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47-3.事例検討「ケースフォーミュレーション」技能研修

特集:対話で拓く心理支援の新たな地平

下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.47-3

パニック症の事例検討によるケースフォーミュレーション技能研修
―認知行動療法とユング心理学との対話を通して―

【日程】7月28日(日曜)9時〜12時

【プログラム】
◾️事例発表 下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)
「慢性化したパニック発作で苦しむ30代後半の女性の心理支援」
−幼児期に「一人になる恐怖」「悪夢」「貰い子想念」のあった事例−
◾️指定討論1「認知行動療法の観点から」田中恒彦(新潟大学准教授)
◾️指定討論2「ユング心理学の観点から」大塚紳一郎(大塚プラクシス主宰)

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=JfVKAZnid7M
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=LJNroITK6do
[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=P6SbOairOEk


田中恒彦先生


大塚紳一郎先生


下山晴彦

出版記念講習会

精神科治療と心理支援の徹底対話

―世界の最前線を知れば日本も変わる!?―

【日程】7月6日(土曜)9時〜12時
◾️基調講演「精神医学・医療の最新動向と心理支援」黒木俊秀
◾️指定討論「心理職の未来に向けて」信田さよ子
◾️課題提起「心理職は『ときめき』を取り戻せるか」下山
◾️鼎談:黒木✖️信田✖️下山
◾️参加者との質疑応答

【申込み】
[オンデマンド視聴_7月16日まで](1500円):https://select-type.com/ev/?ev=m3sfjIBOWb8


1.事例検討を通して「ケースフォーミュレーション」技能を学ぶ

臨床心理iNEXTでは「心理職の存在意義とは何か」を基本テーマとし、「心理職でしかできないこととは何か」を考えていくことを課題としています。その際、「医学モデルとは異なる心理職の専門性とは何か」に注目し、事例検討会を通して現場での実践から「心理職の存在意義を示す技能」を具体的に学んでいくことを目標としました。

医学モデルの限界を超えて心理支援を有効に進めるために必要となるのが「ケースフォーミュレーション技能」です。医学モデルでは、精神疾患の診断と、それに基づく薬物治療が基本となります。しかし、メンタルヘルスの問題では、薬物療法だけで良くならないケースが少なからずあります。そこで、心理職は、診断とは異なる問題理解の方法として、問題の成り立ちを把握するケースフォーミュレーションの形成と活用を実践できることが必要となります。

そのような「ケースフォーミュレーションを学ぶ」研修会として臨床心理iNEXT代表の下山晴彦が「パニック発作を抱えた女性の事例」を提示し、ユング派分析家資格候補生の大塚紳一郎氏認知行動療法セラピストの田中恒彦氏を指定討論とした事例検討会を開催します。以下において、まず「事例検討の意義」を整理し、次に発表ケースの紹介を兼ねて「パニック発作を抱えた女性の事例」の「初回面接の概要」を紹介します。


2. 事例検討会の目標①「医学的治療とは異なる心理支援技能を学ぶ」

メンタルヘルスの問題の多くは、「何らかの脅威への反応として心理的苦悩」が生じます。心理支援では、対話によってその心理的苦悩を聴き取り、脅威との関連も含めて問題の全体を捉えて問題解決を図ります。それに対して医学モデルは、診断によって心理的苦悩を「疾患」として分類し、問題をその人個人の「病気」として“個人化”します。

そのような診断による個人化は、苦悩の要因となっている「脅威」を隠してしまいます。心理的苦悩のパワーをエンパワーするのではなく、逆に診断と薬物治療を通して問題を個人化し、管理することが目標となります。

そこで、事例検討会では、医学的治療では完治しなかったパニック症の事例を取り上げ、パニック発作を引き起こす「脅威」とは何かを探ることを通して問題解決を支援した事例を発表します。


3. 事例検討会の目標②「ケースフォーミュレーション技能を学ぶ」

心理職の原点は、対話を通してクライエントの語りをしっかりと聴き取り、クライエントと協働してその問題の成り立ちを明確にしていくことです。そのためには、クライエントとの間で信頼関係を形成するとともに、それを基盤として問題に関連する情報を収集する「アセスメント」技能、そして収集した情報を分析し、再構成して問題の成り立ちを明らかにする「ケースフォーミュレーション」技能が必要となります。

エビデンスベイスト・プラクティスの理論ではパニック症には曝露療法が有効であるとされています。しかし、現場での実践においては個々の事例の現実に即して技法を調整して適用する技能が必要となります。それを可能にするのが「ケースフォーミュレーション」技能です。

本研修会では、特定の事例を通して、何がパニックを引き起こす「脅威」なのかを具体的に明確にし、介入法を策定していくための作業仮説となる「ケースフォーミュレーションの作成と活用の実際を学ぶ」ことを目標とします。


4.  事例検討会の目標③「日本の文化・社会で有効な方法を開発する」

欧米で開発され、実践されている心理支援技法(例えば精神分析や認知行動療法など)は、個人主義の自我を前提としています。しかし、日本の文化・社会(特に生活場面)では集団主義の傾向が強く、自我はむしろ弱いと言えます。本音と建前を使い分け、建前では周囲の空気を読み、期待に応える過剰適応の傾向が強くなっています。

その結果、幼い頃より、不安、不満や怒りは抑圧されます。しかし、時には本音として感情が表現されたり、無意識の表現や問題行動として表出されたりすることがあります。そのため、日本において有効な心理支援を発展させるためには、日本特有の「本音と建前」、「意識と無意識」、「意識と行動」の多重構造を前提とする心理支援の方法の開発が必要となります。

