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17-4.頑張れ!心理職の専門性

(特集 心理職の未来を創る)
下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.17
〈お知らせ〉
本マガジン前号でご案内をした5月16日(日曜)のオンライン研修会「解決志向ブリーフセラピーの基礎と技法」(黒沢幸子先生)の申し込み窓口がわかりにくかったので再掲します。
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コロナ禍に負けずに,自粛生活を専門性の向上のために活用していただければ嬉しいです!

1.コロナ禍に負けずに専門性向上を目指す

4月25日の4都府県に3回目の緊急事態宣言が発出されました。昨年に引き続きゴールデンウィークは自粛生活となります。さらにコロナウィルスの変異株の影響を考えるならば,この自粛生活は今後も長期化することが予想されます。

皆様は,自粛生活をどのように過ごされますか。このようなときこそ,「心理職の専門性とは何か」を改めて考えてみませんか。あるいは,ご自身の「心理職として専門性の向上」のために自粛時間を活用しませんか。幸い,現在では,多くのオンラインの学習教材や研修会が活用できるようになっています。

本号では,日本の「心理職の専門性」の現状分析をお伝えした上で,心理職の専門性向上のために臨床心理iNEXTが提供するオンライン映像教材(以下iNEXT映像教材)をご案内します。まずは,4月20日に出版されたばかりの最新のオンライン学習教材をご紹介します。

臨床心理フロンティア
『公認心理師のための「心理査定」講義』

(北大路書房刊)
講師:下山晴彦/宮川純/松田修/国里愛彦
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784762831553

臨床心理iNEXTでは,現代臨床心理学※に基づき,「アセスメント→ケース・フォーミュレーション→介入」の実践プロセスを「心理職の専門性」の根幹に位置づけます。この実践プロセスを適切に実行するための知識と技能こそが,心理職に共通する専門性を形作るものと考え,多くの映像教材を制作し,臨床心理iNEXT会員の皆様に提供してきました。

上記の『公認心理師のための「心理査定」講義』は,実践プロセスの基礎となるアセスメント(心理査定)をわかりやすく解説する書籍です。臨床心理iNEXTの映像教材を活用することができます。詳しい内容については,本号の後半でご紹介します。

※現代臨床心理学については,『臨床心理学入門』(Llewelyn, S. 他著,下山晴彦訳:東京大学出版会,2019)がコンパクトにまとめてあるのでぜひご参照ください。

2.公認心理師は心理職の専門性を考えない

今さらの質問で恐縮ですが,皆様は「心理職の専門性」とはどのようなものと考えますか。公認心理師試験に合格し,資格を取得すれば身につくものなのでしょうか。

心理職の未来を創るための土台は,専門性の確立です。その専門性が社会から認められ,社会的役割を与えられることで心理職は,専門職としての地位を得ることができます。

ところが,日本では,公認心理師という国家資格ができたことで,逆に心理職の専門性が大きく揺らいでいます。「医療保健」「教育」「福祉」「司法・犯罪」「産業・労働」の各分野で必要となる心理職の知識や技能は,それぞれの分野で異なっています。それにもかかわらず,公認心理師の制度では,心理職の基本となる専門性よりも,分野ごとの知識や技能が優先される傾向があります。その結果,心理職に共通する専門性が見失われてきています。さらに,主治医の指示が心理職の専門性より優先されてもいます。結局,「心理職の基盤を成す専門性」が蔑ろにされています。

心理職の基盤となる専門性が蔑ろにされている現実は,心理職の未来を創るためには深刻な問題です。それにもかかわらず関連学会や職能団体は,その問題を表立って議論をすることはありません。多くの関連団体は,我先にと公認心理師制度の定着に向けて動いています。

このように心理職は,目指すべき心理職の専門性が何処にあるのかがわからないまま,不安を抱えながらコロナ禍で先の見えない暗闇の中を走り続けています。これでよいのでしょうか?

