51-2.カモフラージュする女性発達障害の苦しさ
注目本「著者」研修会
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1. 自閉スペクトラム症(A S D)のカモフラージュとは
自閉スペクトラム症(A S D)のカモフラージュとは「社会的な場面においてA S D的な特徴がなるべく出ないようにするために、当事者が意識的にあるいは無意識的に用いる方略」です。このような「ASDのカモフラージュ」が、近年注目を集めるようになっています。さらに、ASDだけでなく、そのほかの発達障害のある女性でも、外面的に「普通のように」ふるまおうとしながら、内面的には自分らしく生きらないことに苦悩するカモフラージュの問題を抱えている場合が多くなっています。
カモフラージュをすればするほど、自分本来の姿を隠すことになります。その結果、<内側の世界の私>と<外側の世界の私>の狭間で葛藤が強くなり、自己肯定感だけでなく、生活の質も低下することが生じます。2次障害としてさまざまな精神症状を示すことが多くなります。
男性よりも女性の発達障害の方のほうが周囲との関係性を希求され、「普通のように」ふるまおうとする傾向が強く、発達障害であることが見逃されやすくなる場合があります。そのため、発達障害を抱えながら生活するスキル獲得の機会を得られずに、思春期や青年期になって精神症状を呈するリスクが高くなります。
臨床心理iNEXTでは、「続・発達障害のある女の子・女性の支援 −自分らしさとカモフラージュの狭間を生きる−」(金子書房※)の編者である川上ちひろ先生と木谷秀勝先生を講師に招き、このような女性の発達障害の特徴の理解し、彼女たちが「自分らしく生きる」のを支援する視点を学びます。研修会に向けて、川上先生と木谷先生にインタビューした記録を以下に示します。発達障害の支援に関心のある多くの皆様のご参加を期待しております。
※)https://www.kanekoshobo.co.jp/book/b608786.html
2. 「カモフラージュ」というあり方に注目する
【下山】 川上先生と木谷先生には、「カモフラージュする女性発達障害の理解と支援」研修会の講師をお願いしております。研修会の副題は、「自分らしく生きられない苦しさ」となっています。私自身、発達障害の支援に深く関わることが多くなってくる中で、この「カモフラージュ」の問題は非常に重要であると思っておりました。
そのような時に、お二人の先生が編者となって「続・発達障害のある女の子・女性の支援➖自分らしさとカモフラージュの狭間を生きる➖」(金子書房)という御本が出版されたので購入して拝読しました。改めて「日本は、この問題を真剣に扱っていかなければいけない」との意を強くし、研修会をお願いしました。まずは、お二人の先生には、カモフラージュする女性の発達障害に関心を持たれたきっかけを教えていただけますでしょうか。
【川上】私は、木谷先生から「今、女性の発達障害に関連してカモフラージュの問題が大切になっている」と教えていただき、「確かにそうだ」と思って今回、書籍にまとめました。実は、このカモフラージュの問題は、自分自身が女性なので、あまり気づいてない部分があったのではないかと思っています。今回は「発達障害のカモフラージュ」となっていますが、発達障害でない女性でも、カモフラージュをすることはあると言われています。私自身も、いろいろな場面でカモフラージュしているのだろうなと思います。女性にとって、他から言われないと気がつきにくいテーマであると思っています。
3.当事者目線で発達障害を理解する
【木谷】女性の発達障害のカモフラージュに関心を持ったきっかけは、大きく言えば2つあります。1つは、発達障害といってもASDが中心になりますけれども、当事者目線から支援を考えていく、大事なキーワードとなるからです。逆に言うと、我々の目線で理解や支援をやっていくと、結局それに合わせる形で当事者たちがカモフラージュしてしまっている。そのあたりの弊害を非常に大きく感じるというのが、まず1点目です。
それから2点目は、実際に発達障害のある子どもたちだけじゃなくて、実は発達障害のある子どもさんを抱えるお母様方の面接をしていると、そのお母様方がかなり長い間、実は発達障害の疑いがあるにもかかわらず、それを周りからも認めてもらえないでいたということがわかってくることがあります。結局、子どもさんをきっかけにご自身の発達障害が分かってくるわけです。
