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6-1.オンライン心理相談とは何か

(特集 できる!やらねば!オンライン相談)

下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)

1)オンライン心理相談の多様な形態

本号のテーマであるオンライン心理相談(以下,オンライン相談)とは,どのようなものであろうか。

オンライン相談は,新型コロナウィルス感染防止のために通常の対面心理相談(以下,対面相談)ができなくなって俄に注目されてきた。その点でオンライン相談は,対面相談の代替手段として位置づけられていた。しかし,オンライン相談は,単に対面相談の代替手段なのだろうか。対面相談とは異なる特徴をもつことはないのだろうか。

そこで,本稿では,そもそも“オンライン相談とは何か”についてみていくことにする。その際にまず留意しなければいけないのは,一口にオンライン相談といっても,その通信形式によってさまざまな形態があるということである。

単純ではあるが,メールのやりとりで相談をするのもオンライン相談といえる。さらに文字のテキスト・チャット形式もあれば,相手の映像が示されるビデオ通話形式もある。ビデオ通話形式でも,相手の姿がそのまま映るものもあれば,背景が加工されているものもある。さらには相手の容姿そのものが加工されたアバター形式のビデオ通話形式もある。逆に映像が消されていれば,それは単なる音声通話形式となる。その点では,電話相談もオンライン相談といえる。また,掲示板やサイト上で相談対応をする形式もある。AIが対応するチャットボット形式のオンライン相談もある。

ここでは,多くの皆さんがオンライン相談ということで想定するビデオ通話形式の,背景も含めて相手の容姿がそのまま示される形態をオンライン相談として話を進めることにする。

筆者は,連休明けの5月7日よりZoomによるオンライン相談を開始し,その後1カ月間オンライン相談を実施してきた。本稿では,その経験に加えて,他の心理職の見解(本マガジン6-2の記事参照)も参考にして,オンライン相談の特徴をまとめる。そして,オンライン相談を企画・準備し,実施体制を整える際の留意点を確認する。

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2)オンライン心理相談の独自な特徴

「オンライン相談は何か」の問いに対する結論を先に述べるならば,オンライン相談は対面相談の代替ではない。さらに言えば,対面相談の一形態でも,対面相談の変化したものでもない。新しい次元の相談形態とみることが正しい。

何が違うのか。“相談の枠組み”が根本的に違う。通常の対面相談は,クライエント様が心理職の所属する機関に来談し,面接室,グループワーク室,プレイルームなどの場において対面で会って交流する構造となっている。クライエント様は,まさに“来談者”なのである。そして,面談が終わればクライエント様はその場を出て,次回の手続き等をして機関から離れる。心理職は機関に残る。それが,対面相談の相談構造,つまり相談の枠組みである。

しかし,オンライン相談は,心理職とクライエント様がともに,インターネットにアクセスし,オンライン上でコミュニケーションを交わす。したがって,少なくともクライエント様は相談機関に来談する必要がない。自宅にいても(もちろんそれ以外の場所にいても)相談ができる。心理職も,特に相談機関に居なくても自宅でも相談対応ができる。クライエント様と心理職がコミュニケーションを交わす場は,インターネット上の空間,つまりバーチャル空間である。

したがって,その場のあり方を変えることできる。どのような通信(コミュニケーション)媒体を用い,どのようにバーチャル空間を設定するかで,相談形態のあり方は変化する。相談の枠組みを自由に(よく言えば柔軟に)設定できることが,対面相談とは根本的に異なるオンライン相談独自な特徴である。その結果,通信媒体やバーチャル空間を調整することで,さまざまな形態の相談サービスを提供できる。

それとともにバーチャル空間であるからこそのリスクも生じる。誰でも,どこからでもその相談のバーチャル空間にアクセスできる。場合によっては,現実とは異なる自らを詐称してアクセスできる。バーチャル空間で起きたことが,現実とどのような関連しているのかを心理職は把握できないことも生じる。利用条件や倫理をどのように規定するのかが,新たなテーマとなる。

