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「海と - 稲とアガベと男鹿のメディア」タイトル会議の様子をお届け!

「お酒とはメディアである」と語る秋田県男鹿市の稲とアガベ醸造所が立ち上げたオウンドメディア「海と - 稲とアガベと男鹿のメディア」

稲とアガベは、なぜこのタイミングでWEBメディアを立ち上げるのでしょうか。また、なぜ「海と」というタイトルになったのでしょうか。

今回の記事では、稲とアガベの岡住修兵代表とおこなったメディアタイトル会議の様子をお届け。当メディア編集長でもあるSAKEジャーナリスト・木村咲貴が、そのコンセプトや背景を聞き出します。


お酒はなぜ、メディアなのか

──岡住さんは、「お酒はメディアである」とよく言っていますよね。

岡住:講演なんかで話すときは、地域のことを知ってもらうための存在という意味合いでそう言っています。飲んだらその場所に行きたくなる、というような。でも、実際はそれだけじゃないんですよね。

お酒って、僕が意図しないところや、僕が出会えない人にも届く存在なんですよ。雑誌やテレビ、WEBメディアなんかとは異なる動き方をして、人を地域に呼び込んでくれるようなメディアだと思っています。

──なぜ、そう考えるようになったんでしょうか?

岡住:お酒の機能を、自分なりに解釈しようとした結果です。僕にとって、お酒はそもそも毒だという認識があるんですよ。飲んだら楽しくなるとか、人と人をつなぐとか、いろんな良い要素もあるけど、毒としての側面が年々強くなっている。

──WHO(世界保健機関)は、2030年までに有害なアルコール使用を20%削減することを目標に掲げていますし、コロナ禍を経ての健康志向も合わせて、世界はどんどんノンアルコール化してきていますね。

岡住:お酒が酔って楽しいだけのものでしかないなら、いずれ毒という面に押されてなくなってしまうんじゃないかという危機感があるんですよね。「お酒ってほかにどんな良い機能があるだろう」と考えた結果、言語化できたのが、「お酒はメディアである」という言葉だったんです。

──お酒って、瓶に入って届くわけですけど、岡住さんのお話を聞いていると、隙間なんかにも流れ込んで、広がっていく流動的なイメージが浮かびます。

岡住:そうなんですよ。1本のお酒が、もしかしたら数十人もの人々と触れ合うことになるかもしれない。僕の作ったものが、どんなところへ行くか、どんな消費のされ方をするかっていうのは、コントロールできないんです。普通のメディアって、ある程度ターゲティングした相手に見てもらうものだと思うので、機能としてちょっと違うんじゃないかと。

お酒は、感覚的に「美味しい」って思うと、興味を持って調べて、「男鹿に新しくできたんだ。レストランもあるんだ。 行ってみようかな」という行動まで結びつく。文章や写真、映像とは説得の仕方が違うのがおもしろいと思っています。

──確かに出版物やWEBサイトなどのメディアは、読者層や視聴者層をある程度想定して作られていますね。ニュアンスが違うかもしれませんが、お酒が連れてくるつながりとして、「酒縁」という言葉があります。岡住さんも、今こうしてお酒の仕事をされているのは、お酒を通していろいろな人に出会ったからではないでしょうか。

岡住:最初はそういう意味で「メディア」って言ってたんですよね。お酒を飲んでいると、いろんな世代の人たちに可愛がってもらえたり、 仲間たちとの関係が深まったりして、仕事がきつくても「明日もやるか」という気分になれる。それは、根っこにあると思います。

でも、「お酒は人をつなぐ存在」と言い切るのは、美化しすぎているような感じがする。酒縁って美しい言葉だけど、 ちょっと違う感覚かもしれないです。人と人のつながりに必ずしも媒介としてお酒が必要なのかっていうと、 一切なくてもつながることはあるだろうし、マイナスの面もあるわけなので。