そういう臨床経験がたくさんあります。その過程を丁寧に追っていると、実は発達障害の子どもたちを抱えるお母様方が、本当に「良いお母さんにならなければいけない」、「良い妻でないといけない」、それから「社会でも頑張らないといけない」ということがあったりします。その結果、抑うつ状態や心身症などを抱えている。そういうケースが増えています。そういった臨床実践の中から感じたことが、実はカモフラージュの研究をさらに進めるきっかけとなりました。このような経緯で女性の発達障害のカモフラージュの問題に関わるようになりました。
4.発達障害やASDの概念を見直すきっかけになる
【下山】今の先生のお話を伺って、私がカモフラージュする女性の発達障害に関心を持ったところと通じると思いました。発達障害については、「社会的コミュニケーション」や「対人的相互反応」の欠陥があることが重視されていますね。それが、診断の一つの基準になっています。ところが、カモフラージュして、一見して相互的なコミュニケーションができる女性がいることを考えると、その診断基準を単純に当てはめることはできないと思います。そのために、診断が見落とされたり、遅くなったり、難しくなったりしており、そのことに問題意識を感じておりました。
今の木谷先生からのお母様方のお話のように、ASDであることが見過ごされてご本人も気づかないで苦しんできたということにも関心がありました。そういう事態を考えると、このカモフラージュする女性の発達障害というのは、発達障害の概念を変えていくきっかけになると思います。むしろ、現行の診断基準を変えなければいけないのではないかと思ったりします。なぜならば、これまでの発達障害概念には、当事者目線というのがあまりにも抜けていたと思うからです。
DSMのように診断基準では、「自閉スペクトラム症」という障害カテゴリーで問題を理解していくことになっています。しかも、日本のDSMの翻訳では“不調”といった意味合いのDisorderを「疾患」と、意図的に誤訳をしています。それで、Autism Spectrum Disorder(ASD)が自閉スペクトラム症という「疾患」、つまり「病気」になっています。発達障害を精神疾患として、個人の病気にしてしまいます。
そのような疾病化や個人化がされてしまうと、発達障害のカモフラージュに深く影響している社会環境や文化の偏りの問題が隠され、消されてしまいます。ASDの問題は単純ではないのにもかかわらず、病気にされて医療化されます。そのような現状を考慮するならば、ASDのカモフラージュの問題をきっかけとして発達障害の定義や概念を変えていかなければいけないと思ったりします。
5.発達障害や自閉症という言葉への違和感
【下山】ステレオタイプの発達障害の理解枠組みを変えていくという課題については、どう思いますか?
【川上】もうここ何十年か、発達障害バブルというかブームみたいな状態が続いています。法律ができた後だと思います。何でもかんでも発達障害、ちょっと変わった人がいると「発達障害じゃないの」となります。書籍なども出てますよね。正直私は、そのような傾向に違和感を覚えるようになっています。
それと関連して最近考えるのは、社会や周りの人が変われば、発達障害は発達障害ではなくなると思っています。もちろん反社会的な問題とかは別ですけれど、周囲の人がその人のことを理解していけば、生きづらさはなくなると思います。取り立てて発達障害と言わなくてもいいのではないかと、最近思ってます。
【木谷】実は、先日松山市であった日本児童青年精神学会でも、同じようなテーマがかなり議論されていました。そういった学会の一連の議論を聞いてても、「発達障害」という名称もそうですが、改めて「自閉症という名称が良いのか」を議論するシンポジウムもあったりしました。最近は、「発達障害とは何か」ということから「発達障害を抱えながらも生きている人たちに対して我々がどのようにお互いに共存できるのか」ということに視点に移り変わってきているのは確かだと思います。
6.発達障害ではなく、ニューロダイバシティとして理解する
【木谷】そういった意味では、学会でもかなり「ニューロダイバーシティ」という言葉が使われるようになってきました。むしろ発達障害というよりは、DSM-5の診断基準が神経発達症になっているように「ニューロン」というか、「脳の機能の多様性」ということに視点が移っています。
いろいろなダイバーシティがあるからこそ、文化や価値観、創造性が展開して新たな価値観が生まれます。ですので、価値観を変えるというよりも、新しい価値観を生み出すために、我々がいろいろな方々と一緒にお互いに理解し合う、そういう社会が必要なのではないかなと思います。
【下山】それと関連して、今回の研修会を開催した理由があります。現在の発達障害の支援が、もしかしたら間違った方向に行きかねないとの危惧があるからです。先ほどの川上先生のお話とも関わるのですが、「何か変わっている」「問題がある」となると発達障害の診断が乱発される過剰診断の問題があります。診断されると薬物が処方され、副作用も深刻な問題になります。
