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36-3.複雑性PTSDの理解と実践を学ぶ

(特集:今求められる心理職の技能を学ぶ)

飛鳥井望(青木病院 院長)
齋藤梓(上智大学 准教授)
下山晴彦(臨床心理iNEXT代表、跡見学園女子大学教授、東京大学名誉教授)


Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.36-3


ご案内中の研修会

「注目本」著者のオンライン研修会
 
複雑性PTSDの理解と実践を学ぶ
−トラウマ焦点化治療の活用−
■日程:5月21日(日)午前9時〜12時
■注目本:「複雑性PTSDの臨床実践ガイド―トラウマ焦点化治療の活用と工夫―」
(日本評論社)
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8669.html

【講師】
飛鳥井望(青木病院 院長)
齋藤梓(上智大学 准教授)
 
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=2hf2z_PEgk4
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円):https://select-type.com/ev/?ev=jCRZh4aGy-M
[オンデマンド視聴のみ](3000円):https://select-type.com/ev/?ev=AbpA0fSV_uI


ご案内中の研修会

■質的研究法の基本を学ぶ:論文作成のための始めの一歩
【講師】谷口明子
【日程】4月30日(日)+5月7日(日)午前9時〜12時
【申込方法などの詳しい内容】
https://note.com/inext/n/n038be9bcdeef
※)オンデマンド視聴は5月15日まで受付中


1.複雑性PTSDは心理職の重要テーマ!

複雑性PTSDは、薬物だけでは改善が難しいということもあり、心理職が担当となることが多くなっています。問題が改善しなくて困っているケースの背後に、実は複雑PTSDがあったということがしばしばあります。その点で心理職にとって複雑性PTSDは、最重要テーマなのです。
 
トラウマは、被害者を無力化し、他者との断絶を引き起こします。しかも、長期反復性トラウマの障害である複雑性PTSDは見かけの症状を示すため診断が難しいということがあります。その結果、複雑性PTSDは、それとして分かりにくく、見逃しやすいという特徴があります。
 
心理支援のプロセスでは、「より丁寧な治療導入とアセスメント」「治療関係構築での治療者の辛抱強さ」「ほどよい程度でのトラウマ記憶処理と肯定的認知の育み」「回復後の人生再構築の見守り」ということが必要となります。
 
したがって、心理職は、複雑性PTSDの特徴を知り、適切な心理支援の環境を準備する必要があります。


2. 複雑性PTSDの理解と実践を学ぼう!

そこで、我が国のPTSD治療の第一人者であり、注目書籍「複雑性PTSDの臨書実践ガイド」※)の編者である飛鳥井望先生と、同書の執筆者であり、PTSD治療のエキスパートである齋藤梓先生を講師にお迎えするオンライン研修会を開催します。テーマは、「複雑性PTSDの理解と実践を学ぶ」です。特に心理支援の方法としてトラウマ焦点化治療の活用を学びます。
※)https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8669.html
 
そこで、研修会に先立ち、複雑性PTSDの理解と実践について、本誌編集長の下山晴彦が飛鳥井先生と齋藤先生にお話を伺いました。

本記事を読まれることで、複雑性PTSDがどのようなものなのか、心理支援において何が大切なのかを知ることができます。さらに詳しく知りたい方は、ぜひ研修会にご参加ください。多くの心理職の皆様のご参加を期待しております。


3.複雑性PTSDは変装してやって来る

[下山]御著書を読ませていただき、改めて複雑性PTSDの重要性と同時に明確な診断をつけることの難しさも感じました。特にジュディス・ハーマンが序文で「複雑性PTSDは変装して出てくる」という趣旨のことを書いています。見せかけの症状を示すことで、他の診断と重なって隠れてしまっていることがありますね。
 
たとえば、私の臨床の場にも精神科の先生から「なかなかよくならないので認知行動療法を実施してほしい」ということで、双極性障害やパニック症といったケースの紹介をいただくことがあります。丁寧に症状の背景にある事柄を聴いていくと、トラウマ経験があり複雑性PTSDということがわかってきたりします。そのあたりの診断の難しさについて教えていただけますでしょうか。
 
[飛鳥井]医療機関や相談機関のクライアントの方の主訴は、様々です。実際にはトラウマがあっても、うつや不安、場合によってはアルコール依存ですとか、あるいは過食症、解離症状を主訴として来られることがあります。周りの方がいろいろと困って相談に来られる場合も多いですね。もちろん、PTSDそのものといった問題で来られる方もあります。


