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33-3.事例検討☆「ASDの過剰適応と知能検査」

(特集:iNEXT大変革予告キャンペーン)

下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見学園女子大学教授・東京大学名誉教授)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.33-3

<ご案内中の事例検討☆研修会>

臨床心理iNEXT大変革の予告キャンペーンでiNEXT有料会員は無料、それ以外の参加者は1000円で参加できます。

■知能検査プロフィールの臨床活用
―自閉スペクトラム症の過剰適応を巡って―

【日程】2022年12月17日(土)9時〜12時

第1部 解題「ASDと過剰適応」
講師:糸井岳史(路地裏発達支援オフィス代表)

第2部 事例発表「ASDの過剰適応事例と知能検査プロフィール」 
発表者:高岡佑壮(東京発達・家族相談センター心理職)

第3部 事例検討「過剰適応の理解と支援に向けて」
司会:下山晴彦
討論:糸井岳史+高岡佑壮+参加者

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](無料):https://select-type.com/ev/?ev=QbQPw7nb-Po
[iNEXT有料会員以外・一般](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=r_3QBiEDOPI
[オンデマンド視聴のみ](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=EZH2wPjW-5A

「注目新刊書」著者オンライン研修会
 
「みんなの事例検討会☆代替行動アプローチ」
―変化をつくり出す技法を学ぶー
 
講師 入江智也 北翔大学 准教授
   谷口敏淳 一般社団法人Psychoro 代表理事
 
日程 12月4日(日曜) 9時〜12時
 
【新刊書】『代替行動の臨床実践ガイド−「ついやってしまう」「やめられない」の<やり方>を変えるカウンセリング』(北大路書房 2022年6月刊)
※  https://www.kitaohji.com/book/b606156.html
 
【申込み】
[iNEXT有料会員](無料):https://select-type.com/ev/?ev=JNUxsaFrUHc
[iNEXT有料会員以外・一般](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=ymGimO4_23s
[オンデマンド視聴のみ](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=cYGoiqHo4s4

1.事例検討会の機能

12月にお披露目する新生「臨床心理iNEXT」のミッションは、心理サービスの発展を目指した「心理職コミュニティの形成」です。その中核になるのが「事例検討会」です。
 
事例検討会では、問題の理解と解決に向けて発表者と参加者が協働して議論を展開します。その点で事例検討会には、メンバー間で協働関係やチームを形成する機能があります。これはメンバー間のコミュニティ形成機能であり、臨床心理iNEXTが事例検討会を重視する所以です。
 
事例検討会には、この他にもさまざまな機能があります。事例発表者の問題の理解と解決を支援する実践支援機能があります。また、参加者が問題の理解を深め、介入技能を学び、発展させるための研修機能もあります。さらに、事例の問題の成り立ちを深堀し、より適切な支援を開発していく研究機能もあります。


2.事例検討会「ASDの過剰適応と知能検査」

今回の事例検討会「知能検査プロフィールの臨床活用―自閉スペクトラム症の過剰適応を巡って―」は、これまで見過ごされてきた「自閉スペクトラム症(以下ASD)の過剰適応の問題」に光を当てるという点では、研究機能重視の検討会です。
 
ASDでは、一般的には、社会性の欠如や拘りのために社会的適応が悪いと考えられています。しかし、ASD特性の強い人は、他者との相互的なコミュニケーションが苦手なゆえに、他者の期待に合わせて社会的な関係を維持しようとします。また、自己感覚が弱いために自己のペースや他者との距離を保つことができずに、過剰に適応しようとします。その結果、他者からの否定的評価を取り入れてしまい、否定的な自己を内に抱えてしまう。それが2次障害の深刻な要因となっています。
 
そこで、今回の事例検討会では、知能検査のプロフィールの臨床活用を通して過剰適応のASD事例検討を行い、ASDの2次障害のメカニズムに新たな光を当てます。講師は、知る人ぞ知る知能検査と発達障害支援のエキスパートである糸井岳史先生です。また、事例発表は、ベストセラー『発達障害のある人の「ものの見方・考え方」』(ミネルヴァ書房)※)の著者である高岡佑壮先生です。
※)https://www.minervashobo.co.jp/book/b592118.html
 
以下に、臨床心理iNEXT代表の下山が、ASDの過剰適応について糸井先生にインタビューをした記録を掲載します。事例検討会の参考資料にしていただければ幸いです。


3.なぜASDに過剰適応が起きるのか?

