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14-2.これでよいのか!公認心理師試験

(特集 “七転八起”の心理職を目指して)
髙坂康雅(和光大学教授)
Interviewed by 下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.14


1.はじめに

今回は,和光大学の髙坂康雅先生をゲストにお迎えして,公認心理師試験のあり方についてお話をお聞きする。髙坂先生は,ご自身のブログで公認心理師試験の解答速報を出されるとともに,受験をサポートする講座も持たれている。

髙坂先生は,昨年12月20日実施の第3回試験の直後に,早速ブログで解答速報を出された。そこには,単に第3回試験の出題傾向分析だけでなく,「結局,公認心理師とは何か」という趣旨の意見が書かれていた。それは,公認心理師試験の“あり方”,さらには公認心理師そのものに対して疑問を呈するものであった。私は,その内容にとても共感をして,インタビューをお願いした。

インタビュー記事は,前半は,本号「これでよいのか!公認心理師」とした。後半は対談として「何とかしようよ!公認心理師制度」として2回に分けて掲載することとした。内容としては,単なる公認心理師試験の分析ではなく,試験の背景にある公認心理師制度そのものに対する議論となっている。本マガジンの前号14-1で指摘したように公認心理師制度は,心理職全体のあり方に深刻な,負の影響を与えている。したがって,公認心理師を目指す学生や受験生,学生や受験生を指導する大学教員だけでなく,現場の心理職の皆様にも公認心理師試験の実態を通して,公認心理師制度の,深刻な歪みをご理解いただければと思っている。

なお,本号の記事は,2021年1月5日に実施したオンラインインタビューを記録に基づいて構成した。インタビュワーは下山が務めた。Zoomの運営管理は北原祐理(東京大学特任助教),記録作成は,石川千春と高堰仁美(いずれも東京大学大学院臨床心理学コース博士課程)の協力を得た。デザインは,これまでと同様に原田優(東京大学特任研究員)が担当している。前号では柴犬の写真を用いたので,猫派皆様のご要望を想定して猫の写真を用いた。

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2.「結局,公認心理師とは何なのか?」

冒頭で言及した髙坂先生のブログ[2020年12月21日第3回公認心理師試験雑感](一部略)を,許可を得て転載します。
http://blog.livedoor.jp/kosakayasumasa/archives/57517568.html#more
以下,引用

ここでは第3回公認心理師試験の個人的な感想を書いてみたいと思います。毒にも薬にもなりませんので,お気楽にお読みください。まだちゃんと分析していないですが,率直に言うと,これまでの試験と比べてもかなり難しかったという印象を持っています。

摂食行動を制御する分子(問13),聴覚(問83),遺伝カウンセリング(問94),大脳皮質運動関連領域(問103),向精神薬の薬物動態(問106)など,生理学関連の問題は難解でした。法律・制度関係でも,介護保険(問20),医療法(問32),専門職連携の実践能力(問35),災害時保健医療支援体制(問95),キャリア教育(問99),労働基準法(問108),学校教育法施行規則(問122)などどこから出題してんのよ⁉と解答速報を作りながらツッコんでいました。問107の精神保健福祉法の問題なんて,良心的すぎて感動しちゃうくらいでした。

心理関係でも,Chomskyの言語理論(問11),心理検査(問16),感情労働(問34),Gardnerの多重知能理論(問39),2変数間の関連性(問82),MMPI(問90),Neisserの自己知識(問114)などはなかなか難しいというか,そこまで問うの?という印象でした。多重知能理論とか自己知識とか,全部覚えるの無理だから。ま,去年はニューヨーク縦断調査のパーソナリティが出てたっけ。

事例については,いくつか迷う問題や,何言ってんの?という問題があるのは,例年通りで,全体としては,例年並みの難易度だったと思います。ただ,一般問題が難解だっただけに,事例問題を8割くらい正解しないと,厳しいかな。twitterをみていると,7割とか150点とか書いている人がいて,素直にすごいなぁと思います。私が試験会場で受けていたら,ダメだったかも…。合格率はどうなるかわかりませんが,もしかしたら,去年をさらに下回るかも?と思ってしまったりします。