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3.心理職の専門性の解体の危機

公認心理師養成カリキュラムでは,学生に心理職の基盤となる基本的な専門性をじっくりと教える機会を与えないままに,“汎用性資格”という錦の御旗の下で5分野の知識や制度を詰め込んでいきます。その枠組みを前提として公認心理師試験が設計され,公認心理師制度が組み立てられています。

進路も決まっていない学部の学生が,各分野の実践の心理学と行政の制度を学んでいます。心理職としての基礎技能を習得できていない大学院生が各分野のフィールドに実習に赴いています。このように心理職の専門性を習得する前の段階で,5分野という縦割り区分が楔のように打ち込まれます。官公庁の縦割り行政の弊害は深刻です。それにかかわらず,心理職の教育では,学部段階から5分野の縦割りが進んでいます。

汎用性資格といえば聞こえがよいのですが,公認心理師は単なる各分野で必要となる事柄を寄せ集めた知識試験によって得られる資格となっています。その結果,心理職の専門性はバラバラとなり,解体の危機に瀕しています。

このような公認心理師制度の不都合な真実は,公認心理師カリキュラムを経験した若手心理職が最も肌で感じています。
以下は,本マガジン17-1号で掲載された若手心理職の嘆きです。
https://note.com/inext/n/na8090cac56f0

公認心理師でも臨床心理士でも心理職は5分野の汎用性が特徴であるが,それが課題だと思う。修士課程2年間で全5分野を網羅して専門的に学ぶことができない。しかし,職場に入ると即戦力として働くことを求められるが,それは無理。では,大学院の最初から,自分が進む分野に別れて教育を受けるのがいいかというと,それも違うと思う。それでは,汎用性の良いところが失われてしまう気がする。
結局,5分野の汎用性の心理職の専門性とは何かと思ってしまう。医師,看護師,弁護士といった資格はその専門性がはっきりしている。それに比べて心理職の専門性とは何かを聞かれても答えられない。しかも,自分の働く領域では,心理職が協力して専門性を高めていこうという雰囲気はない。各心理職がバラバラに仕事をしている感じで,手を抜こうと思えば抜けてしまう。

4.臨床心理iNEXTが提供する「心理職の専門性」

日本の“心理臨床学”では,長いこと心理力動学派に基づく心理療法が心理職の理想モデルとなっていました。フロイトやユングのようにプライベート・プラクティス(個人開業)の枠組みで心理療法を実施できる“心理療法家”であることが心理職の専門性のモデルでした。そこでは,心理職の未来についての“夢”を感じることができました。多分にナルシシズムに彩られたものではありましたが,主体的に自分たちの専門性を発展させることができるという希望を持てていました。

しかし,2015年に公認心理師法が成立し,個人開業モデルに替わって行政モデルが導入されました。公認心理師では,他職種との連携が重視され,「保健医療」「福祉」「教育」「司法・犯罪」「産業・労働」の5つの行政分野で働く職種として規定されました。そして,関連行政を学び,社会制度の枠内で働く「実務者」として国家政策の実現を担う役割が与えられました。しかも,主治医の指示の下で働くという制約が課せられ,主体性の限定された「技術者」としての役割も与えられました。

臨床心理iNEXTは,このような事態に対して,「公認心理師の,その先へ」をモットーとして,公認心理師の枠組みに囚われずに,現代臨床心理学に基づいて心理職の本道となる専門性の発展を目指します。そこで重視するのは心理職の“独自性”と“体系性”です。

公認心理師では,心理職の独自性は尊重されていません。まずは医療や行政の知識を学ぶことが求められます。しかも,医師の指示の下で働くことが前提となっています。また,公認心理師の活動は最初から5分野別に位置づけられ,心理職の共通基盤はバラバラに解体されます。心理学の知見や研究活動がどのように心理職の活動に結びつくのかといった専門的な体系性が想定されていません。このように心理職の活動全体の基盤をなす独自性や,専門性を発展させる骨組みとなる体系性に価値は置かれていません。

臨床心理iNEXTでは,冒頭で述べたように心理職でなくてはできない独自性「アセスメント→ケース・フォーミュレーション⇒介入」の実践プロセスにあると考えます。そして,それを心理学の研究活動と,社会的な専門活動が支えるという体系性を考えます。それを図示すると次のようになります。臨床心理iNEXTは,出版社の協力を得て図に示したように心理職独自の専門性を体系的に理解するための映像付きの書籍を提供しています。以下に,それぞれの書籍を紹介していきます。

