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11-1.心理職はコロナ禍に対して何ができたのか

(特集 心理職はコロナ禍に対して何ができるか)
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.11
※本号は,5つの記事から出来ています。毎週1記事ずつアップをする予定です。ご期待ください。

1.拡大するコロナ感染の破壊と創造

2019年12月に中国・武漢市において,「原因不明の肺炎」が流行し始め,2020年1月9日には患者から新型コロナウィルスが見つかり,最初の患者死亡が報告された。当初は,武漢市,あるいは湖北省に限定したものであり,多くの日本人にとっては,対岸の火事という意識が強かった。

しかし,2月3日には,船内感染が疑われる豪華客船ダイヤモンドプリンセス号が横浜に戻って来た。私達は,その頃からコロナウィルスが身近に迫ってきていることを感じ始めた。その後に3月11日にWHOがパンデミック宣言をし,日本でも4月16日には緊急事態宣言が全国に拡大された。このときには,コロナウィルス感染は,すでに野火のごとく,私達の足元に広がってきていた。

緊急事態宣言は5月25日に全面解除され,コロナ禍は一時,沈静化したかに見えた。しかし,一旦再燃が始まると,感染は以前に増して火勢が強くなり,鎮火の見通して立たない状況になっている。現在は,コロナ禍を前提とするwithコロナが新たな日常となっている。

さらには,コロナ禍を経ることで社会のICT化が一層進み,テレワークなどの新たな社会システムを前提とするpostコロナの時代に突入しつつある。火事で消失した市街地の再構築を見通した動きがすでに始まっている。

このように正月のお屠蘇気分も抜けきらない時期にすでに始まっていたコロナ感染は,その深刻さに気づいたときには,すでにコロナ禍となって私達の生活を一変させた。コロナ感染は,疫病という観点からは,私達に甚大な被害をもたらす災害という認識でよいだろう。しかし,私達の生活のあり方や社会の構造を破壊し,新たな社会のあり方への転換を促している点では,破壊と創造を促す要因とみなすことができる。

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2.心理職は,コロナ禍に対して何ができるか

では,心理職は,このような社会の変化にどのように対応すればよいのであろうか。疫病の被害を避けるための外出自粛によるコロナ・ストレスへの対処支援に貢献するだけでよいのだろうか。新しい社会に向けて破壊と創造のプロセスに関与していかなくてよいのだろうか。

臨床心理iNEXTは,2020年4月1日に会員募集を開始することとなっていた。それとともにオンライン広報誌として臨床心理マガジンiNEXTを発行することにして,遠見書房の山内氏とも打ち合わせを重ねていた。ところが,いざ第1号の編集に入った段階で,コロナ感染が深刻となってきた。

そこで,急遽,編集方針を切り替えることとした。「心理職は,コロナ禍に対して何ができるのか」を基本テーマとし,コロナ対応に焦点を絞った特集を組んでいくこととし,第1号の編集を進めた。

本項では,コロナ禍の進行に対応して編集していった,この5カ月間の各特集を見直し,改めて「今心理職はなにができるのか,何をしなければならないのか」を考えていきたい。

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3.心理職がコロナ禍に対してできたこと

コロナ禍は,私達の日常生活のあり方を一変させた。人々は,三密を避け,外出自粛することが日常となった。密な対人コミュニケーションを基本とする心理職も,多くの場合は活動自粛をせざるを得なかった。そのような状況において,当初できることは,外出自粛等によるコロナ・ストレスへの対処法に関する情報提供をすることであった。

臨床心理マガジンiNEXT創刊号

臨床心理マガジンiNEXT2号

ただし,保健医療分野で働く心理職は,感染に注意しながら通常の活動を続けた。また,公共機関に勤務する心理職も感染予防に細心の注意をしてサービスを継続した。このように,心理職の中には,人々が生活する中で必要不可欠な仕事を担うエッセンシャルワーカーとして位置づけられる場合もあった。感染ストレスの中で働くエッセンシャルワーカーや市民への心理サポートも心理職の重要な課題になってきた。

臨床心理マガジンiNEXT3号

また,コロナウィルス感染治療のチームに参加し,危機対応として心理支援にあたる心理職もいた。このような状況の中で,改めて「心理職の役割とは何か」が問われた。

臨床心理マガジンiNEXT4号

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4.心理職がコロナ禍に対してしなければいけないこと

コロナ禍の進行に対応して,テレワークやオンライン会議などICTを積極的に用いた対策がとられるようになった。大学では,オンライン授業が日常となった。これに対応して,心理職もオンライン教育に取り組む必要が出てきた。