このようにオンライン相談の最大の特徴は,“相談枠組み”を変えることで多様な形態があることである。この“相談枠組み”には,2つの次元がある。一つは,「相談システム」である。もう一つは,「相談の場」である。次項では,この相談枠組みの2つの次元について詳しく見ていくことで,オンライン相談のより具体的な特徴を明確にする。それとともにオンライン相談を企画し,準備していくための必要事項を確認する。なぜならば,オンライン相談を新たに実施するためには,この2つの次元の相談枠組みを決定し,構築することが必要となるからである。

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3)オンライン心理相談における「相談システム」の設定

「相談システム」の設定とは,オンライン相談を実施するための社会・環境的システムを整えることである。オンライン相談を実施し,運営するためには,対面相談とは異なるシステムが必要となる。そもそもオンライン相談が実施できるためには,インターネット環境が整っていなければならない。クライエント様はWi-Fiを使える環境があるのか。ビデオ通話を一定時間継続する容量はあるか。使用する端末がPCか,タブレットか,スマホかによっても,やりとりする情報量が異なってくる。

また,クライエント様は,オンライン相談をする場所を確保できているか。相談に集中できる静かな場所はあるか。家族や同僚がそばにいない空間を確保できるか。自宅が狭かったり,自室がなかったりすると,会話が近くにいる人に筒抜けてなり,そもそも相談できる環境が整っていないということになる。

同じことが心理職の側にもいえる。相談環境は,心理職がどこでオンライン相談を実施するのかによって変わってくる。職場で実施する場合には,所属する機関のインターネット環境や端末機器を整備する必要がある。今回の新型コロナウィルスによる外出自粛状況では,心理職も自宅でオンライン相談を実施するということも生じる。その場合,自宅のインターネット環境はどうなのかということも関わってくる。さらに心理職が自宅でオンライン相談を実施する場合には,個人情報の管理の問題が出てくる。

オンライン相談を運営する社会システムも整備しなければならない。相談のための使用するアプリをどのようなものにするのか。Skypeにするのか,Zoomにするのか,あるいはTeamsにするのか。日本製品ではV-cubeもある。そのアプリの契約や料金はどうするのか。それと関連して個人情報の情報管理をどうするか。セキュリティは十分か。
このような課題をクリアしてオンライン相談を安心して,安全に実行できるための基盤となる情報通信システムが整うことになる。

また,相談の予約や予約変更をどのようにするのかという,相談の運営システムを整備しなければならない。クライエント様と心理職がインターネットで直接に予約することも可能である。キャンセレーションのルールはどうするのか。料金はどのように支払い,徴収するのか。対面相談であれば,来談時に支払うことになるが,オンライン相談ではそれができない。オンライン相談を維持し,運営するためには,対面相談の場合とは異なる社会システムを構築する必要が出てくる。この点を明確にしておかないと必ずトラブルが発生する。

オンライン相談では,オンライン上でいつでもコミュニケーションができるのでクライエント様と心理職の関係が近くなる。個人的な関係を結びやすくなる。それと関連して多重関係などの倫理的問題が起きやすい。それに対する管理システムができているかという課題も生じる。オンライン上の関係は近くなりやすいが,それはバーチャル空間でしかない。そのために,クライエント様の自傷他害などの現実的なリスクが生じた場合のリスク管理システムを整備しなければならない。

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4)オンライン心理相談における「相談の場」の設定

「相談の場」の設定とは,そのオンライン相談の場がどれくらい現実生活に開かれているのかと関連する。クライエント様自らが映る映像の背景画面を調整しなければ,その人の生活の場が映し出される。あるいは,その場に家族などが居れば,その人が面接に影響を及ぼす。場合によっては,近くにいる人が画面に参加することも可能である。つまり,オンライン相談は,その人が生活している場に開けている

たとえば,筆者の経験では,オンライン相談の最中にクライエント様が「こんなに部屋が汚れています。片付けられないんです」と見せてくれることがあった。また,近くにいた母親が急遽参加し,本人の生活情報を説明してくれたこともあった。