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5.臨床心理フロンティア:公認心理師のための「基礎科目」講義

臨床心理iNEXTの講義動画と連携し,心理職の基盤となる実践プロセスを支える心理学や臨床心理学の全体像,エビデンスとは何か,心理師の倫理とは何かといった事柄を体系的に解説する。著者(講師)は,宮川純,下山晴彦,原田隆之,金沢吉展であり,講師の講義映像は臨床心理フロンティアで視聴できる。以下に目次構成を示す。
『臨床心理フロンティア:公認心理師のための「基礎科目」講義』(書籍は北大路書房刊行⇒https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784762830976

■PART 1  公認心理師のための心理学概論
  0 はじめに:講義の概略
  1 心理学の誕生~現代の心理学
  2 心理学の各分野の概要1:研究・統計,知覚,認知
  3 心理学の各分野の概要2:学習,言語・思考,感情,性格
  4 心理学の各分野の概要3:脳・神経,社会,発達
  5 心理学とは,結局何なのか
  PART 1 確認問題

■PART 2  公認心理師のための臨床心理学入門
  0 はじめに:講義の概略
  1 心理職の国家資格化
  2 日本の臨床心理学の現状と課題
  3 説明責任を果たす研究活動
  4 社会に実践を位置づける専門活動
  5 「心理臨床学」から「臨床心理学」へ
  6 臨床心理学のカリキュラム
  PART 2 確認問題

■PART 3  エビデンス・ベイスト・プラクティスの基本を学ぶ
  0 はじめに:講義の概略
  1 イントロダクション:ホメオパシーをめぐって
  2 エビデンスとは何か
  3 最善のエビデンス
  4 これからの臨床のために
  PART 3 確認問題

■PART 4  心理職の職業倫理の基本を学ぶ
  0 はじめに:講義の概略
  1 心理職の職業倫理的問題
  2 職業倫理の定義と必要性
  3 倫理原則:多重関係
  4 インフォームド・コンセント
  5 秘密保持
  6 専門的態度や能力
  PART4 確認問題

6.臨床心理フロンティア:公認心理師のための「心理査定」講義

臨床心理iNEXTの講義動画と連携し,心理職の基本技能である心理的アセスメントを解説。著者(講師)は,下山晴彦,宮川純,松田修,国里愛彦である。まず観察法・面接法・検査法に基づくデータ収集の方法,そしてそのデータをケース・フォーミュレーションで再構成するアセスメントの技法全体を体系的に解説する。次にパーソナリティ検査,症状評価尺度,発達検査をはじめ,様々な心理検査法の概要を整理。更には知能検査と神経心理学的検査を臨床場面でどのように活用するのかを示す。
『臨床心理フロンティア:公認心理師のための「心理査定」講義』(書籍は北大路書房刊行⇒https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784762831553

PART 1 臨床心理アセスメント基本講義
0.はじめに:講義の概略
1.心理的アセスメントとは何か
2.心理的アセスメントにおけるデータ収集
3.心理的アセスメントの方法
4.心理的アセスメントとしての初回面接
5.心理的アセスメントの要点
PART 1 確認問題

PART 2 公認心理師のための心理検査概論
0.はじめに:講義の概略
1.パーソナリティ検査
2.症状評価尺度
3.認知症の評価・神経心理学検査
4.知能検査・発達検査
5.本講義のまとめ
PART 2 確認問題

PART 3 知能検査を臨床場面で活用するために
0.はじめに:講義の概略
1.ウェクスラー知能検査の概要
2.解釈から支援へ:WISC-IVを中心に
3.知能検査の臨床利用の留意点
PART3 確認問題

PART 4 心理職のための神経科学入門
0.はじめに:講義の概略
1.神経科学の基礎知識
2.脳の構造と機能
3.心理的アセスメントと神経科学
4.心理学的介入と神経科学
PART 4 確認問題