4.複雑性PTSDのトラウマインフォームドケアの可能性

[飛鳥井]複雑性PTSDで問題になっているのは、単回のトラウマ的出来事というよりも、小さい頃からの養育環境としてのトラウマ、たとえば虐待のようなものに端を発して、それがそのままずっと成長してからも影響が及んでしまうことです。
 
しかも、それが様々な精神症状に覆い隠されていたり、いろいろな問題行動が出たところで受診に至るという方が多いですね。その時にトラウマという視点で見てみると、取っ掛りがみえてきます。それと関連して、最近ではトラウマインフォームドケアということも言われています。
 
実際は、その問題の背景にはPTSDや複雑性PTSDがあるのではないかとみていくと、それまで非常に治療で苦労していた方に一筋の光が見えてくるということがあります。それを頼りに治療を進めていくことによって症状も緩和されたり、いろいろな問題も解決したりするということがあります。
 
その点でさまざまな精神症状を出す難しい問題に対してはトラウマの視点が重要となって来ています。最近は、そういうことがあるということが、広く知られてくるようになったということだと思います。


5.複雑性PTSDの診断における混乱

[下山]複雑性PTSDの場合、小さい頃からの養育過程で虐待的出来事があったということがあります。そのような訴えの中には、無理やり勉強させられたなど、ご本人が主観的に虐待だと感じるような事柄も入ってきます。トラウマインフォームドケアをする場合、複雑性PTSDの場合、どこまでがPTSD的な外傷体験になるのかは難しいかと思います。そのような判断の基準については、どうなっているのでしょうか?

[飛鳥井]なかなか難しいですね。これは専門家の中でもかなり考え方に幅があると思うんですね。実はPTSDという概念が日本で導入された1990年代の時にも同じ問題がありました。非常に狭く取る考え方があった半面、なんでもかんでもPTSDにしてしまうこともありました。まるでPTSDエピデミックとでもいうような混乱した形でした。しかし、それが落ち着いて、今は概念として定着してきた段階です。複雑性PTSDもおそらく今は、そういったような混乱した事態ということはあるかと思います。
 
定義上は、本の中でも書きましたけれども、はっきりとした定義、つまりトラウマ体験、命の危険であるとかですね、極度に脅威的で恐怖となる程度の客観的な出来事があることが前提なのです。しかし、ある意味では使いやすい概念ということもあり、いろんなことに対しても複雑性PTSDの概念が広がり続けてしまうという懸念もあります。そのあたりの線引きをどのようにしていくかが落ち着くには少し時間が必要ではないかと思います。


6.複雑性PTSDの中核にあるトラウマ体験と愛着の問題

[飛鳥井]ただ、その時に気をつけるのは、中核にある病理はトラウマなのですね。それはPTSDだろうと複雑性PTSDだろうと、中核にトラウマがあるということです。
 
そのうえで、これは個人的な考えですけど、複雑性PTSDでは、中核にあるトラウマ体験に、いわゆる愛着の問題が重なっていると思います。つまり、私は、トラウマ体験に愛着問題が重なった時に、複雑性の病態になるのだろうと考えています。
 
ですので、単にその親子関係がもつれた場合、例えば親に「ああしなさい。こうしなさい。」と強いられることが多かったといった場合には複雑性PTSDとまで言えるかどうかと思います。
 
私自身は、やはりトラウマの病理が中核にはあると考えています。だからこそ、治療する上ではトラウマの処理をしていくことが重要ですね。ハーマンもそう言っています。むしろその治療的な組み立てができる人たちを複雑性PTSDとして考えるのが、臨床的にも最も使いやすいかと思います。       

             

7.複雑性PTSDにおける自己組織化の問題

[下山]治療と関連して複雑性PTSDの自己組織化の障害についてお話を伺いたいと思います。ご本の終章で先生は自己組織化の問題に言及されています。自己組織化の障害といった場合、問題が増殖して、治療を難しくしている面があると思いますが、その点についてはいかがでしょうか。          
 
[飛鳥井]自己組織化の障害もICD11で定義付けられています。それは、PTSDの症状に加えて問題が重なっていくということです。いわば自己と世界の関係性の中で、自律的に成長して自己を形成する過程での不具合の結果として現れるのが、一つは、感情の制御不全ですね。感情のコントロールがうまくいかない。それから否定的な自己認知があります。自分を肯定的に見ることができない。それから3番目は、対人関係面での障害です。
 
感情コントロール、自己肯定、適応的な対人関係は、その人をその人としてあらしめるようなことですね。それらは、根底にあって、その人が生きていく上での本当に力になるようなものですよね。複雑性PTSDの人は、そこがぐらついてしまっている。だから、単にそのトラウマの病理だけでなくて、やはり愛着の問題がある。アタッチメントの形成の時期でのトラウマが、そのような病理を生み出しているのだろうと思います。

