46-2.そもそも心理支援は精神科治療とどう違うのか?
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1.「そもそも心理支援は精神科治療とどう違うのか?」刊行!
注目本「そもそも心理支援は精神医療とどう違うのか?」(遠見書房)が遂に出版となります!※)。副題は「対話が拓く心理職の豊かな専門性」となっています。
※)https://tomishobo.com/catalog/ca192.html
本誌「臨床心理マガジンiNEXT」に掲載された記事に新たに実施した対談を加えて編集した選りすぐりの対談コレクション本です。信田さよ子さんや東畑開人さん等さまざまな年代の心理職だけでなく、精神科医の黒木俊秀さん、脳科学者の茂木健一郎さん、哲学者で東大教授の石原孝二さん等の多彩なゲストをお迎えし、心理職の発展に向けて「心理支援とは何か」を議論します。特に精神医療との比較を通して「心理支援の専門性」と「心理職の主体性」の最新動向を明らかにします。
公認心理師制度はその到達目標からも分かるように医学モデルや行政モデルの影響が強くなっており、単純に心理職のための制度とはいえません。心理職は医師の指示の下で活動し、行政の管理の中で働くだけで良いのでしょうか。今まさに「心理職の主体性」と「心理支援の専門性」が問われています。それは、とりも直さず心理職自身のアイデンティティ、つまり「心理職としての“自己”のあり方」が問われているのです。
2.今、「心理職の“自己”のあり方」(アイデンティティ)が問われている
では、どのように「心理職としての“自己”のあり方」が問われているのでしょうか。上掲書の冒頭対談「日本の精神医療の中で心理職はどうするか?」において、日本を代表する精神科医のお一人である黒木俊秀先生と、臨床心理iNEXT代表 下山との対話の一部をご紹介します。下山が「問題提起」をしている部分です。
【下山】世界の動向に反して,日本では旧来の精神科診断に拘った精神医療が行われています。むしろ,世界でも突出して,旧式の医学モデルによる精神医療が根強く残っています。このような旧式の医学モデルに拘る日本の精神医療だからこそ,精神病院の数が多く,入院期間も長い,拘束も多く,薬物の多剤大量投与も多いという問題を抱えているのだろうと思います。・・・
このように日本では,精神医療も心理支援も深刻な問題を抱えており,国民のメンタルヘルスの改善が進んでいません。そこで,その問題改善のために公認心理師の導入が進められたわけです。・・・・・
しかし,公認心理師制度において心理職は,医師の指示の下で活動することが法律で決まっており,その点で精神医療の中に組み込まれていくことになります。旧式の医学モデルが強い精神医療の中で心理職は自らをどのように位置付けたら良いのかという、新たな課題が出てきました。
・・・では,日本の心理職は,どのようにしたら良いか。日本の場合,心理職がその旧い精神医療の中に入っていくのは,かなり限界があり,良いことではないように思うのですが,どうでしょうか。
【黒木】良いことはないと思いますね。
【下山】そんなこと言っていいですか。
【黒木】本当にそう思います。それは,若い時から感じていました。
3.旧い体質の精神医療を支える役割だけではつまらない!
次に示すのは、「心理職の未来に向けて期待すること」をテーマとした黒木先生と私との対話の一部です。
【下山】公認心理師は,そのような旧式の医学モデルを前提とする精神医療の中に入っていくことになっています。ある意味では,心理職は,そのような旧い体質の精神医療を支えるための役割を担わされることになりかねないですね。
【黒木】そうなんですよ。つまらないですよ。よっぽど,内科や小児科の医師と組んだ方が面白い。医師の指示なんて形だけで,好きにやらせてくれますよ。そういう例をいくつも知っています。だから,総合病院で働いた方が自由にできると思います。
【下山】それはわかるような気がします。私自身は,そのような精神医療が中心となっている日本のメンタルヘルス領域において「日本の心理職は自分たちの心理支援サービスをどのように発展させていくのが良いか」、「そもそも心理支援の専門性はどのようなものか」ということを日々考えています。心理職は,医師の指示の下で活動するということで,忖度をして医師が望むような仕方で働き,そのための訓練を受けなければいけないのかとも思います。 ・・・このような状況の中で心理職はどんどん委縮しているのではないかと心配になります。・・・そうなると,心理職にとっても残念だし,さらには日本のメンタルケアにとっては,さらに残念なことになってしまうと懸念しています。
【黒木】そうだと思いますね。・・・
今回の対談に先立ってお話をしたように精神科診断に関して 少しずつ診断学の流れが変わってきています。発達精神病理学だけでなく,精神力動論も,従来の精神分析の流れとは異なる方法論をたずさえて,装いも新たに登場していると思っています。
【下山】複雑性 PTSD に関連した動きですね。精神科診断において トラウマのような脅威の体験が及ぼす影響の意味を見直すという考えですね。
【黒木】そうです。そこがトレンドとしてあるわけです。ただし,心理職の人にとっては,それを PTSD とか C-PTSD と診断すれば良いというのではないですね。むしろ,戦略的な考え方になるけど, そのためのアセスメントツールを開発し,習得することが大切になります。そうすれば,どこでも強いポジションを確保できます。
4.日本の心理支援では“自己”が問われ始めている!
