入力してもらっている。他の受験予備校などでも受験生に入力をしてもらっているが,せいぜい800人から1,000人くらい。標本として少ない。日本心理研修センターが解答分布を出すことで別に問題を生じさせるわけではないのに,出されていない。

下山 データを出さないのは,逆に何か不都合なことがあるのかと勘繰ってしまう。

髙坂 解答分布がないと客観的に言えない。

下山 公認心理師養成の学部カリキュラムの必須科目に「心理学統計法」があり,それと関連する到達目標として「テスト理論」という項目がある。それに従うならば,試験問題を作成しているところは,テスト理論にしたがって試験内容の妥当性や信頼性をチェックしなければいけない。どの問題項目がどのように合否に寄与しているのかのチェックは必須である。受験生は,それを知る権利がある。

髙坂 それがないと,試験としての妥当性,つまり公認心理師としての妥当性が担保できていないことになりかねない。

下山 公認心理師は何を求めるのかという「公認心理師の定義」,つまり構成概念に相当する「公認心理師とは何か」が明確でない。構成概念があってこそ,それを評価する試験が妥当なのかを判断できる。それがないことは,非常に深刻な問題。それがないから,試験項目の内容やレベルがバラバラ。しかも,その試験内容もチェックされていない。それでは改善もされない。むしろ,どんどん試験問題としては質の担保が難しくなる。

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6.公認心理師試験で求められる知識体系

髙坂 私がお試しで作成した「公認心理師試験で求められる知識体系の5層モデル」を紹介したい。詳しくは2月28日の対話集会型シンポジウムで説明する。この「公認心理師試験で求められる知識体系」は5つに分かれている。一番真ん中の第1層は,基礎心理系の知識で核になってくる。これは学部で学ぶもの。みんなが共有しているもの。第2層は,現場で関わる知識,もう一つが研究。ここがあってこそ科学者-実践者モデルとなる。第3層が領域固有のもの。第4層が関係法規,一番外側の第5層は,領域固有の専門知識。今回の第3回試験で出題された「有給休暇の問題」は,この第5層の知識。外側にいくほど,領域固有性が強くなり,心理学から離れていく。
 公認心理師試験の問題は,せめて第4層までで作られていると汎用性が出る。以前の公認心理師試験では,「保険診療のお金の問題」も出題された。心理職の試験として保険診療の問題を出す必要があるのかと疑問に思う。保険診療については,医療関連職に相談すれば済む知識なので,心理職が知っている必要はない。ところが,今は公認心理師試験では,5層全ての知識を求めている。

下山 医学などの,心理学とは異なる専門領域の専門家がバラバラに問題を作っている。心理学とは異なる人にとっては,自分の専門領域を扱える第5層のほうが,自分の専門の問題であるので作りやすいということがある。その結果,心理職にとっては,専門外の回答困難な問題が出されてしまう。しかも,それをチェックする機能が働いていない。

髙坂 公認心理師試験の問題は,各パーツの寄せ集めになっている。「公認心理師試験で求められる知識体系」が実際の「公認心理師」に適合していない。心理学のところをもっと出してもらいたい。実際には,「そこまで知らなくてもいいよね」という問題が数多く出ているが,それは逆に不要である。

下山 試験問題がバラバラで寄せ集めということは,受験生にとっては深刻な事態。心理職になるための知識が体系化できていないこと自体が重大な欠陥。そもそも公認心理師の到達目標のキーワードがバラバラ。髙坂先生が提案された専門領域の構造化や体系化があることが,そもそも専門性の基本。それが公認心理師試験や公認心理師制度にはない。心理職にとっては,本当に深刻な問題状況。心理職だけでなく,心理学関係者全体が,早くこのような深刻な事態に気づかなければいけない。

髙坂 しかも,公認心理師試験では,現場感覚を反映できないのが悲しい。

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7.公認心理師試験で勝手に組み替えられた心理学体系

下山 公認心理師試験の実施機関である日本心理研修センターは,このように心理職や心理学にとって深刻な問題状況になっているのにもかかわらず,深刻な事態を把握し,対処することが全くできていない。状況を全くコントロールできていない。

髙坂 心理学や心理職の活動に専門的関わっていない人が試験問題を作っていることが本質的な問題。

下山 海外の心理学の専門職資格は,心理学を基盤とした上で,博士課程において実践のための専門的知識と技能を習得し,インターンシップを経て取得する。それに比較して日本の公認心理師カリキュラムは,短い学部の課程内において心理学や臨床心理学だけでなく,それ以外の医学,制度,関連法規を加えた多様な(雑多な)知識を詰め込むプログラムになっている。到達目標として示される知識はバラバラであるし,試験の問題も不適切なものが散見される。このような公認心理師制度の問題点を公にすることで公認心理師制度の見直しを求める機運を高めていくことが必要と思う。

