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今日の昼食った飯が専門と繋がった話

今日の昼入った蘭州ラーメンの店で、一度は「ラグマン」という奴を食べてみたいと思って注文してみた。ただ、写真を見てそれっぽいと思っただけで、実際には盖浇面と書いてあった。ラグマンの中国語は拉条子らしいので、似て非なるものなのだろうか。

ラグマン(?)

妻の勧めで”孜然牛肉盖浇面”というのにしてみた。18元(≒ 360円)。やっす。美味しいけど、この店はいつも麺が固め。もうちょっと柔らかいのが好みだったりする。

それはさておき、この時にクミンは中国語で”孜然”ということを知った。発音は辞書にはzīránと載っているがみんな普通zǐránと発音するらしい。

なんか中国語の本来語っぽくない匂いがしたので、早速お手軽にwiktionaryで調べてみた。すると、「ウイグル語zireからの借用」とある。

Wiktionaryの孜然の記事


興味が出てきたので、詳しく調べてみることにした。

まず、wiktionaryに出典が記載されていなかったので、Loanwords in the Chinese Languageという本で裏取りしてみると、確かにウイグル語からの借用とある。ということはこの記述から辿ってみても大丈夫そうだ。

というわけでウイグル語zireの記事に飛ぶと、今度はペルシア語zīreからの借用語とある。確かに綴りから見てペルシア語っぽい感じはめっちゃしていた。

Wiktionaryのウイグル語زىرهの記事

今度はペルシア語のzīreの記事に飛んでみる。

Wiktionaryのペルシア語زيرهの記事

ここに比較対照としていくつかのイラン語の語形とサンスクリットjīraka-というのが挙がっていた。そこで今度はサンスクリットの辞書を引いてみると、これはSuśruta-Saṃhitāに実際に出てくる語らしい。これはアーユルヴェーダの文献。ついでにソグド語のzyr'kk /zīrē/という形が挙がっていたのでソグド語辞典も引いてみると、これも実際にある語らしい。ただ語源関連の記述はなかった。

今度はバローチー語のzīrrag(参照した本によると、iは長いらしい)の方から攻めていくと、バローチー語歴史文法の本に、「おそらくペルシア語のzīreからの借用語で、そのペルシア語形は更にインド語から来ているかもしれない」という記述があった。

そうするとサンスクリットjīraka- → ペルシア語zīre → ウイグル語zire → 中国語 '孜然'という経路になる訳だが、サンスクリットからの借用語のj-がペルシア語でz-になるかどうかがいまいち疑問に思った。むしろwiktionaryのように系統的に同語源の単語と言われた方がまだしっくりくる。

というわけで今度はペルシア語の歴史の本を見ると(実は古代ペルシア語はちゃんと勉強したことがない)、古代ペルシア語のj-は中期ペルシア語(パフラヴィー語)でz-になると書いてある。ということは相当古い借用語なら多分矛盾しないんだろうなという結論になる。Suśruta-Saṃhitāは紀元前後くらいの文献なので、この時期に借用されたと考えても矛盾はしない。

結局のところ、イラン語に広くz-が例証されているから個人的には借用よりもイラン語としての本来語だという筋を推したくなるが、借用なのか本来語なのかはっきりと確定はしないという結論しか出なかった。

思わぬところから印欧語の話に繋がったのでちょっと深入りしたが、たまには中国語の単語を調べるのも面白いと思った。

(12/4追記) jīraka-とzīreが同語源だと考えた場合、どうしても*ǵiHr-みたいな語根を想定しなければならないが、サンスクリット的にはjaraṇa-もクミンだから語根はおそらくjr̥̄ということになる。これはイランだとzar-になってしまうはずだから、zīr-という形は借用以外有り得なさそう。

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