読者の多くは、「日本の心理支援では“自己”が問われ始めている!」と言われても、「何のこっちゃ?」と思われるのではないでしょうか。あるいは「今さら“自己”ですか? 古い話題ですね!」と感じる人も多いのではないでしょうか。
しかし、上述したように「そもそも心理支援は精神科治療とどう違うのか?」と関連して心理支援の最前線では“自己”が最重要テーマとなっています。さらに詳しく見ていくと、以下の二つの次元で“自己”が問われ始めているのです。
①は、公認心理師制度との関連で生じてきたテーマです。心理職の国家資格化が進んだことで、以前の日本の心理職の特徴である心理療法の学派ごとに身内で固まる自己愛的なあり方は、次第に影を潜めるようになりつつあります。ところが、その替わりに心理職は、医療や行政のシステムに組み込まれ、その結果として心理職そのものの専門性と主体性が失われてきています。だからこそ、「心理支援の専門性と主体性は何なのですか?」と心理職自身の“自己”のあり方が問われているのです。
②は、日本の心理職が主体的に専門性を発揮していく際に取り組まなければいけない課題です。現代日本社会では、人々は虐待や虐め、DVやパワハラといった深刻なトラウマ体験だけでなく、受験勉強や習い事、さらには競争社会の中で過剰適応が求められ、見えにくい脅威に晒されています。また、情報化が進む中で大量の刺激的な情報や物語に晒され、SNSやゲームに依存するようになっています。
日本社会の中で多くの人は、“自分らしく生きる”ことができなくなっています。さまざまなレベルで自己形成や自己組織化が障害されて“生きにくさ”を感じています。空気ばかり読んでいる「空虚な自己」や「確かな自分が感じられない」ことが深刻な問題になっています。
5.「自己組織化障害」という「生きにくさ」の問題を知っていますか?
そのため、認知行動療法などを用いて現実適応を支援するだけでは不十分であることが多くなっています。世間体を重視する日本人は、そもそも認知行動療法で前提とされる欧米流の個人主義的な自己や自我が希薄です。そのため、日本の心理支援の最前線においては、心理職自身の“自己”のあり方が問われているのと同時に、心理支援の対象者であるクライアントの“自己”のあり方を確かなものにする支援が求められているのです。
それは、複雑性PTSD、愛着障害、発達性トラウマの問題と関わっています。しかし、自己の問題を抱える人は、そのような診断が付く人だけではありません。診断が付くレベルの強烈なトラウマ体験でなくても、それが日常的な出来事であっても、自己が脅かされる逆境体験やストレス体験を受けると、本誌前号(46-1)でテーマとした「自己組織化障害(Disturbance in Self-Organization: DSO)が起きます※)。
※)https://note.com/inext/n/n6b6c8ab36593
自己組織化障害は、上掲のマガジンでも解説したように
①感情コントロールができなくなる【感情調節障害】
②自己肯定感が持てない【否定的自己概念】
③安定した人間関係を維持できない【対人関係障害】
といった3つの問題から構成されており、さまざまな場面で「生きにくさ」が慢性的に継続する要因になります。それは、うつ病、双極性障害、パニック症などの不安症、強迫症、境界性パーソナリティ障害、身体症状症、依存症などに誤診されることが多くなっています。
しかし、薬物療法が奏功しないため、多剤大量投与の要因となっています。特にASDやADHDなどの発達障害特性のある人々は、この自己組織化障害が非常に起きやすくなっているので、そのような誤診の犠牲になることが多くなっています。しかも、そこには、発達性トラウマや愛着障害の問題が複雑に絡み合っています。
したがって、この“自己”組織化の障害こそが、今心理職が取り組まなければいけない必須課題なのです。そこで、臨床心理iNEXTでは、「自己組織化障害の理解と支援」研修会を開催することにしました。
☞ https://note.com/inext/n/n6b6c8ab36593
6.古くて新しい「自己」というテーマに注目する
このように「自己組織化障害」と関連して日本の心理支援においては、「自己」の問題が再び重要テーマになってきています。そこで、臨床心理マガジン46号では、全体テーマを「心理支援における“自己”とは何か」としました。また、来る6月の研修会も「自己」に関する研修会を連続開催しています。
大塚紳一郎先生は、今年3月にC・G・ユング著「パーソナリティの発達」(みすず書房)を訳出され、出版されました※)。同書の帯には「真に自分自身の心を育むための我々の課題とは何か。他の誰のものでもない、自分だけの人生を生きていくために」と記載されています。今、我々は、改めてユング心理学を読み直し、「自己とは何か」、「自己を実現するとはどういうことか」という課題に真剣に取り組む時代を迎えつつあると言えます。
※)https://www.msz.co.jp/book/detail/09683/
そこで、臨床心理iNEXTでは、同書を注目新刊本として取り上げ、同書を読みこなすためのユング心理学入門の研修会を開催します。以前にユングを学んだ人も、まだ学んだことがない人も、ぜひ新たな気持ちでユングが探求した「自己」について学んでみましょう。
柘植道子先生には、自己確立の基盤となる「セクシュアリティの多様性」に関する研修会をお願いしています。誰にとっても「性(Sex & Gender)」は、自己のアイデンティティや愛着関係と深く結びつく最重要課題です。しかし、セクシュアリティのあり方は、見えにくいので意識しないままセクシュアル・ハラスメントを起こしやすくなります。特にセクシュアルマイノリティの人は、日々トラウマ体験を受けることが多くなっています。その点で適切な心理支援を進めるためには、セクシュアリティの多様性を学ぶことは必須課題です。
セクシュアリティ・マイノリティの心理支援に関しては、下記のような多様なテーマが存在しています。皆さんは、どれだけご存知でしょうか?
ぜひ、多くの心理職の皆様が「自己」に関する研修会に参加し、現代日本で必要となっている心理支援の基礎を学んでいただければ幸いです。
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)
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