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7.臨床心理フロンティアシリーズ:認知行動療法入門

臨床心理iNEXTの講義動画と連携し,心理職の基本技能である認知行動療法の基礎と実践の方法を解説。著者(講師)は,下山晴彦(第1部と第3部),鈴木伸一(第2部),熊野宏昭(第4部)である。第1部ではカウンセリングや心理力動的心理療法を学んでいる人も含む初心者が認知行動療法を学ぶポイントを,第2部で認知行動療法の基本的な技法を説明する。第3部では認知行動療法を実践するためのケース・フォーミュレーション,第4部ではマインドフルネスなどの第4世代の理論と方法を体系的に解説する。
『臨床心理フロンティアシリーズ:認知行動療法入門 』(書籍は講談社刊行⇒https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000148874

第1部 公認心理師のための認知行動療法の学び方
 第1章 内容の概略
 第2章 環境と人間の相互作用をみる
 第3章 クライエントと並ぶ関係を創る
 第4章 共感を基本とする
 第5章 認知行動療法におけるアセスメント
 第6章 ケース・フォーミュレーション
 第7章 認知行動療法は,過去を無視する?
 第8章 現実に介入する
 第9章 効果のある技法を用いる
 第10章 まとめ

第2部 認知行動療法の基本技法を学ぶ
 第1章 認知行動療法の特徴
 第2章 認知行動療法の基本要素
 第3章 ポイント1:ケース・フォーミュレーション
 第4章 ポイント2:エクスポージャー法
 第5章 ポイント3:オペラント学習
 第6章 ポイント4:認知再構成法
 第7章 認知行動療法セラピストの役割

第3部 ケース・フォーミュレーション入門
 第1章 内容の概略
 第2章 ケース・フォーミュレーションとは何か
 第3章 ケース・フォーミュレーションの要素
 第4章 ケース・フォーミュレーションの種類
 第5章 ケース・フォーミュレーションの作り方
 第6章 機能分析
 第7章 認知モデル
 第8章 維持要因としての役に立たない不安対処
 第9章 問題維持パターンと介入のポイント

第4部 新世代の認知行動療法を学ぶ
 第1章 新世代の認知行動療法とは
 第2章 行動療法の系譜から
 第3章 事例に基づく理解:広場恐怖
 第4章 言語行動の光と影
 第5章 ACTの進め方

8.臨床心理フロンティア:公認心理師のための「発達障害」講義

臨床心理iNEXTの講義動画と連携し,現代社会において心理職の活動において,どの分野でも必須となっている発達障害に関連する知識と技能を体系的に解説する。著者(講師)は,桑原斉,田中康雄,稲田尚子,黒田美保である。Part 1では障害分類とその診断の手続き,Part 2では心理職の役割について,Part 3では自閉スペクトラム症(ASD)の理解(アセスメント)の方法,Part 4ではその支援について,そのテーマのエキスパートが説明する。
『臨床心理フロンティア:公認心理師のための「発達障害」講義 』(書籍は北大路書房刊行⇒https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784762830457

PART 1 心理職のための発達障害の診断入門
0 はじめに:講義の概略
1 総論:神経発達症群
2 知的能力障害群
3 コミュニケーション症群
4 自閉スペクトラム症
5 注意欠如・多動症
6 限局性学習症
7 運動症群・他の神経発達症群
PART 1 確認問題

PART 2 発達障害支援における心理職の役割
0 はじめに:生活障害としての発達障害
1 生活の質を高める支援
2 発達支援における心理職の役割
3 心理職の発達支援技能を高めるために
4 発達障害支援についてのQ & A
PART 2 確認問題

PART 3 ASDのアセスメントの基本を学ぶ
0 はじめに:講義の概略
1 ASDの各ライフステージにおける行動特徴
2 アセスメントレベルのスクリーニングと評価
3 ASDのスクリーニングツール
4 ASDの診断・評価ツール
5 包括的アセスメントを行なうために
6 アセスメントから始まる支援
PART 3 確認問題

PART 4 ASDの理解と支援の基本を学ぶ
0 はじめに:講義の概略
1 ASDの理解と支援に役立つ基礎知識
2 ASDの行動の特徴
3 ASDの認知の特徴
4 ASDの基本的な支援方法
PART 4 確認問題

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■デザインby 原田 優(東京大学 特任研究員)

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◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

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