臨床心理マガジンiNEXT5号

当初は,外出自粛への一時的な対策にも思えたオンライン化は,次第に新たなコミュニケーションのあり方として定着してきた。そして,オンライン心理相談も,心理職がサービスを継続するために取り組むべき手段となった。

臨床心理マガジンiNEXT6号

コロナ禍への対策として促進されたオンライン化は,第4次産業革命に向けて遅れが目立っていた日本社会の課題を洗い出すことになった。働き方改革が叫ばれる中で,テレワークは進んでおらず,会社員は毎朝満員電車で通勤をしていた。

コロナ禍は,結果として,ICT化の促進要因となり,一気にICTが生活の中に入り込むIoTの時代に突入することが確実となってきた。そのような中で心理職も,対面相談だけに拘ることはできなくなる。アプリやロボット,VRなどを活用した心理支援の歩法を発展させることが重要な課題となる時代となりつつある。

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5.心理職が,公認心理師の,その先を目指すために

このようにしてコロナ禍に対応して右往左往している間に,いつの間にか時代は,社会の変革期の真っ只中に入ってきている。心理職も,そのような時代の変化に即して,活動のあり方を変えていくことが求められる。オンライン相談などは,そのひとつである。さらに,時代の変化を見越して,新たな社会に適した専門的な活動モデルを開発し,転換していくことも必要となる。

2015年に公認心理師法が成立した。しかし,公認心理師は,医師の指示に従うことが法律で規定されているなど,世界の常識や時代に逆行した,旧式の医学モデルに基づく実務者としての位置づけとなっている。

そのため,心理職が新しい時代に即した専門職として発展し,社会に貢献していくためには,公認心理師の限界を越えて,新たな活動モデルに基づく実践心理職の育成が必要となっている。具体的には,実践心理職に必要な技能を体系化し,段階的に技能の習得を進める研修システムの提供が求められている。

臨床心理マガジンiNEXT8号

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6.コロナ禍に対する学校の対応から学ぶ

どの分野でも,コロナ禍の影響を受けて,従来の活動ができなくなり,代替の対応や新たな活動に向けての試行錯誤が続いている。そのような中で休校を余儀なくされるなど,コロナ禍の直接的な影響を強く受けているのが学校である。スクールカウンセラーは,そのような学校において,教員と協力をしてコロナ禍に対応してきていた。

そこで,臨床心理マガジン10号では,夏休みに入った現行の現状を取材し,今後の心理職の活動の発展に向けての参考とすることを目的とした。コロナ禍の渦中にあった学校に勤務したSC4名で「コロナ禍に直面し,対応をしてきた学校の状況と課題」「コロナ禍に直面している学校においてSCは何ができるか」をテーマとして座談会を開催したのに加えて,コロナ禍に積極的に対応してきている学校現場の校長先生と副校長先生にインタビューをした。

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7.コロナ禍に向き合うために

臨床心理マガジン第10号では,学校という教育分野での心理職の活動をテーマとして選んだ。なぜ,教育分野を選んだのか。それは,教育分野での活動が,今後の心理職の新しいモデルになる可能性があるからである。

医療分野では,患者が自身の生活の場から離れて,医療施設に来所し,診察と治療を受ける医学モデルに基づく活動と基本的となる。それに対して学校は,通常,生徒と教員,事務員等が一緒に一日を過ごす生活の場である。スクールカウンセラーも,そのような生活の場に参加して,心理支援をする。したがって,教育分野での心理支援は,医学モデルによる活動と本質的に異なる。

もちろん,医学モデルに拘り,面接室にクライエントが来談するのを待つスタイルの旧式の治療構造モデルに拘るスクールカウンセラーもいる。しかし,スクールカウンセラーの本質は,学校という生活の場で,生徒と教員と一緒に活動する中で心理支援をする活動である。その点でスクールカウンセラーの活動は,コミュニティ・モデルに基づくものである。

コミュニティ・モデルは,心理職が,旧式の医学モデルの限界を越え,新たな時代に向けて発展していく可能性を秘めたものである。ポストコロナの時代には,生活に密着した心理支援がますます重要となってくる。

そのような観点からも,今後は,オンライン相談などのICTの活用を含めた,コミュニティモデルに基づく心理職の活動の展開が大いに期待されるところである。

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