発達障害の診断や診断の疑いがあると、SSTなどを用いて適応スキルを訓練する早期教育が行われます。より定型発達者にとって望ましいあり方に、より社会に適応させるように強化していく教育がなされます。知的能力に障害がない子どもには、早期の知育や受験勉強を強制させたります。そうなると発達障害のある子ども本来の特性や個性、つまり多様性が抑制されてしまいます。
7.多様性を認めないことがカモフラージュにつながる
【下山】多様性を認めないことは、発達障害のある子どもの主体性や自己を傷つけてしまうことにつながります。特に日本では、その傾向が強いので、無理なカモフラージュの努力をせざるを得なかったり、過剰適応になっていったりすることが生じます。これは、非常に深刻な問題ではないかと思っています。このような問題の現状を多くの方に知っていただきたいと思い、今回の研修会を企画したということもあります。
過剰適応や無理な適応指導が常態化している日本の現状を考えるならば、発達障害の概念を変えていくことと同時に、社会の側も発達障害のことをしっかり考えていかなければ、ますます間違った方向に行く危険性があると思います。それは、日本の定型的な社会枠組みで発達障害を管理しようとする動きとも関連します。治療の名の下で適応指導を進めることは、とても危険であると感じます。ますますカモフラージュを促進してしまうことになってしまいます。
【木谷】その問題は、非常に大事なことだと思います。実は今、小児科で臨床をやってるんですけれども、発達障害の診断があるかないかに関係なく、子どもさんたちを抱えるお母様方がどんな教育が必要なのかを悩んでいます。どのように子どもを育てるかが、すごく混乱していることは、小児科で仕事をしているとよくわかります。
そうすると結局どうなるかというと、やはり「頑張らせないといけない」、「いい学校に入れないといけない」となります。混乱の中から受け身的に選択してしまうことになります。そういうケースが非常に多くなっている現在、我々は、親たちのケアと子どもたちが自分らしく生きていく、そのために何が必要かということに取り組んでいます。
それとも関連して、我々は福岡を中心に青年期の発達障害女性の自助グループをやっています。これは年に1回合宿もしています。それは、自助グループですが、そこで大切にしていることは、「自分らしく過ごす」ことです。冒頭にご紹介をしていただいた川上先生との編著の最後に座談会が掲載されていますが、そこに自助グループに参加しているガールたちの本音が出ています。そういったことも含めて、当日は具体的なお話をしたいので、楽しみにしていただければと思っています。
8.日本社会がカモフラージュの問題を作っている
【下山】そのあたりの当事者の女性の意識を知ることによって発達障害というものを見直すことが可能になりますね。変えていく具体的な方向性が見えてくるのではないかと思います。今の発達障害のカテゴリカルな診断分類は、実際には現実に即していない基準であり、だからこそ過剰な診断や誤った診断が多くなされているのではないでしょうか。
当事者は、そのような診断や誤った理解に直面し、それに対処しようとして一生懸命に適応しようとするのだと思います。それがカモフラージュであり、そこに無理があると二次障害を呈するようになる。そして、新たな診断がされて精神科薬物が出され、副作用で苦しむといった悪循環が起きているように思います。その点で専門家が問題を作ってしまっている状況があると思います。
さらに、そこに母親の虐待や過剰な適応訓練、勉強の強制があり、トラウマの問題が加わってしまうことも多くあります。日本の狭く固い定型発達の社会が問題を作っている面があると思います。そのような議論もできたらと思っています。ご編著「続・発達障害のある女の子・女性の支援」(金子書房)において木谷先生が言及されていたように日本社会は、集団主義的で、しかも旧い縦社会を生きざるを得ない環境の問題もあると思います。発達障害のある女性は、そのような社会の中の、狭いグループを生きなければいけない。それは、非常に難しい課題であると思います。
9.日本社会の在り方も含めて見直していく
【下山】日本の文化は、歌舞伎や能でもそうですが、本来はとても多様性があると思います。劇中でキャラは変わりますし、同性愛も普通であった。そのような日本のかつての文化における多様性は、今後の変革に向けてのヒントになるように思います。でも、なぜ今の日本は、このように型通りの社会になってしまったのか。なぜ独自性や個性のある発達障害の人たちが生きにくくなっているのか。カモフラージュの問題を考える際には避けて通れないテーマであると思います。