[下山]今回のテーマである「過剰適応と自閉スペクトラム症(以下ASD)」ということでお話を伺いたいと思います。ASDというと、一般的にはコミュニケーションが苦手で拘りがあって「社会適応できない」「孤立している」とのイメージがあります。それで「過剰適応」と「ASD」が結びつかない方も多いと思います。

[糸井]それについては、「過剰適応」問題の本質とは何かを押さえておく必要があります。適応には2種類あります。「外的適応」「内的適応」です。過剰適応とは、その外的適応を重視して、内的適応を軽視するということです。外的適応がそれなりに上手くいっても内的適応が上手くいかなくなるのが過剰適応です。

さらにASDの過剰適応をみていく時には、本人側の特性としての問題と、もう1つは環境的な要因、療育とか教育とかの影響の要因を見ておく必要があります。つまり、ご本人の側と環境の側と両方みていく必要があると思います。

[下山]一般的にASDは、外的適応は難しいと思われがちです。しかし、実はASDの人にとって、この外的適当は、むしろやり易いという面があるということでしょうか。

[糸井]そこが過剰適応と呼ばれる所以なのです。


4.ASDにおける内的適応の難しさ

[糸井]ASDでは、外的適応も大変ですが、内的適応も難しいのです。内的適応として、例えば身体感覚があります。「自分が疲れている」とか、感情面では「本当はこれ嫌いだ」とか、「この人嫌いだ」とか、「この人と一緒にいるとストレス感じる」とか、「気持ちが悪い」とか、そういうのをどこかで感じているのだろうけれども、それがモニターできないという問題です。

だから、嫌いな人といつまでも一緒にいてしまうことが起きてくる。上手に避けられないことも起こるわけですね。いわゆるモニターと言われていることです。身体感覚とか感情とか、大事な自己感覚が希薄であることによって、外側の、環境側の方に過剰に合わせてしまうことが、特性としては起こりやすいと思います。

[下山]ASDの方は「コミュニケーションが苦手」と言われます。しかし、コミュニケーションの何が苦手なのかがきちっと議論されていないですね。改めて考えると、コミュニケーションとは、私、つまり自己があり、その自己と他者の相互的なものです。その自己と他者の兼ね合いを考えてお互いのやりとりをするのがコミュニケーションですね。ASDの場合には、その自己を感じながら相手とコミュニケーションする、この点が弱い。つまり苦手なのですね。

[糸井]それはとても弱くなりやすいですね。だからこそ、本来は幼少期の頃からその自己感覚を育てていってあげる必要があるのです。

「自分はこういうのが好きなんだ」とか、「これが楽しいのだ」とか、「こういうのは嫌なんだ」とか、「これは苦しいんだ」とか、全部1つ1つ大切にして、そういう自己感覚を、丁寧に育てて、大切にしてあげることが求められます。


5.ASDにおける自己の問題

[糸井]ところが、ASDの子たちの場合には、その自己感覚が逆に蔑ろにされていくことが起きている。少数派なので、その自己感覚が育たないこととセットになっていく。元々の弱さと同時に育てられない、むしろ潰されていくことが起きてしまうのです。

[下山]しかも、自己の原点となるものが弱いから、自己が育っていないことも気づかない。本人が気づかないだけでなく、周囲の者も気づかないわけですね。むしろ、蔑ろにしてしまう。

[糸井]はい。そういうことです。

[下山]ASDというと、心の理論の観点から他人の心を理解できないということが注目されてきた。しかし、実はASDの人自身が“自己”の把握が難しいという問題が見落とされてきたということがありますね。その問題は、むしろ見逃されて、少しでも適応できれば良いという見方が大勢を占めてしまう。その結果、“自己”を育てられない、むしろ潰されるという深刻な問題が生じてきているということですね。

[糸井]そうです。そもそもその他者の気持ちを理解するのと自分の気持ちを理解するのは、脳科学的にはほぼ同じ場所を使っていると言われています。心の理論に問題があることは、自分の心を把握することも難しいということとほぼ同義なんですね。自己理解と他者理解は表裏一体なんですが、特に自己の問題は、問題として生じ易いということですね。

[下山]その自己理解と他者理解の問題は、メンタライゼーションとも重なる点ですね。


6.ASDの過剰適応における価値観の問題

[下山]自己の問題は、文化の面と関わってきますね。日本は、個人主義ではない。そのため、自己は主張しない方が好まれる傾向がある。自己主張せずに周囲に合わせて適応していると「この子は良い子だ」となる。そして、その適応を周囲の者がさらに求めてくるということが生じる。その結果、本人も周囲も気づかないまま過剰適応が起きてきますね。