[下山]なるほど、そこで愛着の問題が出てくるわけですね。


8.複雑性PTSDの心理支援で心懸けること

[下山]愛着の問題が出て来たところで、次に齋藤先生に心理支援のことでご質問をさせていただきます。複雑性PTSDの場合、自己組織化の障害もあり、さまざまな症状をともなって問題が起きてきます。それが、冒頭で話題となった複雑性PTSDの“変装”の問題ですね。多彩な症状、それから家族関係や夫婦関係が混乱し、生活が乱れていたりもします。そういう混乱した状況の中で心理支援をする場合、齋藤先生が心がけていることを教えていただけたらと思います。
 
[齋藤]本の中でもエビデンスが確認されている心理療法として、例えば持続エクスポージャー法が紹介されています。しかし、持続エクスポージャー法に入る前が、実はとても大切だと思っています。それは、その人がその治療に取り組めるような状況にあること、面接担当者とのあいだに取り組める関係性が築かれていることが大事であるということです。さまざまな問題があって、心理療法に集中できることが難しい状態ならば、心理療法に入る前に、まずその問題に対処することが必要となります。
 
例えば持続エクスポージャー法だけではなく、STAIR-NTやナラティブ・エクスポージャー・セラピーなど、いろいろな方法があります。しかし、それらも、それに集中できる状態、つまり治療者との間で信頼関係を築き、定期的に治療に通う環境やモチベーションが整わないと、治療を進めていくことはできません。治療に通う環境を整え、心理教育などトラウマインフォームドな関わりでご本人のモチベーションを高めて、回復するかもしれないという気持ちになっていくまでがとても大切となります。


9.複雑性PTSDの心理支援における安全性の確立の重要性

[齋藤]一番心がけているのは、治療者との関係が安全であることや、治療する場が安全であると思ってもらえることです。それがないと始められないと感じています。また、トラウマ焦点化認知行動療法は、治療の中で治療者との関係をより強固にする仕組みがいくつも含まれていますので、セラピー実施中にはそうした仕組みにも気をつけるようにしています。
 
[下山]ご本の中でハーマンは、複雑性PTSDの治療は、「安全の確立」「想起と服喪」「生活の回復」の3段階を経ると述べていますが、その「安全の確立」の段階の作業ですね。事件や災害などの何か大きな単回の出来事のPTSDとは違う「安全の確立」が必要となるということでしょうか。
 
複雑性PTSDの心理支援の場合、ただ物理的な安全だけでなくて、人間関係の関わりも調整しなくてはいけないですよね。特に愛着の問題が絡んでくるだけに、人間関係の調整が重要となるということはありますね。
 
[齋藤]複雑性PTSDの場合には、愛着の問題が関わり、「安全の確立」はたしかにとても難しいです。ただ、単回のPTSDの治療が難しくないというわけではありません。単回の出来事であっても、その与える影響は様々です。それが子どもの頃とかに起きていたならば、人生の中でその方が失ったものはより多いかもしれません。単回のPTSDであっても、いろいろな症状が出ることによって失ったものが多くなれば多くなるほど、セラピーに入ることは難しくなってきます。


10.改めてPTSDと複雑性PTSDの違いとは何か?

[齋藤]したがって、継続的な被害を受けてきた複雑性PTSDの治療と単回被害のPTSDの治療が違うとは、単純に言えない面があります。

[下山]確かご本の中でも、PTSDで有効な方法は複雑性PTSDでも有効であり、両者のエビデンスは違ってないと書かれていました。複雑性PTSDに特有な方法というのはないのでしょうか。
 
[飛鳥井]アメリカの精神医学会、DSM5は実は分けてないんですよ。PTSDと複雑性PTSDの線引きはしていません。PTSDは全て複雑性だという人もいたりします。たしかに自己組織化の障害は普通のPTSDでも多少は持っています。PTSDと複雑性PTSDの違いは、その濃淡の違いであり、両者をスパッと分けられないという面もあります。これは、とても難しい問題です。その点は、研修会で少しご紹介します。

[下山]ますます研修会が楽しみです。その辺りのことは、多くの心理職が関心のあるところだと思います。複雑性PTSDに対して心理職が何ができるのか、何をしなければいけないのかと関わってきます。特に集団主義的な日本の文化の特徴もあって、複雑性PTSDの多彩な症状や変装した症状によって人間関係が混乱し、構造化された治療ができない事態になっていることも多いと思います。そのような事態にどう対処するのかということも含めて、研修会で議論できたらと思っております。


■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)


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臨床心理マガジン iNEXT 第36号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.36

◇編集長・発行人:下山晴彦


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