カモフラージュする女性の発達障害の理解を深めることによって、日本社会の問題を見直すことにもなると思います。もちろん社会論をするつもりはないですが、しかし発達障害の問題を考える場合には、社会的視点を組み入れることは大切であると思います。心理職は、個人の内なる問題しか見ていないという批判があります。まさにこのカモフラージュの問題を理解し、支援するためには、その心理職の限界を越えることが必要かと思います。
【川上】例えば、学校では、不登校とか、いじめとか、いろんな問題が山積ですね。おそらく全て余裕がない生活を強いられていて、やることは増え、情報が溢れています。隣の人が何をやってるのか分からないのに、世の中の人がどういう動きをしているのかは分かってしまうといった、訳の分からない状況になってしまっていると思います。だからと言って、「以前のように自然の中で遊びましょう」となっても、そのような原点回帰みたいなことは、もう無理ですよね。
今、世の中で何ができるのか、この限られた枠の中で何ができるのか、答えは見つかってないですけど、そんな中でも、私たちは解決策を見つけていかなければいけないんだなって、最近思ったところでした。
10.「自分らしい生き方」という観点を大切にする
【下山】心理職は、視野が狭くなると、医療の指示の下で「これは発達障害だ」と言って疾病管理として薬を出すことに加担してしまう場合も出てくると思います。川上先生が話題にされた不登校やいじめなどの背景に、発達障害やカモフラージュの問題が隠れているケースが少なからずあると思います。そのような場合、本質的には薬が効かないので、どんどん処方が増えて多剤大量投与になることもあります。このような悪循環は止めなければいけないと思います。その点でも発達障害のカモフラージュの問題は重要ですね。
【木谷】とても大切ですが、すごく大きなテーマになってしまうと思います。それで、その辺りをダイレクトで考えるよりも視点を切り替えて「社会適応の問題」として考えたいと思います。学校教育でも心理支援の世界でも、社会適応が重視されます。しかし、カモフラージュする女性の発達障害の当事者を見ていて思うのは、社会適応というよりも「自分らしい生き方」の重要性がテーマとなります。
その人たちが住んでる生活環境における最適な生き方、これが「自分らしい生き方」だと思います。もっと簡単に言うと「ぼちぼちの生き方」です。そういったものが許されない文化は、当事者だけではなくて、やっぱり全ての人たちにとって苦しいですね。その辺りをもう一回見つめ直すことが、とても大事な視点になると思います。
11.研修会に向けて参加者の皆様へのメッセージ
【下山】最後に、研修会への参加を考えている皆様へのメッセージをお願いします。
【川上】参加されている方は、女性の方が多いと聞いています。おそらく女性の方であっても、あまり自分の問題として捉えていない方も多いかと思います。しかし、今回のテーマは、発達障害の当事者だけでなく、女性としての自分に関わる問題として聞いていただきたいと思っています。ぜひ、カモフラージュをする女性発達障害の問題を広い視野で考えていただきたいですね。そして、発達障害の支援や社会に対して貢献できるようにアクションを起こしてほしいなとは思っています。
【木谷】カモフラージュということで、皆さんどうしてもマイナス面ばかりを考えるんですが、実はカモフラージュは、ポジティブに生きていくときにも非常に大事なスキルになります。そういった意味では、カモフラージュを単に問題視するのではなくて、我々がより環境に合わせて柔軟に生きるために必要なものであると考えていただければと思います。そういったプラスとマイナスの両面について、ぜひ今回のテーマを中心にまた皆さんと議論できればと思います。
もう一点は、教育関係において633制という短い期間でしか子どもたちが見ることができないことの問題があります。これは、医療でいうと、小児科と精神科が全然違うフィールドで診ていることとも重なります。私は、幼児期から成人期までずっと20年、30年にわたって長期的にずっと支援をしています。小学校や中学校という枠を超え、その間の移行支援を踏まえて当事者たちを長期に渡って支援できるという立場が、実は心理職の一番のメリットではないかと思います。カモフラージュする女性発達障害のテーマを考える上で我々心理職が果たすべき役割は何かを検討したいと思います。
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)
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