このレベルを出されると,私のやっている対策講座や予備校さんの講座でも太刀打ちできないかもしれませんね。実習や修論で目いっぱいの大学院生がすぐに受けて合格できるような問題にはなっていない感じがしました。来年の講座の内容も考え直さないとな。
今回の試験でも感じましたが,結局,公認心理師とは何なのか?
公認心理師に何を求めているのか?が試験を通じて,あまり感じられないのが残念です。心理研修センターは解答だけを出していますが,本来なら出題の背景にある出題意図を示すべきだと思います。それは,ある程度の「公認心理師像」だと思います。摂食障害を制御する分子について,あの問題レベルでの知識がないと,公認心理師は務まらないのでしょうか?向精神薬の薬物動態を知っていると,公認心理師としてどういう働きができるのでしょうか?それを説明しないまま,国家試験が単なるカルトクイズ(古っ!!)になってしまっては,国家試験たる意味がなくなってしまいます。

===引用,ここまで。

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3.クイズ王決定戦のような第3回公認心理師試験

──私も一昨年,第2回の試験を受けて,髙坂先生のブログで解答速報をチェックして,ダメかなと思った記憶がある。まず第3回の公認心理師試験見直されて,今の先生の見方について教えてほしい。

第3回試験で特徴的なのは,かなり医療分野に寄った問題が多かった。逆に,福祉や教育は例年より少なかった印象がある。もう一つの特徴は,ちょっと調べてもわからないレベルの問題が多かったということだった。要は,学部や大学院で使うようなテキストレベルでは載っていないような理論が出ていた。大脳の運動野の問題のように,調べてもすぐに解答が見出せるものではない問題がかなりあった。

たとえば脳に関する領域は,公認心理師のカリキュラムでは,学部で学ぶもので,大学院ではやらないものになっている。そうなると,自力で学べということになる。それにしては,あまりにも専門性が高いという気がしている。ブログでもいくつか取り上げたが,それ以外にも,聴覚,遺伝カウンセリング,薬物動態。ちょっとありえないレベル。もちろん,薬の副作用については今までも出ていてマストだと思うが,それがどう分解,処理,代謝されるのかを問うてくるのは,想像を超えていた。

心理学に目を向けても,たとえば,心理検査で,P-Fスタディが答えになっている防衛機制が背景にあるという問題。あれは,『心理臨床大辞典』には書かれているが,そこまでは確認できないだろうと思う。そうやって作られたのですっていうのを知っていることに何の意味があるのだろうと疑問に思う。ガードナーの多重知能理論,ナイサーの自己知識とか。昔あったカルトクイズとか,クイズ王決定戦のような問題が多かった。

逆に,心理支援をやる人間にとっては非常に必要となってくる,ベーシックな問題が少なかった。たとえば,第1回追加試験に出ていた強迫性障害の男性に対する支援に関して,薬物と認知行動療法を選ばせる問題があった。そういう問題が今回はなかった。あと,検査に関しても細かいものが出ていて,オーソドックスな基本的な問題が出ていない。なんだか,非常に細かいところが出てきているという気がしている。もちろん,関係行政論に関しても,一番笑ったのは,学校の先生として配置されていないものを問う問題。それもわざわざ試験で問う問題なのか,それを知っていることがどこまで役に立つのか。

結局,「どういう人に公認心理師の資格を取ってもらいたいのか」というメッセージがほとんど伝わらない試験になっている。

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4.受験生にトラウマを残してしまう危険性

第1回試験では「こういうのは知らないよ」という細かな知識がほとんど問われなかった。だから,合格率が79%くらいと高かった。それこそ,「相談室内に籠もっていてはダメなんだよ」,「多職種連携をしましょう」というメッセージもあった。「脳についても,このくらいは知ってよ」というものだった。これまでの臨床心理士の試験よりは幅は広いけど,いろいろな領域で幅広く活躍するためには,最小限知っていてほしいものを尋ねているのが伝わる内容になっていた。

