ひとりの生産者かつ消費者として、“農”から社会を変えていく──保坂君夏さん
大学を休学し、農業の現場を知るために耕作放棄地を復活させる「さとやまコーヒー」などの活動を始めた保坂君夏(ほさか・きみか)さん。アルバイトをしていた稲とアガベの正社員となり、現在は自社田でクラフトサケの原料米やレストランの食材を育てています。
まだ20代でメンバーの中でも若手ながら、稲とアガベの哲学を自然に理解し、自身の夢に繋げながら前進する君夏さんに、お話を聞きました。
きっかけは秋田の美しい原風景
──秋田県立大学に通っていた学生時代から、アルバイトとして稲とアガベで働いていた君夏さん。入社に至るまでの経緯を教えていただけますか?
君夏:最初はアルバイトとして、併設レストラン「土と風」の洗い場や調理、接客の担当をしていました。シェフと一緒に農作業を始めてから仕事が楽しくなり、結婚※1も視野に入れていたので、8月から正社員として働いています。
──君夏さんは、大西克直(おおにし・かつき)さんと「秋田里山デザイン※2」という取り組みをしています。この活動のきっかけはなんだったんでしょうか?
君夏:彼(大西さん)と初めて会ったのは大学3年生のとき、湯沢市でおこなわれた「Fermentators Week」という、発酵をテーマにしたイベントでした。
そこから飲み仲間になり、将来のことや秋田について話すようになる中で「今ある秋田の風景を、この先見れなくなるのは嫌だな」と感じて、農業を通してなにかできないか考えたんです。僕は休学して既に男鹿に来ていたのですが、克直さんから「一緒に何かしないか」と誘われて始めたのが「秋田里山デザイン」でした。
最初はコーヒーではなく、耕作放棄地で小豆や夏野菜を育てて販売していました。 でも、克直さんがずっとコーヒーを淹れてきたことを知っていたので、「コーヒーも農作物だから、もう1回コーヒーをやれば良いんじゃないか」と提案して、「さとやまコーヒー」が生まれました。
──男鹿とさとやまコーヒーにはどんなシナジーがあると思いますか?
君夏:エチオピアのコーヒーを少量から適正な値段で買うことが、秋田で同じように課題を抱えている一次産業者との繋がりを増やしていけるのではないかと考えています。現代は消費者の姿勢がだんだんと変わってきていて、生産者を応援したり、ストーリーに価値を見出したりする人が増えています。
僕たちが一消費者としてよい値段で生産者からコーヒー豆を買い、一生産者として地元の人たちとよいものを作って売るという活動が、そうした消費をあたりまえにしていくんじゃないかと思っています。
ひとつのものととことん向き合う
──そもそも君夏さんが農業に興味を持ったきっかけはなんだったんでしょうか?
君夏: 高校2年生の時に目覚めた、「オジギソウをお辞儀しないただの葉っぱにする」という研究です。それまでは運動部に所属していたんですが、授業中オジギソウを触っていたら動かなくなり、「あ、これ面白いかも」と思って研究を始めました。
科学部で研究を続けていたら県で1位になり、全国大会で発表。さらには高校のプログラムに選抜され、アメリカに行き現地の高校生と研究報告会もしました。そこで、 植物について学べる大学に行こうと思い、東京農業大学と迷ったのですが、秋田が好きなので秋田県立大学に進学しました。
──オジギソウのエピソードが衝撃的ですが……(笑)。そこから農業にはまっていったんですか?
君夏:最初のきっかけはそうですが、「農業者として頑張ろう」と思ったのはもっと後になってからです。大学入学後の研究は、いわゆる農業政策の分野でした。衰退している秋田の農業に、福祉施設やアパレルなど他の産業から入ってくる事例を調べたり、秋田で作られている農業の施策がどれだけ秋田県内で使われているかを研究していました。
でも、農業の根本の課題は一貫して高齢化の進行、耕作放棄地の増加、農業生産額の減少でした。将来、農家さんと関わるビジネスをするにしても、一度自分で土を触って課題の本質を見たほうが、仕事相手も聞く耳を持ってくれるんじゃないかなと思って、休学して農業を始めました。
──すごい行動力ですね。君夏さんのそのエネルギーの源はなんなのでしょうか?
君夏:好奇心もあります。あとは「知らない」ということが嫌ですね。何かを実際に体感しないと、自分事として話せませんし、「ひとつのものをどれだけ面白がれるか」というのがすべての始まりだと思っています。
個性豊かなチームと、刺激的で成長できる環境
──「土と風」では、シェフの(佐藤)勝太さんが料理をされていますが、君夏さんの担当はなんですか?
君夏:予約フォームの作成やお問い合わせ対応など、広報的役割が多いです。他にもSNS用の写真撮影、文章構成、経理面の管理をしています。
──マネジメントの部分ですね。 使っている野菜は外部の農家さんのものもあると思いますが、自社の畑ではどのような野菜を作っているんですか?
