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SAVE DATA 第一話〈創作大賞2023 イラストストーリー部門〉


〈あらすじ〉

角塚亜理紗つのづか ありさ 、高校7年生』

私立桜道館高校おうどうかんこうこうの新任教師・明日崎あすざきは、クラスの人気者・角塚亜理紗つのづか ありさが、卒業した次の年にも在学していることに気づく。彼女を詮索しているうちに、角塚が7年前にこの高校に入学し、何度も3年生を繰り返している事実を知る。

「先生はさ、終わらない青春ってあると思う?」

青春せいしゅん
それは甘酸っぱくて、人生で最もエネルギッシュな時期。
だが、青春に対する想いが強くなるほど、青春は呪いとなり、やがて現実を支配する能力『超青春ちょうせいしゅん』に変容する。

超青春ちょうせいしゅん』に呪われた角塚の運命を知り、明日崎はやがてある決意する。

これは青春を繰り返す生徒と、青春を過去に置いてきた教師の『超青春ちょうせいしゅん』物語。


〈本文〉

Chapter1 「邂逅」


2022年9月某日ーーー。

ここは『桜道館高等学校おうどうかんこうとうがっこう』。都市部から少し外れたこの地方では珍しい私立の進学校だ。
一学年に生徒は約200人。偏差値は57程度で、入試倍率がそこそこ高く人気がある。それにはいくつかの理由があった。
例えば、大学進学率99%という実績が親世代にとって魅力的だから。進学する生徒にとっては親がそれなりに満足してくれるところが魅力的だからだ。
しかしそんなことは私にとってはどうでも良かった。

「・・・あー疲れた」

私の名前は明日崎あすざき。今年で教師2年目の新米だ。日々の疲れのせいで私の心は、ぽきっと折れる・・・とまではいかないが、ヤスリで擦るようにゆっくり磨耗されていた。
いくら優秀な生徒が集まろうが、ここにいるのは所詮高校生。休み時間になると一斉にキャッキャと猿のように騒ぎだし、チャイムが鳴れば、いくら授業が歯切れ悪いところで終わったとしても、彼らは、ようやくつまらない授業が終わった、という態度を包み隠さない。階段を登っていれば、男子生徒からスカートの中を覗かれそうになり、女子生徒からはどうでもいい彼氏への愚痴を放課後に聞かされ、貴重な就業時間を奪われていく。
それが私の職場だ。

・・・

昼休み。私は職員室で、パソコンを眺めていた。
散らかったデスクトップ画面がそこにあり、意味もなく眺めながら私はプロテインバーを食べていた。
別にプロテインバーが好きなわけではない。前までは色んな出来合いの弁当を毎日ローテーションしていたが、最近とうとうボキャブラリーが底を尽き、倦怠感を刺激しない食べ物を選んだ結果、プロテインバーに落ち着いたというわけだ。

「明日崎先生、また今日もそんなの食べてるんですか?好きなんです?そのプロテインバー」

見ると隣の席の山城先生が私の机に置いてあるプロテインバーの包装紙を指さしていた。

「別に好きで食べていません。先生はお酒がお好きでしたっけ?いくらお酒が好きとはいえ、毎食ビールが飲めますか?たまには優しいお茶を飲みたくなりませんか?私はいまお茶が飲みたい気分なんです」

「・・・つまりどういうことですか?」

山城先生は剃り残している顎鬚をシャリと揉む。
国語の教師なのに私の気持ちが分からないのか、と心の中で吐き捨て、「あまり気にしないでください」と丁重に会話を終わらせる。

このそっけなくイライラしている私を見て、軽い鬱だと言う先生もたまにいる。
確かに10代の子供を相手をする仕事だから、ストレスは多いが、鬱とは少し違う。
私は平生真面目な人間だと自負しているが、それはあくまでスイッチオンの状態の時だけ。つまり教鞭を握っていなければ、基本的には感情的で大体のことに面倒臭がる怠惰な人間なのだ。
そんな話はどうでもいい。

しかし、これでも教師になりたくてこの世界に入ったのだから、それなりの責任感で授業はきちんとこなす(こういうところが私の真面目なところだ)。
その日は、ほんの気まぐれで二、三分早く、次の授業の教室にやって来た。生徒たちは教室の扉を開けた私と時計を交互に見て、緩やかに授業の準備を始めた。無論、今は昼休みだ。まだぺちゃくちゃとお喋りをしている生徒もたくさんいる。