──お酒を美化しすぎると、先ほど言ったような「毒」の側面が無視されてしまうおそれがありますね。

岡住:お酒が飲まれなくなったとしても、人と人の縁はつながっていく。じゃあ、お酒にしかない機能ってなんだろうということを考えています。

例えば、お酒って共有できるんですよね。瓶を開けて、美味しいと思ったら、そのまま誰かのところへ持っていける。梨みたいな果物って、美味しいからって、半分どこかに持っていかないじゃないですか。その側面を分解していくほうが建設的な気はしています。

お酒は毒。その事実を乗り越えるには

岡住修兵代表

──お酒の保存性から来る共有可能性とは、おもしろいですね。岡住さんは、お酒を造る人だからこそ、お酒の悪い面に自覚的になろうとしているんだろうなと感じます。

岡住:お酒の事業は、僕が生きている時代はいいですよ。アルコール消費が減ってきているとはいえまだ飲まれているし、一生懸命やれば、ある程度商売ができる自信はあります。

だけど、稲とアガベを、子どもや、孫や、別の人が引き継いでいくとしたら、いつかしんどくなると思うんですよ。そうすると、最初に立ち上げた人間としての責任があるわけですよね。未来永劫ちゃんと続いていく発想で商売しないと、後世の人たちが可哀想。だから、お酒の持つ毒の部分には向き合わないといけないし、絶対に逃げちゃダメなんです。

──お酒は太古の昔から人類に愛されてきました。文化として残していくために、お酒のマイナス面と向き合ったうえで、本質的な魅力を言語化することは必要でしょうね。

岡住:これに関しては、(前職場である新政酒造の)佐藤祐輔社長の影響が強いです。当時、社長から「タバコはWHOが毒だって言い始めてから吸う人がめちゃくちゃ減ったから、いつかアルコールもそうなっていく」と聞かされていました。その中でも「これは残すべきだ」と思ってもらえる存在になっていこうという意思があるからこそ、彼は木桶や生酛など、文化的な側面を重要視しているんですよね。

100年先、200年先も残すべきだと思ってもらえるような存在になるためには、美味しいだけじゃダメなんです。それに対する僕なりのアプローチはなんなんだろうっていうのは、自分のチャレンジとして常に考えています。

稲とアガベがWEBメディアを立ち上げる2つの理由

──お酒の機能として、メディア性がある。メディアは、別に良いことばっかり伝えているわけじゃないけど、何かを伝えるという機能はあると。
では、お酒をメディアだと考えている稲とアカベが、なぜ実際にWEBメディアをオープンすることになったのでしょうか。

岡住:たぶん、僕はお酒だけじゃダメだと思ってるんでしょうね。お酒はほかのメディアと違うかたちで情報を届けてくれるけど、お酒を飲んだだけで伝わるものは少ない。

僕は、言語化することをすごく重視しています。人との関係を築くとか、相手に楽しんでもらうとか、いろいろな感情を作り出すためには、やっぱ言葉がないといけない。

──岡住さんが言葉にこだわっているのは、「稲とアガベ」に始まるブランドやプロジェクトの名付け一つひとつから伝わってきます。

岡住:創業からこれまで、いろいろなメディアに取材していただき、数えたことはないんですが、数百という媒体で紹介してもらいました。でも、既存のメディアに入れ込める情報ってどうしても少なくて、例えば100媒体に載せてもらっても、100種類の記事ができるわけではないんですよね。大きく分けて2、3パターンくらい。ほとんどが起業家として、たまに醸造家として、あとは地域づくりやまちづくりみたいな切り口になっています。

でも、それだけじゃないんだっていう思いが強くて。

──記事100本分のインタビューをされても、100回同じ話をしなければならないなら、徒労感を覚えてしまいそうですね。良いインタビュアというのは、ほかの記事に書かれていないことを聞いて、新しい情報を届けるものだと、いちメディア人として思いますが。