このような場合は,相談の場がクライエント様の生活の場に開かれている。心理職は,オンラインを通してクライエント様の生活の場を垣間見ることができる。ときにはクライエント様の生活の場を訪れるのに近い状態となる。その点でアウトリーチに近い。このように場を設定するオンライン相談の強みは,現実場面の問題解決である。コンサルテーション的心理支援においては有効な介入法となる。行動療法やブリーフセラピー等を実施しやすい。

逆に「相談の場の設定」を変えることで,現実に閉ざされ,現実とは異なる仮想空間を演出することも可能である。クライエント様が画面の背景をハワイの風景にすることもできる。そうなるとリゾート地で面接をしている“気分”になることもできる。さらに,クライエント様や心理職がアバターを用いることで背景画面だけでなく,人物そのものも仮想化して面接する場を設定することもできる。それは,生活の場から切り離された架空の場を共有する面接となる。イメージ面接に近い。このような場の設定では,現実生活から離れて自己の語りを展開するのに有効である。自分の物語を語る場となる。バーチャル空間であるので,それが虚構であっても判別できないことも生じる。

このように現実生活との開放性や距離によって,「相談の場の設定」が変化し,相談の性質が異なったものとなる。相談の場の設定を容易に変化できることが,オンライン相談の特徴である。また,現実生活に開かれているか否かの違いはあるが,いずれも「同じ現実の場に身体的存在として共存していない」ことは共通している。これが対面相談と本質的に異なる特徴である。オンライン相談がバーチャル空間を前提とする所以である。そのため“リアル”と“バーチャル”の境界や区別が曖昧になる。そこにリスクが生じる可能性が高くなる。

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5)オンライン心理相談の有効活用に向けて

オンライン相談は,対面相談のように面接室といった物理的空間を必要としない。インターネット上にバーチャルな“相談の場”を設定し,相談活動を運営する“システム”を整備すれば,容易に相談サービスを提供できる環境を整えることができる。しかも,対面相談のように来談の手間がかからないので地域的限定がない。誰でもどこからでもアクセスできる。場合によっては,匿名性を担保したまま相談に参加できる。これは,クライエント様だけでなく,心理職の側にもいえる。自宅から相談活動をすることも可能となる。

このようなオンライン相談の“柔軟性”は,多様な相談サービスを多様な対象者に提供することを可能とする。新型コロナウィルス対策の外出自粛状況において役立つだけではない。これまで来談するのが難しかったひきこもり傾向のある人や,抑うつ等の症状が重く外出ができない人との相談も可能となる。心理職の側でも,オンライン相談をアウトリーチのように活用し,生活支援のツールとして利用できる。また,相談することに躊躇のあった人や,心理職が近くにおらず相談ができなかった人なども,気軽に相談サービスにアクセスできる。また,産休や育休で対面相談が難しい心理職にとっても,自宅からオンデマンドで相談を実施できることは活用しやすいといえる。

ただし,このようなオンライン相談の“柔軟性”は,“容易さ”になり,さらにそれが“安易さ”につながる危険が大いにある。たとえば,心理相談の専門職でなくても,単に利益のために心理相談サービスを経営することも可能である。実際に,インターネット上にバーチャルな相談の場を設定し,広くクライエント様を募り,“相談員”を提供するシステムが設立されている。相談員が心理職でない場合もある。相談を心理職が担当するとなっていても,どの程度の専門技能を習得しているかの保証はされていない場合もある。

上述したようにオンライン相談は,対面相談と本質的に異なる特徴がある。そのためにオンライン相談特有のコミュニケーション技能や心理支援技能が必要となっており,教育訓練も必要である。また,安易にオンライン相談を出会いの場として利用し,金儲けの手段として悪用するビジネスに利用する状況も生じている。それに対しては専門的観点から倫理的な問題への対処や質的保証のための規則制定が緊急の課題となっている。

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第6号
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