[糸井]だから過剰適応では、無理に適応していることも問題ですが、それだけでなく、そこに適応を教えている人たちの価値観や信念が入り込んでいるという問題があるのです。そこで、自己疎外的な価値観を取り込んでしまうことが生じるのです。自分を否定し続けるような価値観を取り込んでしまうのですね。

例えば、友達と仲良くできないという特性があったとしましょう。そこで、友達と仲良くして適応できるように指導され続けたとします。そこには「友達と仲良くできないとダメだ」という価値観があります。

指導を受けたにもかかわらず、仲良くできないとなると、「友達と仲良くできないことは人間としてダメなのだ!」という価値観を取り込んでいるので、ずっと自分を許せないってことになってしまう。それで苦しみ続けることが起こることになります。

社会性の面だけでなく、いろいろな面においてできないことを指導されてきた発達障害の子たちには、その自己否定が至る所で起きてしまう。こうして、「できないとダメなんだ」と「できない自分はダメなのだ」いう価値観も同時に取り入れていくので、自己疎外をやり続けることが起きてしまうのです。


7.自己否定の取り入れという2次障害

[糸井]その自己疎外が、過剰適応の問題をさらに複雑にします。単に疲れて燃え尽きるだけではないのです。抑うつになって休んだとします。ところが、その休んでいる自分自体が許せないのです。その結果、休んでいることができずに自己否定が続く。それは深刻な二次障害としてずっと一生抱えていく。過剰適応には、そのようことが起きてきます。

[下山]自己否定を永遠に自分でやってしまうわけですね。

[糸井]そうです。それは、まるで今話題となっている宗教の洗脳の問題のようなものです。自分で自分を追い込み続けるということです。

[下山]ASD特性のある方は、自己の感覚や感情を把握するのが難しいこともあり、周囲から明確な形で求められることを一所懸命する。そうすれば褒められる。外的適応が自動的に強化されるパターンが生じる。それが洗脳に近くなるメカニズムですね。

さらに、失敗した際に言われる「おまえはダメだ」「人間関係が下手だ」といった否定的評価や価値観も自動的に取り込んでしまう。そのような取り込みのメカニズムが成立し、否定的自己概念といった2次障害が起きてくるわけですね。


8.「恥ずべき自己」と「理想自己」の分裂

[糸井]そうです。だから、この問題は、ASDの過剰適応だけでなく、昔から日本では一般的な問題として取り上げられていました。例えば、岡野憲一郎先生の「恥と自己愛の精神分析」(岩崎学術出版社)※)はとても参考になりました。
※)http://www.iwasaki-ap.co.jp/book/b199549.html

その中で書かれていることが、ASD特性のある人の事例にとてもピッタリと当てはまります。恥ずべき自己と理想自己という、自己概念の分裂があるということです。 恥ずべき自己を抱えているからこそ「もっと自分は頑張らなくてはダメだ」となる。「こういう自分でなければダメだ」となって理想自己に一生懸命に近づこうとする。

一生懸命頑張って、それなりの成果を上げるんだけれども、根底のところに恥ずべき自己という自己概念があるから、いつもそこに転落する恐怖を抱えていている。どんなに成果を上げてもやっぱり満足いかないってことが起こる。実際失敗したりすれば、恥ずべき自己に戻ってしまう。その繰り返しが起こることを、岡野先生はもう25年ぐらい前に指摘しています。

岡野先生の見解はとても参考になったのを覚えています。ASD特性がある場合、幼少期の対人関係などでいろいろと挫折して傷ついているので恥ずべき自己を抱えているんです。劣等感だらけで、どんなに良い大学に入っても劣等感を抱えていて、「こんな自分ではダメだ」となる。岡野先生は、過敏性の自己愛性人格障害を想定して論文を書かれているのですが、多分その中に軽症ASDが入っていた可能性があるかなと私は思っています。


9.否定的な自己の補償としてのリベンジ

[下山]ASDと過剰適応の問題がよく分かりました。一般的にASDは「自己を意識できない」「他者の心を理解できない」と言われます。しかし、実はこのような他者の価値を取り込んでしまう自己のダイナミックスがあるわけですね。

それにも関わらず、そのメカニズムを全部すっ飛ばして「ASDは対人関係が苦手」ということで収めてしまっていますね。その結果、問題が起きる根幹の部分が見えなくなっていることが分かりました。

