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勲章

 ばあさんはじいさんの手をとりながら、ありがとうあなた、と言った。
 じいさんはばあさんに手をとられながら、ありがとう、と言った。
 じいさんは恥ずかしさと嬉しさとが混ざった表情を見せて目を閉じたあと二度と目を開けることはなかった。

 あの日もこんな表情をしていた。
 何十年も昔のあの日、ばあさんはじいさんから言われたある言葉によく聞き取れないまま調子で、はい、と相槌を打った。
 するとじいさんは、やったぁぁ!と飛び上がって喜んだ。
 それはじいさんの一大決心の結婚の申し込みだったのだ。
 ばあさんはじいさんのあまりの喜びように、いやそれは、とは言い出せなかった。
 
 とにもかくにもあれから長い長い年月を一緒に歩いてきたのだ。
 ばあさんは、あの時は実はね、と冗談まじりでじいさんに一度も打ち明けたことはない。
 それがじいさんの一番大切にしている勲章だと知っているから。

 そしてそのことが自分の一番大切な勲章でもあるから。

 医師が少しあちらへと促してもばあさんの耳に入らない。
 じいさんの手をずっと離さない。