やっぱり第2回,第3回と進んでいくにつれて,公認心理師像というものが,しっかりと規定されないまま,あるいは出題者の間で共有されないまま,問題が各々で勝手に作られ,それが集められている感じがする。そんな印象を,解答速報を作るために実際に第3回の試験問題を解いて感じた。

──ブログでは,「実際に自分が会場で今回の試験を受けていたら,受かっていなかったかもしれない」という趣旨のことを書かれていた。

僕は,たぶん受かっていなかったと思う(笑)。

──第2回や第3回の問題だと,逆に知識がある人の方が難しくなってしまうのかもしれない。知識がないと,「これわからない」「これもわからない」と,難しい問題をパスして先に進める。しかし,逆に生半可な知識があると,受験生の場合,いわゆるクイズ王のような問題が出ると,これかなあれかなと考え過ぎて迷ってしまう。それで時間ロスとなる危険がある。

そんな感じはある。

──カルトクイズのような,資料持ち込み可でも調べられないような問題が出ているわけですね。そこから推測して,「問題作成者は一体どういう意図でこの試験を作っているんだろう」と考えてしまう。「どういう心理職になってほしいのか」が全く伝わってこない試験内容となっている。2回,3回と回を重ねるごとに益々そうなってきている。私は第2回の試験を受け,確実に第1回より難しくなったのを痛感した。そうなると受ける側が辛くなってくる。私の受験体験は,もうほとんどトラウマ体験。そうなってくると,公認心理師試験は,心理職のモデルやビジョンを示せないだけではなくて,受験生に辛い思いを残してしまう危険性もある。

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5.現場感覚を否定する試験問題

ブログのいいところは,コメントがかなり来ること。僕の解答の間違いを指摘されたり,事例問題の場合は意見が分かれるところがあったりする。そのやりとりが面白くて解答速報をやっている。やっぱりコメントを読んでいて,「自分が思っている心理師というものと,勉強している内容が全然リンクしてこない」という内容が段々多くなっている。

僕がやっている対策講座でも,「事例問題では,現場感覚を持ち込んではいけない」「臨床的な想像力を膨らませてはいけない」「文章に書いていないことを勝手に思いついてはいけない」と伝えざるを得なくなっている。そういうことは臨床現場では絶対にありえないこと。しかし,公認心理師試験の対策としてはそう言わざるを得ないのが現実。そうすると,尚更「こういう心理師になりたい」というスタンスと「試験勉強」とがどんどん離れていく。大学院生だけでなく,公認心理師カリキュラムを受けている学部生からも「私がやりたいことは,こういうことではないのです」と言われる。この現場感覚とのズレは,試験の回数を追うごとに,酷くなっている気がする。

──それは,私のトラウマ以上に危険な現実。

そう思う。対策講座でやっていると,事例問題は1問につき3点あるので,どう解くのかって聞かれる。その場合,「絶対に現場感覚を持ち込むな」と伝えることになる。長年,特別支援教員をやってきた方から「実際はこうなんです」とブログのコメントをいただいたりする。それに対して,「それは問題に書いていないことです。あなたの現場はそうかもしれないけど,試験はこうです。ですから,正解はこうなるのです。他の解答速報もそうなっていますよ。だから,あなたの現場感覚ではこの問題は解けないんです」と言っている自分が悲しい。

──そう言わざるをえないことは,先生の立場からは悲しいですね。実は,私と同世代の心理職にとっては,少し別の意味で公認心理師試験は悲しい現実なのです。ある研修会で私も公認心理師試験を受けたという話をした。それを聞いた参加者から「下山は,いろいろと臨床心理学の本を執筆している。専門知識があるからすごく高得点なのでしょうね」と言われた。事実は全く違う。オーソドックスな勉強をすればするほど,あの試験は受からない。

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6.「公認心理師試験」の見直しに向けて

──私の同年代やさらに上の年代の方々は,精神分析や河合隼雄先生の分析心理学や精神分析を一所懸命勉強してきた歴史がある。ところが,公認心理師試験は,それとは全く違う次元の知識を問うてくる。私は,途中から認知行動療法の勉強や実践をするようになったが,それでも公認心理師試験の問題には太刀打ちできなかった。少なくとも私たち世代の心理職が習わなかったこと,習う必要がなかったこと,そして現場で経験しなかったことばかりを問う試験内容。だから,公認心理師試験は,我々世代のオジサン狩り,オバサン狩りなのだと思っている。