「佐川のやつが、前の土曜に童貞捨てたらしいぞ」

「まじ?え、でも相手3組の小川だろ?じゃあ別にどうでもよくね。小川はキツいわぁ」

ケラケラと笑う二人組の男子。処女を大学四回生で捨てた私にとっては心底どうでもいい話だった。

亜理紗ありさ、先週撮ったこれ見てー」

「何これおもしろ。てか、安香やすかキレキレじゃね?」

「こいつ三日かけてこれ練習したんだって」

「ガチじゃん」

今度は教室の後ろで楽しそうに談笑する女子グループが目に入った。何やらスマホで撮った動画を見ながら笑ってる。

3年1組の中心にいるのは間違いなくあの角塚亜理紗のグループだ。

角塚亜理紗は目立つが、派手すぎる生徒ではない。肩の下まで伸ばした黒い髪、小さな顔には吸い込まれるような大きな目、小さな鼻と薄い唇、それらを薄い化粧で整えている(化粧は校則違反だ)。制服は規定の長さで着こなしており、一見すると華美ではないが、均整の取れた四肢を嫋やかに動かす仕草の一つひとつが不思議と目を引く。
教師の私から見ても美人だ。10代の瑞々しさも兼ね備えて、透明感も抜群。品行方正、おまけに成績も学年ではトップクラスだ。
私は教師という職業について初めて角塚のような完璧超人を見たが、なるほど、不思議と敬服してしまうオーラがあるものだ。

気づけば何も言わずに教室の端っこでぼうと彼女のことを考えていた。ハッと我に帰った時には、着席した生徒たちが奇異な目で私を見ていた。
私は慌てて教壇に立ち、「さあ、始めましょうか」と告げると、日直が食い気味に号令をかけてきた。

季節はすでに夏を終え、秋が迫っていた。
この時期になると、授業もほぼ教えることがなく、ひたすら受験生たちには問題を解いてもらうようになる。そう言う意味では少し楽だ。
今回は、前回の模試の簡単な復習だ。

「結構間違えている人が多かったのが、この問4の括弧の中に入る単語の問題。ちなみになんて書いたか聞いてみようかな。えーと」

座席表を確認すると、ふと目がいく名前があった。
あれ、気づかなかったけどこのクラスにもあの名前の人がいるんだ。珍しいな。

倉石くらいしさん」

当てられた倉石沙江くらいし さえは、ええ、と嫌そうな顔をする。ごめんなさい、倉石さん。貴女を当てた理由は特にないの。
心の中で倉石沙江に謝りつつ、私は答えを待つ間、別の倉石を思い出す。
倉石千晴くらいし ちはる。私の親友。

彼女を失ってからもう10年近く経つ。

・・・・・・
・・・

「明日崎ー?」

「うえッ!?」

柔軟剤と汗の匂いが混じったタオルの隙間から、倉石千晴が覗いてきた。
私は、驚いて頭に乗せていたそれをハラリと落とす。
2014年8月初週の午後。
部活動を終え、私と倉石は橋の下の陰で休んでいた。なぜこんな色気のない場所で休んでいるのかはわからないが、川沿いの露店でお昼ご飯を買っていると、他クラスのグループがやってきたので、なんとなく居心地のいい場所を倉石と求めていたらこんなとこになっていたのだ。
目の前には街を縦断する大きな川がある。
水が流れる音を聞きながらの昼食は風情があるが、川の端では滞留したゴミがくるくると回っていて趣はプラマイゼロだ。

「明日崎、またボーッとしてる。熱中症?」

私に向かって手をぱたぱたと仰ぎながら倉石は尋ねる。

「確かに暑いけど、そんなんじゃないよ。疲れただけ」

「午前練だけで、そんだけ疲れりゃ県大会は難しいよ。体力つけなホラ」

と、倉石は自分のサンドイッチからトマトを一枚抜き出して、私のサンドイッチに差し込んだ。

「いや、嫌いなだけじゃん」

そういうと、倉石は嬉しそうにケラケラと笑ってトマトなしのサンドイッチにかぶりついた。
頭にかけたタオルと、短い黒髪がそれにつられて揺れ、倉石の日に焼けた黒い肌を露わにした。私もたいてい日焼けしている方だが、倉石はもう一段階黒い。半ズボンから伸びる脚まで真っ黒だ。
私は倉石の筋肉質の脚をまじまじと眺める。相変わらず惚れ惚れするような引き締まった脚だ。
流石、陸上部のエースだ。倉石は中学生の頃から、県大会の常連で、個人種目では常に全国を目指せるポテンシャルを持っている。しかし、本番ではとことんコンディションに恵まれず、惜しいところで涙を流すことも多い。
そんな倉石と中学生の頃から知り合いの私はというと、特筆することもないごく普通の陸上部員だ。もともと小学生の頃、早熟で足が速かったので、中学生にあがった時分に(半ば得意げに)陸上部に入ってみたが、倉石と出会ってそんな自信もすぐにおられることになった。

「あなたには勝てそうだわ」

中学一年生の初めの頃、トラックのスタートラインでそう言われた。そしてその後、同時に走り始めた倉石にあっという間に置き去りにされたことを今でも覚えている。
悔しがるべきなのだろうが、思ったほど悔しいという気持ちがなかった。後に自分を客観視した時に気づいたが、私には元来、人と競うことや、張り合うことを得意としていないらしい。そのせいか、純粋に倉石をすごいなと想うことしかできなかった。
いや、それだけではない。倉石には嫌味が無かった。真っ直ぐな性格で、彼女は本心と優しい嘘の使い分けがうまく、部員のみんなも純粋に尊敬していた。
高校に上がっても彼女の性格は変わることなく、そして私たちは馬が合うのかいつも一緒にいた。