岡住:まだまだ小物ですから、自分のことを知らない人のほうが多いし、お話を聞いてもらえるだけでありがたいんですけどね。

でも、ここには魅力的な仲間たちがいるし、そういう人たちが頑張ってくれているおかげで、稲とアガベが成り立っている。地域の人たちの応援があって初めて、この街を豊かにしていこうと頑張ることができている。単純に、メディアに対して僕が1対1で話して出てくるような言葉だけじゃ伝えきれないという感覚が強いんだと思います。

──伝えられていない部分を伝えるためにオウンドメディアを作る、と。

岡住:あとは、ファンを大事にしていきたいんですよね。ビールメーカーのヤッホーブルーイングさんの本を読むと、2割のファンが8割の売上に貢献していると書かれている。ファンをむちゃくちゃ大事にして、ファンにいかに楽しんでもらえるかに取り組み続けた結果、そういう構造になってるんですよね。

日本の人口が縮小し続けるのはもう目に見えているから、単純な消費のされ方だけをしていると、どこかに取って変わられてしまう。稲とアガベも、ファンとのコミュニケーションを何よりも大事にする企業になりたいというのは、ここ一年くらい考えていました。

──現在、ファンとの交流を目的に岡住さんが発信する企画として、メールマガジン「ふわふわタイム」がありますよね。1通目に「返信ください」と書いたら、数十人のファンからお返事があったと聞いて驚きました。

岡住:作りたいのは、ファンを大事にする場所としてのメディアです。そこにファンが集まってきて、コミュニケーションが取れて、知りたい情報が常に集約されている。あるいは、ファンの意見を集めて、新しいものづくりにつなげるといった、双方向性があるメディアをやりたいという気持ちがあります。

──岡住さんは個人でSNSの発信をしていますが、最近はお知らせすることが多すぎて、一人では発信が間に合わないのではと感じていました。あと、SNSってアーカイブ性がないんですよね。「ここに行ったら稲アガの情報が集まってるよ」という場所はあったほうが良いのかもしれません。

岡住:SNSだと、いいねやリツイートまではできるけど、「ありがとうございます」と全部に返すのはさすがにしんどくなってきてしまって。それを、メディアを立ち上げることによって補完できたら、と思っています。掲示板にお客さんが「このお酒飲みました」って書いて、うちのスタッフがコメントする。そのスタッフのインタビュー記事があって、「こんな人がいるんだ」と伝わるようなのが理想です。

イメージを的確に表すメディアタイトルを考える

──では、そんなイメージに基づいて、メディアのタイトルを考えていきましょう。メールマガジンの「ふわふわタイム」は、どうしてそんな名前になったんですか。

岡住:直感でつけました。

──「陋習(ろうしゅう)を破る」「猩猩宴(しょうじょうえん)」などの難読漢字が続いて、いきなり「ふわふわタイム」(笑)。岡住さんって、ちゃんと一つひとつのネーミングに意味を持たせるじゃないですか。稲とアガベのお酒のコンセプトも、「土」シリーズはどぶろく、「風」シリーズは男鹿の寒風山とかありますし。

岡住:僕は言葉を信じているんですよ。小さいころから本が好きで、言葉のおもしろさに触れてきたからこそ、言葉をうまいことチョイスできる人間になりたいと思っています。同じことを表現するにしても、どんな言葉を使うかで人の感情の動き方って全然違いますから。

でも、理由のない名前もいいなって思ったのが、「ふわふわタイム」ですね。会社が潰れたらみんなが困るから頑張らなきゃってちょっと追い詰められていた時期に、軽やかに、ふわふわしていたいなと思ったわけです。

──でも、お酒を飲むとふわふわしますよね。 無理矢理ですけど(笑)。

岡住:まあ、そういう解釈の余地がいろいろあればいいかなと。最近、第2回「海藻サミット」を開催したので、今回のメディアは海のイメージの名前がいいかな(※当会議は2023年11月4〜5日、男鹿で開催された「海藻サミット」の直後に実施)。

