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18-1.なるほど活用術!オンライン事例検討会

(特集 今こそオンラインで技を磨こう!)
下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.18


1.コロナ禍だからこそ,オンラインで技を磨く

コロナ感染はなかなか減りません。頼みの綱のワクチンも遅れに遅れています。ゴールデンウィーク後も自粛生活が続きそうです。「ああ! 何も良いことない!」とため息をつきたくなります。

このようなとき心理職は,何をしたらよいでしょうか。コロナ禍は残念な現実です。しかし,その結果として,Zoomなどのオンラインのコミュニケーションが発展しました。考えてみると,心理職は,コミュニケーションを基本技能とする専門職です。

ですから,心理職にとっては,今こそオンラインのコニュニケーションを活用し,技能の向上や活動の展開を進めるチャンスなのです。しかも,人々は,コロナ禍の自粛生活の中でストレスを日々感じ,とても不安になっています。そのため,心理支援へのニーズは日増しに高まっています。

コロナ禍は,時代や社会の大きな変化をもたらしています。ポストコロナの時代こそ,心理職が求められる社会になります。そのために,コロナ禍の今だからこそ,心理職は,オンラインを利用して“技を磨き”,実力をつけておく必要があります。

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2.オンライン事例検討会の活用術を一挙公開!

心理職が“技を磨く”ための最も良い方法は,自分自身の実践を振り返り,発展させていくための場をもつことです。事例検討会(Case conference)は,そのような場です※。

※ 参考書①『山上敏子の行動療法カンファレンスwith 下山研究室』(山上敏子・下山晴彦(編著)岩崎学術出版社)⇒http://www.iwasaki-ap.co.jp/book/b195953.html
参考書②『心理療法のケースをどう読むか?:パーソナリティ障害を軸にした事例検討』(林直樹・野村俊明・青木紀久代(編著)福村出版)⇒https://www.fukumura.co.jp/book/b510944.html

臨床心理iNEXTでは,「事例検討会オンライン活用術」を昨年の11月の段階で開発しました。そして,臨床心理マガジ13-1号で全国から参加者を募り,今年の1月から毎月,事例検討会を実施してきました。
詳細⇒https://note.com/inext/n/na9a9a1a4cbff

私は,この間,オンライン事例検討会を主催し,またメンバーとして参加してきました。そして,経験を重ねごとにオンライン事例検討会は,手続を工夫することで非常に有効なものであることを実感しています。特にアセスメント情報からケース・フォーミュレーションを形成する技能を学び,発展させるのに有効であることを感じています。そこで,その成果を公開し,多くの心理職の皆様に活用していただくこととしました。

オンライン事例検討会の活用術を皆様と共有するための対話集会型セミナーを,以下の要領で開催します。ぜひ多くの皆様の参加を期待しています。

対話集会型オンラインセミナー
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なるほど活用術!オンライン事例検討会
─ケース・フォーミュレーションを学ぶために

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[日時]2021年5月30日 9時~12時
[主催]臨床心理iNEXT+遠見書房

第1部 オンライン事例検討会の活用術
1.海外におけるオンライン事例検討の現状と課題

講師:大谷 彰(米国Spectrum Behavioral Health)

2.オンライン事例検討会の上手な進め方
講師:下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT)

3. コメント:事例検討会とケースフォーミュレーション
講師:林 直樹(西ヶ原病院)


第2部 オンライン事例検討会の発展に向けて
4.オンライン事例検討会を経験してみて
臨床心理iNEXTオンライン事例検討会のメンバー有志

5.鼎談:オンライン事例検討会の発展に向けて
大谷彰×下山晴彦×林 直樹

[参加費]
・臨床心理iNEXT会員(フロンティア会員含む):無料
・臨床心理iNEXT会員以外:1,000円

[申込み]
・iNEXT会員⇒https://select-type.com/ev/?ev=i_fXOg12y-o
・iNEXT会員以外⇒https://select-type.com/ev/?ev=_JPVyd1MeAc

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3.事例検討会の機能

事例検討会は,事例担当者が,具体的な事例報告をし,参加者との議論を通して事例の問題理解を深め,問題の改善に向けて支援や介入の方針を導きだすための場です。その点で事例報告者が自らの技を磨くための場です。しかし,それだけではありません。次に挙げる機能があります。