君夏:基本的には秋田の男鹿で本来採れないものを中心としています。まだ少量多品目ですが、ハーブなどです。最近は「こういう皿を作りたい」というシェフの意見を事前に聞いて、種選びも一緒にしてから栽培することが多いです。
去年は「漬物用の大根は、果たして漬物が最も美味しいのか?」という仮説を立てて大根を作りました。収穫後検証したら、煮物との相性がとてもよかったのでお店で煮込みにして出しました。あとは「この食材は硬いけど味がすごい特徴的だから、ソースにしよう」というふうに、シェフの専門的な意見を拾えるのがとても面白いです。
──オジギソウに好奇心を持った君夏さんならではという感じがしますね。君夏さんにとって勝太さんはどのような料理家ですか?
君夏:地元で取れるものを本気で探して、その特徴を生かそうとする料理人です。自分で釣りに行くこともあれば、「今日は仕込みが少ないから農地に連れて行って」と一緒に作業をすることもあります。そういった仕事に対する姿勢をダイレクトに感じているので、 「一次産業者目線を持ちつつ料理をしているのだな」と同じ店にいながら安心しています。
──岡住代表も、公庫の農林水産部門にいた齋藤さん※3も、君夏さんが一生懸命取り組んでいる第一産業を応援してくれていると思いますが、それを感じる瞬間はありますか?
君夏:たくさんあります。春先に水路清掃といって、2キロほどある水路に溜まった落ち葉や倒木を地元の農家さんと山に登って掃除するのですが、農業への理解が深い斉藤さんはその大変さもわかっているので、率先して手伝ってくれました。
社長もとても忙しいのに「今日暇だから3時間くらい一緒に雑草を抜きたい」と手伝ってくれたり、お客さんをコンスタントに連れてきてくれますね。そのほかにも他の酒蔵の方と交流の機会を設けてくれたり、常に成長する機会を設けてくれます。
──君夏さんが現場にいるだけではわからなかった新しいものを持ってきてくれるのは、まさに経営者視点を持つ岡住さんならではかもしれません。
君夏:そうですね。稲とアガベの自社田での米作りも始めたので、これから取引先の蔵が増えてくれたら嬉しいです。
農業を拡大して「地元に根付いた酒蔵」へ
──稲とアガベの自社田プロジェクトはどこまで進んでいますか?今年(2023年)収穫されたんですよね?
君夏:はい、今年の春に開墾して改良信交(酒米)を育てました。急ピッチでしたが、無事に収穫できました。
2年目(2024年)は他の社員も米作りに関わってもらって、自分たちが扱って着る米への愛着が湧いてくれればよいなと考えています。 その後は地元の農家さんや飲食店の方々を巻き込んで、田植えや除草、稲刈りをやりたいです。そうすることでお客さんに伝えられるお酒のストーリーが増えていくだろうと思うので、その先でコミュニティを作れたら理想的ですね。
──楽しみですね。最後の質問ですが、君夏さんの今後の目標を聞かせてください。
君夏:農業の規模拡大です。ラーメン店やレストラン、加工場も運営していますが、根本は酒造りだと思うので、お酒についてさらに語れることを増やすためにも、育てる米の種類を増やしていきたいです。
その中で引き続き耕作放棄地を活用したり、地元の農家さんが引退する際にうちの会社が農地の受け皿になれたら、「地元に根づいた酒蔵」という理想に近づけると思っています。それは社長が求めているもののひとつでもあるのかなと。
また、レストランの1カ月分を賄える量は採れていますが、お店で食べたものを帰りに買ってもらえるくらいの量を作りたいです。
あとは食のプロジェクト企画ですね。先日の海藻サミット※5で海藻との繋がりが生まれたので、この機に社長と本当に海のことを考えたいです。イベントの企画や他の一次産業者さんたちとこの先どのように活性化させていくかを提案できるようにがんばります。
──岡住さんと共通したポリシーを持っているというのは、稲とアガベにとっても心強い存在ですね。ちなみに君夏さん、昔は日本酒を飲まなかったと言っていましたが、現在は飲むんでしょうか?
君夏:うちの蔵のお酒は、提供する立場なのでほぼ毎日飲むようにしています。他の日本酒はあまり知りませんが、イベントで一緒になった方の活動に惚れてお酒を飲むことが増えました。
僕の場合、「米」から興味を持って日本酒を飲むことが多いです。日本酒離れが進んでいますが、僕みたいにお米や農家さんの活動をきっかけに興味を持つ人がこれから増えていくと実感しています。「自分の活動を通してどれほどのターゲットに触れられるか」が、僕自身が一次産業で目標にしていることで、社長が考えているまちづくりでもあると思いますし、農業とレストランをベースにこれからも発信していきたいです。
この記事の担当ライター
篠 実里
商社勤務後、趣味の酒蔵めぐりが高じて千葉の酒蔵で日本酒作りに従事。その後中東ジョージアに滞在し、人とワインの密接した関係に感銘を受け、福岡の酒蔵宿にて日本酒の魅力を発信。幼少期をメキシコで過ごしたため「稲とアガベ」に縁を感じている。
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