──海もお酒と同じ液体ですもんね。冒頭におっしゃっていたイメージとつながる気がします。男鹿も半島だから海に囲まれているし、漁師さんも多いですし。

岡住:海との関わりを増やしていきたいというのが、海藻サミットのひとつの結論で、これからの出発点だと思っています。海って、島国である日本の人々にとってすごく大切な存在なのに、今、漁業者が13万人しかいなくて、その13万人が海のすべてを決めているっていう状態なんですよ。こんなに近くに海があるのに、日本人と海との関わりがどんどん減ってしまっている。

食料自給率も、もともと海産物は100パーセントを達成していたのが、今は50数パーセントくらいまで落ちているんです。海藻がなくなることで、産卵の場所がなくなって、魚の数が少なくなっているという話も聞きました。海に面した町に醸造所を持つ立場として、これからは海について考えていかなければいけません。

──だから、海のようなイメージ。そして、人々が集まるコミュニティを表す言葉ですか。

岡住:海って、世界中を媒介している存在でもありますしね。

──海は大陸を隔てるものではなく、国と国を繋いでいるものだと解釈することはできますね。

岡住:僕は、壁とか、国境とか、何かを隔てるような考え方が嫌いで。人種、肌の色、言語などの境界を超えていけるような存在として、お酒をとらえているのかもしれないですね。宇宙から見れば、国境線なんてないわけで、島国の日本はどことも国境を面してないから、海というのは、必ず外との媒介になっている。

──お話を聞きながら思ったんですが、岡住さんがお酒とメディアに液体のような流動性を感じていて、海ができて稲とアガベの循環が完成すると思っているんだとしたら、もしかしてふわふわタイムって雲なんじゃないですか?

岡住:えっ、ふわふわタイムって雲のことだったのか(笑)

──海から上がった水蒸気が雲になって、それが雨になって山に降り注いで、山から流れた水がまた海に流れていくじゃないですか。

岡住:なるほど、雲と海みたいな関係性。俺の気まぐれでできる雨雲としてのふわふわタイム(メルマガ)に対して、海(WEBメディア)は常にある。大きくて、いろいろな人たち、いろいろな国々をつないでいく存在。

──いいですね。その調子で、何かいい言葉が見つかれば。

岡住:僕、アルチュール・ランボーの詩が好きなんですよ。「永遠」という作品の中に、<また見つかった。何が? 永遠が。海と溶け合う太陽が。>という一節があって、男鹿の夕日を見るたびに、「ああ、ランボーの詩だな」と思っています。

永遠とは、海と溶け合う太陽であり、 男鹿の海には永遠があるという事実が、僕をいつも奮い立たせてくれる。なくなりゆく町と、溶け合う太陽。タイトル、もうシンプルに「海」でもいいかもな。

──記事ではカットしましたが、実はこのインタビュー中に、短歌からChatGPTまでいろいろ調べました(笑)。海に関連する言葉って、ちょっとロマンチックでむずかゆい感じになってしまいがちですし、ストレートでいいのではないでしょうか。

岡住:難しすぎて意味が入ってこないのもちょっと違いますしね。

──では、「海 - 稲とアガベと男鹿のメディア」で決定ですか?

岡住:「海と - 稲とアガベと男鹿のメディア」にしましょう。

──「と」をつけるんですね。

岡住:稲とアガベにとって、「と」は何かと何かをつなぐ、大切なものなので。

──商品も、「稲とアガベ」「稲とホップ」「稲とブドウ」など、素材同士を結びつけていますもんね。「海と」はその後に続く言葉がなく、何ものにも開かれているから、いろいろなものとつながっていく。コンセプトに合っていると思います。

岡住:海のように広い視点を持ち、海のように深い思考で、海のように世界を媒介する。そんなメディアにしていきましょう。

*聞き手・Saki Kimura(SAKEジャーナリスト)

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