【教育機能】事例検討会に参加しているメンバーも議論を通して多くのことを習得できます。その点では,事例報告者だけでなく,参加者全員の技能の教育をする機能をもっています。
【協働機能】事例検討会に参加し,議論を交わすことでメンバーは,互いに知り合い,価値観を共有することになります。その点ではメンバー間での協働関係やチームワークの形成する機能をもっています。
【研究機能】事例検討会で,それまで理解できず,対応も難しかった事例をさまざまな観点から検討することを通して,新たな問題理解や新たな介入法を見出していく機能もあります。その点では研究の機能ももっています。

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4.事例検討会の危険性

このように事例検討会には多様な機能があります。だからこそ,事例検討会は,心理職の技能研修の中心的な役割を担っています。しかし,適切に運営しないと,逆に心理職を技能や活動を潰してしまう危険性があります。

事例検討会の参加者の中に強い力をもつリーダーやスーパーバイザーがいる場合,メンバーはその人の影響力を強く受け,その人が認める技能のみを学習し,強化されることになります。その人が認めない技能は否定されます。ときには,影響力の強い人にマインドコントロールされる危険も出てきます。これは,教育機能のマイナス面です。

また,事例検討会のグループの凝集性が強い場合には,そのグループの主流の考えに賛同しない人は,批判され,排除されることにもなります。特定の学派や組織の事例検討会では,特定の考え方や方法のみに価値を置く同質集団を形成することになります。これは,協働やチームワークとは異なる事態です。

むしろ,異質な考え方や方法を排除する危険性があります。事例検討会のメンバーの中に異なる考え方や方法もつ人々が含まれている場合,相手を批判や非難する意見として表出されます。事例提供者が心理的に傷つくこともあります。これは,協働機能のマイナスの面です。

さらに,事例検討会が既存の考え方や方法を教え込むだけの一方的な議論となった場合,新しい問題理解や介入法を見出す研究機能は全く発揮されないことになります。日本の多くの事例検討会では,研究機能をもつに至ってないのが現状です。

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5.オンライン事例検討会の課題

コロナ禍の自粛生活の中で皆さんは,事例検討会をどのように実施していますか。コロナ禍以前は秘密保持ために声が外に漏れない部屋(=密室)に複数のメンバーが集まり(密集),長時間にわたって熱心に議論を交わしていました(密接)。

それは,もはや「今は昔」です。密室議論型事例検討会は,“三密”の典型例ですので即中止です。替りにオンライン事例検討会を開始したグループもあると思います。

オンライン事例検討会では,インターネット上で事例の個人情報を共有するので秘密保持と情報管理をしっかりしなければいけないことは言うまでもありません。しかし,オンライン事例検討会を実施するための課題はそれだけでありません。オンライン特有の難しさがあります。それは,「オンラインなので発言のタイミングがわからず,議論が活発にならない」という,参加者が感じる不満に関連しています。

実は,問題は議論が活発にならないだけでは済まないのです。参加者の自由に議論できなくなり,上述のリーダーやスーパーバイザーの影響力が強くなり過ぎる危険性があります。また,集団凝集性が強くなり,ある特定の考え方や方法だけを教え込まれたり,異質な考え方や方法が一方的に批判されたりする危険性も生じてきます。

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6.オンライン事例検討会に必要な工夫

日本人は,自由な発言が苦手です。遠慮しがちです。若手の心理職の場合は,さらにその傾向が強くなります。ですので,オンライン事例検討会は,このような事例検討会の危険性を排除する工夫がどうしても必要となります。

まずは,多様な考え方や方法を認める受容性や柔軟性を事例検討会の原理としてルール化する事が必要となります。また,参加者が自由に意見を言えるための構造を設定する必要もあります。そのために,司会やコメンテーターの役割や発言のルールも決めていきます。