髙坂 心理職の資格なので,心理学の先生や心理職の皆様がざっくばらんに議論にできればよいと思う。どういうスタイルの試験がよいのか,マークシートに加えて論述もいれたほうがよいのかとか,自由闊達に議論できる機会は必要。

下山 現在の公認心理師試験は,「心理職とは何か」を考える反面教師的題材とも思える。公認心理師試験をきっかけとして,心理職は改めて「実践の心理学」や「心理学の専門職」とは何かを考えざるを得ない状況になっている。

髙坂 心理学という学問が,勝手に知らないうちに組み替えられてしまった。たとえば,感情心理学と人格心理学という,もともとは全く別のものが,「感情・人格心理学」という一つにまとめられてしまった。そもそも現在,人格心理学とはあまり言わない。学会でいうと,パーソナリティ心理学会。それが,こういうカリキュラムでやりますっていうのが法律で決められてしまった。その結果,これまでの歩みを抜きにして,学問体系がガラッと変えられてしまった。心理学がどのような学問で,これからどのように進むべきかを,「公認心理師試験」や「公認心理師制度」を通して議論していかないと,ただの資格だけの学問になってしまう。

下山 それは,社会心理学の先生たちもすごく思っている。社会心理学と集団心理学と家族心理学が一緒にされた。それは違うと強く主張している。そのようなことが心理学の至るところで起きている。その点で公認心理師制度の問題は,深刻なだけでなく,影響が及んでいる範囲が広い。公認心理師試験の受験生への悪影響や心の傷も重要な問題ではある。それは,若い人たちだけでなく,中堅やベテランの心理職にも影響を及ぼしている。さらに,心理職だけではなく,心理学という学問や,心理学に関わる人たちへの影響も甚大。このように問題は,深刻で広範囲な影響を及ぼしつつある。
 しかし,多くの心理学関係者は,その問題の深刻な事態に気づいていない。それは,公認心理師試験の問題がどういうものかを知らないからということもある。大学や大学院の心理学教員は,公認心理師カリキュラムを実施するのに精一杯で,そこがどれほど深刻な問題が孕んでいるかに気づく余裕がなくなっているのかもしれない。その点で公認心理師の試験問題の分析している方と,心理学の教員や研究者,さらには心理職が意見交換をする場が必要であると思う。心理職だけでなく,心理学の命運をかけた重要なテーマであると思う。

髙坂 文句だけは誰でも言える。そこに対して代案や提案ができないと意味がない。いわゆる法定25科目をどうするのかということも,代替案が必要。そこについての具体的な提案が出てくると,もう少し生産性がある。それがあれば,日本心理研修センターやさらに上の組織も現場の意見を取り入れてくれるだろうと期待したい。僕はカリキュラム検討委員会にも傍聴に行ったけど,結局いかに必修科目を増やさないようにするかということしか考えていない。なので,社会心理学も家族と集団をまとめるという話になった。それはただ,「人が集まっている」ということでくっつけられたとのだと思う。感情と人格をくっつけるとかも同じこと。したがって,公認心理師試験だけでなく,公認心理師養成のカリキュラムも含めた全体像として,もっと提案ができれば,意味のあるものになると思う。

下山 このテーマについては,冒頭で紹介した2月28日の対話集会型シンポジウムで議論をしたい。また,ネットで共有してもいい問題だと思う。

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8.心理学の“分断”を乗り越えるために

下山 最後に何か,これは重要だということがありましたら教えて下さい。

髙坂 公認心理師制度ができて,外部の立場から試験問題と関わってきた。そのような関わりの中で“分断”ということが大きなテーマだと思っている。「現場感覚」と「試験問題」の分断,「世代間」の分断がある。それに加えて「Gルート組」と「大学院ルート組」の分断。多職種連携をやりましょうと言っている公認心理師の資格の中で,こうやって分断が起きている。
 僕は,Gルートでも,大学院ルートからでも,資格を取ってしまえば同じだと思う。現任者だからこそ持てる知識や経験もある。そういうところがうまく調和できればいいと思う。しかし,大学院上がりでずっと心理学を学んできた人からすると,「なんで現職の学校の先生とか,看護師とかが心理職をするのか」という意識がある。精神保健福祉士ができた時には,心理をやっていた人たちがたくさん受験した。それと同じ現象が起きているだけだと思う。
 公認心理師に関する大きなテーマとして,この分断をいかに解消していくかということがある。その分断を解消するためのヒントとか,それを考えるきっかけとして,この試験をうまく捉えていけないかと思う。そのようなことを,今度のシンポジウムでも皆さんに問うていきたい。