そこで、適応重視の認知行動療法だけでなく、無意識を含めた自己のテーマを扱う精神分析やユング派分析の技法を含めた心理支援の技能を開発することが重要となります。本事例検討会では、認知行動療法とユング派分析のセラピストに指定討論を依頼して学派を超えた技能開発的な議論をすることを目標としました。


5.  発表事例の紹介①初回面接を開始する前に得ていた情報

研修会で発表する事例の概要を、「申込用紙記載の主訴」「主治医からの情報提供書」「初回面接の概要」を通してご紹介します。なお、事例発表の許可については、クライエント様から同意書を得ていますが、プライバシー保護のために問題の本質を変えない程度に書き換えてあります。

【クライエント】A様 30歳代後半 女性 夫の経営する事務所の手伝い
【相談申込書記載の主訴】大卒2年目の23歳の時にパニック発作が起き、その後も発作が起きる状態が続いていた。その後、薬物療法と自分の努力で日常生活はできるようになった。しかし、結婚後に夫が一緒にいないと発作が出て外出は難しくなった。夫の協力があり出産をしたが、一人で外出できない状態が続いている。それを改善したい。

【主治医からの情報提供書】就職(営業)して2年目に上司・同僚との会食中に突然過呼吸、動悸、このまま死ぬのではないかとの恐怖に襲われた。女性同僚に付き添われて帰宅し、翌日病院へ。検査の結果、異常なし。その後、地元のQクリニック外来で薬物療法を受けていた。主治医の勧めもあり、大学時代に目指していた声優を目指すようになった。しかし、司会をしている時にパニック発作が起きて全てをやめて、事務所経営の夫と結婚した。夫が一緒であれば行動できるが、それがないと日常生活が難しいということで本院に来所。薬物療法ではこれ以上の改善は難しいので認知行動療法をお願いしたい。
(現在の処方)①デプロメール(25)1T 1X朝食後 ②リラナックス(0.4)1T 1X頓服


6. 発表事例の紹介①初回面接で語られた「現在の状況」

(現在困っていることをお話ください_以下、括弧内は心理職=下山の発言)現在、日常生活は夫がいれば可能。ただ、一人で外出はできない。這いずって戻れる所、あるいは夫が直ぐ来てくれる所ならば外出は可能。結婚前は電車に乗れるまでになっていたが、夫が優しくて段々離れられなくなった。夫がいないと動悸がしてきて、パニック発作が起きる不安で動けなくなる。発作が起きることもある。

今は、「夫が違うところで働いたらどうしよう」とばかり考えている。(今の問題は、「夫がそばに居なければどうなるのか」と考えて不安になること。そう考えずに動けることが目標ですか。)そう。電車に乗って外出できるようになりたい。家の直ぐ近くの踏切も渡れない。怖い感覚が出てきて圧倒されてしまう。一人で外出できないことで夫の両親から非難されていると感じる。


7.  初回面接で得た情報②「過去に感じた怖い感覚」

(最初に怖い感覚を感じたのは?)親と離れて一人になる怖さ。親から離れられなくて一人で眠れなかった。揺れているもの、流れているもの、音が怖い。夢をよくみる。うなされる。「誰かが早く早くといっている。誰かに遅い遅いと言われている。それが繰り返される。」その夢を、4歳〜小5まで繰り返しみていた。

幼い頃より「自分は母の実子ではない」と思っていた。毎晩母親に「本当のお母さんなのか」と手紙を書いていた。母は無視だった。小5のときに泣いて「本当のお母さんなのか」と問うたら母は怒った。私はその母に怒りを感じた。その時から夢を見なくなった。小5から塾。家にもうひとりの自分が居ると思っていた。母に「あなたには、もう一人のあなたがいる。だから、あなたはいらない」と言われると思って急いで帰った。

中高一貫女子校に合格し、演劇部に入って演技の魅力にはまった。大学では教育学を学び、演劇サークルに入っていた。大卒後に化粧品会社に就職し、美容インストラクターで全国を飛び回っていた。就職2年目の時に男性上司と同僚とで食事した。初めてパニック発作が起きた。パニックが起きる前はなんでもできたが、それから全てが不安になった。


8.  初回面接で得た情報③「治療経過と介入方針の提示」

最初の主治医は投薬治療に加えて、現実直面が大切だとのことで演劇をするように勧められた。会社を辞めて声優学校に通いながらアルバイトで司会をしていた。司会をしている時にパニックとなり全てやめた。その後、自分で努力して電車に乗れるようになっていたが、結婚して再びパニック発作が出るようになった。

(もともと不安になりやすい体質。敏感。イメージが豊か。しかし、そのイメージが最悪の事態を想像し、自分を苦しめている。演劇は、イメージ表現として自己コントロールに役立っていたと思う。しかし、仕事で忙しく、そのバランスが崩れてパニック発作になったのではないか。結婚して依存性が出て、そのイメージ能力が悪い方向に出ている⇒心理支援の目標としては、単にパニック発作を克服するだけでなく、敏感さやイメージ能力のコントロールをどのように回復するかが目標となると思う。そのような方針で良いか)それで良いです。今は虚しくてしょうがない。薬を飲んでしのいでいる。

<その後の経過>当初は2週間に1回程度の面接を進め、途中から1ヶ月に1回程度となった。12回で終結。研修会では、12回の面接中において共有したケースフォーミュレーション、WAISの結果、アプリを使った呼吸法訓練とERP、夢やイメージの分析などを提示する。多くの方にご参加いただき、ご意見をいただければ幸いです。

■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第47号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.47-3
◇編集長・発行人:下山晴彦


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