そこで参考としたのがPCAGIP法です※。PCAGIP法は,事例検討会をエンカウンター・グループと見立て,事例提供者と参加者が安全な雰囲気の中で協力して事例のストーリーを創造し,問題への取り組みのヒントを見出していく方法です。参加者をリサーチ・パートナーとして積極的な発言を促進し,事例提供者が事例理解と関わりのヒントを得ることを支援することに主眼を置きます。この点でリーダーやスーパーバイザーの一方的な影響力や批判を排除することができます。

※ 『新しい事例検討法 PCAGIP入門──パーソン・センタード・アプローチの視点から』(村山正治・中田行重(編著)2012,創元社)⇒https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=3618

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7.ケース・フォーミュレーションの技を磨く

PCAGIP法は,事例検討会をひとつのグループとして参加者全員の成長を促すという点で優れています。しかし,パーソン・センタード・アプローチの観点に基づいているために,参加者の専門技能の教育には重点を置いていません。むしろ,事例提供者と参加者の自己啓発を促すことを目指したものとなっています。

それに対して臨床心理iNEXT事例検討会では,PCAGIP法を前提としながらも,事例提供者と参加者がアセスメント⇒ケース・フォーミュレーション⇒介入の実践プロセスを適切に進めるための技能向上に重点を置きました。特に心理職として適切にケース・フォーミュレーションを形成し,介入方針を立てて介入する技を磨くことを事例検討会の目標としました。そして,そのためのルールを設定し,構造化をしました。

このようなルールと構造化によって,参加者の多様な意見を事例提供者の問題理解と介入法の改善に向けて集約していくことが可能となります。このような枠組みを明確化することで,多様な参加者を受け入れ,多様な視点から議論を展開し,豊かな気づきや発見を生み出す事例検討会を運営できるようになります。

8.オンライン事例検討会の魅力

オンラインの事例検討会であれば,全国の至るところから参加できます。いや,日本国内にとどまりません。海外からの参加も可能です。実際に臨床心理iNEXTの事例検討会では,米国メリーランド州在住の大谷彰先生にコメンテーターとしてご参加いただきました。

また,活動する分野や領域,さらには学派が異なる多様な心理職が参加できます。そこでの自由な議論から多くのことを学ぶことができます。自身の考え方や方法が固定していたり,偏っていたりしていることに気づくことができます。他の分野での考え方や方法を知り,知識や技能の幅を拡げることができます。

さらに新たな発見もあります。分野や経験が異なっていても心理職に共通な基礎技能とは何かを議論し,見出すことができます。これは,事例検討会の研究機能が発揮しやすくなるということです。心理職に共通した基礎技能が明確になることで,他分野や他職種との連携や協働に向けての能力を高めることにつながります。

最後にオンライン事例検討会は,議論の経過を録画や録音することができます。もちろん情報管理をしっかりしなければいけませんが,その記録を分析することで事例検討のプロセス研究が可能となります。事例検討のプロセスを質的に分析することで,適切なケース・フォーミュレーションを形成する情報処理過程のモデルを研究することができます。

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9.おわりに

冒頭でご紹介した対話集会型オンライン研修会「なるほど活用術!オンライン事例検討会」では,事例検討会の教育機能,協働機能,研究機能を最大限に引き出すためのルールと構造を解説し,オンラインで技を磨くための工夫を公開します。

参加者の皆様の体験談も聴くことができます。
多くの方の参加を期待しております。

なお,6月~7月にはコメンテーターに平木典子先生をお迎えする事例検討会,7月にはコメンテーターに糸井岳史先生をお迎えする事例検討会を準備しています。平木先生をお迎えしての事例検討会は,本マガジンの次号で参加者を募集します。この他にも林直樹先生をコメンテーターにお迎えする事例検討会も企画しています。

〈オンラインで技を磨くための研修会ご案内〉
5月16日(日曜)のオンライン研修会「解決志向ブリーフセラピーの基礎と技法」(黒沢幸子先生)のお申込みを受付中です。

iNEXT有料会員⇒https://select-type.com/ev/?ev=0XUgs2cpQ_o
iNEXT有料会員以外⇒https://select-type.com/ev/?ev=ATOTlHdDiSI

コロナ禍に負けずに,自粛生活を専門性の向上のために活用してください!

■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第18号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.18


◇編集長・発行人:下山晴彦
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