下山 “分断”の問題は,心理職にとっては古くて新しい問題である。私は,心理職関連団体の内部にいて,この分断が広がっていくのを関係者として経験してきた。分断は,時に分裂や対立となっていた。それは,自分自身が引き裂かれる思いでもある。その分裂や対立は,今でも続いている。
 そのような私の経験から言えば,心理学や心理職には本質的に分断的要素を含むものである。それは,「主観」と「客観」,「心」と「物(身体を含む)」,「実践」と「科学」の分裂に結びつく二元論である。そのような二元論は,常に分断や分裂を生みだす特質がある。そのような特質と関連して派閥(学派や学閥)に基づく分断も出てきた。心理学や心理職の活動には,常にこのような分断や分裂を生み出す特質がある。だからこそ注意をして協力関係を創っていかなければならない。しかし,日本の心理関係者は,その点に関してあまりにも素朴過ぎる。
 さらに,公認心理師制度が成立する過程で,医療や行政という他の学問や職種が加わって分断が複雑化,社会化,深刻化してきている。公認心理師制度となることで,元々存在した分断に楔(くさび)が入ってしまった。分断がさらに深刻になり,広がった。その中で,どのようにこの公認心理師試験と向き合い,分断を解消していくのかは難しい。しかし,それは,心理学関係者にとって学問や専門活動の存続とも関わる重要課題である。

髙坂 僕は外野の人間なので,好き勝手なことを言っている。しかし,そういう分断を超えた連携とか協調とかという目標がないと,心理はやっていけないのだと思う。

下山 分断があっては,希望をもってやっていけない。公認心理師法は,連携,つまり多職種の協働やチームは基本コンセプトとして強調する。協働やチームというのは,そもそも参加職種が平等であることが大前提となる。ところが,公認心理師法では,協働やチームを強調しているのにもかかわらず,「公認心理師は主治医の指示に従う」ことを明記し,職種間で格差や順列を規定する。そこには,深刻な矛盾がある。いわゆる“不平等条約”ともいえるのではないか。それが,分断をさらに深刻にしている。この法律をどう捉えて,どう対処していくかは,心理学や心理職にとって重要なテーマである。

髙坂 僕も先生も公認心理師養成している大学教員の立場。これから公認心理師を目指そうとしていく人が,実際に心理職になったときに役立つカリキュラムであり,試験であればよいと思う。シンポジウムでは,そういう方向に向けた話をできればと思っている。

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9.インタビューを終えて

今回は,公認心理師試験のあり方について髙坂先生にお話を聞くことから始まり,公認心理師制度や,それと関連して生じている心理学や心理職の分断という深刻な問題にも話題が及んだ。私としても,このような公認心理師制度が続くならば,日本の臨床心理学や心理職の専門性の発展は止まると思っている。

しかし,それよりもさらに深刻なのは,日本のメンタルヘルスの問題である。日本の精神科病床は,先進国中で人口比でダントツ世界一であり,平均入院日数もダントツ世界一であり,身体拘束も非常に長い。要するに旧態依然とした隔離収容主義が世界で最も色濃く残っているのが日本の精神科臨床の一面である。さらに,精神科薬物の多剤大量投与の問題も深刻である。
 このような日本のメンタルヘルスをどのように改善していくのか。メンタルヘルス体制そのものを変革することが最優先の課題である。医療職の皆様には,心理職や福祉職と同じ地平に立ち,同じ目線で平等に協働し,チームを組んでメンタルヘルスのシステムそのものを変革していくという発想の転換をしていただきたい。「公認心理師を医師の指示の下で使う」という発想そのものが,旧態然とした医学中心の管理モデルである。その発想の転換がなければ,日本のメンタルヘルスの問題は改善されず,ますますガラパゴス化していく。そして,その弊害を最も深刻に受けるのは,税金を払っている国民である。

前号については,多方面から反響があり,とても勇気づけられた。心理職だけでなく,医師の方からも賛同の意見をいただき,改めて問題の深刻さを感じている。これを機会として,心理学関係者や心理職が分断を乗り越えて繋がり,日本のメンタルヘルスの改善に向けて少しでも寄与できるようになっていけたらと願っている。このテーマで下記の対話集会型シンポジウムを開催する。多くの皆様に参加いただけたら幸いである。

[対話集会型シンポジウム]
結局,公認心理師とは何か?
—公認心理師試験から読み解く現状と課題—

[日時]2月28日(日曜)13時~16時
[申込]臨床心理iNEXTサイト(https://cpnext.pro)より
[人数]200名まで。臨床心理iNEXT会員優先。
[主催]東京大学産学協創フォーラム「臨床心理iNEXT」

■第1部 試験の出題分析からみえてくること
・第3回公認心理師試験 傾向分析 宮川純(河合塾KALS講師)
・試験内容に対する問題提起    髙坂康雅(和光大学教授)
・コメント    下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)

■第2部 結局,公認心理師とは何なのか
・「公認心理師」制度の課題 下山晴彦
・コメント          野島一彦(跡見学園女子大学教授)

■第3部 [対話]公認心理師試験とどう向き合うか

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臨床心理マガジン iNEXT 第14号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.14


◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房





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