「明日崎、あんた進路決まった?」

早々にサンドイッチを食べ終えた倉石は水面を眺めながら、私に尋ねた。
2年生の夏。周りの子たちとチラホラと大学について話すこともあるが、まさか倉石からそんな話題を持ち込まれるとは思わず、少し驚いた。

「決まってない。とりあえず関西圏の私立大学かなって、ぼんやり思ってる」

「関西圏の私立大学行ってなにすんのよ?」

「さあ、わかんないけど」

倉石はふーんと関心なさそうな相槌を打った。
私はこの話題に夢中になれるほど、進学先を考えているわけではなかった。大学もあまり詳しくない。周りの子たちに比べれば遅れている方だけど。

「倉石は?」

「あ、わたし?」

そんな意外な会話でも無いだろうに、倉石はわずかに動揺した。

「わ、たしは教育学部があるとこで、私の学力で行けるとこかなぁ」

「教育学部?先生になるの?」

「あー、うん。そう思ってる」

倉石は少し照れてる。将来のなりたいものなんて確かにあまり口には出さないけど、倉石の将来の夢を知った私の好奇心はくすぐられた。

「いつから考えてたの?」

「や、文理希望出されてから。色々考えた」

とすると去年、1年生の時か。

「文理はどっちでも良かったんだけどさ、なんとなくさあ、私に陸上以外の選択肢与えられてさ、考えちゃったのよ。将来何になるの?その道を与えますので提出してくださいって言われたら考えるじゃん」

そうなのか。
私は文系の方が得意で楽そうだから迷いなく選んだというのに。

「陸上は続けないの?」

「うん。選手としての陸上は多分飽きる気がする」

なんだその変な未来予知は。私は思わず笑ってしまった。

「それで選んだのが教師なの?」

「うん。私学校好きなのよ。なんていうかみんな一生懸命だし、楽しそうだし、馬鹿らしいし。そんな子たちとずっと一緒にいられる仕事が素敵だなって」

素敵という言葉をキャラ甲斐もなく使ってしまってはずかしがっているらしく、倉石はそれから口を閉じてしまった。
私はサンドイッチを食べながら、将来の夢という言葉を咀嚼しようとする。
けど、ダメだ。全く何も思い浮かばない。
私は将来何になるんだろう。倉石は思ったよりもちゃんとしてるな。目の前の大学さえ、興味がないのにさらにその先のことなど、真っ暗闇だ。

「私も、教師かなあ」

なんとなく出た言葉に、倉石は過敏に反応した。

「まじ?明日崎も一緒!?」

目が爛々とした倉石に圧されて訂正もできなかった。

「いや、今んとこカッコカリでね」

「それでもいいじゃん!明日崎も一緒なら私嬉しいわ!」

倉石が喜んでくれるのは初めてではない。誕生日をみんなで祝った時も、リレーで優勝した時も、倉石は大層喜んだ。でもそんな時とは違う。まるで迷子の子供が母親を見つけて喜んだときのような安堵が混じった喜び。そんな倉石は初めてだった。

橋の下でサンドイッチを食べながら話したあの日が、私の教師への第一歩だった。

・・・・・・
・・・

「・・・先生」

その響きを自分が受けることになるなんて。

「明日崎先生!」

「・・・え?」

気づくと倉石沙江が私を呼んでいた。

「な、なに?」

「ifです」

「え?イフ?」

「問4の括弧の中は、名詞節のifです」

「あっ、そうね。正解。流石受験生ですね」

私は焦って、思考を10年前から強制的に引き戻す。
まだ言い慣れない生徒への称賛の言葉も今は取り繕ったように出てくる。
それから倉石千晴のことは思い出さないように、慎重に授業を進めていった。

「せーんせぇ」

授業を終え、教室を去り、廊下を歩いているとふと背中の方から声が聞こえた。
甘ったるい声だ。振り返るとそこには角塚亜理紗が立っていて驚いた。

「えと、角塚さん?呼んだ?」

「うん、明日崎先生。呼びました。ちょっとだけいいですか?さっきの授業で聞きたいことがあるんです」

「あ、ごめんなさい、今から次の授業行かなくちゃだから。もし良かったら放課後はどう?それか質問用のメールアドレスに送ってくれたら後で返信するけど」

「あ、ちょっとだけ!すぐ終わるから今教えて!」

私は一度、腕時計に目を落とす。次の授業の教室はそこまで遠くないし、少しなら大丈夫か。それに生徒からの質問はあまり無下にしたくない。

「わかった。少しだけよ角塚さん」

そういうと、角塚の顔が晴れるように笑顔を浮かべた。
思わず私も笑顔になる。それくらい彼女の笑顔は魅力的だった。

「何がわからなかったの?」

「授業の内容は全部わかるよ。私成績良いし、英語が特に得意なの。私が気になるのはそうじゃなくて、先生のこと」

「・・・どういうこと?」

角塚は笑顔のままだ。
私はいまいち要領が掴めない会話に小首を傾げる。
私が聞きたいのはねえ、と角塚は口を開き言う。

「倉石千晴さんが、死んじゃった理由」

私は一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。



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