[糸井]そう思います。だから、その劣等感を過剰に補償しようとする動きが、思春期以降に特に強まります。センター試験の日に某有名大学で傷害事件が起きたことがありました。超難関医学部を目指していた進学高の学生が事件を起こしました。あれは、劣等感の補償型犯罪というものだと思います。

高校受験で失敗した挫折体験のリベンジをするために超難関医学部でなければダメだということらしい。おそらく幼少期からいろんな傷つき体験があったのではないかと思います。大学受験は、その傷つきや挫折をリベンジすることで覆そうとする動きだと思います。

ASDの方々の面接をしていると、とにかくリベンジなのです。「かつての自分を馬鹿にした人たちに対するリベンジだ」ということが多いですね。そのために「今から医者になる」、「今から弁護士の資格を目指す」といった、高い理想を掲げて頑張り続けるんですね。

[下山]そのような現象は「ASDは現実感がない」ということで切り捨てられることが多いと思います。しかし、実際には、取り込んだ否定的な自己を補償しようとする行為なのですね。


10.日本社会における価値観の影響

[糸井]そこには、自己理解の問題があります。それに向いているか向いてないか、あるいはできるかできないか、達成可能かどうかといった点で現実の見当識が弱っている問題はあります。それは自己理解が弱いという話になります。ですが、そこに恥ずべき自己を抱えている問題があるのだと思います。

[下山]さらに日本では、受験や学歴という価値観を重視する環境がある。そこに、ASDの特性の問題と環境の問題が関わってきますね。

[糸井]その価値観は、誰にとって良いことなのかが、日本社会では吟味されなくて、一律に「これが良いことだ」となる。そして、大人はそれを子どもに押し付けてくる。それを取り込んでしまう悲劇がそこに加わるわけですね。

[下山]日本社会では、むしろ自己がない方が「我が儘でない良い子」と評価される価値観があります。そのような良い子の価値観を取り込んでいると、「期待に応えられない」「人間関係が下手である」というダメな自己を常に感じているわけですね。


11.女性のASDにおける過剰適応の特徴

[下山]日本文化との関連では、女性の方が適応を求められる価値観もあると思います。

[糸井]あるとは思いますね。ASDの男女差の研究でもよく指摘されています。女性のASDの方が適応的に見えることはあります。男性はこうあるべき、女性はこうあるべきという価値観は日本社会では色濃く残っていると思います。それを意識的には撤廃しようという動きはあるにしても、性役割などの価値観や信念はとても根深く浸透しています。それで、女性は協調性などを求められてしまう。

それは、文化的な問題であるだけでなく、生物学的にもちょっと違うのではないかとの印象はあります。女性のASDでは、共感性が低いと感じないことが多いですね。感情的なところは理解可能な感じがする。男性のASDと比較すると、ずっと通じ合いやすいと思います。男性のASDは、それとは異なり、感情があまり動いていない、共感性が乏しいと感じるときがあります。

でも、女性ASDの方は、感情は動いているけれども、認知的に統合がうまくいかないとかで制約がある、あるいはワーキングメモリに限界があるといったことで、結果的に社会性がうまくいってないことが多いように思います。

[下山]そのような統合性の問題は、解離の問題として女性のASDに現れ易いということはありませんでしょうか。

[糸井]そうかもしれないですね。男性に多い感情が動かないタイプは、元々解離的ですので、あっという間に自分を切り離せてしまうところがあります。頭だけで動いてしまうタフさがある。

[下山]女性の方は、自己が分裂してしまうような解離が起き易いということになりますか。

[糸井]自己抑制しないとやっていけないということがあるかもしれません。


12.知能検査データを含めた過剰適応ケースの検討に向けて

[下山]あと、知的能力と過剰適応は関連していますでしょうか。知的能力が高い方が過剰適応し易いということはありますでしょうか。

[糸井]知的能力によって過剰適応のあり方は違ってくるかもしれません。しかし、知的能力の低い子も過剰適応はします。

[下山]ありがとうございました。今回のお話で出てきたテーマについては、12月4日の研修会では、事例検討を通して解説していただくことになります。当日は、高岡佑壮先生に事例発表をお願いしています。知能との関連ということでは、知能検査のプロフィールもデータとして提出されますので、過剰適応のメカニズムが具体的に議論できると思います。

当日は、どうぞ宜しくお願い致します。事例検討を通してASDにおける過剰適応の理解が深まることを期待しております。


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■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)

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臨床心理マガジン iNEXT 第33号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.33


◇編集長・発行人:下山晴彦

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