(笑)

──それと同時に我々世代が築いてきた心理職の文化やシステムを破壊するものになっている。日本の心理職の文化を破壊する危険なものであるのではないかと思ったりもする。特に現場で頑張ってこられた心理職の皆様にとっては,これまで習得したものは何だったかと自信を失うことになりかねない。それは,とても危険だと思う。

事例問題の中で,「正しいもの一つ選べ」と言われても,あの情報だけでは選べない。状況に応じて他の選択も正しいこともありうる。それにもかかわらず,一つ選べと言われても,なぜこれかは言えても,なぜこれがダメなのかは言えない。ブログのコメントでも,「この問いで,この答選ぶ奴は現場で使えない」という意見がある。「でもどこの解答速報見てもこれだが,現場では違う」となる。現場との乖離は深刻。もうすぐ移行措置の5年にくる中で考えなければいけない問題だと思う

──ご指摘に同感。私なんかは,オジサン狩りで駆逐されそうになって必死に留まっている状況。現場では,そのような状況にあるという心理職は多いのではないかと思う。ただ,皆さん,その声の伝え方がわからないのではないかと思う。心理職は,オジサンもオバサンだけでなく,若い人も誰もが不安を抱えている。しかし,その声をどこにどう伝えるべきかが誰もわからない。

──5年の移行でカリキュラム変えていくこは実際難しいのではないか。見直しを誰が責任をもってどうするかがわからない。今の公認心理師制度は,心理職が主体的に責任をもって関われる状況ではないように思う。この問題は,心理職の命運をかけた重要なテーマである。本来であれば,心理職関連の学会や職能団体がぜひ議論しなければならない課題である。

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7.心理職が主体的に公認心理師制度に関わるために

髙坂先生とのインタビュー後半については,臨床心理マガジンの次号である14-3号に掲載するので,お待ち下さい。

なお,上述した公認心理師試験に関する問題意識に基づき,心理職及びその関係者で公認心理師試験の現状と課題を検討する対話集会型シンポジウムを,以下の要領で開催する。公認心理師試験の問題の改善に向けて積極的な議論をし,心理職の未来のための,新たなムーブメントを起こしていきたい。

2月28日(日)シンポジウムは,そのためのキックオフの集会となる。「心理職が希望をもてる公認心理師制度にしていく」ことをテーマとして,心理職が“繋がる”場としたい。その手始めは公認心理師試験の見直しである。そこでは,心理職自身が,公認心理師資格を,「心理職の,心理職による,国民のための国家資格」として位置づけていくという問題意識をもって主体的に議論していくことが必要となるであろう。

心理職の国家資格化の運動において,日本心理臨床学会の理事長としてリーダーシップととられた野島一彦先生にもご参加をいただき,心理職の未来を創るための議論をしていく。多くの心理職の皆様にご参加いただきたく思っている

2月28日の対話集会型シンポジウムの参加申し込みは,臨床心理iNEXTのホームページ(https://cpnext.pro)からとなる。シンポジウムの詳しいプログラムは同サイトを御覧ください。なお,1月28日までは臨床心理iNEXT会員の先行受付となり,1月29日より一般受付となっているのでご了承ください。

200名までとなっているので,早めの申込をしていただければ幸いです。

【対話集会型シンポジウム】(敬称略)
■2月28日(日)13時~16時 【無料・iNEXT会員優先】
結局,公認心理師とは何なのか?
─公認心理師試験から読み解く現状と課題──

野島一彦(跡見女子大学)/髙坂康雅(和光大学)/宮川 純(河合塾KALS)

■5月2日(日)13時~16時 【無料・iNEXT会員優先】
第4回公認心理師試験合格に向けて
─難問・奇問・珍問に負けないために─

髙坂康雅(和光大学)/宮川 純(河合塾KALS)/その他の講師とも交渉中

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(電子マガジン「臨床心理iNEXT」14号目次に戻る)

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Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.14


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